グランツの勇者・8−1


「あーはははっはっはっは……! ゴホッゴホッ……あはあはは……うー、お腹痛いっ! …ぷっ、くっ、くくっ、あは、あははっ、あはははは…っ! ケフンっ」

「………咳き込みながら笑い転げてんじゃねーよ………」

 片手でお腹を押さえ、片手でテーブルをバンバン叩きながら笑い続けている少年の傍らで、もう1人の少年が目を眇め、低ーい声で唸るように言った。

「…ご、ごめ……でも…だって、これが笑わずに………ぷっぷくっ……あっはっはっは!」

 苦しい痛いと言いながら、笑いが止まらない少年をジロッと睨んで、それからもう1人の少年は手にしていたお茶のカップをぐいっと呷った。
 冷めかけたお茶が苦く喉を通る。
 と、ふいに目の前に、湯気の立つ新しいお茶のカップが差し出された。思わずカップを持つ手の持ち主を見上げる。

「それ、もう冷めてしまったでしょう? 今淹れ直してもらいましたので、こちらをどうぞ。香草茶です。すっきりしますよ? ……本当はテーブルの上に置きたいのですが……」

 ただ今テーブルは、絶賛大笑い中の友人が突っ伏して、バンバン表面を叩いていたりするので、お茶を置くのはちょっとばかり危険かもしれない。
 友人と声の主を交互に見つめ、少年は「ありがとう」とカップを受け取った。

 香草茶をことさらゆっくりと口に含み、それからさらにゆっくり飲み下すと、ハーブの良い香りが口から鼻腔にかけて爽やかに広がる。

 お茶のカップを手に、思わずほーっと息をついたのは、もちろん眞魔国第27代魔王陛下であるユーリだ。
 そして、偉大なる魔王陛下の御前でいまだヒーヒーと声を嗄らしながら笑い転げているのは、これまた眞魔国の偉大なる聖者、大賢者猊下の村田健である。

 対照的な2人に様子に、コンラートは胸の中で何度目かのため息をついた。

 彼らがいるのは、実はフォングランツ卿ハンス、つまりグランツ領当主の末の弟、エドアルド達兄弟の父親の邸、その客間だった。
 当然の事ながら、そこにいるのは魔王陛下一行だけではない。
 いつの間にか村田と同行していたハンスの息子達と、ついでにフォングランツ卿アーダルベルトも同席している。

 ……アーダルベルトは置いといて。
 コンラートはさりげなくフォングランツ卿ハンスの息子達を眺め見た。
 この中でよく見知っているといえばエドアルドだけだが、この兄弟、なかなか個性的だ。
 今、ぶすくれている魔王陛下と大笑い真っ最中の大賢者猊下を目の前にして、6人それぞれ反応が違う。
 長男トマスは戸惑いを隠せないながらも慎み深く見ないフリをし、次男ウォーリスは冷静な表情で沈思黙考の様子を作り、3男ステファンは思いもよらない高貴な2人の言動にワクワクと目を輝かせ、4男ヨハネスはただびっくり唖然と口を開き、エドアルドのすぐ上という5男オスカーは、軽く引き上げた唇の端に好奇心を漂わせ、じっくりと2人を観察している。
 ちなみにエドアルドはすでに免疫ができているのか、2人の様子を気にも留めず、家令を叱咤してお茶だのお菓子だのを用意させていたのだが。

「あ、あの……エドアルド様…?」

 おずおずと客間にやってきたのはフォングランツ卿ハンス邸の家令だった。数呼吸、誰に声を掛けるべきか迷ってから、どうやら一番話が通じているらしいと踏んだ末っ子の名を呼んだ。

「ただ今厨房の勝手口に、グリエ・ヨザック様と名乗られる方がおいでになられたのですが……」
「勝手口に!? どうして……。ああ、すぐにお通しして……いや、僕が行く!」

 お迎えに行ってきます! とコンラートに断りを入れると、エドアルドはすぐさま部屋を飛び出していった。そして間もなく、疲れ果てた様子のヨザックを伴って部屋に戻ってきた。

