あなたの言葉は黄金の雫・2 |
「マシンガントークは、ちょっと不発気味?」 どうしてこういう時に、タイミングよく現れるかな、大賢者様。ついでにここがどこか教えてくれ。 城の中を飛び出して、脇目も振らずに走って走って、疲れたから歩いて。何となく知らない方、知らない方へと足を向け、城を囲む森をてきとーに進む内、いきなり木々が切れて池のほとりに出た。 大きくもなく、とくに整備されてるようでもなく、何だかもう、雨がいっぱい溜った挙げ句に、雰囲気池になっちゃいました、ってな感じのせこいやつ。 それがどうも今の俺にぴったりって感じで、ぴったりすぎて、情けなくなって、足も疲れて、それで結局ここにいる。 なのに、何でお前はちゃんと俺を見つけるのかな。 よっこらしょ、と、ホントにオヤジな声を上げ、村田は俺のとなりに腰を下ろした。 「ヒステリー起こしたって?」 「…ヒステリー言うな」 「状況聞く限り、ヒステリー以外の何ものでもない気がするんですけど?」 「……………」 「ウェラー卿は君を裏切ったりしてなかった。それが分かったのに、嬉しくないの?」 「……村田は…」 ん? と、村田が俺を覗き込む。 「村田は…知ってたのか?」 「知ってた。いや、彼等から聞いていた訳じゃないよ? たぶんそんな所だろうと、推測はしてたけどね」 「…どうして教えてくれなかったんだ?」 「君は確実な話以外は、受け付けようとしなかっただろう? 推測や想像ならいらないって、言ってたじゃないか?」 「それは…」 それが気休めにしか聞こえないからだ。気休めならいらない。そう思ったから…。でも。 「あいつらは、本当の事を知ってたんだ。なのに、これっぽっちも、気休めも、言ってくれなかった。それにコンラッドだって…、二人きりになった時に、ちょっと囁いてくれるだけならできたはずだろ!? そんなチャンス、何度でもあったのに。俺、言ってくれって、ホントのコト言ってくれって、何度も頼んだのにっ!」 ああ、また興奮がぶり返してきた。 「ウェラー卿は、どうしてこんなことをしたと思う?」 「……どうしてって……」 それが分んねーから、さんざん悩んできたんじゃん! 「大シマロン反体制派のシンボルとなって、内乱を起こさせるため。その内部工作のために、彼はシマロンの宮廷に潜入した」 「…さっき、聞いた」 「なら、どうして他の誰でもないウェラー卿が、そんな危険な真似をしなくてはならなかったと思う?」 「…ベラール王家の…直系、だから…」 「そう。内乱を起こさせ、大シマロンを内部から瓦解させるきっかけとなれるのは、自分だけだと彼は考えた。そして、自分の最大限の力を尽くそうとしたんだ。……成功してよかったよね。もし失敗していたらーその確立の方が高かったんだけどーウェラー卿は間違いなく命を落としていたよ」 コンラッドが死ぬ。ふと思っただけで、身体が大きく震えた。 「でも彼はやってのけた。ねえ、渋谷。ウェラー卿はどうしてこんなことをしたと思う?」 質問がまた最初に戻った。 「だから…」 「君が望んだからだよ」 風がない。 樹があまりにもうっそうと立ち並びすぎて、空気の通り道が塞がれているのかもしれない。 だからだろう。こんなに息が苦しいのは。 「意味、分りません、大賢者様。滑り止めが東大っていう誰かと違うもんで。おバカな県立高校生にも分るように、説明して下さい」 「そういうものの言い様は、卑屈とも言うし、時には下衆とも称される。仮にも王たる者が口にしていい言葉じゃない。謹みたまえ」 …俺は。 正直、息を呑んでいた。村田のこんな口調は初めてだったし、一瞬遅れて言われた意味を理解した途端、捻くれてみせた自分が、とんでもなくみっともない存在になった気がして、恥ずかしくてたまらなくなったからだ。 俺は思わず顔を伏せた。たぶん、いや、間違いなく顔は真っ赤だと思う。とにかく、一気に体中が熱くなってーそれも爽快な熱さとは全然違っててー俺は泣きたくなってしまった。 村田はそんな俺をちらりと一瞥すると、また水面に視線を戻した。 