ずっと… |
新年、明けまして、おめでとうございます! 昨年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い申し上げますっ!! やっぱさ、お正月の最初の挨拶はこれでしょ? ただ…。 挨拶の相手と、場所と、タイミングを間違えると、ちょっと恥ずかしかったりして。 眞魔国魔王に就任して数年経つけれど、新年をここで迎えるのは何と初めてだ。これはもうタイミングの問題としか言い様がない。 だって、いつこちらに呼ばれるか、いつ日本に強制送還されるか、さっぱり分からないんだから。 村田は俺の意志で眞魔国と地球を行き来しているんだと言ってるけど、いまイチ実感湧かないし。 まあ、とにかく。状況をつらつら考えてみると、俺はちょっと国民の皆様に申し訳ない、かなり情けない国王なわけだった。 いざこうしてみると、眞魔国は儀式が多い。 新年を迎えるにあたって、魔王陛下も色々公式行事が目白押しなんである。 俺がいない間どうやってこれをやり過ごしていたのかは知らないが、俺が元旦(?)を国で過ごすらしいと分かった時の、ギュンターの張り切り方は凄かった。もう、いつにもまして凄かった。村田の言う通り、俺の意志がここと地球の往来を決めているというのなら、正直逃げ出したいと思ったほどに。…でも、まあ、皆が俺の滞在を喜んでくれていたのが分かったから、ホントに逃げようとは思わなかったけど、さ。 てな訳で、最初の儀式が始まった。 もう間もなく時計の針が新しい年の始まりと告げようという時刻。 魔王である俺、上王ツェリ様、宰相であるフォンヴォルテール卿グウェンダル、ウェラー卿コンラート、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムの三兄弟、王佐フォンクライスト卿ギュンター、そして十貴族を代表する面々、政務行政の各部署を統括する責任者等々、我が眞魔国を統治するトップ集団は揃って眞王廟に集っていた。 ちなみに大賢者猊下村田健は、全国模試の準備にブランクを空けたくないという理由でこちらには来ていない。 何でも、どうしても負けたくないライバルができてしまった、という話なのだが、全国一位を争ってのライバルなんて、俺には理解の範疇外だ。まあ、それはいいとして。 俺たちは、言賜巫女ウルリーケ様の指導のもと、国の平安と繁栄を祈って眞王陛下にご挨拶することになっている。これが新年にあたっての、魔王陛下の最初のお仕事となるのだ。 んでもって。 魔王陛下より、眞王陛下に対し奉り、新年のご挨拶を、とウルリーケ様に促され。 俺が発した最初の言葉が、つまりその、冒頭の言葉となるわけだ。 ついでに柏手もつけてみました。 張りのある音の残響が、なかなか消えない眞王廟。 目の前でウルリーケがびっくり眼で俺を見ていた。そして背後からも、戸惑ったような、固まったような、微妙な空気が感じられる。 うーん、ちょっと外しちゃったかも…? その時。「ぷっ」と、誰かが小さく吹き出した。 それが誰かなんてすぐ分かったけど、俺はちらと横目でそれを確かめた。 俺の斜め後ろ、むちゃくちゃかっこいい白の礼服に身を包んだウェラー卿が、口に手を当て、肩を震わせながら笑いを堪えている。 んにゃろ……。 「我が眞魔国国民に安寧と、永遠の繁栄を齎されんことを心より願い奉ります! 眞王陛下の御加護が永遠ならん事を! 眞魔国万歳!!」 眞王陛下万歳! 魔王陛下万歳! 眞魔国よ、魔族よ、永遠なれ! ギュンターから渡されていたご挨拶の草稿は、正直難しすぎて脳が覚えることをとっとと拒否した。ただ、最後の台詞だけは削れないのだとコンラッドからも言われて、それはもう必死で覚えた。さんざん噛んだ舌が今もしびれている。 俺の言葉に一斉に呼応する臣下の皆さん達の声も、最初は戸惑いを引きずって揃わなかったものの、最後はきっちりと決まった。まあこれがいわゆる、結果オーライ? 「明けましておめでとうございますって、三十年ぶり位に聞きましたよ」 時々ものすっごく憎たらしくなる爽やか百歳の好青年は、俺の半歩後ろを歩きながら、懐かしそうに言った。 「日本人が近くにいたの?」 「日本贔屓の友人が教えてくれました。