グランツの勇者・20


 グランツの擂り鉢状の闘技場は、その形状からも、まさしく興奮の坩堝となっている。
 観客席に漲る熱気は、ひしめき合う人々それぞれが立ち上がり、腕を振り上げ、歓声を上げ続けることによって1つになり、さらに掻き立てられ、燃え上がり、温度を上げていった。

「ヒルダ様! 我らが誇り!」
「今時の若造なんぞに負けないで下されっ!」
「ウェラー卿! ウェラー卿!」
「頑張って、閣下! あなたこそ魔族の英雄です!」
「ウェラー卿こそ『グランツの勇者』だ!」
「何言ってやがる! グランツのご隠居様こそが最高の勇者だ!」

 もはやどこにも、どんな嘘もなく、偽者もいない。
 これから行われる試合が、グランツにとって、いや、全ての武人にとって、一体どれほど大きな意味を持つものか。これを直に目にするということが、どれほど貴重な経験なのか。武人ではない民達もまたしっかりと理解している。
 驚きから立ち直った人々は、時間が経つほどそれを実感していた。どんどん強く速くなる心臓の鼓動や、浮かれるほどに上がっていく体温で。
 そしてここにも。

「ああ……兄貴なんだ……!」

 グラウンドで向かい合う2人の武人を見つめながら、感に堪えない様子でフィセルが呟いている。

「兄貴が…ウェラー卿だったなんて……! 魔王陛下とまで、俺、普通に喋って……。…ああ、すげぇ…! なん、か、俺、ちょっと、今頃になって……」

 実感が湧いてきたと、フィセルは己の二の腕を押さえた。その事実が胸に落ちると同時に、フィセルの全身を震えが襲ってきたのだ。

「おれ、俺……ウェラー卿に剣を教えてもらってたんだな……。朝から晩まで、俺、ウェラー卿コンラート閣下に指導してもらってたんだ……! ずっと側にいたんだ。ああ、すげぇよ!」
「俺もだぁ」

 フィセルの呟きを聞きつけたのか、周囲に座っていた同門の仲間達からも声が上がった。
 イシルが頭を抱えて、膝に額をくっ付けるように屈んでいる。怯えているわけではない、そうしていないと興奮で飛び上がりそうなのだ。さらにその隣でも、バッサが真っ赤になった顔を天に向け、ぎゅうっと唇を噛み締めて、叫びだしそうな自分を抑えている。

「俺みてぇなのがよぉ、信じられねぇよ…! 俺ぁ、ウェラー卿はもちろん、魔王陛下と肩まで組んじまったんだぜ!? おい、信じられるかよ、ホントによぉ。……気がついたら酒場の床に転がってるんじゃねぇだろな?」

 その気持ちは良く分かるぞと、全員がうんうん頷いている。

「俺が何より嬉しいのは」

 シュルツローブ道場において、初めてウェラー卿と剣を交わしたゲイラムが言った。もともと寡黙で、声の小さな男なので、思わず皆黙って耳を澄ませ、顔を寄せてしまう。

「魔王陛下とウェラー卿が、俺達の存在を知って下さってるってことだ…! 俺達はもう陛下にとっても閣下にとっても、名もない民の1人じゃない。陛下と閣下は俺を知っていて下さる。こんな……つまらない男を……陛下は知っていて下さるんだ。それを思うと、俺はもう……!」

 糸のような細目と無表情は変わりないが、そのこけた頬には子供の様に赤みが射している。ゲイラムが乾いた胼胝だらけの掌でごしごしと顔を擦った。照れくさいのかもしれない。
 滅多に言葉を発しない男の発言に、全員がしみじみと頷いた。

 そんな弟子達の様子を、エイザムは感慨深げに見つめていた。前を見れば、グランツの若君達の前、最前列で、この国の至高の君が、闘技場に立つ生きた伝説達に顔を向けている。だからエイザムの目に映るのはその黒髪だけだ。
 しかしエイザムの胸を打つにはそれで十分だった。
 ……よもや、私の人生にこのような事態が起ころうとは。

 溢れてくる思いに、エイザムが小さく首を振ったその時だった。
 まるで彼の心の声が聞こえたかのように、魔王陛下がひょいと振り返ったのだ。貴い黒瞳は、若君達の頭越し、真っ直ぐエイザムに向けられている。
 思わずエイザムの背筋が伸びた。

「エイザム先生」

 魔王陛下が呼びかけてくる。周囲の視線がエイザムに集まる。

「…は。陛下」

 畏まって応えると、魔王陛下が悪戯小僧の様に微笑んだ。

「賭け、忘れてませんよね?」
「……賭け……?」

 一瞬何を言われているのか分からず、エイザムはきょとんと目を瞬かせた。
 魔王陛下が指をスッと闘技場に向ける。

「この試合の結果です。忘れちゃダメです」

 笑顔で言われて、しばし目を闘技様に向けたエイザムは、やがて「あ」と小さく声を上げた。
 それから無意識に視線を隣のガスール老人に向けた。老人が訝しげにエイザムを見返す。

