友ヲ想フ…?・4.5
 〜雪村君の幸せだったかもしれない三時間・前編〜


「よーし、いいぞ! いい動きだ、雪村!」
「………っす」
 監督の声に、だが褒められた方はさほど感銘を受けた様子も見せず、ただぼそりと呟いて頷いた。
 ……はあ。
 続いて出たため息は、将来を嘱望されるバスケット選手としてはかなり……重くて暗い。

 バスケ一筋に燃えていられたあの頃は、自分は幸せだったと思う。……何も知らずにいられたから。
 人を本気で好きになる。そのことが、これほど辛いとは。そしてこれほど……幸福だとは。
 「好き」という想いを胸の内で噛み締める度、幸福感に身体が浮きそうになる。
 そして次の瞬間、腹の奥がずしりと重くなり、そこから地面に沈み込みそうになる。
 恋だの愛だのが、人生の全てみたいなドラマやマンガを見る度に、「アホくさ」「バカバカし」と、いつも迷いなく放り捨ててこれたのに。
 本当に。
 何も知らずにいられるというのは、幸せなことなのだ。
 恋をする歓びも、辛さも、知らずにいられたあの頃は………。

 2月。バスケ部はオフシーズンだ。
 後2ヶ月、新入生の入部を待たないと、新体制は動かない。
 1年で1番寒いこの季節、バスケ部の練習は早めに終了した。何となく居残る気にもなれなくて、雪村は練習が終わると、さっさと着替えて学校を出ることにした。
 ………雨が降っている。冬のさなかの冷たい雨だ。もっともそれは、屋根に落ちる水音がやたらと響く体育館の中で、とうに分かっていた事ではあったのだが。
 ふう、と一つため息をついて、雪村は靴を履き替え、用意していた折り畳み傘を開くと、大きな身体を猫背気味に丸めて歩き始めた。近頃やたらとため息が多い。しみじみとそう思う。
 まだ6時にもなっていない。でも外はもう真っ暗だ。
 まるで彼が出てくるのを待っていたかのように、雨が強くなった。


 監督に褒められても嬉しくない。
 いいプレイがしたくて身体を動かしている訳じゃないからだ。ただ…ほんのちょっと忘れていたいだけ。脳裏に浮かぶ人の顔を。日に日に強くなる感情は、身体の中で内臓ごとぐちゃぐちゃに錬り込まれ、血肉となって全身くまなく支配している。
 ………その事に、時々どうしようもないほど疲れを感じてしまう。この胸の芯から感じる疲労感には、どれだけ体力をつけても太刀打ちできない。そんなコトも初めて知った。……人生、常に勉強だ。
 激しい雨が地面を叩く。靴の中では、ぐちゃぐちゃという気持ちの悪い感触と音。制服のズボンの裾が脛に纏わりつく。
 家まで後もう少し。そこに見える角をまがって200メートル。でも、今日は何だか家が遠い。そう思った時だった。
 住宅街の灯に浮かぶ、銀色の線の合間を縫う様に、何か、か細い「音」が聞こえてきた。

 ……ぴ、あ。……にぃ。……みゃう……。

 雪村は、それが最初何か分からなかった。いや、聞こえているという意識すらしていなかった。
 だが、ふと気配を感じて向けた視線の先、どこかうら寂しく輝く自販機の下、小さな型くずれした段ボール箱の中に、何かが動いているのが見えた時、「音」と「声」がようやく脳の中で一致した。
 何か。この場合、それが何かなんてすぐ分かる。だが、どうしてやりようもないのなら、近づくべきじゃない。哀れに思ってもどうしようもない。目を見てしまったら、もうお終いだ。
 そんな事分かっているはずなのに。
 気がついたら、雪村は自販機の傍らにしゃがみ込んでいた。
 差し出した傘の下には、三匹の子猫。濡れそぼって、寄り添って、震えて、なのにつぶらな瞳はまっすぐに彼を見つめている。

 ………なんだか……似てる、なあ……。

 まん丸いでっかい瞳が。ふっくらとした、頬のまろやかな線が。
 思わず手を伸ばし、顎の下を掻いて。ああ、しまったと思った時には遅かった。
 動けなくなってしまった。

 水がしみ込んでぐしゃぐしゃになった段ボールから、子猫を救い出し、スポーツタオルに包んで膝の上に。
「……汗くさいか? でも濡れるよりいいだろ?」
 それだけでもう、どうしようもない。……自販機の隣にしゃがみ込む、怪しい高校生になってしまった。そして、地面に放り出す様に置かれた学生鞄とスポーツバックは、もう救い様がないほどずぶ濡れになっている。
「まあ、俺も似たようなもんだけど……」
 ……さあ、これからどうしよう…?


