グランツの勇者・13


「行っけー! コンラ…ッ! …ららららぁーあーあーかーカクさん!」

 観覧席の胸元まである囲いの縁から身を乗り出してユーリは叫んでいる。
 これからコンラート、いやいやカクノシンの、最初の闘いが始まるのだ。
 露店から兵士が買い集め、ついでに毒見もしてくれた果汁や揚げ菓子を口に頬張りながら、手を振り足を踏み鳴らし全身で応援するユーリに、アーダルベルトが呆れたように肩を竦めた。アーダルベルトは試合の準備のため一行から離れたヨザックに代わり、村田の隣に座っている。

「…たく。あいつがあの程度の相手に梃子摺ったりするかよ」
「まあまあ、フォングランツ卿。そこが名づけ親を思う子供心というものじゃないか」

 本当は恋心と言いたいところだけどね。
 兵士達がせっせと給仕してくれる果汁やお菓子、揚げパンや果物を摘みながら村田が微笑んだ。
 応援でも何でも精一杯、手抜きなしの親友は本当に見ていて気持ちが良い。
 にこにこと笑う村田の頭のすぐ上で、アーダルベルトが「ふん」と鼻を鳴らした。

「ミツエモンー、ほら、新しいお菓子が来たよ」

 皿に並べた色とりどりの小さなケーキをおずおずと差し出してくる、頬を真っ赤に染めた女性兵士に、村田が「ありがとう、美味しそうだね」と微笑み返した。ドレスを纏ってはいるものの、鍛えた身体つきのどこか厳つい女性兵士の顔が、更に燃え上がるように真っ赤になった。

「……ほらほら、皆が一生懸命集めてくれているんだから、君もちょっと落ち着いて頂こうよ」

 村田に呼ばれて、ユーリが振り返った。

「あー、うん……わっ、ホントに増えたな! じゃあ、1つ……」

 ユーリが言いながら席に戻ろうとしたその瞬間、会場がドウッと湧いた。

「…あ、あれーっ!?」

 再度振り返った視線の先、闘技場では、コンラートより30センチは背が高く、軽く50キロは体重が重そうで、筋肉量はヨザックの10倍ほどの選手が地面に突っ伏していた。……ものすごい砂埃が倒れた選手とすぐ傍らに立つコンラートを包んでいる。

「勝者! シュルツローヴ道場所属、カクノシン選手!」

「試合が終わっちゃったーっ!?」

 頭を抱え、「キメるとこ、見られなかったじゃないかーっ!」と叫ぶユーリ。

「……間合いが一気に詰まったと思った瞬間に相手が倒れていた……。倒した一撃が見えたか?」
「いや、全然見えなかった。マントが翻ったような気がしただけで……。さすがだ…! さすがウェラ……痛っ!」
「その名を口にするな。周囲を固めているとはいえ無用心だぞ。お前、それで立派な士官になれるのか?」

 並んで席に座り、ごく普通の友人らしい会話をしているように見えたイヴァンとエドアルドだったが、やはり仲良しではないらしい。足を蹴られたエドアルドがイヴァンを睨みつけている。
 そんな年少組のやり取りに頓着しないアーダルベルトは揚げ菓子を口に放り込み、甘い味にさも嫌そうに顔を顰めた。

「そもそも試合になんぞなってねぇよ。おい、ちょっとは気を利かせて酒くらい持って来い」
「会場内禁酒だよ、フォングランツ卿。……あれ? ねえ、アレは何かな? 歌?」

 村田が言って、のんびりとお茶や果汁やお菓子を口にしていた一同がふと耳を澄ますと、歓声に紛れて歌声らしきものが聞こえてきた。

「あー、アレ」
「あれですか」

 ユーリとイヴァンの声が重なった。
 「失礼」と軽く頭を下げるイヴァンに、ユーリがいやいやと笑う。

「イヴァンも歌うことあるのか?」
「いえ、さすがに」

 思わず苦笑するイヴァン。
 観覧席の一画からは、野太い男達の声で「おっひっさっま、きっらっきっら……!」と、可愛いんだか不気味なんだか、応援歌なんだか校歌なんだかよく分らない合唱が、風に乗って聞こえてくる。

「あれ、シュルツローブ道場の歌なんだ。朝礼の後に皆で歌うんだぞ」

 おーっ!! という雄叫びと、一斉に拳を突き上げる一団の姿がはっきり見える。

「つまりアレは、ウェ……カクノシンの勝利を祝って歌ってるわけか。いいねえ、カクさん、好かれてるねえ。……ミツエモンも歌ってるのかい?」

 焼き菓子をぽいと口に放り込んで、村田が笑う。
 まだ歌詞を全部覚えてないけどな、と笑い返したユーリは、村田の肩越し、後の席に座る人物に視線を向けた。果汁を入れたカップを手に、ガスール老人が伏し目がちに座っている。果汁はカップいっぱいに満たされたままで、老人が口をつけた様子はない。