 もしカクノシン、いや、ウェラー卿がヒルダに勝利したら……戦場で何があったのか真実を話す、と。

 視線を戻し、それからエイザムは再びその目を闘技場に向けた。1度目を閉じ、それから開く。

「陛下。恐れながら、陛下はフォングランツ卿ヒルデガルドという方が、どれほどの武人かご存知でいらっしゃいますか?」
「コンラッド…ウェラー卿に色々と聞きました。史上最強の剣士で、武人で、ウェラー卿も幼い頃からずっと憧れてきたそうです」

 ユーリの答えに、エイザムが満足そうに頷いた。

「ウェラー卿もまた、間違いなく歴史に名を刻む英雄でいらっしゃいます。しかし、本物のヒルダ様を相手にして、ウェラー卿は勝利を収められるかどうかは分りませんぞ? かの時代、戦の数はウェラー卿がご経験なされたよりも多かったのです」
「先生はヒルダ様が勝つって…?」
「私はグランツの武人でございますれば」

 偉大なる先達を信じておりますと、恭しく頭を下げるエイザムに、ユーリは「うん」と頷いた。

「でも、先生」
「は」
「賭けはおれが勝ちます」
「……それは…陛下……」
「先生は知らないと思いますけど」

 ユーリがにっこりと笑った。

「おれが見てるんです。だからコンラッドは絶対に負けません」


□□□□□


 闘技場のグラウンド上で、コンラートとヒルダは剣を抜いて対峙していた。

 静かに、力みもなくゆったりと、だが互いから目を離さず、ただ立っている。
 観客席から怒涛の様に降り注ぐ歓声が、彼らの耳に届いている様子は見えない。
 だがやがて、2人の足がほとんど同時にすぅっと前に出た。気負いも何もない、友人同士が挨拶を交わそうとするかのような自然な歩みだ。
 しかし次の瞬間、ギンッという鋼がぶつかり合う鈍い音が人々の鼓膜を叩いた。

 戦いは唐突に始まった。これまでの静かな対峙が嘘だったかのように、激しい打ち合いが続く。
 ギンッ、ガッ、ギンッと、音は間断なく続き、人々は瞬きする間も与えられず、ただひたすら2人の武人の動きを追っていく。
 剣と剣は上下左右凄まじい速度で移動しながら、しかし、まるで長らく離れ離れだった恋人同士の様に、熱烈に激しくその身を重ね続けている。

「……あれ、どっちが攻撃して、どっちが防戦してんだ…?」

 間合いに飛び込み、鋼を何度も弾き合う。飛び退り、新たな攻撃のポイントを狙うために走る。そしてまた間合いを詰め、だが一瞬足りとも相手の目から己の目を逸らさない。
 コンラートとヒルダの戦いの、打ち合わせ済みかと疑いたくなるほど呼吸の合った、そして目で追うのが難しいほど高速の打ち合いに、思わずユーリが声を上げた。

「全然分りません……」

 ユーリのすぐ後に座っていたエドアルドが、反射的に答えた。

「閣下もヒルダ様も……まるでお互いの剣を…全く見ておられないように僕には…見えます……」
「剣なんぞ見てるもんか」

 答えたのはアーダルベルトだ。ユーリとグランツ年少組の視線が集中する。

「相手の剣がどう襲ってくるかを見極めてからじゃ遅い。その他大勢の武人ならともかく、婆さんやコンラート相手じゃあ1発で叩きのめされる。…フェルがそうだった」

 スールヴァンの若当主の敗戦を思い出し、年少組みが「あ」と短い納得の声を上げた。

「あいつらぐらいになるとな」アーダルベルトが呻くように続ける。「相手の目や構えや踏み込み、身体のどこに力が入ってるかを目にした瞬間に、どこからどんな攻撃が襲ってくるか分るもんなんだよ。とんでもねぇのになると、少なくとも自分の反撃も合わせて三手先、五手先まで読めるようになる。これはもう理屈なんかじゃねぇ。頭で考えるもんでもねぇ。どう攻撃するかも防ぐかも、いちいち頭で理解してるわけでもねぇ。言ってみりゃ、獣の本能みたいなモンさ。だからあいつらは、相手の攻撃を見切って剣を繰り出してるわけじゃねぇんだ。勝つために、生き残るために、武人の本能がここと示した所に剣をひたすら繰り出してるだけだ」
「……生き残るため…?」
「それだけ本気にならないと勝てないってことだよ、渋谷」

 反対隣から村田が補足してくれる。

「…あ、あの、でもさ、頭で何も考えずに、本能だけに頼って剣を構えてたら、うっかり間違うってこともあるよな?」

 右から攻撃されると本能が読んで、そっちに構えたら、実は左からの攻撃でしたってこともあるんじゃ?