「グリエちゃん、お帰り! でもどうして勝手口から………えーと、お疲れ様…?」

 だいぶ機嫌が直ったのか、ユーリが明るい声でヨザックを迎えた。が、ヨザックのあからさまにげっそりした様子に、その声もたちまちトーンダウンしてしまった。

「……ひどいですよ……坊っちゃん〜……」

 俺を1人で放り出してって〜と、ヨザックが恨みがましく言った。

「あれから道場の連中が俺も私もって襲い掛かってきて、息つく暇もくれないんですよぉ〜。俺ってば、迫られるのは嫌いじゃないけど、どいつもこいつも色気の欠片もなくって〜。やっと終わったと思ったら、今度は昔の話を聞かせてくれって、これがまたうるさいわしつこいわ。正直、アリにたかられるお菓子か、託児所の保母さんになった気分でした〜」

 やっぱりグリエちゃんは保父さんじゃなくて、保母さんなのか。
 遥か目の下にいるユーリを上目遣いで睨んでみせる器用なお庭番を、ユーリなまじまじと見つめた。そして。
 「そうだ!」と、お皿にした手のひらにぽんと拳を打ちつけた。エラく古典的なひらめきの合図である。

「悪いのはお前だ!」

 ユーリがぴしっと、テーブルに突っ伏して笑いの発作に耐えている村田を指差した。

「え〜〜、僕ぅ?」

 村田がお腹を押さえながら、不満そうに顔を上げた。「そうだ!」と、ユーリが今度はお怒りモードで腕を組む。

「グリエちゃんを置いてけぼりにしたのは、お前が言ったからじゃん! それにシュルツローブ道場におれとコンラッドが偵察に行ったのも、お前が行けっていったから……」
「それはないよ、渋谷!」

 村田がいかにも心外だと声を上げた。

「シュルツローブ道場の実体を知らなきゃってウェラー卿に熱く語っていたのは君じゃないか。僕は君の忠実なる臣下として、君の望みを叶えようとしただけだよ? ちなみに君とウェラー卿がシュルツローブ道場でどう立ち回ったか僕は全然知らないし、ウェラー卿がなし崩しにシュルツローブ道場の代表選手になっちゃった経緯も僕の与り知らないところだよね。僕に責任転嫁されても困るなー。でもさ、とにかくこれで、眞魔国三大剣豪の2人、ウェラー卿コンラートVSグリエ・ヨザックという夢の対決が実現することになったわけだろ? 本気の2人が観たいといった君の望みも叶うじゃないか」

 いやー、めでたいめでたい、あっぱれあっぱれ。
 にこやかに笑う村田に、すっかり乗せられてその気になった過去を持つユーリは、「ううっ」と唸ったきり反論できずに親友を睨んでいる。

「シュルツローブ道場の代表選手ぅ?」驚いたヨザックが思わず声を上げた。「おい、コンラッド、お前……ホントか!?」

「そうなんだよ、ヨザック!!」

 聞こえていたのか、村田が今度はヨザックに笑顔を向けた。

「2人でシュルツローブ道場潜入を果たしたはいいけど、ハッと気がついたらすっかりお友達になっちゃってたんだってさ! 陛下とウェラー卿のあまりに見事なミッション遂行能力に、僕はびっくりしてしまったよ」

 ほら、感動のあまりこんなに涙が。
 涙のしずくを指にとって見せる村田に、「笑いすぎてだろうがー!」とユーリが怒鳴る。
 そんな2人をつくづく見つめてから、ヨザックは呆れた顔をコンラートに向けた。渋面のコンラートがパッと顔を背ける。

「……お前な……何でまたそんなマヌケなことになっちまったんだ?」
「………う」

 本当に、どうしてこんなことに。
 ユーリとコンラートはそっと視線を交わし、それから同時に深々とため息をついた。


□□□□□


 シュルツローブ道場の一員として武闘大会に参加してもらう!
 そう宣言されて、ユーリとコンラートの主従コンビがあわあわしている内に話はどんどん進んでいった。

「もう皆も知っていると思うが、30年振りに復活するこの度の武闘大会は、恐れ多くもめでたくも、魔王陛下のご臨席を賜る栄誉ある大会となることが分かった!」

 場所はつい先ほどまでコンラートが剣を振るっていた練習用の広場だ。
 掛け声一下、まるで小学校の全校集会のごとく、きちんと並んで気をつけをした門人達を前にして、校長先生、じゃなく、道場主のエイザムの演説が始まった。

