グランツの勇者・12


 とにかく。
 いまやるべきことをやろう。

 悲壮(?)な決意の下、一同は溢れかえる人々の間を縫うように、小走りになって広場に向かっていた。
 急ぐ必要はないはずなのだが、何だか落ち着いて歩く気分になれないのだ。ちなみにアーダルベルトはとにかく父親達に一言告げてくると、珍しく狼狽を露にして貴賓塔に戻り、ガスール老人はユーリ達への挨拶もそこそこに、歩み去ったご隠居様、と思しき7名の戦士、を追いかけていった。

「ねえ、コンラッド」
「はい?」

 人にぶつからないよう、ユーリの傍らを護るコンラートが主を見下ろす。

「何かさ……嬉しそうだね?」
「俺がですか?」
「うん。…何だかさ、さっきからコンラッドがすごく楽しそうな気がするんだけど」

 そうですか、と呟くように答えて、それからコンラートはくすりと笑った。

「そうですね、仰る通りかも………いいえ、俺は確かに……喜んでいます」
「どうして? ……もしかして……ご隠居様達に関係ある?」

 コンラートが瞬間、パッと顔を輝かせた。ユーリの察しの良さ、コンラートの感情をしっかり読み取ってくれることが嬉しかったのかもしれない。もっとも笑顔を向けられたユーリの方は、照れくさそうに視線を外してしまったが。

「武人の性というものを、実感してます」

 唐突な言葉に、ユーリは「え?」と再びコンラートを見上げた。

「グランツのご隠居様方は、文字通り生ける伝説そのものです。俺など足元にも及びません。あの方々が名を馳せておられたのは、それこそ400年近く前のことですからね。その活躍の物語はまさしく地球のSFファンタジーのようで、俺も子供の頃は寝物語に胸をときめかせていたものです」
「400年……! あ……そうか、そうなるんだ。皆もう500歳超えてるわけだし……。考えてみたらすごいことなんだな! 人間から見たらそれこそ大昔の話だし」
「日本でいったら戦国時代だもんね」

 村田に言われて、ご隠居様の存在の凄さを再認識したユーリが、思わず天を仰いだ。そのせいだろう、前に出てきた親子連れとぶつかりそうになった主の身体を、コンラートがさりげなく引き寄せた。

「そんな本物の英雄達と剣を交すことができるかもしれない。そう思ったら……」
「血が騒ぐ?」
「はい。わくわくします」

 ……ホントに雰囲気がきらきらしてんなー。
 コンラッドのカッコ良さを思いっきり堪能できる。そう考えると、ユーリの胸もわくわくと弾んでくる。

「勝てよ! 絶対!」

 ハッとコンラートがユーリを見る。
 一瞬見せた驚きの表情がすぐに引き締まり、それからコンラートの顔に不敵な笑みが浮かんだ。

「はい。ユーリ。必ず…!」

「………あのー、坊っちゃん〜?」

 え? と逆方向を見ると、村田の脇を護るヨザックがちょっと拗ねたような顔でユーリを見ていた。

「俺にも言ってくれません〜? 俺だってあの人達と戦う気バリバリなんですから〜」

 ひどいわ〜、坊っちゃん、隊長ばっかり〜。
 小走りで人波をスイスイと避けながら、器用に泣き真似をするヨザックに、ユーリが「あーっ、ごめんっ!」と慌てて謝った。

「もちろんっ、もちろんグリエちゃんも頑張って! つーか、勝ってね! おれ、一生懸命応援するから!」
「はーい、頑張りますー!」

 途端に満面の笑顔になるヨザックに、「ったくもう」と村田がため息をついた。
 背後では臨時の護衛になった青少年達が、「魔王陛下と大賢者猊下とその護衛」という立場を超えた、というか、彼らの常識を超えた主従関係に、戸惑いを隠せずにいた。このノリについていけないと、魔王陛下と大賢者猊下の御意に入ることは難しいかもしれない。
 唯一エドアルドだけが、かつて士官学校に魔王陛下とウェラー卿、そしてグリエ・ヨザックがお忍びで視察に来ていた日々を思い出し、「あれ、お芝居じゃなかったんだ。丸っきり素だったんだ……」としみじみしていた。
 ……これを学校の友人達に教えるべきだろうか……?