「ほら、サッカーのPK戦みたいに。あれもほとんど反射的っていうか、本能的っていうか……。でも正反対に飛んじゃうこともしょっちゅうじゃん」

 あのねえ。村田がため息と共に額を押さえている。

「坊っちゃ〜ん」今度はヨザックが助け舟を出した。「そこで経験がモノを言うンですよ〜。どれだけ修羅場を潜ってきたか。どれだけぶった斬ってぶった斬られて、血煙浴びながら生き延びてきたか。もって生まれた才能はもちろんだけど、経験と、それから努力に鍛えられ、研ぎ澄まされたその声が右だって言やぁ、それは間違いなく右からの攻撃なんです。……済みません、露骨な表現しちゃいました」

 何か凄惨な光景を想像してしまったのかもしれない、ユーリの表情が一気に重く、辛そうに歪むのを見て、ヨザックが慌てて謝った。ユーリの隣で、大賢者様がちろりと横目で睨んでいる。……思わず小さく肩を竦めるヨザック。

「……ううん、良いんだ、グリエちゃん。おれこそごめん…」
「だが、グリエの言う通りだ」

 アーダルベルトがフォローするでもなく、ヨザックの言葉に肯いた。

「とにかく目を離さずに見ていろ。ここで見ているとあいつに言ったんだろうが。一瞬でも気を抜くと、いきなり終わっちまうかもしれんぞ」

 アーダルベルトに言われて、ユーリが慌てて前を向く。


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 ヒルダと剣を合わせながら、実はコンラートは、アーダルベルトが言うほど何も考えていないわけではなかった。

 ……さすがに強い…!

 自分の全力の打ち込みが、悉く撥ね返されている。反撃も、一拍の呼吸の猶予もなく即座に返って来る。
 もちろんコンラートも襲ってくる刃を全て撥ね返しているのだが、それがどうしても会心の攻撃に結びつかない。ヒルダの剣が速すぎるのだ。
 それに。

 わずかに後方に飛び退ったと見えたヒルダの足が、地に着いた瞬間に前方へと跳ねた。
 間髪入れず、左腰に溜めた剣で強烈な攻撃をしてきた。左から右へ、空間を真っ二つに切り裂く勢いの剣は、危うくコンラートの胴をも真っ二つにするところだった。

 ……重い!

 咄嗟に防いだコンラートの剣に、ヒルダの剣が叩きつけられる。剣から腕に伝わってきたその重さと迫力に、コンラートは瞬間眉を顰めた。
 これまでの経験として、速い攻撃を得意とする者の剣は、比較的軽いのが普通だ。
 しかしヒルダの剣は、人並みはずれたスピードと、鋭さと、同時に重さを兼ね備えている。
 もちろん相手が魔族なら、それも決して不思議ではない。魔族の女性は人間と違って、その外見に騙されるととんでもないことになる。どれだけ華奢な少女に見えても、実はとてつもない怪力を秘めていることもあるのだ。……アニシナが良い例だ。

 コンラートは剣を捻る様にヒルダの剣を撥ね上げた。普通ならこれで相手の剣は弾き飛ばされる。だがもちろん、ヒルダはそんな甘い相手じゃない。
 スイッとヒルダが体勢を低く構えた、と、見えたその瞬間、彼女の剣はすでにコンラートの左足を狙って繰り出されている。
 右手に持った剣で防いでいては間に合わない。それを脳が認識する前に、コンラートの剣が左手に移動している。
 垂直に構えた剣が、ヒルダの剣を受け止めた。そのまま即座に撥ね上げ、剣を左手に握ったままヒルダの喉に向けて突きを入れる。ヒルダがしなやかに身を翻してそれを避ける。

「左も遣えるか」
「はい」
「基本だな」
「はい」

 動きが止まっていたのはその会話の間だけ。だがその間も彼らの武人の本能は、互いの全身と、取り巻く空気の色を読み、攻め時と攻めるべきポイントを一気に組み立てていく。
 本能の合図に命じられるまま、2人は飛び掛るように相手に迫った。
 ヒルダが剣を振るより早く、コンラートの剣が突きを入れる。
 ヒルダがそれを弾こうとする前に剣を引き、次のポイントを突く。半身を捻ってヒルダが避ける直前、またもコンラートは剣を引き、更に全く違う方向から突きを入れた。
 突きを成功させるより、躱されることを前提とした連続の突き技に、ヒルダがわずかに眉を顰めた。
 すぐに発想を転換させたのか、次のコンラートの突きをヒルダはくるりと素早く身体をスピンさせて避けた。そのまま、続く突きの全てをくる、くる、くる、とスピンしながら避ける。身体の軸は真っ直ぐ伸びて、回転してもブレることもなく、実に美しいスピンだ。

 ……まるで…そう、フィギュアスケートかバレエの選手のようだな。…いや、バレエは舞踏で選手とは呼ばないか。

 などとうっかり考えたのがマズかった。
 完璧なアスリートにして武人の、自信に満ちた美しい連続スピンは、ヒルダに強烈な遠心力をも与えていた。
 新たな攻撃を加えようと迫ったコンラートに向けて、突如強力な回し蹴りを食らわしてきたのだ。
 咄嗟に避けたが、完璧ではなかった。わずかだが脇腹をかすった。……かすっただけのはずなのに、ズンと鈍い衝撃が脇腹を起点に全身に走る。
 もちろんその程度の衝撃で怯むはずもない。美しい足のラインを堪能できなかったと残念に思うこともない。美しい身体のラインなら、地上最高のものを知っている。
 コンラートはすぐに体勢を整えると、即座に攻撃を再開した。
 今はスピンを止めたヒルダも、剣を構えてすぐに応戦する。再び激しい剣の打ち合いが始まった。