手を叩くの、あれ、なんて言いましたっけ?」 「柏手だよ。神様にお参りする時にするんだよね。…眞王様って、眞魔国の神様みたいなもんだと思ってたから、ついついやっちゃたんだけど…、まずかったかな?」 「小銭を投げるよりよかったのでは?」 「だって賽銭箱なかったじゃん」 あったらやったんですか? と、コンラッドがまたも吹き出して、しばらくクスクスと笑いつづけた。眞王廟に賽銭箱が鎮座している光景でも思い浮かべているのかも知れない。 「コンラッド!」 「はい?」 ちょっとムッとなった気分のまま、勢いよく振り向くと、コンラッドがにこりと笑みを返す。 「…………」 ………………純白の礼服姿にその笑顔。すっごくかっこいいです、コンラート閣下。(ため息) 儀式の前に迎えにこられた時も、しみじみ見惚れてしまったけれど、こう、いきなり視界に入れてしまうと全ての思考が飛んでっちゃいます。 さっきだって、笑われてむっとして、後で蹴飛ばしてやろーかなんて考えたりしてたのに。 同じ男の艶姿にうっとりしちゃう俺って、一体何なんでしょう、と心の奥で嘆きつつ、俺はほとんどやけっぱちでコンラッドの腕を取った。 「陛下?」 「陛下って呼ぶな…」 前を向いたまま、ぐいぐいとコンラッドの腕をひき、そのまま俺の部屋に向かう。 「衛兵がびっくりしてましたよ?」 俺の部屋の扉を守る彼らが驚いたのは、ウェラー卿の腕を引っ掴んで、凄い勢いで向かって来る俺の姿にだろうか、それともたぶん間違いなく真っ赤になってる俺の顔を見てしまったからだろうか? 明日も、いやもう今日か、朝から予定がびっしりだ。 グウェンだってヴォルフだってギュンターだって、朝に備えて短い眠りについているだろう。だから俺も、とっくにコンラッドにお休みを言ってなければならなかったんだ。なのに何でかな。俺はどうしてもこのまま一人にはなりたくなかった。 「冷えたでしょ? お風呂に入って暖まりますか?」 ううん、と首を横に振る。 「飲み物でも?」 ちょっと考えて、やっぱり首を振る。俺は今何がしたいんだろう? 無理矢理つき合わせているコンラッドに申し訳なくて、ちょっと顔を合わせ辛い。 「…陛下、いや…ユーリ?」 ん? と、小さく見上げると、コンラッドは優しく、ホントに優しく笑いかけてくれた。 「新年に最初に上る太陽、日本では何と言うのでしたっけ?」 「初日の出?」 なぜか疑問形。 「それ。俺と一緒に見に行きませんか?」 魔族に初日の出を拝む習慣があるとは知らなかった。 「庶民の楽しみで、貴族階級はやらないんですけどね」 コンラッドに誘われて、一気に気分が浮上した俺は、二人だけで城の外に抜け出すんだと聞かされて、さらに浮かれてしまった。着替えて、髪粉でちゃちゃっと髪を染めて、コンタクトをいれて。すっかり慣れた手順をこなす頃に、同じように着替えたコンラッドが迎えに来た。 「眠くありませんか?」 「全然! 若いんだから、一日くらいの徹夜は平気だって!」 今さら止めると言われるのが怖くて、俺は思わずコンラッドの腕にしがみついて訴えた。そんな俺をどう思ったのか、コンラッドはポンポンと俺の頭を撫でると、手にしていた帽子を俺の頭に被せ、マフラーを巻きつけた。その上に一番厚手のコートを羽織り、手袋をして準備万端。 「けどさ、コンラッド。日の出にはまだ早くない?」 「大丈夫。ユーリはきっと気に入ると思うな」 大丈夫だった。んで、ものすっごく気に入った! 初日の出を拝むのが、眞魔国王都住民の一年で最初のお祭りだったとは、王様全然知らなかったぜっ、てなもんだ。 向かっているのは、足を捻挫したとき、気晴らしの散歩に連れてきてもらった小さな山だった。豊かな自然の中に、血盟城と眞王廟を眺めることのできる王都きってのハイキングスポットだ。 その麓から山頂に向かっての道に、夥しい数の露店というか屋台というか、それがぎっしりと並んでいるのだ。人の数もすごい。 「まずは腹ごしらえしていきましょう。結構歩きますからね」 コンラッドが耳元で大きな声を上げる。人のざわめきもかなりのものだが、露店の呼び込みが並じゃないのだ。人の数では浅草寺(初詣に行った中で、一番大きなのはここだ)も負けていないが、この飛び交う声のでかさには敵わないだろう。 