 せめて濡れない場所に運んでいって、そこに置いておこうか。
 そう思ってふと見たら、タオルの中で子猫は丸くなって眠っていた。安心し切っているようだ。
 ………ダメだ。捨てる事なんて、できない……。
 肩に傘を立て掛けただけでは、身体が濡れるのを止められない。雨が顔を濡らす。どうせびしょ濡れだし、分からないよなあ。そう思ったら、本気で泣きたくなった。アスリートとしての健康管理、これじゃ落第だ。
 しかし。

 偶然とか必然とか運命とか。世界には色んなものが転がっている。

「…………あれ? お前ー……?」
 聞き覚えがある、どころか、いつも耳の底を離れる事のない声が、いきなり雪村の耳朶を打った。
 バッと勢いよく振り向いた先に。
 傘をさし、コンビニのものらしい袋を下げた、渋谷有利が立っていた。


「………渋谷、くん……」
「えっとー、あー、お前はー……」
 ……もしかして、名前も覚えて貰えていないのだろうか……?
 散々右を向き、左を向き、天を仰ぎ、そうしてようやく有利が「そうだっ」と声を上げた。
「思い出した! お前、サナダだ!」
「………ゆきむら、だけど」
「……当たってんじゃん……」
「違うって………」
 時代劇が好きだという情報は当たっていたらしいが。……どことなく物悲しさを覚える。
「大して違わねーって。……何やってんだ? そんなトコで」
「全然違うよ」
 苦笑しながら、そっとタオルを捲って近づいてきた有利に見せる。「あー」と、納得した様に、有利が可愛い声を上げた。
「捨て猫かあ……。拾うの?」
「ウチ、動物禁止のマンションだから……。でも……」
「…そか。……俺んちも、室内犬が2匹いるしなあ。……でも放っとけないよなー」
 にこ、と笑いかけられて、雪村はほうっと安堵の息をついた。
 笑顔を向けられたのも嬉しかったが、有利が「そんなの捨てちまえ」と言わないでくれた事が、何より嬉しかったからだ。
「なあ、ここじゃまじで全身ずぶ濡れだし。風邪ひいちまうぞ? どこか、濡れないトコへ避難しようぜ?」
 それはそうだけど。雪村が答える前に、有利は彼の鞄とバックを抱え上げた。そして当然の様に、「ほら、行こうぜ」と声を掛けてきた。
 ………一緒にいてくれるのか? 声に出したら逃げられそうで。雪村は一つ頷いただけで、猫をタオルごと抱えて有利の後に続いた。


 結局行き場などなく、大きな家の軒先きで、二人は雨宿りしながら立ち尽くしていた。
「…どうしような?」
「うん……。どうしよう……」
 堂々巡り、袋小路の会話を交わして、それでも雪村は不安を覚えなかった。
 冷たい土砂降りの雨、傘をさしてもずぶ濡れの自分達。
 腕の中には、どれほど小さかろうとも紛れもない3つの生命。そして隣に、寄り添う様に立つ渋谷有利。

 何だか、世界が完結してしまったような気がする。
 まるでスノーボールのようだ。ふと思い付いた雪村は、思わず笑みを浮かべた。
 あの、ガラス玉の中に閉じ込められた雪景色。手の中で揺らすたび、舞い上がる雪。
 雪はないけれど、雨というガラス玉の中で、子猫と一緒に閉じ込められた自分達。
 誰も入って来られない。自分達以外誰も存在していない、閉鎖空間。
 寂しくて、寒くて、だからこそ、腕の中と、傍らのぬくもりが愛しくてならない、幸せな牢獄。