□□□□□


「……な、んか……見てると息が…できない……」

 けふっと小さく咳き込んで、それから数回深呼吸をしながらユーリが呟いた。
 グラウンドでは、コンラートとヒルダの攻防が続いている。
 剣を振る腕は、ほとんど残像にしか見えない。どこからどう剣を繰り出しているのか、どこに向けて攻撃し、それをどうして防いでいるのかも、これまた何が何だか全く分らない。……武人の獣の本能は、ユーリのどこにも備わっていないらしい。当然だが。
 観客席からは、ほとんど声が消えている。皆、試合の迫力にすっかり呑まれているのだ。
 前を向いているユーリは気づかなかったが、エドアルド達年少組も、2つ道場の門人達も、皆身を乗り出し、我を忘れて試合に没頭していた。

「…畜生…。こんな試合をただ観てなくちゃならんとはな……」

 アーダルベルトは心底悔しいんだな、とユーリが思った時、すぐ近くで深いため息が漏れた。

「……俺とやった時も、全然マジじゃなかったんですねえ……。結局最初から相手にされてなかったってことデスかあ……」

 ここにも悔しがっているのがいる。ヨザックがバリバリと頭を掻いた。

「…っ、あ!!」

 いきなり剣が宙を飛んだ。ヒルダの剣だ!
 コンラッドが勝った!?
 一瞬腰を浮かせかけたユーリの前で、だがヒルダは突如長い足を綺麗に撓らせ、見事な連続バク転を披露してみせた。そして最後に地面に足を着くと、スッと右手を上に伸ばした。宙を高く飛んでいた剣が、狙いすました様にヒルダの手の中に戻ってくる。ヒルダのポーズが華麗にキマった。
 観客席に「ほー…っ」というため息が満ちた。感嘆の思いもあっただろう。だがほとんどは、息をするのも忘れて試合に見入っていたことに気づいた観客達が、思わず呼吸を再開した音でもあった。

「……すげー! カッコ良すぎ……って、もちろんコンラッドほどじゃないけど」
「アブないなあ、渋谷」村田がくすっと笑って言った。「ああいうのはウェラー卿にはできないもんねー。…あれはアレだね、ほら、見事な投げとバク転、でもってキャッチの連続技が……」
「あ、あれだろ? えっとほら、キャッチアンドリリース!」
「…魚釣りじゃなくて。僕が言いたかったのは新体操!」
「あれ?」
「……さーて、一旦小休止かな? 隙の探りあいに入ったみたいだよ? ……何か会話してるみたいだねー。今度は聞かせてくれないのかな?」


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 剣がヒルダの手から離れたのを目にした瞬間、さすがのコンラートも「よし!」と内心ガッツポーズをキメた。だが剣がヒルダの背後に飛ぶと、思わず舌打ちをしそうになった。
 剣を取り返す前にと、コンラートも己の剣を繰り出すものの、案の定、ヒルダは仰け反ってそれを躱し、そのままヒラリと宙を飛んだ。ついでに両足が時間差をつけてコンラートの顎を蹴り上げようとしてくれたが、これは身体を捻って何とかしのいだ。

 ……俺も格闘はそれなりにやってきたが、こういう体術はできないな……。

 剣が生き物の様にヒルダの手に戻った。それを一振りして、笑みを浮かべたヒルダが立ち上がる。
 全身から、力と自信が炎の様に揺らめいて見える。

 ……勝利の女神か。

 戦場でこの姿を見た味方の兵士達は、さぞ奮い立っただろう。彼女が先頭に立って剣を翳せば、誰一人として勝利を疑う者はいなかったはずだ。逆に敵にはとてつもない脅威だっただろう。ただそこに立っているのを見ただけで、人間達は圧倒されたはずだ。

 剣を構えたヒルダが、コンラートの周囲を回り込むようにゆっくり歩き出す。コンラートもそれに合わせて位置を変えていく。

「背に負う命や、戦の帰趨を気にすることなく存分に剣を振るえるというのは、実に気持ちの良いものだな」
「同感です」
「日々の鍛練では、到底このような気分は味わえん。あいつらを相手にするのとでは、気構えが全く違う。……私達の時代にもこういう大会があれば良かったな。残念だ。もっともあの時代であろうと、お前ほどの腕の持ち主に出会えたかどうかは分らんが」
「光栄です」

