グランツの勇者・16


「………あ」

 向かい合って立つコンラートとエーリッヒを見つめていたユーリが、思わずという声を上げた。

「渋谷、どうした?」
「今……」

 「始め」の声が上がっても、ただ立ち尽くしたまま見合っている2人─コンラートとエーリッヒの全身を包むように何か、空気の揺らぎか透明な炎のようなものがふわりと立ち上ったような気がしたのだ。

「何かが…今…」

 見えた。そう告げようとしたその時、コンラートが地を蹴り、エーリッヒに向けて一直線に突き進んでいった。
 一気に詰め寄るコンラートに、だがエーリッヒは動かない。マントで頭以外のほぼ全身を包み、棒の様に突っ立っている。
 うおおおおお、と、動き始めた試合に観客の声も大きくなる。
 そして間合いを詰めたコンラートが居合いよろしく剣を横薙ぎに払う。だがその瞬間、エーリッヒの姿は文字通りかき消えた。
 グラウンドに剣を持ったコンラートだけが残される。

「…っ! コ…!」

 コンラッド、気をつけてとユーリが声を上げる間もなく、コンラートはザッと踵を返し、返すと同時に目の前に剣を翳した。
 ガッとという音と火花が散る。

「うわ…うわ…ぁ!」

 まるでコマ送りの、だが間のコマが吹っ飛んだ映画を観るような気がする。ユーリは思った。
 彼らの目の前で、宙に浮かぶエーリッヒがその態勢のまま振り下ろしたらしい剣を、コンラートががっちりと受け止めている。
 おおおお…! 人々がどよめいた。

 コンラートがエーリッヒの剣を素早く弾き飛ばした。エーリッヒが剣を引くのを待たず、コンラートが大きく踏み込んで下から剣を振り上げる。空気を蹴るように、エーリッヒの身体が後ろに下がる、と見えた瞬間に消える。
 コンラートがそこでスッと剣を引いた。
 だらりと腕を下ろし、背筋を伸ばし、何か遠い音を聴こうと耳を澄ましているように静かにその場に立ち尽くす。

 しん、と会場が静まった。
 焦る様子もなく、ただそこに立つ「カクノシン」を邪魔しないように。そんな気遣いさえ感じさせる静けさ。だが、同時に今にも弾けそうな、張り詰めた緊張感もまた観覧席の人々を覆うようにそこにあった。
 瞬きも忘れ、息を呑み、観客たちはただひたすらに始まったばかりの対戦を見つめている。

「…! あぶな…っ」

 誰かが叫んだ。ユーリもヒュっと息を吸った。
 どこか宙を見つめるように立つコンラートの左脇に、突如剣を構えたエーリッヒが姿を現した。と、そのままスウッと滑るようにコンラートに迫っていく。
 だがコンラートは、視線をそちらに向けるでもなく、まるで気づかないようにただ立っている。

「兄貴っ! 左だあっ!!」

 絶叫する声はフィセルだろう。
 危機感に溢れた声が人々の叫びを圧するように響くが、それでもコンラートは動かない。それどころか。

「…えっ!?」

 もう後1歩でエーリッヒの剣がコンラートに届く。ユーリが目を瞠ったその時。
 コンラートがいきなり、剣を振り上げ凄まじい勢いで空気を薙いだ。自分の。右側の空間を。

 逆!?

 全ての人が胸の内で叫んだまさしくその瞬間だった。

 コンラートの剣、その切っ先が何かを捕らえた。
 捕らえ、切り裂く。何もなかったはずのその空間に破片が舞う。
 破片は布だ。
 濃紺の。
 目を瞠る人々の視界の中で、ギュンと唸りを上げる様に「ソレ」が一気に後ろに下がった。
 「ソレ」が何であるかを確認する前に、コンラートが突進した。
 目にも留まらぬ速度で「ソレ」に肉薄すると、素早く剣を叩きつける。
 ガッと、金属が交わる鈍い音が響く。

 交差する2本の剣を挟んで、コンラートとエーリッヒが見合っていた。

 うおおおお…っ! 圧倒的多数の人々の、ため息とも感歎ともつかぬ声が会場を圧する。

「え…? あ……一体……?」

 戸惑うユーリの隣で、「つまり」と村田が肩を竦める。

「左から迫っていたのはフェイクだったってことだね。あれに引っ掛かって左側に注意を向けると、いきなり右から襲われてやられてしまうってわけだ。ウェラー卿はそれを見切ったんだよ」

 村田が解説すれば、ヨザックも頭の後で手を組み、のんびりした笑顔で口を開いた。

「ちょっかい掛けるのと、本気で切り掛かっていくのとでは、気合も踏み込みも明らかに違いますからねー。隊長じゃなくたって、場数を踏めば肌で分るようになるモンです」

 もちろん俺もですけどね。
 自信に満ち溢れた顔でウィンクして見せるお庭番。
 頬を紅潮させ、「すげー」と素直に感動するユーリに、「武人なら当然だろうが」とアーダルベルトが呆れた声を上げる。だが、エドアルド達一族の年少組はもちろん、周囲を固める警護の兵士達までもが同じ様に頬を赤らめ、感動の面持ちでうっとり手を組んでいることに気づくと、アーダルベルトは盛大に顔を顰めた。
 すごい、コンラッド…っ!
 口と目をまん丸に瞠って試合に見入るユーリの前で、コンラートとエーリッヒの剣戟が繰り広げられている。