「お爺ちゃん」

 自分の席に戻り、老人に呼びかければ、何か考えに耽っていたらしいガスール老人がハッと顔を上げた。

「……これは御無礼を……」
「全然無礼なんてないって。それより、ねえ、お爺ちゃん。聞いてもいいかな?」
「何なりと仰せ下さいませ」

 恭しく頭を下げるガスール老人に、ユーリも「うん」と頷いた。

「朝ね、ルイザさんと会って話をしたんだけれど、ルイザさん、本当にシュルツローブ道場が悪人の巣だと信じてるんだね。でもお爺ちゃんはどうなのかな? ルイザさんと同じ様に思ってる? エイザム先生達が悪人だって、本気で信じてる?」

 おれ、そうは思えないんだけど。
 ユーリにそう言われた瞬間、カップを握りこむガスール老人の両手の節が白く浮き上がった。力が入ったのだろう、果汁がカップの中で不規則に揺れている。

「噂があったそうだね。戦場で、あなたの息子とエイザムの間にある事件が起きたと」

 村田が静かに言った。アーダルベルトやイヴァン、エドアルド達がじっと様子を見つめている。

「お爺ちゃんは」ユーリがゆっくりと言った。「それを信じているの?」

 周囲は興奮と喧騒の真っ只中にある。だがユーリと彼らの周囲だけは、ぽかりと空白になったように沈黙が支配していた。
 ガスール老人が1度深く目を伏せ、それからゆるゆると顔を上げ、その目でひたとユーリを見つめてきた。

「真実を何一つとして口にせぬ男を、どうして信じることができましょうや」

 そう言って、ガスール老人はギュッと唇を噛み締めた。

「わしは……戦場から帰ってきたエイザムに、何度も尋ねました。何度も何度も、本当のことを教えてくれと、戦場で一体何があったのか、真実を教えてくれと頼みました。……エイザムは、まだ少年の頃から我が手で鍛えた弟子でございます。あれがどういう男かは、誰よりこのガスールが承知いたしております。道場を割って出て行ったのも、我らに恨みつらみを抱いての行いではないことも重々存じておりました。だがしかし、あれは……何も言うてはくれぬのです……! 口さがない街の者が何と罵ろうと、後ろ指さそうと、何一つ言い返そうともせぬのです。それどころか、ついには……わしにこう申しました」

『噂は噂ではございません。それこそ真実です。私が……ローディンを殺しました』

「それきりぴたりと口を閉ざし、以来30年でございます。孫娘がそれを真実と信じ込んで、誰が責められましょう。わしも……わしを信じて語ってくれぬ者を信じることはできませぬ。ゆえに、わしは………申しわけござりませぬが、我らとエイザムのことはどうぞお捨て置き下さりませ」

 そう言って、厳しい眼差しをユーリに向けたまま、ぴったりと口を閉ざしたガスール老人に、ユーリは小さくため息をついた。
 これはやっぱり、エイザムが真実を話さない限り話が前進しない。

「何だか」フォークに刺した果物をくるくると回しながら、村田がくすっと笑った。「似たもの師匠と弟子だねえ。……ほら、ミツエモン」

 カクさんが戻ってきたよ。
 村田の言葉と同時に、うわぁという歓声が波の様に大きくなりながら近づいてきた。
 急いで振り返って見れば、コンラートがなぜか頭を押さえながら、観覧席の通路をユーリ達に向かって小走りにやってくる。
 その出立ちはやはり目立つのか、たった今鮮やかな勝ちを納めた選手の姿を間近に迎えた観客達は、コンラートが前にやってくるとすぐに気付いた様に立ち上がり、後方の席の者は精一杯身を伸ばし、敬意と親愛を籠めた声を掛け、肩や腕や背中を叩いて前に送り出している。
 コンラートが頭を押さえているのは、おそらく髪を引っ張られるか、記念に1本引っこ抜こうとする観客が1人や2人じゃなくいたからだろう。
 ……立派な人の髪の毛って、何だかお護りになりそうな気がするし。
 納得しながらも、ユーリは首を捻った。
 古道具屋で購入した鬘の毛でも、御利益は期待できるだろうか。


「この会場ではこのまま次の試合も観ていくんだよね?」

 予定表を広げて村田が言う。
 おう、と応えるユーリの隣では、兵士達が争って差し出した心づくしの果汁をコンラートが飲み干している。

「えっと……そうそう、次は見逃すわけにいかないんだぞ。何たって、スールヴァン道場のヴァンセルさんがご隠居様に挑戦するんだから」
「出身地不肖、所属不明のブルーノ選手対スールヴァン道場所属のヴァンセル選手か。無謀な挑戦だねえ。……ブルーノさんの二つ名って何だった?」
「『炎の斧』です」果汁のコップを手にコンラートが答えた。「武器はまあそのまんまですね。ヴァンセルでは、どう頑張っても太刀打ちできないでしょう。間合いを詰めることすらできるかどうか……。下手に向かおうとすると大怪我をします。知り合いなだけに心配ですね」