 あいつらとは他のご隠居達のことだろう。確かにコンラートも訓練を欠かさないが、指導者という立場もあり、本気の度合いも違う。

「俺もこのような大会に参加したのは初めてですが、仰せの通りと思います」
「お前も楽しんでいるか?」
「はい。心から」
「陛下もご覧になっておられるしな」
「はい」
「超がつくほどの過保護と溺愛っぷりで、周りの者を辟易とさせているそうな」
「根拠のない噂が流されているようですね。出処を調べてきっちり締め、いえ、訂正させましょう」
「誰一人として噂を否定する者はいなかったがな」
「誰にお確かめになられたのでしょうか?」
「猊下とかアーダルベルトとかグリエとか」
「アーダルベルトとグリエですね? 分りました。後ほど誤った情報をヒルダ様にお教えしたことを謝罪させます」
「猊下とか猊下とか猊下は?」
「………どうして繰り返すんですか…?」
「人の弱みは掴めるだけ掴んでおきたいものだろう?」
「猊下が俺の弱みだとでも?」
「言い直そう。猊下は苦手、だな。だがそれも、大きな意味で弱みの範疇に入ると判断できる」
「そういう判断が必要なのですか?」
「この先どこでどんな必要性が発生するか、分らないから掴んでおくんじゃないか」
「……確かに」

 小さくため息をつくと、コンラートは何も考えていないかのような軽い動作で剣を左手に移した。と、左に回りこんだヒルダに向け、一呼吸の間も置かず、一切の予備動作もなく、剣を袈裟懸けに振り下ろす。
 雷光にも似た速度の剣を、ヒルダは難なく受け止めた。

「……ほう、剣の重みが増したぞ? 良いぞ、楽しみもまた増えた」

 ニッと笑うヒルダに応えず、コンラートは素早く剣を戻し、それから一気に踏み込んだ。
 剣戟が再開される。


 1つ、方向性が見えた、とコンラートは考えていた。
 どれほどスピードがあったとしても、これまで自分達がやってきたのは、攻撃し、受け、反撃し、の繰り返しに過ぎない。ヒルダほど完成された剣士相手に、このパターンをどれだけ繰り返しても突破口は開けないだろう。
 だが、先ほどの連続突きはある程度の効果があった。
 要は、崩すこと、それだ。
 体術と剣。その完成されたリズムを崩せ。

 コンラートの剣が縦横無尽に舞い、ヒルダに襲い掛かる。
 まずは左の肩口で構えた剣を、素早くヒルダの胸元に斬り下ろす。ヒルダの剣がそれを確実に撥ね返そうと動く。そしてその剣がコンラートの剣を受け止めるそのまさしく直前、コンラートは剣を引いて全く別の方向、今度は下から上へと剣を振り上げた。
 ヒルダが即その動きに反応する。腕を翻し、コンラートの攻撃を上から押さえようとする。
 だがコンラートはその動きが完成する直前にまたも剣を引いた。
 一瞬目を瞠ったヒルダが、苦々しげに眉を顰める。そしてそのまま再び剣を翻し、反撃に転じるために足を踏み出した。
 分りきった攻撃を待つ気はない。コンラートはヒルダより早く、彼女の背後を目指して前方に飛び出した。そしてヒルダと交差する瞬間、剣を横薙ぎに払った。
 ヒルダがコンラートの剣を撥ね飛ばそうと己の剣を叩きつけてくる。
 コンラートは腕に力を籠め、すぐに剣を引いてそのままヒルダの背後に回った。そして背中を向けたままのヒルダに向かって剣を振りかぶった。
 ヒルダも即座に反応する。瞠目すべき速さで向きを変えると、一気にコンラートの間合いに飛び込んできた。
 剣と剣が鋭い音を立ててぶつかり合う。

「……想像していた以上に速いな。わずかでも私を翻弄してみせたのは見事だ。褒めてやろう」
「ありがとうございます。しかしまだ終わったわけではありませんよ?」

 交差していた剣が、再び音を立てて弾き合い、離れた。
 間髪入れず、2人同時に相手の間合いに飛び込む。

 コンラートは攻めると見せて間合いを外し、打ち合いになる前に剣を引き、また剣を引くかと思わせては本格的な攻撃を開始する。タイミングをずらしては不規則なリズムで打ち込んでくるコンラートの攻撃に、次第にヒルダは防戦を強いられるようになっていった。

「ち…っ!」

 苛立たしげに舌打すると、たった今、突きを入れると見せかけ、防ごうと体勢を整えた瞬間に剣を引き、一呼吸の間も置かず斜め下方からの攻撃を仕掛けてきた男を睨みつけた。
 身体を捻って躱すと同時に全力の蹴りを入れてやったが、今回は見切られたのか、すぐに後方へ飛び退かれて掠ることもできなかった。
 ウェラー卿コンラートはかすかに肩を上下させながら、それでも表情を変えずにヒルダの隙を探っている。

 ……予想はしていたが……やりおる。

 どの打ち込みも全力だから、どれが見せ掛けか分らない。
 全力で振り抜いた剣を途中で止めること自体もそうだが、寸分狂いのない攻撃態勢から即座に次の攻撃態勢を取るには、強靭なというだけでは済まない筋力と、それを制御する身体能力がいる。そしてヒルダの、やはり神速の動きを全て見切る動体視力と集中力と判断力、何より連続でこの攻撃を続ける体力が。
 何より感嘆するのは、一瞬も気を抜くことのできないこの連続攻撃が、時間が経つに連れ鋭さを増していくことだ。
 見せ掛けか本物か、区別がつかない以上、ヒルダは全ての攻撃を本気で防がなくてはならない。例えそれで次の 本当の攻撃に対して、自分の体勢が崩れてしまったとしても。

 ……いい加減、疲れろ!