 コンラートは容赦のない速度で攻撃をし続けていた。ユーリのような素人の目では、剣の動きを追うこともままならない。
 だがエーリッヒは、そんなコンラートの剣をほぼ完璧に受け止めていた。ただ、コンラートの攻撃のあまりの勢いに押され、防戦一方に見える。

「……さすがにマリーア様とは技量が段違いですねぇ」

 鼻を鳴らしてヨザックが呟いた。

「そうなのか? ヨザック」
「ええ、坊っちゃん。マリーア様は剣で相手をねじ伏せるお力に欠けてましたけど、エーリッヒ様は違うようです。あれはかなりの遣い手ですよぉ」
「そりゃあまあそうだろうね」村田が続けた。「ただ現れたり消えたりを繰り返したって、敵は痛くも痒くもないよ。最初はびっくりするだろうけど、攻撃力がなければそれだけのものでしかないし」

 村田の解説に、「あ、そうか」とユーリも頷く。
 確かに何の攻撃もせずに出たり入ったり(?)を繰り返しても、慣れてしまえば誰も驚かなくなる。

「……ち。逃げられた」

 ヨザックが眉を顰めて舌打ちする。
 一瞬の隙をついたのか、エーリッヒがコンラートの剣を潜り抜けるように身を避けたと思った瞬間、その姿が消えている。
 会場に残念そうな吐息が一斉に漏れた。ユーリも同じく、息を深々と吐き出している。
 だがコンラートは悔しそうな様子も見せず、またも剣を下ろし、背筋を伸ばし、何かかすかな音を聴こうとしているかのようにその場に立っていた。
 異様な緊張感が否応なしに盛り上がってくる。

 ザッと。空気が擦れるような音を立て、同時に濃紺のマントが翻った。コンラートのすぐ後で。
 エーリッヒがコンラートの背に迫る。
 コンラートは動かない。
 ああっ! と悲鳴が溢れ……そうな寸前でエーリッヒの姿が消えた。
 と思ったら、コンラートのすぐ右側でまたもマントがはためいた。濃紺のマントが大きく広げられ、コンラートに覆いかぶさるように迫り、消える。
 そしてまた……!
 次々と、ほとんど一呼吸あるかないかの素早さで、エーリッヒはコンラートの周囲、そして上方に、姿を現しては迫り、迫ったと思うか思わないかの瞬間に姿を消した。
 その速度は次第に増していく。
 人々の視界の中で、前の残像が消えるか消えない内に次の場所に姿を現し、また消えては別の場所から飛び出してくる『魔鳥』。
 もう、誰の目も頭も、そして声も、エーリッヒの動きについていくことができない。

 グラウンドの中、コンラートの周囲に濃紺の鳥が嵐の様に舞い踊っている。

「…コ、コンラッド……!」

 ユーリが思わず名前を呼んだ。

「大丈夫ですよー、坊っちゃん」
「ヨザック…?」
「隊長は落ち着いてます。エーリッヒ様は見ないようにして、ぼーっと突っ立ってる隊長だけを見てください。……ほら、焦ってる風には見えないでしょ?」
「…う、うん、ぼーっととは思わないけど……普通に立ってるって感じ……?」
「それを自然体って言うんだよ、渋谷。ウェラー卿は余裕だね」
「俺としちゃあ、ちょっとは焦りやがれと思うんだがな」
「さすがコンラート閣下でいらっしゃいます!」
 村田が言い、アーダルベルトがボヤき、ユーリの後に座るエドアルドが素直な賛嘆の声を上げる。
 ユーリは思わずホッと息をついた。

 『魔鳥』がコンラートの真上に姿を現した。
 剣を構え、重力にさらに加速を加えて落ちてくる。
 その時、コンラートの顔がかすかに動いた。と、次の瞬間、凄まじい速度で振り下ろされたエーリッヒの剣をコンラートの剣が跳ね飛ばした。
 エーリッヒがわずかに離れた場所に着地する。さすがに剣は離さないが、バランスを崩したのだろう、エーリッヒの膝が地面にぶつかった。
 即座に起き上がろうとするエーリッヒ。だがコンラートの剣が半呼吸速い。
 中腰という定まらない態勢のまま、襲い掛かるコンラートの剣を受け止めるエーリッヒ。

「よし、捕まえた」

 ヨザックがニヤリと笑う。

 地面を蹴り、転がりながら、剣から逃れようとするエーリッヒ。それを追うコンラートの剣。
 おそらく間合いを取って姿を消そうと考えているのだろうが、コンラートの速さがそれを許さない。