「君はいつも言っていたよね?」 「………え?」 「戦争は嫌だって。絶対人間達と争わないって。永世中立目指すんだって」 「う、うん…」 「どうやって?」 「へ?」 「どうやって人間達との間に和平を結んで、戦争が起きないようにするつもりな訳?」 「…どう…って……。だから、その……話し合って……」 村田はくすりと笑い、俺は思わずこくりと唾を飲み込んだ。何だか「怖い」と思ってしまうのは、間違っているんだろうか? 「前の大戦がどうやって始まったか聞いてるかい?」 「え、あ、いや…」 「大シマロンがね『神の名の下に、邪悪と暗黒と恐怖の源である魔族を討つ』と宣言して、いきなり、飛びかかるみたいに襲い掛かってきたのさ」 「……まじ?」 「そう。民の飢えも、疫病も、人間同士の争いも、全ての糸を引いてるのは魔族だと。ゲームやハリウッドの三流ファンタジー映画じゃお約束の設定だけどさ。とにかく正義は我にありってやってきたわけだ」 「何だよ、それっ。ひでーじゃんかよっ!」 「別に驚く事はない。もう数千年の昔から、人間達はそう主張してきたんだから。少なくとも市井の民は今もそう信じているんだし。ただ、それを表に出して戦争を仕掛けてくるとは、さすがの魔族達も思わなかったみたいだ。今思えばうかつな話さ。さて、陛下」 いきなり「陛下」ときた。どくん、と胸が鳴る。 「君が当時の魔王だったら、どう対処した?」 口答試験だ。 俺は一度、ぐっと唇を噛み締めて、強ばった脳を回転させるべく、……べく……ああ、どんな油を注せば脳が動いてくれるのか、さっぱり分らねーっ。 「悪を倒すという大義の下に、溢れんばかりの正義感を漲らせてやってくる敵に、悪の総大将はどうすべきかな。改造人間もコスプレ怪人もいない。やっぱり、平和を求める魔王陛下は、あちらが求めてもいない話し合いを、それでも求めようとするのかい?」 「…………」 「血を見るのはいやだ。戦争は嫌いだ。戦うことは悪だ。平和的解決を求めよう。話し合いによって導かれる平和こそ、絶対の善だ。……戦争反対と護憲を叫んでいさえすれば正義の味方になれると信じてる、どこかの国の政党みたいだね。まあそれ自体は間違っていない。ただここで問題なのは、そうやって戦争を忌避している一分一秒の間に、君の民はどんどん血を流し、命を奪われ、街が、国が破壊されていっている、ということなんだよ。無為に時間を過ごす余裕はない。さあ、魔王陛下、君が国と民を愛すると言うのなら、君はその時ーいいかい、これは実際に起こった事であり、これからも起こりうる事なんだよ?ーどう行動するんだい? 上王陛下みたいに、全ての判断を放棄して、誰かに任せて知らん顔を決め込むかい?」 ……何と答えればいいんだろう…? 何と答えれば、村田は許してくれるんだろう? ……やり過ごせるんだろう……? そう頭に浮かんだ瞬間、俺は心底自分が情けなくなった。 俺は今、王としての資質を問われているんだ。王として、俺の中でしっかりと持っていなくてはならない何かが、ちゃんとあるのか、俺はそれをちゃんと分かっているのか、それを村田は問うている。なのに。 ない。 俺の中には、その答えがない。 戦いは、戦争は絶対にイヤだ。人間達と、平和に共存していきたい。できれば仲良くしていきたい。 普段なら、地道な外交努力ってやつでなんとかできるのかも知れない。 でも、二十数年前みたいに、いきなり宣戦布告されてしまったら? 俺が手を拱いていたために、たくさんの眞魔国の民の命が、悲鳴と流血の中に消えていったとしたら? どうすればいい? 一番分かりやすいのは、いや、むしろ当然の方法は、戦いを受けて立つ事だ。軍を組織し、戦地に送りだし、勝利を祈り……。 でも、でもそれじゃ……前と一緒だ………。 「……ごめん、村田…。俺………、俺、分らな…い」 認めるのはものすごく辛かった。自分がバカだってコトは分かってるつもりだったけど、これはもう、違う。へなちょこなんて可愛いモンじゃない。ああ、もう、まじで目の前の景色が潤んできた。 ………眞王様、魔王選択大失敗、じゃん……。 