 ブルーノ殿が手加減してくれると良いのですが……。言って、しみじみとため息をついたコンラートが、ハッと気付いた様に背後を向いた。

「申し訳ありません。あなたのお弟子に対して失礼を申しました」

 頭を下げられて、ガスール老人が慌てたように手を振った。

「とんでもござりませぬ! むしろご心配頂けてありがたく存じております」

 正直申しまして、と、老人が苦笑を浮かべて言った。

「今わしは、懐かしき皆様の戦いぶりを再びこの目に出来る喜びで胸がいっぱいでござります。本来ならば弟子の応援をせねばならぬというのに、いやはや何とも情けない師匠でござりまして……」

 お恥ずかしい。そう言って、ガスール老人はぴしゃりと額を叩いた。

「ご隠居様達のこと、本当に尊敬してたんだね、お爺ちゃん」

 ユーリの言葉に、老人が深々と頭を下げた。


□□□□□


 闘技場のグラウンドでは、ビヤ樽のように恰幅の良い体型のブルーノと、若々しさ全開のヴァンセルが向き合っている。
 良く言えばずしりと安定感のある体つきのブルーノは、身長こそヴァンセルと大差ない。だが汗と油できらきらと輝く引き締まった筋肉を、思う存分ひけらかす若者と比べると、そろそろ中年に差し掛かろうという年代のブルーノはどうも鈍重に見えてしまう。
 おそらくはヴァンセルも同じ様に感じているのだろう。大扉を潜ってやってくるブルーノを一瞥した後は、観客達に向けて大きく手を振りながら走り回ったり、敏捷さをアピールするように飛び跳ねて見せたりと忙しい。
 あのお調子者が…と、ユーリ達の背後でガスール老人が呟いている。

「よお、おっさん! 大層なモンを担いでるみたいだが、重かねぇか? 無理すっと腰を痛めるぜ??」

 広い背に2丁の斧を担ぎ、太い鎖を両肩から胸で交差する様に掛け、どこかぼんやりと突っ立って自分を見ている相手に、ヴァンセルが笑いを含んだ声で言った。

「気遣いには及ばんよ、若いの」ブルーノが肩を揺すり上げるようにして応える。「それよりも、そっちがよけりゃあそろそろ始めようじゃないか?」

 司会進行役の合図がされるやいなや、ヴァンセルは剣を抜き、ぶんぶんと大きく振り回し始めた。

「悪いが、おっさん。俺ぁこんなところでグズグズしてる訳にゃいかねぇんだ。とっととキメさせてもらうぜ?」
「そんなに剣を振ってどうする、若いの。お前さんの得物はそれで伸びたり化けたりするのかい?」

 自分のセリフを無視された上に妙な質問をされて、ヴァンセルが大げさに眉を顰めた。

「……おっさん、ボケてんじゃねえか?」

 剣が何に化けるんだよ。
 噛み付くヴァンセルに、「さあなあ」とブルーノが笑う。

「だがわしの斧は結構化けるぞ?」

 言った瞬間だった。

 轟と空気が鳴った。
 ヴァンセルも含め、会場に集った全ての人々が、一瞬突風だと思った。
 本来ならあり得ない、いきなり巻き起こった突風は、即座に暴風となり、張り手の様に人々の顔を襲った。

「わ!? わわわっ!? わぷ…っ!」

 思わず顔を覆い、身体を丸めて身を護ろうとするユーリに、コンラートが即座に覆い被さった。
 マントを広げ、ユーリを胸に抱きこむようにして護る。

「…こ、コン…っ?」
「大丈夫ですよ、落ち着いて。……ゆっくりと顔を上げてください」

 コクッと頷いて、そろそろと顔を上げると同時に、コンラートがゆっくりと慎重にユーリの体から覆ったマントを外していった。
 驚いたことに、風はいっこうに治まる気配もなく、バンバンと音を立てる様にユーリの顔にぶつかってくる。
 1度ぎゅっと目を瞑り、それからユーリはゆっくりと目を開けた。

「……っ! う、っそ、だろ……!?」

 地上に、台風の目が立っていた。ブルーノだ。
 ずしりとした安定感と共にそこに立つブルーノが、両腕を高々と差し上げ、何かを振り回している。
 何かとは……鎖だ。
 そしてその鎖の先にあって、空気を凄まじい力でかき回しているのは斧だ。
 斧の柄は鎖と繋がり、ブルーノの手に操られるまま、ぶおんぶおんと凄まじい風鳴りを轟かせ回転を続けている。
 斧の回転から生まれる烈風の衝撃は、だがまだ観覧席の塀に阻まれ、そこにいる人々の上半身を座席に貼り付けるくらいで済んでいた。
 気の毒なのは進行役の司会者とヴァンセルだ。
 彼らはそれぞれ、会場全体に波状攻撃を続ける風を全身に受け、ほとんど吹っ飛ばされるように塀に身体を押し付けられていた。ヴァンセルはそれでも動こうとしているらしく、懸命に身悶えしているが、司会役の男性は失神してしまったのかぴくりとも動かない。