「いいぞっ! 兄貴っ、兄貴ーっ!!」

 興奮するフィセルの叫びがユーリの耳に飛び込んできた。地声が大きいのだろうか、それともシュルツローブ道場の人々が意外と近い席に集まっているのだろうか。
 ……フィセルさんがコンラッドを兄貴呼ばわりしていると知ったら、きっとヴォルフが怒るだろうなあ。
 ユーリの頭の片隅にふとそんな考えと、眦を釣り上げ、顔を怒りで紅潮させたヴォルフラムの顔が浮かんだ。


 態勢が整わない。それを誰より本人が自覚しているのだろう。鋼の交わる鈍い音は間断なく続くものの、エーリッヒの動きは確実に焦りの色を濃くしている。それは紛れもなくエーリッヒの態勢、一旦崩れたものを立て直しきれないまま剣を振るわずにおれないという、苦しい状況からもはっきり見えている。

「焦りは無駄な動きと隙を生む。さて彼は、どこまで自分をコントロールできるかな?」

 呟き、見つめる村田、そしてユーリ達の視線の先で、攻撃の手を一瞬も緩めないコンラートと、防御一辺倒のエーリッヒの闘いが続く。
 コンラートの剣はいまにもエーリッヒの急所を突きそうなのだが、ギリギリのところでエーリッヒの剣がそれを防いでいた。

「……あの態勢でよくウェラー卿の剣を受け止めていられるな。さすがに我が国の歴史に燦然と輝く英雄の1人ということか。……名ばかりの張りぼてじゃなかったらしいね」
「おい、そいつは言いすぎだろう」

 グランツが誇るご隠居様の英名を疑われたアーダルベルトが、さすがに気色ばんで村田に迫った。その押し殺した怒りの声を、ひょいと肩を竦めて軽くやり過ごすと、何もなかった顔で村田がユーリに顔を向けた。アーダルベルトが諦めのため息をつく。

「それにしてもね、渋谷。あの2人の動きを見ていると、僕はかつて読んだ言葉が真実だとしみじみ思うよ」
「読んだ言葉? 文章か?」
「文章というか、セリフなんだけどね。武道にしろスポーツにしろ、本当に強い者の一連の動作やフォームは、どの部分を切り取って見ても、まるで舞のポーズの様に美しいって」
「……へえ……」
「本人に教えてやろうとは思わないけど、ウェラー卿のフォームは本当に綺麗だね。カメラでコマ撮りして見たらきっとよく分るよ。ぞんざいに剣を振っているように見える時でも、全身、頭の先から爪先まで緩みがないし、妙な力の偏りもない。うん、そう、バランスが良いんだね。ボディコントロールが完璧なんだよ。だから一瞬一瞬のポーズがキマっている。武人にしろアスリートにしろ、そういう者は強い。対してエーリッヒ殿は、今完全にバランスを崩している。君にも分るだろう?」
「うん。さすがにおれにもそれは分る。すごく焦ってるのも。コンラッドの剣を受け止めているけど、それでいっぱいいっぱいになってる感じだ」
「そう。1度崩した態勢を何とか整えようとしてるけど、その暇をウェラー卿は与えていない。だから崩れたままでエーリッヒ殿は戦わないとならない。バランスが崩れているから、魔力を振るって姿を消すこともできない。アレも、それなりの集中力がいるはずだしね。自分で自分をコントロールできない状態で力を使うことは不可能だろう」

 そうか、とユーリは大きく頷いた。

「ところで村田」
「何?」
「その言葉、すげー良いよな。野球にも応用が効くし。どういう本に書いてあったんだ?」
「これは君も知ってると思うよ。ほら、アレさ。『エー○を狙え! 岡!』『宗○コーチ!』って……」
「さっぱり分かんねー。てか、何だその伏字」
 きょとんと自分を見返す魔王陛下に、村田は情けなさそうにため息をついた。

「君もさあ、魔王ならこれくらい察せないと……」
「それ、おれが魔王だってのと何の関係もない気がするぞ」

 えーと、坊っちゃん〜? 隣からヨザックの声が割り込んできた。

「そろそろ決まりそうですよ?」

 おっとー! ユーリが慌てて正面、グラウンドに顔を向ける。

 闘技場では、目にも留まらぬ速さで剣を振るうコンラートと、体勢が崩れたまま、それでもコンラートの剣を全て受け止めるエーリッヒの攻防が続いていた。
 観客たちは固唾を呑み、瞬きも忘れて見えない剣の動きをひたすら追っている。
 だがやがて。どうしても自分のペースに持っていけないエーリッヒが突如─ユーリの目にはヤケクソ気味に─地を蹴った。
 彼はずっとコンラートの剣を逃れようとしていたはずだった。逃れ、瞬間的に精神を統一し、空間を移動する。それを狙っているはずだった。
 だが今、彼は地を思い切り蹴ると、上体を低く押さえて突進を開始した。コンラートに向かって。
 避け切れなかった、いや、避けようともしなかった剣がエーリッヒの肩を裂く。だがエーリッヒの突進に迷いはない。
 エーリッヒの剣が炎の照り返しで金色に煌いた。そしてその煌きが、幾何学的な残像を描きながらコンラートに襲い掛かる。
 鋼がぶつかり、擦れ、跳ね合う、一連の動きが、ギンッという一瞬の音の中で始まり、そして終わった。