 …………根っから体育会系だと信じてたのになあ、俺。

 意外や少女趣味な一面もあったらしい。……誰かの影響を受けたのでなければいいのだが…。
 思い付いたことを有利に知られたら、思いきり眉を顰められそうな気がして、雪村は視線を天に向けた。
「でもさー」有利が呟く様に言った。「…お前って結構いいヤツだったんだな。見なお……」
「好きになってくれた!?」
 しまった、と思った時には遅かった。有利は力一杯顔を顰めている。
「……すげ−、バカ? てか、まだンなコト言ってんのかよ?」
 何か言い返さなければ、と思ったその時。軒を借りていた家の、道に面した窓がからりと開いた。
「…人の声が……、あら、あんた達、そこで何してんの?」
 その家の主婦らしい女性が、胡散臭そうな様子を隠さずに聞いてくる。
「あ、あの……」
「すみません! 軒をお借りしています! えっとー、捨て猫拾っちゃって、どうしようって話してたトコなんです」
 有利が一気に説明する。ぴら、と捲ったタオルの中から、目を覚ました子猫が「みゅー」と鳴く。
「あらま、可愛い」
 その瞬間、あからさまな期待に顔を輝かせる少年二人に苦笑しながら、女性は首を振った。
「ダメよ。ウチのダンナ、動物嫌いだし」
 かくん、と二人の肩が落ちる。
「でもね」主婦が、やたらと素直に反応する少年達に笑みを浮かべて続けた。「ほら、そこの格子戸の家、町内会長さんのお家なんだけどね? そこのダンナさん、近所でも評判の猫好きなのよ。そこへ頼んでみたら? 何とかしてくれるんじゃないかしら」
「ほ、ホントですか!?」
「ありがとうございますっ」
 雨に濡れるのを厭わず、二人は勢いよく軒を飛び出していった。



「かんぱーい!!」
 マクドナルドで祝勝会。
 乾杯といっても、有利はココア、雪村はホットウーロン茶、だ。つまみはビックマックと照焼きチキンバーガーと大量のポテト。
 結局、町内会長さんは子猫を三匹とも引き取ってくれた。
 もう4匹いるんだよ、と最初は渋っていた会長さんだったが、タオルの中から小さな顔だけ出し、つぶらな瞳で「みゃあ」「ぴゅう」と鳴く子猫の愛らしさには適わなかった。感動のあまり、しばし拳を震わせていた会長さんは、「4匹ともとっくにでかくなっちまったしなあ。子猫は久し振りだしなあ」と、何やら自分に言い聞かせ、そしてついにタオルごとがっしと子猫を抱き締めると、「責任もって育てよう!」と約束してくれた。
 たくさん御礼を言ってその家を出た二人は、その足でコンビニに走った。そこで子猫用のキャットフードを買い込み、それから改めて会長さんの家を訪れ、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「結納の品だね?」
 今時の高校生にしちゃ礼儀を心得とる、と笑顔で褒められて、有利と雪村はようやく本当に安堵の息をつく事ができたのだ。時間はそろそろ8時になる頃だった。

「よかったなー。これであいつら、もう寒い思いもしないで済むし、お腹も空かさないで済むな?」
「そうだね。ホントに、会長さんがいい人で助かったね」
「てか、お前のおかげだろ? お前がいなかったら、あいつら助からなかったかもしれないし」
「僕は……渋谷君のおかげって気がするんだけど」
「なんで? 俺、何にもしてねーぞ?」
 一緒にいてくれただろ? とは言わなかった。でも、有利がいてくれたから、何もかもうまくいった様な気がするのだ。理由などないけれど。
 雪村は有利が傍らにおいたビニール袋に、ふと目を向けた。
「…渋谷君。君、家の方はいいの?」
「え…? あ、ああ、おふくろに頼まれて買い物してたんだけどさ。…大丈夫、さっきここに入る前に電話しといたから。………友達が…すっげー困ってるのに出くわしたからって……」
 思わず有利を凝視する。有利は何となくバツが悪そうにそっぽを向いていた。
「えと……あの……」
「誤解すんなよな! ……お友達からどうとかこうとか、俺、そんな気全然ないから!」
 いい加減、諦めたんじゃねーのかよ。ぼそりと有利が呟く。
「…………………そんな簡単に諦めたりできないよ………」
「諦めて下さい」有利の言葉に容赦はない。「期待されても、俺、どう応えようもないし」
「それは………君に好きな人がいるのは分かってるけど………えっ?」
 雪村はきょとんと目の前の有利を見た。
 3本のポテトを口からぶら下げて、有利が、椅子から半分腰を上げ、真っ赤に顔を染めて自分を見ている。
「……渋谷、くん…?」
「……………んで? な、んで、俺に好きな人がいるって………?」
 ポテトが無惨にこぼれ落ちる。
「だって、君、僕が告白した時に言ってただろう? …って、覚えてないの?」
「……おれ、……言った……?」
 うん、と頷く雪村に、有利がさらに顔を火照らせた。沸騰する、とか、茹だっている、とか。まさしくそれがぴったりだ。……じゃあ、アレを言ったらどうなるんだろう?
「君の好きな人って………男の人、だろ?」