「僕の目の錯覚かな」

 風の脅威を感じていないかのような、村田の冷静な声がユーリ達の耳を打った。

「斧の大きさが変わってきている。明らかに巨大化しているような気がするんだけどね」

 そんなバカな。誰かが言った。風の音に紛れたその声は、誰かのものかもしれないし、ユーリの心の声が聞こえただけかもしれない。

「錯覚ではござりませぬ!」

 風の音に負けないようガスール老人が大きな声を張り上げて言った。

「ブルーノ様の斧はこれからが真骨頂でござりまするぞ! ただ問題は……」

 風の音はすでに唸るなどと生易しいものではなくなっている。
 ごうおおん、ごおううん…っ!
 斧と鎖は空気を掻き回し、竜巻のような渦を生み出し、そこから発する轟音が、人々の鼓膜を突き破る売るような勢いで会場を圧している。
 烈風が更に強度を増してきた。悲鳴や呻き声を上げていた人々は、もうすでに声すら出せずにひたすら身を縮めている。

「斧がっ!!」

 誰かが叫んだ。だが、叫ぶ必要などなかった。
 かろうじて目を開けていられた人々は、その瞬間全員が「それ」を見た。そして一瞬、叩きつけてくる風も忘れてその目を大きく見開いた。

 斧が燃えていた。

 高速で回転する斧は、今、炎に包まれ、巨大な火の輪を作りながら回転を続けている。
 風に熱が加わった。

「…ま、まさか、空気との摩擦で発火……」

 したとか? 続くはずの言葉は出なかった。
 バキンッ、という、重く硬いものが砕ける音が、風の音を圧してユーリ達の耳に響いたからだ。
 バキっ、バキバキバキ…っ!!
 砕ける音、割れる音、は、四方八方から響き、同時に……。

「壁が!?」

 闘技場の観覧席を仕切る石造りの壁が、柱が、闘技場を飾る木彫や等身大の石像が。
 風の勢いに負けて割れ、砕け、と見た次の瞬間、風に軽々と運ばれ、炎の斧を取り巻くように回転を始めたのだ。
 ユーリ達の目の前を、ほとんど無傷の石像が高速で通り過ぎていく。

「………動物、だったな……?」
「うん。猿の後を虎が追いかけて行ったよ」
「干支ですね。各会場に守護神代わりに干支の動物の像が配置してあったはずですから……」
「眞魔国の干支って、ものすごくたくさんあったんじゃなかったっけ……?」

 バキっ、バキバキ! ぶおんっ、ぶおんっ、ごおぉぉおおぉおん! うわー! きゃー! ひーっ!
 会場が破壊されていく音と、回転する斧が巻き起こす轟音と、阿鼻叫喚とが渦巻く中。とにかく何だかイロイロ渦巻きすぎて、皆どこか感覚が鈍ってしまったようだ。
 パニックを起こして悲鳴を上げる者を除き、観客達は皆、揃いも揃って魂が抜けたように呆然とグラウンドを見つめている。

「こうなると思いましてございます」

 誰かと似たようなセリフに、的外れの会話を交わしていたユーリが「え?」と振り返った。エドアルドやイヴァン達、警護の兵士達も、顔を引き攣らせて老人を凝視している。
 暴風の中、我関せずという顔で果汁のコップを傾けていたガスール老人が、やれやれとため息をついた。

「そもそも、ブルーノ様のこの技は、このようなちっぽけな闘技場で開陳するものではござりませぬ。だだっ広い戦場でこそ威力を発揮致すのでござります」
「……戦の荒野はブルーノのためにこそあれ」
「…? コンラッド?」

 いきなり詠う様に喋りだしたコンラートを、ユーリがきょとんと見上げる。

「見よや、ブルーノの炎が今、いくさの荒野に風を巻く。いくさ場の土よ、土に染みし戦士の血よ、倒れし戦士の魂よ、今こそ目覚めよ。目覚めて立てよ。立って乗れ、この風に。土よ、血よ、魂よ。ブルーノの炎を今こそ纏え。炎を纏い、風に乗り、いざや進め、敵は間近なり。……ご隠居様達の活躍を記した叙事詩ですよ。これはブルーノ殿を讃える詩の一節です」
「この時、天地、悉く我らが味方なり。敵は倒れ、倒れ、倒れ伏すも、ブルーノはそれを許さず……だったな」

 アーダルベルトが、興奮を無理矢理押し殺しているような表情と声で続けた。

「いくさ場の土、我ら同胞(はらから)の血、その魂は敵に平穏なる死を許さず。敵悉く、灼かれ、薙ぎ上げられ、地に落され、その五体引裂かるるなり。怨敵これにて壊滅す。ブルーノの風の音、これまさしく大地、天地の咆哮なり、勝利の凱歌なり。……話には聞いていたが、ここまですごいとは思わなかったぜ」
「そのような陳腐な詩、ブルーノ様の実力をほとんど表現できてはおりませぬよ」

 ふふん、と自慢するように老人が鼻を鳴らした。

「ありとあらゆるものをあの炎の風に巻き込みながら、ブルーノ様が戦場を疾走される様ときたら、それこそもう小便を溢しそうな程の迫力で……あ、これは御無礼を」
「疾走って」後半は無視して、ユーリは声を上げた。「あんなものを振り回しながら走るのか!?」

 あれほど巨大で重い斧を振り回すには、下半身に相当の筋肉と重量が必要だし、どれほど鍛えていたとしても、ブルーノはものすごい力で踏ん張っていなくてはならないはずだ。
 それが……走る!?