「……コンラッド……?」

 ゴクリと、ユーリの喉が無意識に鳴った。

 シンと静まり返った闘技場に、人々の荒い呼吸音と松明の爆ぜる音だけが響く。

 夜の闇の中、炎の色に照らされ、陰影の濃い一幅の絵画のように人々の眼前に浮かび上がるグラウンド。その真ん中で、2人の男が互いを見ていた。
 エーリッヒは腰から下が砕けたように地に倒れこみ、コンラートはそのすぐ傍らに立っている。
 剣を手に、切っ先をエーリッヒの首元に当てて。
 エーリッヒの剣は、数メートル離れたところに落ちていた。

 下から睨むようにコンラートを見上げていたエーリッヒの全身から、ふっと力が抜ける。

「………まいった」

 コンラートが剣を引いた。

「……しょ、勝者! シュルツローブ道場所属、カクノシン選手!」

 突如光の中に飛び込んできた進行役兼審判─ほとんど存在を忘れられていた─が、腕を大きく振ってコンラートを指し、叫んだ。

 うおおおぉぉぉ……っ!!

 数呼吸分の間を置いて、観客席の人々の感情が爆発した。
 湧き起こった歓声は、一気に沸点へと駆け上がるように高まっていく。

 コンラートは顔を巡らせ、一点で止めた。
 主が両腕を挙げ、飛び跳ねている。思わず笑みが浮かんだ。
 それからコンラートは、顔を再び自分の足元に向けた。

「……お怪我は? 肩は大丈夫ですか?」

 剣を鞘に納め、地面に腰をついたままのエーリッヒに手を伸ばしてコンラートが尋ねた。
 その手を見つめ、それからあらためてコンラートの顔を見直し、再度視線を手に戻し、ようやくエーリッヒが手を伸ばす。

「大したことはないよ。ありがとう」

 コンラートに助けられて、エーリッヒが立ち上がった。

 2人は並んで、示し合わせたように観客席に顔を向けた。
 人々はほとんど総立ちになり、手を振り、飛びはね、これがグランツ独特の感情の表現なのか、ほとんどの者が足を踏み鳴らしている。
 ドッドッドと、次第にリズムが揃い始めた足踏みの音、コンラートへの喝采、歓声が、大波となって2人の頭の上に圧し掛かってくる。

「すごいものだね」

 グランツの民がここまで感情を露にするのは久し振りだよ。エーリッヒがしみじみと呟いた。

「彼らはずっと耐えてきましたから」
「そう。全て私達の責任だ。民にはどれだけ謝罪しても足りないよ」
「フォングランツ卿……」
「久し振りに楽しませてもらった」

 ふいにコンラートに顔を向けて、エーリッヒが言った。顔には晴れ晴れとした笑みが浮かんでいる。

「君とグリエのおかげだな。……ありがとう」
「とんでもありません。全ては魔王陛下と大賢者猊下の御心によるものです」
「ああ、それは確かにそうだ。お二方には後ほど御礼を申し上げよう」
 コンラートは微笑み、軽く頷いた。
 それから2人は、人々の歓声やエーリッヒへの怒声を浴びながら、並んで出口に向かい歩き始めた。

「それにしても君は強いな。君くらいの年代の武人が、皆君ほどの実力を備えてくれれば私達も安心できるのだがね。……平和とは、できたから続くというものではない。続ける努力が必要だが、我が国だけが努力すれば良いというものでもない。武人であれば、常に状況の悪化を念頭に置いて修行せねばな」
「心掛けます」
「………いや、これは老いぼれのいらぬ説教だった。忘れてくれ」

 いいえ、とコンラートが再び首を振る。

「ところでウェラー卿」
「はい」
「聞くが、どうして君はそんな格好をしているのだね?」

 尋ねられた瞬間、コンラートが盛大に顔を顰めた。エーリッヒが面白そうにコンラートの顔を覗きこむ。

「まさかと思うが、そういう髪型に憧れていたとか……」
「違います。絶対違います。誰が何と言おうと違います!」

 そのような誤解だけはなさらないで下さい…!
 異様に真剣なコンラートに、エーリッヒがわずかに引いた。
 きょとんと見返すドラキュラ顔に、ハッと我に返ったコンラートがコホンと咳払いをする。