□□□□□


「ミツエモン!」
「うわぁっ!」

 さあ、広場だと思ったその時。
 いきなり。ユーリ達の前に強力な壁が立ちはだかった。
 ルイザだ。
 突然現れたかと思うと、両手を腰に当て、足を大きく広げ、顔を思い切り怒らせて、文字通り仁王立ちしている。
 彼女も大会に選手として参加するのだろう。鎧というよりは、かなり軽いタイプの護身具を身につけ、腰にはちゃんと剣を差している。
 ユーリが立ち止まったことを確認したルイザが、大股で彼らに近づいてきた。
 そして怖い顔のままユーリの真ん前に立つと、今度は腕組みをしてユーリを睨みつけてきた。

「……あ、あの、ルイザさ……」
「あなた、どういうつもりなの!?」
「ど、どういう、って……?」

「カクノシンさんが、シュルツローブ道場の門人として大会に出ることよ!」

 うわ、いきなりバレてる。村田が呟いてユーリの背中の影に身体を寄せた。

「あ、あの…っ、どうしておれに……」
「クレアに会って聞いたのよ! あなたも知ってるでしょってね。あんた達が2人してシュルツローブ道場に入門してたなんて、私、全然知らなかったわ! どういうことなのっ!?」

 説明しなさいよ!

「ルイザ、待って!」

 ルイザのあまりの勢いに気圧されていたエドアルドが、そこでようやく間に割って入った。

「エドアルド! あなた、知っていたの!? どうして!? シュルツローブのヤツらがどういう連中か、私、あなたにだってずっと……」
「ルイザ、とにかく僕達の話を……」

「落ち着け、ルイザ、見苦しいぞ」

 いきなり掛かった冷静な、だがキツい声に、ルイザは柳眉を逆立て、ものすごい勢いで顔を声の主に向けた。そして次の瞬間、ハッと目を瞠った。

「……オスカー、様……。……あ、皆様も……」
「僕達が一緒だと気づかなかったのか? 幾ら人が多いとはいえ、武人としてそれはどうなのだ? それに、エドアルドとは姉弟のように育ったから気安く接するのは分るが、それは分家とはいえ、フォングランツのお客人に対してまで無礼を許すものではないぞ?」

 あ、と声を上げて、それからルイザはサッと頬を赤らめた。恥ずかしさと悔しさが入り混じった表情で、唇を噛む。
 思わず取り成そうを声を上げかけたユーリを、オスカーが軽く目で制し、前に進み出た。
 この段階で、エドアルドや兄弟達は事をオスカーに任せようと決めたようだ。口を出す様子も見せず、ただじっと見守っている。もちろんイヴァンも、スールヴァン道場に関しては自分の出番はないと考えているらしく、一同の一番後ろで腕を組み、オスカーの背を眺めている。

「聞け、ルイザ。ミツエモン殿とカクノシン殿はシュルツローブ道場に入門した訳ではない」
「……え!?」

 きょとんと目を見開き、ルイザがオスカーとユーリを交互に見た。

「もともとはお前達の話を聞いたからだ。それで興味を持って、シュルツローブ道場を見学に行き、腕前を披露することになって、成り行きでシュルツローブから大会に参加することになったそうだ。大会が終わったら、もちろん王都に戻るとミツエモン殿も言っている。王都の住人なのだから当然だな。ただそれだけのことだ。もっとも、シュルツローヴ道場の者がどう考えているかは知らないが」
「そ、そうだったんですか?」

 オスカーにそう言って、それからルイザはユーリにもの問いた気な顔を向けた。
 目が合った瞬間、ユーリは反射的にコクコクと頷いた。

「お爺ちゃんやルイザさんの話を聞いて、どういう道場なのか自分の目で確かめたいって思ったんです! でもあの……今、オスカー、さんが言ってたみたいに成り行きっていうか、なし崩しっていうか……そういうことになっちゃって。入門するつもりなんて全然なかったんですけど…でも、ルイザさん、あの! シュルツローブ道場は……!」

「渋谷!」

 後から村田がユーリの腕を掴んだ。

「……村田…?」
「まだ早いよ。……戦場で本当は何が起こったのか、僕達はまだ全く分かっていないんだから」

 事情を把握していない段階で何を言おうと、ルイザは聞く耳を持たないだろう。
 オスカーに任せよう。
 囁かれて、ユーリは口を閉じた。

「ルイザ、頼みがあるのだが」

 オスカーが素早く口を挟んだ。ユーリに目を向けていたルイザが、「はい!」と体ごとオスカーの方へ向く。

「今も言ったように、ミツエモン殿とカクノシン殿はお前達の話を聞き、内情を調べるためにシュルツローブ道場に入った。そのため、自分がどういう者か、本当のところを隠しているのだ」
「本当のところって……ミツエモン、君は、王都の何とか問屋のお坊っちゃんでしょう? カクノシンさんとスケサブロウさんはそのお供で……」
「もし道場に偵察に行ったなどということが親元にバレてはいけないということで、身分を偽っているんだ。確か……」