「本来なら、斧の遠心力に振り回されて、自分自身が吹っ飛んでしまうが関の山だよね」

 村田が面白そうに言い、ユーリも思わず頷いた。

「しかしブルーノ様はそれがお出来になるのです」

 老人がますます自慢げに言う。

「そして炎の斧はもちろん、風に取り込まれたさまざまな物を使って、向かってくる敵を全て薙ぎ倒しておられました。もちろん敵の兵もまた、竜巻に巻き上げられるように宙を飛び、敵陣に叩き込まれるのでござります。敵はもう、その様を目にするだけで戦意など瞬く間に吹っ飛び、恐怖のどん底に叩き込まれておりました。後は、少しでも風から身を護ろうと、地を這いながら逃げるのが精一杯でして。その姿の無様なこと、我ら腹を抱えて笑ったものでございます。またそうなれば戦場は我等の首狩り場となり……」
「前にも聞いたねえ、その一節。ところでご老人、あなたのその話に従うと、今僕達がこうして無事にいられることが不思議な気がするんだけどな」
「それがし、何一つとして嘘偽りは申しておりませぬぞ? ちなみに我らがこのように席に座って話をしていられるのは、もちろん、かのお方が手を抜いておられるからでござりまする」

 少々うんざりという顔の村田に、老人は余裕の笑みを浮かべる。

「なるほど……。本当に手を抜いているのかいないのかはどうでも良いけど、とにかくこのままじゃ闘技場が1つ、観客ごと壊滅するってことはとっても良く分かったよ。いい加減何とか……っ!?」
「うわっ!!」

 もう余りに間断なく続くため、すっかり感覚の麻痺したユーリ達ですら、思わず身を縮めたほどの強烈な突風と轟音が闘技場を一気に覆った。
 素早くコンラートがユーリに覆い被さり、アーダルベルトもまた、風に逆らって身体を前に出し、村田を庇う。その時。

 どごぉおおぉおん……っ!!

「うわぁ……っ!!」

 紛れもない爆発音が鳴り響くと同時に、爆風が会場の全方位に向けて駆け抜けていった。

「…こ、コンラッド……?」

 コンラートのマントに包まれて、胸に顔を押し付ければ、そこは薄闇と温もりと確かな鼓動と、そしてかすかにコロンが香る堪らなく心地良い場所だ。  だが、轟と風が通り過ぎて、ふと訪れた静寂の深さに、ユーリは不安になって声を上げた。
 その声を合図としたかのように、コンラートがそっと身体を離した。マントが同時に外れ、視界がはっきりとしだす。

「……あ…あれ…?」

 さきほどまで烈風が渦を巻いていたことが信じられないほど、会場はシンと静まっていた。
 ユーリはもちろん、人々は皆、呆然と宙を見つめている。だが。

「勝負がついたね」

 冷静な声がユーリの耳を打った。村田だ。
 その声に誘われるように闘技場のグラウンドに目を遣って、ユーリは「…うわ」と声を上げた。
 闘技場は、壁が壊れ、柱が折れ、地面は抉られ、ほとんど半壊の態をなしていた。そしてグラウンドには、壊れた壁の破片だの、折れた柱の一部分だの、なぜか無傷の彫像だのがそこかしこにゴロゴロと転がっている。だがそれよりも。
 ユーリの目は、グラウンドの隅っこにいる2人の人物に釘付けになっていた。
 2人の人物─ブルーノとヴァンセルだ。
 一体いつの間にそこまで移動していたのか、ブルーノは、壁に凭れ掛かり、地面に尻餅をついたヴァンセルに覆いかぶさるように立っていた。そしていつそれをなしていたのか、両手にはしっかりと斧の柄が握られている。
 斧に炎はなく、鋼が鈍く光を弾いている。長い鎖は力をなくした蛇のように地面に落ちている。
 そしてブルーノは、手にしっかと握った斧の刃を、ヴァンセルの両肩、首の付け根辺りにぴったりと狙いを定めて構えていた。
 尻餅をつき、無造作に足を投げ出し、呆然と上半身だけを起こしたヴァンセルは、自分の身に今何が起きているのかさっぱり分らないという顔でブルーノを見上げている。

「降参か?」

 ブルーノが聞いた。ヴァンセルは応えない。
 ヴァンセル! ヴァンセル、しっかりして! 静まり返った観客席の一角から、切羽詰った女性の声が聞こえてきた。ルイザだろう。だがヴァンセルはピクリとも動かない。動けない。

「若いの。聞かれたら答えな」

 とたんに、ヴァンセルの身体が震えだした。上半身が、斧の刃から逃れようとするかのようにズルズルと壁からずり落ちていく。
 ほとんど何かの発作の様に身体を震わす若者の口からは、まるでうわ言の様に「……あ……は……う……う……」と声にならない音が漏れてくる。
 ブルーノが興ざめしたように、ひょいと斧を持ち上げ、軽々と肩に担いだ。