「……グランツは武人の多い土地柄です。俺の顔を見知っている人物がどこにいるか分からないということで、その……顔を隠す必要があると……猊下が」

 ほう。頷いてから、エーリッヒが小さく吹き出した。

「それでその色つき眼鏡に鬘で変装ということか。だが、見辛くないかね?」
「実は、目が不自由で、わずかの光も目に辛いという設定もできておりまして……」

 聞いたエーリッヒが良く分からないという顔で眉を顰めた。

「目が? つまり見えないということかね?」
「はい。近頃は設定を作った猊下はもちろん、陛下も、それから道場の人々もうっかり忘れがちになっているのですが……」

 ですので、とコンラートが続ける。

「嘘とついていることのせめてもの侘びと申しては何ですが、剣を遣う時、俺は目を瞑ることにしています」
「目を!?」

 驚きの声を上げて、それからエーリッヒはぐっと唇を引き結んだ。

「それはつまり」数歩無言のまま歩いてから、徐にエーリッヒが言った。「私の動きを目で観ることはしなかった、ということだね?」

 はい、と頷くコンラート。

「ですから、それがあなたの敗因です。あなたはあくまでウェラー卿コンラートと闘っておられた。もしあなたが『シュルツローブ道場のカクノシン』がどういう人物であるのか、そしてどんな闘い方をするのかを調べておられたとしたら、試合はまた別の展開を見せていたかもしれません」
「……なるほど。ああ、なるほど、確かにその通りだ」

 何度か頷いたエーリッヒが、やがてまた穏やかな笑みを頬に浮かべてコンラートを見た。

「私の気配は掴み易かっただろう?」
「はい。察するに、あの移動には膨大な魔力と集中力が必要なのではないかと……」
「そうなのだよ。傍にいる者は軽々と移動しているように見えるだろうが、これが実は結構きつくてね。魔力はもちろんなのだが、何というか……そう、かなりの気合と踏ん張りが要るのだよ。だからとてもじゃないが、気配を殺すことなどできなくてねえ……。大抵の敵は、動きを目で追おうとしてそれに惑わされてしまうのだが、気配を読むことに長けた者を相手にすると分が悪い。……これは秘密だよ? 皆には夢を持っていて欲しいからね」

 畏まりました。コンラートが即座に答えて、にっこりと笑う。エーリッヒもまた穏やかな笑みを深めて、傍らに立つ若い英雄を見た。

「それではこれで失礼するよ。……魔族人生最後の対戦相手が君だったことを、私は誇りに思う。実に楽しかった」

 ありがとう。
 そう言って、エーリッヒは軽く手を上げるとコンラートから離れていった。
 闘技場の外に向かって歩き始めたエーリッヒの背に、コンラートは心からの敬意を込めて頭を下げた。


□□□□□


「兄貴、すげぇよ、ほんっとうにすげぇよ! 俺、もう、ゾクゾクきちまって!」

 フィセルが本当に両の二の腕を擦りながら、満面の笑顔を向けてくる。

 エーリッヒと別れ、ユーリ達に合流しようと観客席に向かったコンラートだったのだが、いきなりシュルツローブ道場の面々に捕まってしまった。
 エイザムはもちろん、フィセル、イシルにバッサ、もうすでに見慣れたシュルツローブ道場の面々が、興奮に顔全体を紅潮させ、目を輝かせ、荒い呼吸で肩を弾ませて立っている。
 ……口にしたら失礼だから言えないが。
 まるでご機嫌な大型犬の集団に囲まれているようだ。
 自分の想像がちょっとだけ申し訳なく、コンラートはそっとため息をついた。

「私もここまで興奮したのは久し振りだ! いや、実に素晴らしい闘いだった! 君は私達の誇りだよ、カクノシン!」

 バンバンと両側から二の腕を叩かれて、コンラートは苦笑を浮かべた。

「ありがとうございます」
「シブヤの旦那!」イシルが縋りつくようにコンラートに近づくと、いそいそと声を上げる。「今よ、ガスリー師範代が大忙しなんだぜ! ここんトコ、入門希望者が殺到してよお…! ここに来るまでも、ウチの道場に入れてくれって奴らがわらわらと寄ってきて、そりゃ大変だったんだぜ!」

 そうだそうだ、そうなんだと、門弟たちが嬉しそうに頷いている。
 ほら、そこにいるヤツらもそうだぜ、と誰かの声がして、見れば確かに見慣れない顔がいくつか、何か話しかけたそうな顔でこちらを見ていた。

「入門を申し入れてきた者達は皆、一気に目が覚めたような顔をしていたよ」

 どこかしみじみとエイザムが言った。

「そして、ここにいる皆の表情も変わってきた」

 武人の顔だ。
 そう言うと、エイザムの喉から押さえきれない笑いが溢れてきた。

「自分は武人なのだと、本気で自覚し始めた顔だよ」

 君のおかげだ。エイザムが最後にそう言って、コンラートの腕を再び叩いた。


「カクさん!」

 その時突然、人々の喧騒の奥から、決して聞き誤ることのない声がコンラートの耳に飛び込んできた。
 急いで顔を巡らせれば、ユーリが人々を掻き分ける様にやってくる。傍らにはヨザックもいる。ユーリの前に出ようとするのだが、小さい体ですばしこく人々の間を縫うユーリに半歩遅れを取っているようだ。……護衛として許されない。後でシメてやらねば。