 エイザムの言葉に、門人達が一斉に手を振り上げ、押し殺していた興奮を一気に爆発させるかのように歓声を上げる。
 エイザムが満足げに頷いた。

「奇しくも、今日この日、シブヤ・カクノシン君という素晴らしい仲間が増えた! これはまさしく瑞兆、我がシュルツローブ道場の未来が輝きに満ちている確かな証である!」

 門人達の興奮のボルテージがさらに上がり、うおおっという雄叫びが怒涛の様に上がった。

 一体いつシュルツローブ道場に入門してしまったんだろう……?
 確かに一芝居打って道場内部に入り込んだ。だがユーリにしてみれば、それはざっと雰囲気を探ってくるという気楽なもので、敵の懐に潜り込み、仲間の振りをして情報を得る、という本格的なスパイ大作戦ではなかったのだ。
 なかった……はずだと思いたい。
 主従コンビは呆然と宙を見つめた。

「この上は3日後の大会に向けて、皆、調整の怠りなきよう、万全の準備を整えてもらいたい。君達1人1人の奮闘を、私は心から期待している。君達それぞれに、我らを育みしグランツに、そして何よりも我等の偉大なる祖国、眞魔国に栄光あらんことを!」

 エイザムの演説が終了した瞬間、シュルツローブ道場、師範門人一同の興奮は最高潮に達した。
 剣や、思い思いの武器を振り上げ、足を踏み鳴らし、紅潮した顔を天に向け吠えている。
 やがて。

『青雲はるか〜グランツの〜、ふーめつーのいっさっおー、仰ぎ見て〜
 かーぜはさーわーやーかー、水きーよーくー! おっひっさっまっきっらっきっらっ……』

「………お日様きらきら……?」

 ゲストということで、ユーリとコンラートは師範達と並んで門人と向かい合う形で立っている。その2人が呆然と見ている前で、いきなり合唱が始まってしまったのだ。
 エイザムはもちろん、教員列(?)に居並ぶ師範達も、そして門人一同も、武器を鞘に納め、左手を腰に、右手で拳を作り、その拳を胸元で、リズムに合わせて振っている。

『わーかきひっとっみっに燃ゆるは理っ想!』

「……応援歌? っていうか……校歌?」

 学ランに下駄履き、白手袋にたすき掛け、甲子園で汗みずくになりながら腕を振り、声を張り上げる、そんな古式ゆかしい応援団の姿がユーリの脳裏に浮かぶ。
 ……もしかしたら、ポンポンを手にしたチアリーダー部隊がどこからともなくやってくるんじゃないか。ふとそんなコトを思って周囲を見回すと。
 1人の女性が、やはり拳を振って歌っている姿が目に飛び込んできた。
 シュルツローブ道場の道場主、エイザムの一人娘、名前はクレア─客間で魔王陛下来訪の報せをフィセルと共に報告に来た人物─である。

 クレアは道場主の娘ではあるが、ルイザとは性格的にもかなり違うらしい。
 武人の子であるからには己も武人にと考えているらしいルイザとは違って、クレアはごく当たり前に女性らしい装いの人物だった。
 背に緩やかに波打つ麦わら色の髪。両耳の上の一束を三つ編みにして後頭部に回し、ドレスと同じ薄緑色のリボンで纏めている様はなかなか清楚な雰囲気だ。ドレスも至極質素で、胸元のブローチ以外、特に宝飾品もない。目を瞠るほどの美女というわけではないが、清潔感があり、笑顔も人柄の温かさを醸し出しているようだ。
 ……満面の笑みを浮かべて拳を振り振り、応援歌(?)を歌っている姿を見ていると、どうもちょっと当初の印象とはズレている気がしないでもないが……。

 クレアはじっと見つめるユーリの視線に気づいたのか、あら? という顔を見せるとさりげなく2人の傍らに寄って来た。

「びっくりした?」

 怒号に近い合唱は天を衝く勢いだが、クレアの澄んだ声はすっとユーリの耳に滑り込んでくる。

「これ、闘う吟遊詩人を自認していたお弟子さんが作った歌なの。彼は今、音楽と武術の修行の旅に出ているのだけれど……」

 音楽と武術の修行をどう両立させているのか、ぜひ聞いてみたい。

「お父様ったら、魔王陛下がグランツにおいで下さったことが嬉しくて堪らないのよ。だからほら、いつもなら照れくさがって歌わないのに、今日はあんなに張り切って声を張り上げてるわ」