でも村田は驚きも呆れもせず、平然と俺の言葉に応えた。 「そんなこと、皆知ってるよ」 「………………え?……」 それは俺がバカだってことか? それとも…。 「君が答えを持ってないってことをさ」 よく分らずに見つめていると、ようやく村田が視線をこちらに向けてきた。 「戦争反対、永世中立平和主義って言ってても、君が具体策といえるものをー国内指針も外交政策もーこれっぽっちも持っていないってことを、さ。……何十年も政治に携わってきた彼等だよ? 十五、六の子供の頭の中味も気づいていないなんて、まさか本当に思っていた訳じゃないだろうね?」 「……………………………………」 自分が口先だけで、中味が空っぽのヤツだと認めるのは無茶苦茶辛い。でも、周りの皆がそれをちゃんと分かっていたと理解するのも、やっぱりものすごく辛かった。 「……俺、自分の…やれることを…一生懸命、やろう…って…」 「君のやれる事って何?」 「…………」 「カヴァルゲートの姫君とか、スヴェレラで強制労働させられてた女性達とか、身体を売らなくてはならなかった女の子達とか、グレタとか、カロリアの人々とか。君が個人的に出会って、助けてやれた人達は確かにいたし、カロリアに至っては独立まで果たせたね。確かに君の存在が、行動が、特定の相手に幸福を齎した、と言えるだろう。でもそれは、国家とこの世界の大局という視点で測った場合、ほとんど意味をなさないんだよ。そこに残るのは、一握りの人々の一時だけの安寧であり、君の…自己満足だ」 そこまで言われたら、さすがの俺だって腹が立つ。思わず拳を握りしめた。 「また密航でもして旅に出るかい? たまたま出会った可哀想な子供でも助けるために。自分が何より先に護らなくちゃならないこの国の民をほっぽって」 「……村田っ……!」 「君は内政を放っておき過ぎるね。識字率は上がったらしいけど、君、自分の国の人口がどれだけかちゃんと把握してるの?」 「…う…」 「男女比とか、職業別の統計とか、どういった産業で国が成り立っているかとか、税率とか、そもそも民がどういう暮らしをしているのか、ちゃんと勉強してるのかい?」 「………うう……っ…」 ギュンターが一生懸命先生してくれているけれど、俺は勉強が苦手ですぐに言葉が右から左に流れるか、子守唄にしか聞こえなくなる。それによく思い出してみると、ギュンターの授業は歴史とか宮廷作法の方に力点が置かれてて、そういう民の実状は今一つ後に回されているような気が…する。 これはやっぱり現実的な施策が、当のギュンターやグウェンに任されて、そしてそれでうまく回っているという現れなんだろうか? 怒りのやり場もなく、俺がまたも黙り込んでしまうと、村田は小さく息をついた。 「だから……ウェラー卿は行動したんだよ」 ハッと顔をあげる。 そうだ。もともとコンラッドの話だったんだ。……でも、どうして? 「君は平和のための具体策を持っていない。そのくせ、戦争反対を声高過ぎるくらい高らかに宣言してしまった。『俺が魔族を変えてやる!』なんてね。しかし実際問題として、シマロンは着々と対魔族の準備を押し進めているし、魔族もそれを受けて立つつもりだし、肝心の君は国にいたりいなかったり、この世界にいたとしても、国を離れる事が多いし。そのままでは、君は飾り物以上にはなれず、それどころか愚王として軟禁させられてしまう可能性だってあった。だってそうだろう? 側近の言う事を素直によく聞く王なら、外で遊ばせておいても問題ないが、君ときたら、それまでの国策に反する事を堂々と口に出したり、行動したり。とても放っておく事は適わない。どこかへ閉じ込めて、喚きたいだけ喚かせておけ、そう考える者がいてもちっともおかしくない」 「…そんなこと、ホントに……計画されてたのか?」 想像したら、背中がすっと寒くなった。 「さあね。ただ、フォンヴォルテール卿にしたって、フォンビーレフェルト卿にしたって、そして君の数少ない最初からの味方であるフォンクライスト卿にしたって、君の主張が通るなんて考えもしていなかった。