 集まる人々は、単に通り掛った通行人ではないようだ。
 彼らの顔は一様にコンラートに向いており、その興奮した表情や仕草からも、彼がたった今終わった試合の勝者であることも分かっているように見える。というか、分かっているのだろう。何せこの目立つ格好だ。
 ご隠居様の「偽者」を倒した勇者がすぐそこにいる。もっと近くで姿が見たい、声が聞きたい、だが図々しく近づいたり、話しかけたりするのは憚られる。その場から離れがたい様子で、もどかしげにコンラートを見つめる人々は、今、恐れ気もなく前に突き進んでいくユーリ達をかなり険しい目で睨みつけていた。

「ミツエモン!」

 ユーリに、というより、集まる人々から立ち上る険悪な雰囲気を鎮めるため、大きな身振りで手を振り、声を上げた。

「カクさん!」

 睨まれていることにも気づかない様子で、ユーリが飛び出してきた。コンラートも急いで側に駆け寄る。周囲の人々に、ああ、この子供は彼の知り合いかという納得の空気が広がった。

「なかなか来ないから、きっとどこかでファンに捕まっちゃってるんだろうって思って…!」
「ファン?」
「だってすっげー試合だったし! 今この会場にいる人は1人残らず『シブヤ・カクノシン』のファンになったに決まってるって!」

 髪に隠れて見えないはずの瞳が見えるようだ。きっとキラキラ煌いている。

「それで迎えにきてくれたんです……くれたんだね?」
「うん! ……すごかったって、ドキドキしたって少しでも早く伝えたくて!」

 そう言う間も足がステップを踏むように跳ねている。コンラートの胸に微笑ましさと、主を喜ばせることができた誇らしい思いが湧いてきた。

「ありがとう、ミツエモン」

 言うと、コンラートは後で控えるように待っているエイザム達に顔を向けた。

「若君方がお待ちになっておられるようですので、俺はこれで失礼します」

 まだ人々の前で、「カクノシン」が自分たちシュルツローブの「仲間」であることを思い切りアピールしたかったのかもしれない。エイザム達は一瞬残念そうに肩を落したが、すぐに了解したと頷いた。が、それを確認することもなく、コンラートはユーリの肩を抱いて人々の中に入っていった。
 人々から一斉に歓声が上がり、人波がドッと動いた。

 翌日。
 今大会における最強の武人、メイン闘技場で闘う資格を得た8名が揃った。


□□□□□


「一部を除いてだけど、また見事に予想通りのメンバーが揃っちゃったもんだよね〜」

 いわゆる「決勝トーナメントのプログラム」を手に、村田が言った。

「番狂わせも起きず、順当に強い者が残ると考えれば当然の結果、ではあるんだけどさ」

 残ったのはコンラートとヨザック、すなわち、「シュルツローブ道場のカクノシン」と「スールヴァン道場のスケサブロウ」、そして、「双月牙のヒルダ」、「天斬剣のヘルベルト」、「天泣銀槍のハインリヒ」、「風雷陣ヴィクトル」の6名に、コンラート達ともご隠居様達ともぶつからずに済んだ「超ラッキーな前座役の2名」(村田談)を加えた8名だ。その2名の内の1名は、何とスールヴァンの若き道場主フェルだった。
 あまりにもコンラートとヨザック、そしてご隠居様達が派手に活躍しているために全く目立っていないが、スールヴァン道場はこの「最強トーナメント」に2名を残し、名門道場の面目躍如となっているのである。
 すでに組み合わせも決まっている。
 コンラートは「天斬剣のヘルベルト」と、ヨザックは「双月牙のヒルダ」と、そして「天泣銀槍のハインリヒ」と「風雷陣ヴィクトル」が対戦することとなった。フェルはヴォルテール領からやってきたという武人を相手にすることに決まっている。
 順番は、フェル達が第1試合、続いてハインリヒとヴィクトルの試合があり、その後ヨザックとヒルダ、最後にコンラートとヘルベルトの対戦と続くことになっている。

「明日の戦法の基本はもう決まっておられるのですか!? それもやはり幼い頃にお2人で考えられたのですか!?」

 わくわくと尋ねてきたのはエドアルドだ。後にはエドアルドの兄達とイヴァンが控えており、パッと見にはいかにも仲良しの様に寄り集まってコンラート達の答えを待っている。

 一日の行事を全て終えた夜である。畏まられることも、のべつ幕なし謙られることも、もちろん無意味に卑下されることも大嫌いな魔王陛下の心情をようやく理解してくれた年少組と共に、ユーリ達は「今日もお疲れ様」とお茶(眠りの邪魔をしない香草茶)を共にしている最中だった。

 お茶のカップを手にやってきたエドアルドの前には、もちろんコンラートとヨザックがいる。期待に声を弾ませる少年に、2人が思わず苦笑を浮かべた。

「おいおい」

 お茶のカップに強い酒(少々お茶入り)を注いで飲んでいたアーダルベルトが、呆れた声を上げた。

「こいつ等の相手はウチのご隠居だぜ? 言ってみりゃ敵だぞ? それに明日はフェルの試合もあるんだろうが。お前、応援する相手を間違えてないか?」

 本気で敵だと考えているわけではもちろんないが、一族期待の少年がこうも彼らに入れ込んでいるのを目にすると、ちょっとだけムッとしてしまう。何のかんのと言いつつも、アーダルベルトも結局はグランツだということだろう。