「…ったく、ちょいと技を披露しただけで腰を抜かすとは……! これが端くれとはいえ、グランツの武人か!?」

 そう言って、ブルーノはぐるっと観客席を見回した。

「何じゃ、何じゃ、お前達も! どいつもこいつも、この程度のことで化け物を見たような顔をしおって! やれやれ、昔の戦士は根性が座っておったわい! わしが技を披露してやれば、そりゃあもう皆やんやの大喝采じゃったぞ! いやいや、情けない情けない! 誇り高き魔族の武人はどうなった!? こんなことで国を護れるのか!? 恥を知れ、この腰抜け共め!」

 審判! 審判はどこへ逃げおった!
 周囲を見回しながらブルーノが叫ぶ。
 だが、武人でも何でもない気の毒な司会進行兼審判は、グラウンドの隅で大の字になって失神していた。
 ちょっ! と大きく舌打ちすると、ブルーノは「わしの勝ちじゃ!」と一声宣言し、のっしのっしと会場を去っていった。


「………あのように…凄まじいものだったのでしょうか……?」

 ぽつりと、呟くような質問が誰にともなくなされた。
 質問したのはエドアルドだ。

 主役が去った闘技場は、放り出される様に残された観客達が、ようやく夢から覚めたようにのろのろと動き始めていた。大会関係者もグラウンドに散らばり、叩き壊された会場の残骸の撤去に大わらわになっている。ぐったりと地面に横たわるヴァンセル達を助け起こしている者もいる。その中にはもしかしたらスールヴァン道場の面々も混じっているかもしれない。

「かつての戦いとは、本当にあのようなものすごい技と技とがぶつかり合う、そんなものだったのでしょうか?」
「さっきの詩じゃあねぇが、あの爺さま達の戦いぶりがどんなものだったのかは、物語だの何だのでお前もガキの頃から散々聞かされてきただろう」

 アーダルベルトに面倒臭そうに言われて、エドアルドは素直に「はい」と頷いた。

「しかし……物語は物語です。お化けや妖精が出てくるお伽噺と何も変わりません。子供向けに誇張されているのだと、今日の今日まで当たり前に信じてきました。確かに、ご隠居様は実在が疑われる伝説の存在ではありません。現実に目の前においでになります。でも……物心ついた頃からご隠居様は皆様、その、ご老人ばかりでしたし……」
「そりゃ俺だって同じだ。ガスール爺さんくらいでなけりゃ、誰もあの爺様達の若い頃なんぞ覚えてねぇよ」

 それはそうなのですが、と、エドアルドは言葉に迷うように目を闘技場のグラウンドに向けた。

「……あのような戦いぶりが真に魔族の武人、戦士のありようだということなら……今、僕達が国家のため、民のため、必死で修行していることは何なのだろうと……疑問に思ってしまったのです」

 僕達の剣術など、子供だましの遊びではありませんか。
 思い惑うエドアルドの瞳が揺れる。
 エド君…。ユーリが小さく名を呼んだ。

「人間の法術も発達し」コンラートがふいに誰にともなく話し始めた。「戦場で互いの力を相殺するようになってから、戦闘は肉弾戦になりました。魔力は使えなくなったのです。そして、マリーア殿の鳥はもちろん、ブルーノ殿のあの力も、魔力がなくては成り立ちません」
「…て、ことは? コンラッド?」
「斧を巨大化させて炎を生み出すことは当然魔力の発動で行っていることですが、それを振り回しながら戦場を走り回るというのも、ちょっとやそっと身体を鍛えたくらいでできるものではありませんよ。あれもまず間違いなく魔力でサポートしていますね」
「それって……例えば、魔力で斧の重さをなくしちゃうとか?」
「振り回すこと自体が、腕力ではなく魔力で行っているという可能性もあるよね、ウェラー卿?」
「猊下の仰せの通りです」

 コンラートと村田の説明で、ユーリもなるほどーと大きく頷く。
 ですから、とコンラートの説明が続いた。

「魔力と法力が戦場で力を打ち消しあうようになってから、あのような戦法は取りようがなくなってしまったのです。結果として残ったのは、体力と技の勝負。後はそれをどれだけ鍛えて向上させるかが生き残りと勝敗を決することになったわけですね。先のシマロンとの大戦は、まさしくそれです」
「つまり」アーダルベルトが続けて言った。「あんな突拍子もない、だが見栄えの良い大技はもう2度と使えねぇってことさ。そして戦法が地味になっちまった分、武人もすっかり小粒になった、もしくは小粒になったように見えちまうってことだな。嘆く問題じゃねえ。しょうがねぇんだよ。分ったか? 末っ子殿?」

 アーダルベルトに諭されて、エドアルドは「はあ…」と、それでも納得できない顔で俯いてしまう。
 その様子にコンラートが小さく微笑んだ。スーパーマンのド派手なパフォーマンスを間近に見てしまった平凡な(?)少年の気持ちは良く分かる。

「先ほどガスール殿は、ブルーノ殿の技はこのような場所ではなく、広々とした戦場にこそ相応しいと仰っておられたが、今となっては逆なのです」

 ガスール老人が訝しげに眉を顰めてコンラートを見遣る。

「これから先、我が国が自国か、もしくは他国の争いに関ることになるかかどうかは別にして、ご隠居様の技は現代の戦において全く無力です。華麗な技は、もはやこのような場でしか威力を発揮できないのですよ」
「ウェラー卿は言葉を慎重に選んでいるけれど」