コンラッドによると、食べ物や飲み物の多くはこの麓の広場に集中しているそうだ。確かにこの人ごみで食べ歩くのは、かなり皆さんのご迷惑になるだろう。 俺たちはカウンターを設えた露店の一つで、コンラッドお勧めの巨大なホットドックもどきと、湯気まで琥珀色の綺麗な飲み物を買った。 「これはカチュネという飲み物です。カチュという花の実、地球で言うべりーに似てるかな、そのジュースで、ほら」グラスを露店の明かりに透かすように掲げて、「底に粒が沈んでいるでしょ? これがカチュです。飲んでみてください。身体が暖まるんですよ」 勧められるままに(もちろん毒見済みだ)、ふーふーと息を吹きかけて熱いカチュネを啜る。甘酸っぱい、でも後を引くことのない爽やかな芳香が口の中に広がった。 「美味しい! 美味しいよ、これ、コンラッド!」 俺が本気で言っているのが分かったのか、コンラッドも嬉しそうに笑った。その笑顔に不思議なくらいどぎまぎしながら、俺は正体不明のものを色々と挟んだ、ホットドックらしきものにかぶりついた。弾力のあるしっとりとしたパンに挟まれた、たぶんソーセージと、きっと玉子と、おそらくは玉ねぎが、香辛料の香りとあいまって絶妙のハーモニーを奏でてくれる。 一噛みごとに味わいが深まるそれをじっくりと噛み締め、ごくりと飲み込んだ。思わずため息が漏れる。 「むちゃくちゃ美味しい…。信じらんないよ、コンラッド。城でもこんな美味しいもの、食べたことないような気がするぞ」 「庶民の味も悪くないでしょう? でもこういう食べ物は下品だからって、まず上流階級の魔族は口にしません。そもそもこれは全部露店や屋台か、路地の食堂でしか出て来ない食物ですからね。もともと貴族と縁がないんですよ」 「そんな……もったいない…」 あんまりしみじみと言ったのがおかしかったのか、コンラッドが吹き出した。なんか今日はコンラッドに笑われてばっかだな。 山道はさらにすごい人込みだった。 はぐれないようにしっかりと手を繋ぎ、露店をいくつもひやかして歩く。 「ねえ、縁起物とかってないの?」 背を伸ばし、コンラッドの耳元で怒鳴らないと、もう声が届かない。…こっちの世界にも干支ってあるのかな? 「エンギ……ああ、ラッキーグッズですね? こちらのラッキーグッズといえば、あれしかありませんよ」 指差された先にあったのは。屋台にぶら下げられた、ぬいぐるみのような人形だった。目を凝らして見ると、どうも人の形をしている。黒髪で、黒い服を着ていて………って、あれは…。 「あれ、俺?」 「そうです。魔王陛下以上の幸運のお守りが、この国にあるとでも?」 「…でもあれ、俺の役には立たないじゃん…」 「立ちませんねえ」 爽やかに言うなっての。 そうやって気がついてみると、あちこちで商標権も肖像権も無視した魔王グッズが売られていた。お馴染み黒糖入りの魔王パンや魔王キャンデーという名の黒飴、おもちゃのモルギフに魔笛。それから携帯サイズの肖像画やら何故か手形の置物なんてものまである。そんなバッタもんに結構人が群がっているから驚きだ。 「欲しいもんなの、あんなの?」 「…貴方がどれほど民達の心の支えになっているか、お教えできればと思いますよ」 一緒に笑ってくれるとばかり思っていたのに。コンラッドの口から漏れたのはひどく低くて、重い言葉だった。 「あったま悪くて、察しも悪くて、国際情勢はおろか国内のことすらよく分かってないくせに、バカばっかりやって皆に心配と迷惑掛けまくりの、へなちょこ大バカ魔王だよ?」 見上げる俺と目をまっすぐに合わせ、コンラッドはゆっくりと大きく頭を振った。 ううん、そうなんだよ、コンラッド。だから俺はあんたに、あんなにとんでもない辛い思いをさせてしまったんだ…。 道の真中で突然立ち止まったというのに、誰も俺たちにぶつかっても来なければ、悪態もつかない。 分かってる。コンラッドがこんな場所に、俺たち二人だけで来るはずがない。今たぶん、いや間違いなく、俺たちは多くの護衛に囲まれ、護られているんだ。 その後はほとんど無言で、俺たちは山を上りつづけた。 →NEXT プラウザよりお戻り下さい
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