 胸の内で毒づいて、それからヒルダは剣を構え直した。

 ……いい加減、疲れるな。

 内心密かにボヤいて、コンラートも剣を構えた。
 並みの相手なら、とっくに決着がついている。それがここまで粘る、どころか、ほとんど何の痛痒も与えていないこの状態はキツい。

 ……さすがだ。

 憧れの武人が、憧れ通りの猛者であったことを、嬉しく思うべきなのか、それとも……。
 どちらにしても。

 ……ユーリが見ているんだ。負けてなるか。
 そうとも。
 俺は、負けない。

 2人は同時に前に飛び出した。


□□□□□


「……攻めと守りがはっきりしてきたな……」

 それにしても。アーダルベルトが小さく舌打ちをした。

「あの野郎、どういう鍛え方をしてやがる……!」

 武人は個々人それぞれ、ある種の型を持つ。攻撃の仕方、防御の仕方、踏み込む時の足の動き、連動した腕の動き、己の攻撃に見合った機の読み方……。癖と読んでも良い。
 その癖を知れば、相手の攻略法も見えてくる。
 だが今、コンラートは自ら己の型を崩している。攻撃の度に型を崩し、機を崩し、相手の気を削いでいる。
 コンラートが己らしい型を崩して攻撃することで、それに合わせていたヒルダの型も崩れていく。
 重要なのは、コンラートは己の意思でそれを崩しているが、ヒルダは否応なし、コンラートの攻撃を受けることでなし崩しに型を崩されているということだ。

「この違いはでかいぜ、婆さん」

 アーダルベルトが呟いた。

「……コンラッドは強いよな……?」
「ああ……強いね。正直、ここまでやるとはね。……君の存在は大きいねえ、渋谷」

 村田にしみじみ言われて、ユーリは「何言ってんだよ」と親友を睨んだ。

「おれが見てたって見てなくたって、コンラッドは強いんだ!」

 小さな子供の様に拳を握って力説するユーリに、村田は「はいはい」と降参ポーズをして見せた。

「……すごいです、閣下……! 本当に…あなたはすごいです…!!」

 胸が高鳴るままに、エドアルドは上ずった声でそう言った。少年の視線は、己の肉体を完璧に制御し、縦横無尽に剣を操るコンラートに縫い止められている。

「僕は……僕は、コンラート閣下に、信頼して頂ける武人に…なりたい…。いや、いいや……なる、なってみせる、絶対……っ!」

「良く見ろ!」エイザムが、視線を試合から外さないまま、門人達に向けて鋭く声を上げた。「ウェラー卿のあの攻撃態勢の隙のなさを! ……お、おおっ、またも……っ! 何と…、あの形からどうしてあのような攻撃を展開させ得るのだ…!?」

 彼らの見ている前で、今、ヒルダと激しく剣を打ち合っていたコンラートが、突如攻撃を途中で止めると、すかさず踏み込みを変え、左から右へ剣を鋭く払った。寸でのところでヒルダが身体を捻り、刃を避ける。だがそのために体勢が大きく崩れてしまった。
 うぬぅ、と歯軋りせんばかりのエイザムのすぐ近くで、フィセルの「ああ、すげぇ!」と堪らない声が上がった。

「何てぇ速さだ! 信じられねぇ!」
「速さだけじゃないっ!」

 歓声を上げる門人達に、エイザムは叱り飛ばすように言った。

「あの攻撃姿勢を見ろと言ったのだ! 完璧だろうが! 頭から爪先まで、姿勢も何もかも全て完璧だ! それなのに、あの状態で攻撃を途中で止めているのだぞ!? そしてそれを瞬時に別の攻撃に切り替えている。その姿勢も体勢も完璧だ! あれだけの速さだというのに、わずかの狂いも崩れもない! 全ての攻撃が正確で完璧なのだ。信じられん…!」
「もし速さに拘る余り、正確さや体勢にわずかの崩れでも見せてくれれば……」

 ふいに上がった声は、エイザムの隣からのものだった。ガスールだ。
 エイザムがハッと顔を向ける。ガスール老人が小さく咳払いをした。

「ヒルダ様は確実にその崩れを突くことができたであろうがの……」

 問い掛けるように言われて、一瞬言葉に詰まったエイザムだったが、すぐに「はい!」と答えた。

「ですがウェラー卿のあの攻撃は、時間が経つにつれ正確さも厳しさも増しているように思えます。隙を突くのは難しいでしょう」
「確かに」

 それだけの会話をして、エイザムは深々と、だがガスール老人には気づかれないようにため息をついた。
 たったこれだけの会話を老師と交わすことに、ひどく緊張していた自分に気づいた。
 ガスール老人の向こうからフェルとルイザが、そして反対隣からガスリーが、自分に注目しているのが分る。

「……勝負に集中せい」

 老人の言葉に、全員がザッと姿勢を正面に向けて背筋を伸ばした。

「後は体力気力の勝負かの」

 腕を組み、ガスールは低く呟いた。


□□□□□


「体力と気力であれば負けんぞ?」

 素早くコンラートの間合いから離れ、呼吸を整えると、ヒルダは剣を構え直し、不敵に笑った。

 ……ほんの二呼吸あれば回復してしまうのだから……。

 堪らないなとコンラートは苦笑を浮かべた。
 だがそれでも、蓄積された疲労がある。お互いに。
 年齢も、ブランクも、男であるか女であるかも一切関係ない。……特に男女差を語るのは、この相手に対して無意味だし侮辱だ。

 コンラートも改めて剣を構えた。

「俺も。負けません」

 言ったと同時に2人は互いに向かって飛び出した。

 鍛えた鋼が激しくぶつかり合う。それを数回繰り返したとき、ヒルダの剣がコンラートの剣と交わる直前で寸止めされ、一瞬で消えるように移動すると全く別方向から攻撃をしてきた。

 ……来たか…!