 村田が口角を小さく上げて続けた。

「ご隠居様達の技は、華麗で壮大であればあるほど、今となってはこういうイベントの記念公演、もっと言っちゃえば見世物程度の価値しかないってことさ」

 なんと仰せある!? 色をなして立ち上がったガスール老人を、村田がスッと手を上げて制した。

「とは言え。魔力が使えないから武人の質が落ちても仕方がないということには絶対ならない。そんな理由に甘んじていては、魔王陛下の臣として、国家と民の護り手となる資格はない。武人の存在と使命、そしてその精神と技は、趣味や教養の次元で語られるものではないのだからね」
「……えっと…村田、それって」

 どういう意味? そっと囁く親友に、村田が微笑んだ。

「どんなに平和になろうと、武人がスポーツ選手になってはいけないってことだよ。我が国には強大な軍事力がある。だがそれは、護るための力であって、他国を侵略するための力ではない。だから我が国の力は、ある意味『存在するが使用しない軍事力』だ。だがこれは、緊張感を持続させることが非常に難しい」
「つまりそれって…」
「平和と繁栄が続いて、戦争の恐れが遠ざかり、力を使う必要性を感じなくなればなるほど、国家の箍は緩んでくるものだからね。軍などはその代表さ。このグランツの自称武人達の様に、武術がすっかりお遊びに堕してしまう」
「村田…っ、でもそれは……」

 武力を蓄えれば反逆を疑われたから、という分りきった理由を口にすることを、村田は許さなかった。

「反逆を疑われるから大人しくしなくてはならない。自分を甘やかすには、実に都合の良い理由だ」

 おい! 猊下! それはあまりな……!
 アーダルベルトを始め、ガスール老人やエドアルド達が咄嗟に上げた抗議の声が重なる。
 気色ばむグランツの面々に対し、煩げに手を一振りして村田は肩を竦めた。

「僕はご隠居様の怒りを代弁しただけさ。ブルーノ殿も嘆いていただろう? いつまで甘ったれてるつもりだ、いい加減にしろと言いたかったんじゃないかな、彼は。僕もその点は同じ意見だね。ただ……」

 だからこそ、ね。
 そう言って、村田は何か含むところのありそうな笑みを浮かべ、その視線をコンラートに向けた。

「ウェラー卿。分かっているとは思うけど、君とヨザックの役目は大きいよ。何より、身を縮めることに慣れ、嘆く振りして安穏と日を送っているグランツの武人達に喝を入れなくてはならない。そしてご隠居様達には……ね?」

 ふふ、と小さく笑う村田に、コンラートが「はい」と頷いた。
 コンラートの唇にも紛れもない笑みが浮かんでいる。
 ユーリはもちろん、エドアルド達グランツの面々の視線が、一斉にコンラートに集まった。

「俺のこの腕と剣1本で」

 コンラートがスッと手を前に翳す。
 姿も品も良い男には似つかわしくないほど、大きく無骨な、そして傷だらけの手だ。

「眞魔国の武人が、決して腑抜けでも腰抜けでもないことを、ご隠居様方の身をもってご理解頂きます。そして」

 コンラートがスッと顔を巡らせて、サングラスに隠された目をエドアルドに向けた。
 エドアルドがハッと目を瞠る。

「将来を期待している優秀な士官候補生の無用な不安を、誰より、剣以外能のないこの俺が一掃しなくてはなりません。武人が武人としてあるために、護りたいと願うものを真に護るために、壮大華麗な魔力などは必要ないことを、エドアルド、君に証明してみせよう」

 にこりと笑い掛けられて、エドアルドの顔が一気に真っ赤に染まった。
 コンラートにしては、珍しいほど不敵な笑みだ。ユーリは胸を高鳴らせてその顔を見つめた。
 ユーリの視線に気づいたのだろう、コンラートがふとユーリに顔を向けた。
 ユーリとサングラス越しのコンラートの眼差しがぴったりと合う。

「俺は負けません」

 うん!
 ユーリも大きく頷いた。

 ところが。

「出場禁止〜!?」

 ヨザックの応援に別会場へ向かう途中、突如齎された情報に、ユーリは目を見開いた。
 ひっくり返った声を上げる魔王陛下に、アーダルベルトが肩を竦める。

「民を喜ばせるために大会を開催するってーのに、会場をぶっ壊した挙げ句、観客の命を危険に晒したってな。何せ、その観客の中にはお忍び中の魔王陛下までおいでになったということで、親父殿が珍しく激怒しちまったのさ」

 というわけで。
 ご隠居様の1人、『炎の斧』ブルーノ選手は大会を棄権するようフォングランツ卿から厳命されてしまったのだ。

「せっかく若返ったのに冗談じゃないと、爺様もかなり抵抗してたけどな。ここは絶対譲らんと、親父と叔父貴達が一致結束して頑張っちまった。まあ、結局爺様が身を引いた訳なんだが……。実際のところ、やり過ぎはやり過ぎだ。大した怪我人は出なかったとはいえ、会場を1つ、使用不能にしちまったんだから」