 呆然と。ただもう呆然と雪村を見つめ。それから有利は、落ちる様に椅子に腰を下ろした。
「……おれ……?」
「言ったよ? 『好きになってほしい男は、1人だけだ』って」
 ひゅうっと息を吸い、止め、そしてそのままフリーズ。たっぷり30数えた時、ぶはあっと一気に息を吐き出して、有利はがくりと項垂れた。
「………おれさまの…バカ……」
 何というか。顔を上げない有利を見つめて、雪村は思った。
 何やっても、可愛いんだよなあ。……顔を見るたび、可愛さが増してるような気がするのは、恋心のせいなのだろうか。中味は男前な有利に「可愛い」と告げても、褒め言葉とは受け取ってもらえないだろうから言えないが。

 そんなコトをつらつら考えていたから、雪村はその言葉を最初聞き逃してしまった。
「…え…?」
「……だから。……ありがとな、って」
「ありがとう、って……何が?」
「だから…」ようやく有利が顔をあげる。まだ真っ赤なままだ。…耳たぶまで赤い。「俺の…片思いの相手が……男だって、言いふらさないでくれて……」

「…っ………!」
 湧き上がった感情のままに、雪村はウーロン茶のカップをテーブルに叩き付けた。が、紙のカップは情けない音しか出さず、ただ冷めかかったお茶だけがたぷんと跳ね溢れ、テーブルを汚した。
 有利が驚いた様に、溢れたお茶を見つめている。
「……バカにしないでくれないか…!?」
「…え…?」
「君は……」雪村は唇を一度噛んだ。「君は……本当にその人が好きなのか? 君は、本気で好きになった人を、平気で、そんな……何かを言いふらしたり、悪口を言ったりして、傷つける事ができるのか!?」
 ハッとした様に、有利が目を見開いた。火照っていた頬から、急速に赤みが消える。そしてすぐまた、先ほどとは違った朱を頬に上らせた。
「……おっ、俺っ……あ……ゴ、ゴメン! あの、俺、……ホントに、ゴメン!!」
 ぎゅっと目を瞑って、八の字眉にして、がばっと頭を下げる。
「お、俺、バカなコト言った! ゴメンなさいっ。本当に、俺っ……!」
 ………反則だよなあ、と、雪村は思う。
 だって、そんな顔でも、ドキドキするほど可愛いんだから。
 シートに背を深く預けて、雪村は大きく息をついた。
「………もういいよ。つまり…」切なさが胸に溢れる。「つまり、僕が本気で君を好きだってコト、全然伝わってなかったって事だよね?」
 それには答えようもなく、有利はただしょんぼりと項垂れている。
「誰にも言ってないよ」
「……うん。……ゴメン……」

 本気で怒ってしまった。有利の言葉は、自分をこれっぽっちも信じてくれていなかった事を、あからさまに示していて、それがもう………。
 と、そこまで考えて、雪村はハタ、と気づいた。
 信じるも何も、有利は自分という人間の事を何も知らないではないか。
 それだけじゃない。そう、それどころじゃない。