 アーダルベルトに睨まれて、エドアルドは軽く肩を竦めた。

「偉大な武人にお話を伺っているのです。武人を目指す者として、僕の姿勢に何か問題がありますか?」

 堂々と言い返すエドアルドに、今度はアーダルベルトが肩を竦める。
 ソファにユーリと並んで座り、予定表を眺めていた村田がくくっと含み笑いをした。

「なあなあ!」ユーリがソファの上で跳ねるように声を上げる。「おれも知りたい! コンラッド、グリエちゃんも、明日の試合はどんな風に戦うんだ? …つーか、ヘルベルトさんとヒルダさんってどんな戦い方をするんだ? 必殺技は? あ、もちろんヴィクトルさんとハインリヒさんも!」

 男の子らしい好奇心に溢れた質問に、並んで座っていたコンラートとヨザックが笑みを浮かべて顔を見合わせた。

「どんな、と具体的に説明しがたいのですが……」

 コンラートが言えば、「こればっかりは観てもらわねーと」とヨザックも応える。

「僕達も」エドアルドが続いた。「叙事詩などでは色々と聞かされていますが、実際の戦いぶりを拝見したことはないんですよね」

 エドアルドの兄達とイヴァンも揃って首を縦に振っている。彼らが物心ついた頃には、すでにご隠居様は揃って「ご隠居様」だったのだ。

「ヘルベルト様は天斬剣の二つ名が示す通り、その剣と剣法そのものに特徴があります。天斬剣というのは二つ名であると同時に、ヘルベルト様のお持ちになる剣の銘でもあります。天を切り裂くことができるほど巨大な剣だと言われていますね」
「爺ぃの館に飾ってあるぜ。アレのためだけにでけぇ広間を作らなきゃならなかったって言われてる」

 お茶を混ぜた酒のカップを掲げて、アーダルベルトが言った。

 どんな大きさなのかさっぱり想像できないユーリが、パチパチと目を瞬かせる。

「…それで? どうやって闘うんだ? コンラッド」
「そうですねえ」コンラートが微笑む。「大きかろうが小さかろうが剣は剣ですから。当ってみないとこればかりは……」

 どことなく困った顔で笑うコンラートに、ユーリは「ふーん」と唇を尖らせた。

「……ご隠居様って、ホントに武器と技の宝庫なんだな……」

 しみじみと呟くユーリ。その顔を覗きこんでアーダルベルトが笑った。

「天が泣くって言えば何のことだと思う?」

 突然アーダルベルトが聞いてきた。一瞬きょとんとしてから、ユーリが首を傾げる。

「天が泣くって……雨、とか…?」

 そうだ、とアーダルベルトが頷く。

「天が泣くといえば雨、天から降る銀の槍といえばこれも雨。天泣銀槍の二つ名を持つハインリヒ爺様の力は雨だ。そしてヴィクトル爺様の二つ名は風雷陣。風と雷だな。この2人の戦いは剣じゃなく魔力の戦いになる。つまり……」
「雨と風と雷の闘い……?」
「そういうことだ。俺はこの組み合わせを聞いた時、少々目の前が暗くなっちまったぜ」
「ど、どうして……?」
「爺ぃ達は昔から、戦場以外でもしょっちゅう手合わせをしてたんだが、その度山が1つ、谷が1つ、城が1つとぶっ潰れたり吹っ飛んだりしてたらしい。特に剣じゃなく魔力が本領の爺ぃ達がぶつかり合うと、ブルーノ爺様の比じゃねぇぜ? どれだけ被害が大きかったかだけで叙事詩が1つできてるくらいだ。……あの爺ぃ達は闘いをとことん楽しんでやがる。どこまでやり合うかわかったもんじゃねぇ。……闘技場がもてば良いんだがな」

 炎の斧ブルーノの破壊っぷりを目の当たりにしているユーリが、「うわ」と身を引いた。

「だったら試合は最後にした方がいいんじゃないのか? コンラッド達の試合の前に闘技場が壊れちゃったら……」
「予定を決めている連中は、あの爺ぃ達が本物だと思ってねえ。親父様達も、さすがに本当のことは言い出しかねる。どこから漏れてどんな騒ぎになるか、想像するのも難くないからな。それに、この試合で大評判を取ってるのはシュルツローブの『カクノシン』とスールヴァンの『スケサブロウ』だ。偽者退治の英雄だからな」