「剣の修行で各地を放浪している剣士とその付き添い〜!?」

 話を聞かされたルイザが、目をまん丸に見開き、素っ頓狂な声を上げた。
 そのまま目を向けられて、ユーリが「てへへ」と頭を掻く。

「そもそもミツエモン殿はエドアルドの友人で、我が家の客人だ。その彼らが嘘をついて道場に入り込んだことがシュルツローブの者達にバレては、我々にとっても彼らにとっても色々と差し障りが出る。お前もそのつもりで、話を合わせてくれないか?」
「そ、それはもちろん……。あの、ミツエモン君? つまりあなた達は、シュルツローブ道場を偵察するために道場に潜り込んだのよね?」
「え、あ、まあ、最初はそのつもりで……」
「すごいわ!」

 見直したわ、ミツエモン!
 ルイザがいきなりユーリに迫ったかと思うと、その両手をガシッと握った。

「密偵みたいに中に入り込むなんて、私、思いつきもしなかったわ! やるじゃないの! ねえ、ミツエモン君、お願いね? あいつらをしっかり探って! そして悪だくみの証拠を握ってちょうだい!」

 私、どんな協力でもするわ!
 力強くユーリの手を握りこみ、真剣な眼差しを向けるルイザに、ユーリは何も言えなくなってしまった。

「ところで」

 思いなおした様にユーリの手を離すと、ルイザがきょろきょろとユーりの周りを見回して言った。

「カクノシンさんは? もう試合会場へ行ったの?」

 プーッと、ユーリの後で誰かが吹き出した。誰かが、ではない、村田に決まっている。
 オスカーも含めて、全員がどう反応すれば良いのか分からずに戸惑っていると、コホンと小さな咳払いの音がした。  全員が一斉に視線を集中させる先で、コンラートがそっとサングラスを下ろした。

「ここにいますよ?」

 どんな事態に陥ろうとユーリの前では絶対崩れない鉄壁の爽やか笑顔で、コンラートはルイザに応えた。
 一瞬きょとんとしたルイザが、今度はまじまじとコンラートを見つめ始める。

「……か、カクノシン、さん……?」
「ええ、ご覧の通り」
「………な、なに、その、かっこ……」

 ルイザがぷぅーっっと吹き出した。

「…やっ、やだぁ、何でそんなヘンな……うそぉ…!」

 それからルイザは妙な形にぐにゅっと顔を歪めると、「あっはははは…!」と腹を抱えて豪快に笑い始めた。
 周囲にいた人々が突然の大きな笑い声に、びっくりして足を止めている。

「…っ、あはは、はは…っ、はう、うー、苦しいっ、お腹痛い! あ、あは、あっはははははっ! ああもう、誰か止めてーっ!」

 目に涙を滲ませ、お腹を押さえ、身を捩りながら奔流のような笑いを溢れさせるルイザに、さすがに一緒になって笑うことのできないエドアルドが天を仰ぎ、オスカー達も困ったように視線を逸らした。
 表情に出さないまでも憮然とした様子のコンラートのすぐ側で、くすくす笑っているのは村田だけ、ヨザックは気を遣っているのか、それとも後の報復を恐れているのか、腹と口を押さえて肩を揺らしているし、ユーリはといえば、日本人だけが使いこなせる技、ジャパニーズスマイル全開で「あは、あは、あは、は……」と冷や汗を浮かべている。

「ねえっ、カクノシンさん!」

 ルイザがまだ止まらない笑いで声を嗄らしながらコンラートに迫った。

「シュルツローブのヤツらは、これがあなたの本当に姿だと信じてるわけ!?」

 はしゃぐ様にに尋ねられて、コンラートは肩を竦めた。

「ええ、まあ」
「おっかしい!」

 またカラカラと大口を開けて笑うと、ルイザは「さすがよ、カクノシンさん! ミツエモンも!」と明るい声を上げ、2人に抱きついてきた。

「みごとにあの悪党一味を騙してるわけね! 本当にあなた達、すごいわ!」

 何でも言ってね? 全面的に協力するわよ!
 2人を解放すると、ルイザは大きく腕を広げて宣言した。

 コホン。何となく広がってしまった沈黙の中、咳払いが1つ響いた。

「あー、頼む」オスカーが言った。「道場の者達にもきちんと伝えておいてくれ。あまり親しく話しかけたり、もちろんシュルツローブ道場の者達と話をする時も、彼らのことを話題にしないようにさせてくれ」
「シュルツローブの連中と話なんかしないわ。ああ、ごめんなさい、しませんわ。でもヴァンセル達にもちゃんと言っておきます。……ああっと、私、もう行かなきゃ」