 担当官達が現在試合の組み直しに大わらわだと告げるアーダルベルトに、ユーリ達─ユーリやエドアルドら年少組(除村田)─の口から、ほーっとため息が漏れた。

 大会ダークホースであったご隠居様チーム。
 とにもかくにも、これで1人脱落である。


□□□□□


「で? 何かあったんですか? えらいデカい音がしてましたけど」

 試合の予定表も変更になるって話ですし。
 試合会場の控えの広場で合流したヨザックが、口を開いて最初に発した言葉がそれだった。

「いや、ご隠居様が暴れてな。ちなみに相手はヴァンセルだったんだが」

 魔王陛下に何か起こったのではないかと、ヨザックも心配していたらしい。
 意味ありげな眼差しを向けられたコンラートが苦笑を交えながら状況を説明すると、ヨザックもようやく納得したように笑った。

「あの野郎も気の毒に。ったく、500を超えても血の気が余ってるってのは傍迷惑な話だな」

 皮肉な笑みを向けられたアーダルベルトが肩を竦める。

「それよかグリエちゃん」ユーリが心配そうに声を掛けた。「次の次あたり、マリーアさんとだろ? 大丈……あ!」

 ヨザックの身体越しに視線を向けて、ユーリが目を瞠った。
 全員が一斉にユーリの見ている方向に顔を向ける。

「……婆ぁ……」

 アーダルベルトが呻いた。
 広場の奥からは、昔懐かしお立ち台から今下りてきたような姿─真紅のチャイナと手には装飾過剰の扇を持って─のマリーアが、ゆったりと扇を揺らしながら近づいてくる。 

「これは陛下、大会はお楽しみでござりましょうや?」

 人が大勢行き来する広場は喧騒に溢れ、ついでに砂埃だの何だのにも溢れている。  その中でマリーアの姿は一種異様なのだが、当人は全く気にしていないらしく、夜会にでもやってきたような様子で嫣然と笑みを浮かべている。

「アーダルベルト、お前達も、しっかりお役目を果たしておるかえ?」
「当然だろう。というか……いい年しやがって、そんな上目遣いで男を見るんじゃねえよ。気色が悪い」

 こやつ。
 あからさまに不機嫌になったらしいマリーアが、大げさに眉を顰めてアーダルベルトを睨みつけた。

「妙齢の婦女子に向かって、何たる口の利きようじゃ。そんなだから良い嫁にも恵まれぬのよ。まったく、良いおなごがしっかり尻を押さえておれば、このバカ者も世迷言を垂れ流して国を空けることもなかったであろうに。総身に知恵の回らぬ図体なのは仕方がないが、何とも情けないことじゃ!」
「放っとけ! というか……誰が妙齢の婦女子だ! 何だ、その格好は!?」
「妙齢であろうが。妾は美しいであろ?」

 言葉と同時に、深いスリットから白くて形の良い足がスッと前に現れる。

「どのような戦場であろうと、妾はおなごの嗜みを忘れたことはないからのう。がさつなお前達とは違うわえ」

 言って、扇でポンとアーダルベルトの胸を叩くと、マリーアは顔をヨザックに向けた。

「間もなくそなたと当るのう?」

 楽しみじゃと言われて、ヨザックがにっこーと笑った。

「光栄ですわぁ。どうぞお手柔らかに〜」

 軽くしなをつけて応えても、マリーアは引くことなく、余裕たっぷりに「ほほほ」と笑ってみせた。

「眞魔国三大剣豪などと呼ばれて良い気になっておると、痛い目にあうぞえ? どうも近頃の武人の体たらく、目に余るわ。この大会は良い機会。妾達が思い知らせてくれようほどに。……魔王陛下のお側にふさわしくない醜態を見せぬよう、せいぜい気張るが良い」

 では陛下、妾はこれにて。
 優雅に一礼すると、マリーアはゆったりと歩を進めて去っていった。

「ふふーん」

 マリーアを見送っていたユーリ達の耳に、ヨザックの声が響いた。

「痛い目にあうぞえ? か。いいねぇ、高慢もあそこまで身についてると見応え充分。アタシも負けないよう修行しなくちゃ!」
「…何の修行だ、何の!」

 幼馴染のツッコミを受けて、ヨザックが「うふふー」としなを作る。

「グリエちゃん?」
「はい、坊っちゃん」

 ヨザックがニコッと明るい笑みでユーリを見下ろした。その笑顔に緊張感はない。

「勝つね?」

 もっちろん!
 ぱっちんと大きくウィンクするヨザックに、ユーリも明るい笑顔を向けた。


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ウチの陛下も猊下も、何だかいつも食べてばっかりだなあと思ったり……。
あ、すみません、またまた長らくお待たせ致しました。やっとこの13話です。
話、進んでませんね。いつものことですが、ごめんなさい。
次回はまずヨザック対マリーア様です。それからコンラッドの新たな相手が登場ということで。
あまり関係ありませんが、「武人の一分」は某映画の「武士の一分」からお借りしました。……ホントに大した意味はないですが。
本命の試合が始まるまで、とにかく頑張ります。
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