 相手のリズムを崩すためのこの連続攻撃は、それなりの身体能力があれば誰にでもできる。己の肉体を隅々までコントロールする能力なら、あの体術からみても、ヒルダの方が自分よりはるかに高いはずなのだ。むしろヒルダがこれまでやり返してこなかったのが不思議なくらいだ。
 だが。

 どれだけ素早く攻撃を切り替えたとしても、ヒルダのパターンはすでに読んだ。
 それに、おそらくヒルダはこのような攻撃をするのは初めてだろう。ならば、攻撃を切り替える瞬間に体勢が崩れ、そこに自分の攻撃が加われば、もしかしたら隙も生まれるのではないか?
 隙はわずかで良い。ほんのわずか。
 ヒルダほど完璧な剣士であればあるほど、そのわずかな隙は大きな弱みとなるはずだ。だから。

 ……あなたがこの攻撃をやり返してくるのを。

「待っていました…!」

 続いて繰り出した連続攻撃を悉く避けたヒルダが、だがコンラートの目からすれば、無理な体勢のまま反撃してくる。
 それを思い切り撥ね返せば、重心のずれたヒルダの身体はさらに大きく傾いた。
 並みの武人の目なら、それはあるかなきかの揺れにとしか映らなかったかもしれない。だが。

 ヒルダが再度、コンラートの死角に当る左脇を突いてくる。体勢が崩れていても、その攻撃は破壊的な勢いがあり、鋭かった。コンラートは再び左手に、投げるように剣を移動させると、刀身の腹でヒルダの剣を受け止めた。剣の刀身、そのわずかな幅で、神速の突きを止めたのだ。
 観客席から、もう何度目か分らない感嘆のため息が一斉に溢れた。
 2人の動きがわずかに止まった。ヒルダの剣の切っ先は、コンラートの剣の腹に突き刺さるように止まっている。
 その切っ先が、キリキリと鋼を削る耳障りな音を立てながら徐々に下がっていく。ヒルダの体勢は崩れている。不自然な剣の動きはその証だ。
 そう判断した瞬間、コンラートはヒルダの剣を撥ね上げた。剣はヒルダの手から離れない。だが咄嗟の動きに、万全の体勢を取れていないヒルダは反応できない。返す刀で、コンラートは無防備に晒されたヒルダの剣を全力で弾いた。
 ヒルダの剣が真横に飛ぶ。剣を取り返すため、ヒルダの足に力が籠もる。
 だが、向かおうとする方向には、今、剣を弾き飛ばしたコンラートの剣がある。一瞬の躊躇。それで充分。
 コンラートの剣が翻る。ヒルダが向かってくる剣を掻い潜ろうと地面を蹴る。

 二人の動きが止まった。

 観客席がシンと静まった。

 コンラートとヒルダの影が重なっている。まるで寄り添うように。

 立ち上る砂が治まるにつれ、2人の姿がはっきりとしてきた。

 不自然なポーズで、凍ったように動きを止めたヒルダ。その喉笛にはコンラートの剣。

 今にも喉を切り裂かんばかりに、コンラートの剣はピタリとヒルダの喉を押さえ、その動きを止めている。今ピクリとでもヒルダが首を動かせば、その喉から確実に血飛沫が飛ぶだろう。
 そこでようやく、宙を高く飛んでいたヒルダの剣が、地面に垂直に、音を立てて突き刺さった。