 見れば確かに、拳を力強く振りながら歌うエイザムの、重量感たっぷりの声は、門人達を圧して広場に響き渡っている。

『ああ、シュルツローブ! 誇りに満てり!
 立て、シュルツローブ! 時代を担うはわっれっらなりーっ!』

「おい、あんた」

 呆然と見つめていると、ふいに声を掛けられた。立っていたのはカート・フィセルだ。
 短く刈り込み過ぎてつんつん立った金髪と、元々釣り上がり気味らしい切れ長の、鋭い眼差しを持つフィセルは、ムッとした顔でコンラートを睨みつけてから、意を決したように二人に近づいてきた。

「まだ歌詞を知らないから歌えないだろうけど、手を振るくらいはしろよ。…っと、あんたは見えないのか」

 そう言うと、フィセルはぶすくれた顔のままコンラートの真正面に立ち、その手を取って拳を握らせた。

「こうして、そう、こっちの手は腰に当てて、こんな感じで振るんだ。分かるだろ? ……えーと、おい、坊主、お前、何て名前だっけ?」
「…………えっと、ミツエモン、ですけど……」
「お前は見えるんだから、教えなくてもいいな? ちゃんとやれよ。歌も早く覚えろ。これからしょっちゅう歌うことになるから。それと………あんた、カクノシン…さん」
「あ、はい…?」
「まさか負けるとは思ってなかった。油断してたのは確かだが、言い訳はしたくない。俺はあんたに負けた。完敗だった。でも、師匠やガス兄貴の他にも、あんたみたいに強い男がいるって分かったのは良かったと思う。これからは見た目がどんなおかしなヤツでも、絶対油断しないで掛かるつもりだ。その……また相手をしてくれ。今度はちゃんと1対1で」

 よろしく頼む。
 むすっとした顔のままでそれだけ言うと、フィセルはそそくさとその場を離れた。

「………かなりー…良いヤツっぽい……?」
「ですね……」

 2人の様子に、クレアがくすくすと笑っている。

「フィセルって意地っ張りなの。でも、根はとっても素直で優しいの。私の弟のような子なのよ。仲良くしてね?」

 クレアがにっこりと言う。
 結局。
 歌の2番が終わる頃には、ユーリとコンラートはリズムに合わせ、皆と一緒に勢い良く腕を振っていた。そして。

『シュルツローブ!
 シュルツローブ!
 我らがほっこっりーっ!』

 おーっ!!

 全員が息を揃え、掛け声と共に腕を思い切り突き上げた瞬間、ユーリもまた無意識に、「おーっ!」と拳を天に向けて力いっぱい伸ばしていた。

「……坊っちゃん…いえ、ミツエモン」
「……うん、カクさん」

 腕を突き上げた格好のまま、ハッと固まってしまったユーリの隣で、コンラートがしみじみと呟いた。

「とにかく一刻も早くここを出ましょう。正直、このまま状況に流されていたら、とんでもないことになりそうです」
「……うん、そうだね……。おれもそう思うよ、カクさん……」

 ところが事はそう簡単に進まない。

 演説と歌が終わって、ユーリとコンラートがさりげなく道場を抜け出そうと動き出したところで、二人の前に立ちふさがったのがバッサとイシルの2人、それと似たような雰囲気の数人の男達だった。

「いやー、俺たちゃ嬉しいぜ!」

 バッサが満面の笑顔で言うと、いかにも親しげにコンラートの肩を抱いた。かと思うと、イシルもまた以前からの友人の様にユーリの頭をぽんぽんと叩き出す。

「おうともよ! あんたみてぇな強ぇのが仲間になってくれてよお! これからシュルツローブはますますでかくなるぞ! 血盟城の武術師範も夢じゃねぇや!」

 そしてバッサとイシルは連れの男達に向かって胸を張った。

「これも俺達がこの人を見込んで師範代に紹介したからだぜ!」
「そうとも! 俺達の人を見る目がどんだけ高いか、これでよく分かっただろうが!」

 2人の自慢に、仲間らしい男達が「てぇしたもんだ」だの「お前ぇらのおかげで、他の道場に取られずに済んだ」だのと感心している。
 ……それって全然違うし。
 ユーリはちょっとムッとしてしまった。
 そもそもおれ達、道場破りに来たんであって、別にこの2人にスカウトされたわけじゃないから。
 血盟城の武術師範なんて、おれのコンラッドがずーっとやってらあ!
 反射的に、かなりアブないセリフでユーリが言い返そうとしたその瞬間だった。