人間と和平がなりたって、平和的に共存共栄できる、なんてね」 俺に絶対の忠誠を誓っていながら、人間は愚かだと、滅ぼしても一向構わないと、ギュンターが考えていたことを俺は確かに知っている。 「君の絶対平和主義をまっすぐに受け止め、それを何としてでも実現させようと決意し、同時に君の王権を確固としたものにしようと考えたのは……ウェラー卿コンラート、ただ一人だ」 「魔王の名のもとに平和が達成されれば、君の名は英君として讃えられる。そのために彼が、自分の身体に流れる血を利用しようと考えたその過程は、充分に想像がつくよ。そしてそれは実に正しかった。国を出奔し、一旦母国と縁を切り、裏切り者の汚名を着る事によって、魔族に害が及ぶ可能性を断つ。そうすれば、失敗したとしても、眞魔国にとっての犠牲はウェラー卿一人で済むしね。そして、大シマロン内部の反乱となれば、我が国にとって何ら被害はないし、向こうにとっても、国同士の戦争に比べれば、流血の量ははるかに少なくて済むはずだ。分るだろう? 一つの犠牲も払わずに成し遂げられる事などないんだよ。できることがあるとすれば、被害を限り無く少なくする努力だけだ。それすらも否定するとしたら、君は救い様のない大馬鹿者だよ?」 ……そして、確かに俺は大馬鹿者だった。 「シマロンの帝政を転覆させ、魔族との共存を選ぶ新しい国家を作り上げ、最終的に大陸のもっとも支配的な国と魔族との間に和平条約を結ばせる。……君が望んだ通りに。一朝一夕でできるはずのないこの事を、ウェラー卿はやってのけたんだ。少なくとも、その基礎は作り上げた」 すごいよね。村田はふう、と長い息をついて呟いた。 「やり遂げられるとは、僕も思っていなかったよ。…本当に、彼は……命を掛けたんだね」 君のために。 「…………どうして」 「ん?」 「どうして。……誰も、コンラッドも、それを俺に教えてくれなかった、んだ?」 「言っただろう? 眞魔国に害を及ぼす訳にはいかないんだよ。魔王とはすなわちこの国そのものだ。君が真実を知っているということになれば、ウェラー卿の計画のバックには眞魔国が存在することになる。魔王が企み、その指示の下に為されたということになる。外交上それはまずいんだよ。地球でだってそうだろう? トップに責任を負わせないために、下の者を切る。臣下が犠牲になって君と国家の威信を護るのさ。……君はごまかすということができない。そして本当の事を知れば、必ずウェラー卿を援助しようとしただろう。違うかい?」 した。間違いなく。 だってそうじゃないか。コンラッド一人をひどい目に合わせて、こちらは知らんぷりなんて、そんなん…。 「……できるワケないじゃん……」 「だろう?」 思わず洩らした言葉の意味をあっさり汲み取ると、賢い村田は頷いた。 「だから、何が起ころうと、例えウェラー卿が命を落とそうと、君に真実を知らせる訳にはいかなかったんだよ。外ではウェラー卿が、そして国内ではフォンヴォルテール卿が、全ての責任を被る覚悟でいた。……………大体もう、理解してくれたかな?」 後は自分の頭で考えるんだね、と言葉を残して村田は立ち上がった。 「ああ、もう一つ、最後に言っておくよ。いいかい、これだけは覚えておいて欲しい。君の権威が高まれば高まる程、君の言葉の一つ一つが、この国に生きる者にとって絶対のものになる。君がどれほど軽い気持ちで言ったとしても、万一冗談で口にした事にしても、そして感情のままに心にもない事を口走ったとしても、君に仕える者はその言葉に命を懸ける。……嫌いな相手を嫌いと言うのも君個人の自由だ。だが言われた相手は、それが君に忠誠を尽くそうとする者であればあるほど……自らの命を断つ以外、忠義を貫く道はなくなる」 そして、黙り込む俺を残して、村田は去っていった。 村田がいなくなって、静かになって。気がついた。 だから。 ここは一体、どこなんだろう。………帰れねーじゃん……? 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