 ヒルダはギュッと眉を顰めたまま動かない。
 コンラートも動かない。ヒルダの動きを止める刃も動かない。

 長いのか短いのか、誰にも把握できない時間が過ぎていく。

 だがついに。その言葉が発せられた。

「………まいった……!」

 ヒルダが言い、身体から力を抜く。コンラートも剣を下ろす。
 ほとんど同時に深々と息を吸い、吐き出し、2人は相手と向き合った。

「……感謝する」

 ヒルダが真剣な眼差しを向けて言った。

「いいえ」

 少年の様な、いっそあどけない笑みを浮かべ、コンラートが首を振る。

「俺の方こそ…ありがとうございました…!」

 コンラートの笑みに、ヒルダも微笑を返した。
 2人はグラウンドの中央に戻り、背筋を伸ばして姿勢を正し、それからゆっくりと礼儀正しく頭を下げた。

「……しょ、勝者!」

 誰よりも二人に近い場所で、何にも遮られずに試合を堪能できた興奮に声を震わせながら、司会進行が叫んだ。

「シュルツ……い、いえっ、ウ、ウ、ウェラー卿……コンラート閣下!!」

 そこで初めて、人々が最後の最後に詰めていた息を一斉に吐き出した。
 そして。

 うおおおおおっ!!
 一瞬だけ静まり返ってから、一気に人々の興奮が爆発した。

「ウェラー卿! ウェラー卿!!」
「ウェラー卿が勝利した! 『グランツの勇者』復活第一号はウェラー卿だ! 何てこった! まさかこんなことになるなんて!」
「何という試合だ…! このような戦いを目に出来るとは、何という幸運…!」
「ヒルダ様! ヒルダ様! グランツ万歳!!」
「このような場所でのんびりしている場合ではないぞ! 我々も修行せねば!」
「おお、全くだ!」
「ああ、それにしても、本当に…! 歴史に残る名試合だったぞ! さすがはウェラー卿! さすがは双月牙!」
「グランツの勇者、万歳! 眞魔国、万歳! 魔王陛下、万歳!」

 歓声は盛り上がる一方で、熱狂には果てがない。

「コンラッドが勝った! やっぱりおれのコンラッドが一番だ! コンラッド! コンラッドっ!!」

 渦巻く大歓声の中でも、この声はしっかりコンラートの耳に届いていた。
 ヒルダと礼を交わしてから、コンラートは身体ごとユーリの方を向いた。と。

「…っ、へっ、陛下…!?」

 コンラートに向かって元気良く腕を振っていたユーリが、いきなり仕切り塀の上に足を掛けたではないか!
 主が何をしようとしているのか理解した瞬間、コンラートは地を蹴った。

「あれー、渋谷、君、まさかー……」
「うわ、坊っちゃん、ちょっと待って……!」
「小僧っ!」
「へ、陛下ぁ…っ!?」

 まさかと疑いつつも、思わず腰を浮かべる友人仲間達を尻目に、ユーリが縁に掛けた足と腕にさらに力を籠め、よいしょと身体を持ち上げた。
 折り良く、眼下にはコンラート。ユーリの気持ちをちゃんと理解して、腕を広げて待ってくれている。何故かちょっとだけ顔が引き攣って見えるけど。

「コンラッド!」

 高揚のままに笑いかけ、ユーリは宙を飛んだ。そのまま落ちれば、運が悪いと骨折くらいはするかもしれない。でも大丈夫。コンラッドがいるから。

 陛下が…!
 息を呑む者、悲鳴を上げる者。一瞬観客席を満たした驚愕と緊張は、次の瞬間、「おおお…!」と安堵と感嘆のため息に変わった。

 闘技場のグラウンドに飛び降りた魔王陛下を、ウェラー卿ががっちり抱きとめたのだ。

「やったな、コンラッド! おれは絶対コンラッドが勝つって信じてたぞ!」

 満面の笑顔で、目をキラッキラと輝かせ、主が首っ玉に齧りついてくる。

「……あなたって人は……」

 臣下としてイロイロ言わなくてはならないのだが……。しかし、抱きしめたユーリの全身からガンガン伝わってくる「おれは嬉しいぞ」オーラに、コンラートは何も言えなくなってしまった。口に浮かぶのは苦笑だけだ。

「あなたって人は本当にもう……」
「おれ、信じてたんだ! コンラッドが一番だって! おれのコンラッドは世界中で一番強くてカッコ良いって!」

 目の真ん前で最高の褒め言葉を頂戴して、コンラートの苦笑が蕩けるような笑みに変わった。


「おお、お元気なこと。子供はああでなくては」

 ヒルダがにこにこと笑って言った。

「それにしてもウェラー卿のあの顔……。超過保護の溺愛っぷり、なるほど納得した」


「渋谷、君って……無意識だとホントに大胆になるねえ……」

 塀の上に頬杖をついて、村田がくすくすと笑っている。両隣に立ったヨザックとアーダルベルトが揃って深いため息を吐き出した。


 素敵な主従の姿に感動の観客達が大歓声を上げる中、ウェラー卿コンラート閣下に抱き抱えられた魔王陛下が、もう一度その首にしがみ付き、それから顔を上げて大きく手を振った。
 観客達の歓声と拍手、足元を踏み鳴らす音が更に大きくなった。会場が熱く熱く揺れる。

 ここに、30年ぶりに復活した「グランツの勇者」大武闘大会が終結した。


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試合中の薀蓄は全部素人が適当に作ったものですんで、「おやぁ?」とか「そんなバカな」なところが多々あると思いますが、どうか優しくスルーして下さいませ。
後、イメージしづらい部分なども、いわゆる脳内補完というのをして頂けると嬉しいです。
済みません〜。

試合だけでほとんど1話使っちゃいました。
でもまあこれが終われば、後はもうお片づけ、というところだけですんで。
ついに1年1作サイトになってしまいました(汗)。……まさかこの作品でなあ……。
とにかく最後まで気を抜かずにいきたいと思ってます。
本当に長くなりましたが、どうか最後までよろしくお付き合い下さいませ。
ご感想、お待ち申しております!