「これからよろしく頼むぜ、シブヤの旦那!」

「う……うひょおう…っ!」

 飛び出そうとする声に急ブレーキを掛けたら、ヘンな声が漏れてしまった。
 いやいや、そんなことよりも。

 シブヤの。
 渋谷の。
 渋谷有利の。

「旦那ぁああ……っ!?」

 シーン。
 辺りが急に静まった。

 バッサやイシルや男達や、コンラートまでも。びっくりした様子でユーリを見ている。

「……いやいやいや……たはははは………」

 掌で押さえた頬が、カーッと熱くなってきたのが分かる。
 ゴホンと誰かが咳払いをした。バッサだ。

「…えーと……あー、さすがによお、お前ぇみてえなチビすけを兄貴って呼ぶのは道場的にも差し障りがあってよお。お前ぇには敬意を込めて別の呼び名をつけてやるから、な? それで勘弁しろや。でもって、カクノシンさんよ、あんたにも『オヤジ』はちょっとマズいし。ほら、俺達にとってオヤジっていったら何つっても師匠だしな。師匠といったら親も同然、弟子といったら子も同然っていうだろ?」

 時代劇的には、「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」だ。

「だからよ、あんたはのことは旦那って呼ぶことにしたのさ。……つーことなんだけど、俺たちゃそれほど妙なコトを言ったかい?」
「……い、いや、別にー……」

 頬っぺたを掌でくりくりしているユーリを見ながら、コンラートは首を振った。よく分からないが、コンラートが「シブヤのダンナ」と呼ばれることを、ユーリが嫌がっているようには……見えない。
 首を振ったコンラートに、バッサたちが「だよなー」と頷いている。

 別に「渋谷君の旦那様」と呼ばれたワケじゃないんだし、落ち着けおれ、とふるふる首を振り、ユーリは男達に向き直った。頬がほんのり赤くなっていることには気づかない。
 気を取り直して、ユーリはバッサ達を見上げて言った。

「えとっ、敬意を込めたおれの新しい呼び名って?」

 おう、とバッサが胸を張り、人差し指をぴんと立てる。

「ミツエモンだから、敬意を込めて、ミーモンと呼ぼう!」
「どこに敬意がこもってんだっ! つか、ミーモンって何だ、ミーモンって! 宇宙怪獣かよっ!」
「ウチのカイジュウって何だ? お前ぇ、ちょっとわがままだぞ? しょうがねぇなあ。じゃあ……モンモンでどうだ!」
「わーっ! それどっかで聞いたぞーっ!!」

「何を騒いでいるんだ? カクノシン君?」

 ふいに飛び込んできた声に、男達がピシッと姿勢を正した。

「師匠!」

 やってきたのはガスリーを従えたエイザムだ。

「カクノシン君、ああ、ミツエモン君も、ここにいたのか。今夜、君達の歓迎会をしようと思ってね。旅の話など、ぜひ聞かせてくれ。それに、近々ぜひ君達をレフタント家のご当主に引き合わせたいと思うのだよ。知っていたかな? 我が道場はグランツでも1、2を争う名家、レフタント家の武術指南を勤めていてね」

 レフタント家。その名前に、ユーリとコンラートはハッと顔を見合わせた。

「「あのっ!」」

 思わず重なる2人の声。

「もっ、申し訳ありませんが」コンラートが急いで続ける。「あの……実はっ、昔からの知り合いが、お、幼馴染がっ、この街に住んでいまして、その、今夜は久し振りに語り明かそうと約束しているのです。ですので今夜はっ」
「幼馴染?」エイザムが眉を顰めて言った。「それは残念だな。まあ…約束したというなら仕方がないが……」
「というわけでっ」

 ユーリも焦って割り込んだ。

「「今日はこれで失礼しますっ!!」」

 言うなり手を繋ぎ、2人は脱兎のごとく(こちらの兎がどれだけ素早いかユーリは知らないが)その場から走り出した。背後で「おい!?」とか「どうした!?」と呼びかける声が聞こえるが、あえて振り返らずに突っ走る。

 そして道場の門を飛び出してみれば。
 目の前にアーダルベルトが立っていた。


→NEXT

プラウザよりお戻り下さい。






容量が大きくなりすぎましたので、二つに分けます。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんっ(汗)。