「……俺、さ。……その、人のコト、好きになったの、全然後悔なんかしてないんだ。その、側にいられるだけで、声が聞けるだけで、嬉しくて、幸せっていうか……でも、それが時々すごく辛かったりするコトもあるんだけど……、それでもやっぱり側に居たくて……」
 分かる? と聞かれて、うん、もちろんと雪村は頷いた。……罪悪感が、ひしひしと胸に迫ってくる。
「うん。だよな…? でも…だけどさ……やっぱ、こっちでは、いやあのあっちでもなんだけど…、まだ誰にも……知られたくないっていうか……」
 こっちだとかあっちだとか、その意味はさっぱりだが、知られたくない思いはよく分かる。自分だって、自分だって、本当なら………。
「だから……つい…。ホントに、ゴメン。お前の気持ち、その…バカにしたつもりじゃないんだけど。…って、俺が言うのもヘンなんだけど……」
 てへへ、と照れ笑いをする。本当に可愛い。………じゃなくて。

 バレているのだ。
 もう力一杯、渋谷有利の恋は、バレている。
 彼のクラスメート達に。そして近隣のちょっと……な女子高生達に。

 自分が告白したために。それを、彼らに聞かれてしまったために。

 またも「ゴメン」と、小首を傾げて謝る彼に、胸の中で罪悪感と、愛しさと、恥ずかしながら男の欲望とが一気に燃えて、混ざって、煉られて、滾って、どうにもじっとしていられなくなってしまった。
「…しっ、しぶや、くん…っ!」
 どうしよう。
 やっぱり大好きだと叫んでしまいそうだ。
 僕を好きになってくれ、と、抱き締めてしまいそうだ。
 そして同時に。
 僕を許してくれと土下座したくてたまらない。
 僕のせいだ。僕があんな告白をしたから。そしてあんな風に、彼女達にのせられてしまったから。
 渋谷君、君は全然知らないんだろうけれど。
 君の恋の相手を突き止めようと、君の周りには包囲網がちゃくちゃくと……、ちゃくちゃく……と…?

 妙な光景が目に映った。

 彼らのいる禁煙コーナーの、隣の席に座っていたカップルが、突然怯えたような顔をしたかと思うと、そそくさと席を立って去っていってしまったのだ。
 そしてその後に、二人の女子高生らしい年代の少女達が座る。
 ガタリ、と、反対隣からも妙にぴったりのタイミングで音がした。
 頭を巡らすと、やはり男二人が駆け足で去っていく空いた席に、同年代の少女が三人、当然の様にすとんと腰を下ろしている。背後でも、いきなり客が交代した。そしてなぜか、去っていく客は皆、顔をひきつらせ、どこか怯えた様に足早に消えていく。
「……おい? どうかしたのか?」
 全く何も気づいていない有利が、ココアのカップを傾けながら、きょとんと尋ねてくる。
「…まだ、怒ってんの…?」
「え? ああ、いや、そうじゃ………」
 ないよ、という言葉は、喉の奥で止まった。
「………!」

 雪村の真正面、有利の後ろのテーブルに。
 銀縁メガネの少女が座っている。

 にやり。

 委員長が。笑っていた。



 包囲網、なんてものじゃない。
 渋谷君。僕達はすでに包囲されている。

 ちら、と右。ちら、と左。
 手に手にノートだの、メモだの、ノートパソコンだのを用意した少女達が、お喋りもせずにじっとこちらを窺っているのが分かる。

 委員長が瞬きもせず雪村を見つめると、さりげなく目で合図してきた。
 アイコンタクトはバスケの基本。
 雪村は、彼女の言いたい事をしっかりとつかみ取ってしまった。

 『聞き出しなさい』

 渋谷有利の片思いの相手を。

 冗談じゃない。
 せっかく有利と仲良くなれそうなこの一大チャンスに。
 どうして、恋敵の話なんか聞き出さなきゃならないんだ!
 それも、女の子に命令されて!!
 さんざん煽られて、乗せられて、味方だと思ってその気になったコトもあったけど。
 僕は君の手下じゃない!
 君のクラスの男子みたいに、下っ端戦闘員扱いは絶対に止めてもらうからな!!

 雪村は、心の中で力強く啖呵を切った。

「渋谷君!」
「えっ、な、何……?」
「………………………君の、好きな人って、どんな人……?」


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季節がずれて、ごめんなさい。
ホントの続きの舞台が冬なので、仕方なく。
というか、4の後、時間が空きすぎたのかも。
いつもとちょっと違う雰囲気の「友」でした。