 ここでアーダルベルトは皮肉な笑みに唇を歪め、コンラートとヨザックに目を向けた。

「観客を喜ばせるには、こいつらの試合をトリに持ってくるのが1番だ。だろ?」

 なるほどと頷いてから、ユーリはヨザックに顔を向けた。

「ヨザックは? ヒルダ様が相手だよね? ヒルダ様の研究もしてるのか? どんな魔力と技をつかうんだ?」

 畳み掛けるように質問を重ねるユーリに、ヨザックは大げさに肩を竦めた。

「それがー…。多分、1番分が悪いのが俺かもしれません」
「って……え?」
「ヒルダ様は7人の中で最強の戦士なんですよー」
「ヒルダ様が!? そうだったのか? やっぱり魔力で……」
「魔力じゃないんです」

 え? と見回せば、話の流れがわかっているのだろう、コンラートもアーダルベルトも、そしてエドアルド達も頬を引き締めてヨザックを見ている。

「ヒルダ様が遣うのは剣1本。後は対術だけです」
「魔力も何もなし? 剣だけ?」
「剣と体術。持って生まれた才能と、修行で身につけた技だけです」
「あ……でもだったらヨザックだって」
「フォングランツ卿ヒルデガルド様は」

 コンラートがそこで口を挟んだ。

「俺が知る限り、眞魔国史上最強の剣士です」

 ユーリの喉がゴクッと鳴った。


□□□□□


「ベスト8と言えば準々決勝、甲子園じゃ最高の日だ! お客さんも一番集まるんだぞ。ベスト8まで残るのは実力校ばっかりで、優勝候補が揃い踏みだし、実質決勝戦なんて試合もあるし!」
「……阪神戦でベスト8?」
「高校野球に決まってんだろ!」
「分って言ったんですよーだ」

 ペロッと舌を出した村田に、軽く殴る真似をしてみせるユーリ。

 「ベスト8が揃った準々決勝」の朝。
 ユーリと村田は貴賓客用の控え室に居た。身に纏っているのは黒の礼服である。
 最強の8名が揃い、ようやく主会場での試合が開始されるということで、改めて魔王陛下のお姿を皆に、と領主から乞われたからである。
 陛下のご観覧を得られるとあれば、選手にとっても励みになるから、とも言われたが……。

「8人中7人が、おれがお忍びで試合を観てることは知ってるんだけどなあ……」
「ま、民が喜んでくれればそれで良いじゃないか」
「それはそうなんだけどさ。それにしても……なあなあ、どうして貴賓席ってこんな高いトコにあるんだ? 高すぎて全然見えないじゃん。やっぱおれは観客席で観るのが良いな!」
「民が絶対上がることのできない高みにいるってことに意味があるのさ」

 答えたのは村田ではなくアーダルベルトだ。
 コンラートとヨザックがユーリ達の側にいられないため、アーダルベルトとエドアルド達が今もぴったり側に控えている。

「どいつもこいつもエラくなると、何故か高いところ高いところへと上がりたがるもんだからな」
「何じゃ、そりゃ」
「渋谷にはそういう趣味ってないよね」
「高いトコより見やすいトコの方が良いに決まってんじゃん」
「ずっとそのまんまでいてよね、渋谷君」
「……はあ…?」

 よく分らないという顔で首を捻るユーリに、村田、アーダルベルトはもちろん、エドアルド達も柔らかな笑みをその顔に浮かべていた。


 うおおぉぉ…っ!!
 悲鳴のような歓声が眞魔国でも最大の闘技場を揺らしていた。
 会場から溢れんばかりに集まった数万の人々、その視線はただ一点、貴賓観覧席の露台に姿を見せた漆黒を纏う二人の少年に向けられている。
 渦巻く人々の歓声を浴びながら、領主、フォングランツ卿ウィルヘルムが両腕を大きく掲げた。
 ゆるゆると人々が静まっていく。
 その様子を確認して、ウィルヘルムがユーリに向けて頭を下げた。

「開会式から今日まで、幾つもの素晴らしい試合を目にすることができました。眞魔国の武人の見事な戦いぶり、心から感動しています!」

 どこかの国のかつての総理大臣からちょっとお借りしたかもしれない魔王陛下の言葉に、またも「うおぉ!」と歓声が爆発した。

「ここまで勝ち残った皆さん! 今大会最強の武人であるあなた方の勇姿は、きっと武人を目指す多くの人々、若者たちに夢と勇気を与えたと思います。どうか最後まで頑張って……」

 ユーリの目が自然と、1列に並ぶ選手達の1人に向けられた。

「……頑張って、下さい…!」

 開会式には膨大な数の武人が並んでいたグラウンド。今残っているのは、わずかに8名。
 魔王陛下のお言葉を受け、その8名が胸に手を当て、深く頭を下げた。

 準々決勝の開始が宣言された。


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大変大変大っ変長らくお待たせ致しました!
やっとこの16話でございます。1話1試合となってます。……まだ続くんですよね〜。
ちなみに「○ースを狙え!」エピソードにつきましては、かなりうろ覚えですので、どうか突っ込まないでやって下さいませ(汗)。ただ、読んで「は〜、そういうものなのか」としみじみ納得したのは覚えています。
とにかく次回で大体のところを終えて、早く決勝戦へと進みたいと思います。
またしばらくお待たせすると思いますが、どうか最後までお付き合い下さいませ!
ご感想、お待ち申しております!