 カクノシンさん、頑張ってね!
 軽く手を振ると、ルイザは晴れ晴れとした顔で去っていった。

「………なんか……複雑な心境……」

 ユーリが眉を八の字に落してぽつっと呟いた。
 ユーリ。コンラートが名前を呼ぶ。

「ホントに皆が悪者なら……。でも、エイザム先生も道場の人達も、皆、良い人ばっかりだもん。ロルカおばちゃんやおじさんたちも、おれのこと心配してすごく良くしてくれるし……。おれ、これまでイロイロお忍びしてきたけど、今回みたいに皆に申し訳ない気持ちになったの初めてだ……」

 しょんぼりと言うユーリの右肩にコンラートの手が乗り、左肩に村田の手が乗る。

「申し訳ありません…!」

 え? と見ると、エドアルドが神妙な顔でユーリを見つめていた。

「エド君…?」
「陛下にこのようなお辛い思いをさせてしまって……。あの、でも、ルイザは決して悪い人ではありません。むしろ正義感が強くて気風が良くて……。ただ彼女は本当に……」
「本当に、シュルツローブ道場が悪の巣窟だと素直に信じているだけだよね?」

 村田に言われて、エドアルドが「はい」と頷いた。

「エド君」ユーリが慌てて言った。「ルイザさんが悪い人だなんて全然思ってないよ! それにそもそもがおれの、その、何ていうか……」
「自業自得」
「はい、仰るとおりですー」

 指を立てて笑顔で言う村田に、ユーリがますます眉を落した。

「全部終わったら、皆に本当の事を言って、ちゃんとお詫びしよう。特にシュルツローブ道場の人達にね。君の事、可哀想な孤児だって本気で心配してくれてるんだろう?」
「そうなんだ。だからホントにおれのこと可愛がってくれて……。嘘ついてごめんなさいって、帰る前におれ、皆にちゃんと謝る!」
「うん、それをちゃんと決めておけば今はそれで良いと思うよ? ほらほら、元気出して!」

「それでも、皆、きっと大喜びすると思います」

 村田に背中を叩かれて、うん、と頷きながらもかすかに伏し目がちになってしまったユーリの耳に、ふいにその言葉が飛び込んできた。
 目を上げれば、エドアルドが自信に満ちた笑顔でユーリを見つめている。

「……エド君」

 きょとんと友人の顔を見返すユーリ。エドアルドが照れくさそうにニコッと笑った。

「覚えておられますか? 陛下が士官学校に視察に来られたときのことを」
「もちろん! すっごく楽しかったよ」
「僕達もです」

 エドアルドがにっこりと笑った。

「王都の商人の息子だというミツエモンとカクノシンさん、スケサブロウさんの正体が分った時、皆、あまりの驚きで頭が真っ白になり、そして自分達が仕出かしたとんでもない無礼の数々に震え上がりました。でも、その次の瞬間、僕達の胸いっぱいに広がったのはものすごく大きな、嵐のような、津波のような……何と表現しても足りないほどの歓びでした。今すぐ、この思いを世界中の全ての人々に知らせようと、駆け出す衝動を抑えることが困難なほどの感激でした。陛下や閣下があの場を去られた後、僕達は皆、心から歓声を上げ、互いの肩を叩き、抱き合い、手を打ち合いました。感動の涙を流す者も1人や2人ではありませんでした。陛下、陛下は民が陛下のお姿を間近で拝見できることにどれほどの感動を覚えるか、ましてお言葉を掛けて頂ければ、それがどれほどの喜びとなるか、ご想像頂けますでしょうか」
「エド君…」
「陛下は確かに道場の者に嘘をついておられます。でも本当の事が分れば、嘘をつかれたと怒る者などいないと思います。何もかも終わって驚きを通り過ぎたら、皆、陛下とご一緒できた日々の思い出を、きっと生涯の宝物とするでしょう。そして家族や友人に思いっきり自慢するんです。僕達みたいに」
「……そう思う?」
「はい!」

 自信を持って大きく頷くエドアルド。
 その明るい笑みにユーリもホッと力を抜いた。

「ありがと。エド君」

 ほわりと頬を緩ませたユーリに、村田もコンラートもヨザックも安堵したように笑みを浮かべた。そしてエドアルドに向かってそっと感謝の眼差しを送った。

「さ! そろそろ行こう。これでスールヴァン道場についてはまず大丈夫だろうしね。お疲れ様、オスカー」

 村田に言われて、オスカーが軽く頭を下げた。

「とんでもございません。それどころか、勝手に情報を流してしまったこと、お許し下さい。ルイザのような娘に対しましては、下手に隠すと逆効果だと判断いたしました。むしろある程度の真実を話し、秘密を共有して協力を求める方が安全だと考えます」
「うん、それで良いと僕も思うよ」

 村田に認められ、オスカーが微笑を浮かべる。

「次はシュルツローブだね」

 お前の番だと、笑みを浮かべたままの、だがその笑みの種類をあからさまに変えたオスカー達の視線がイヴァンに向かった。


□□□□□


「カクノシン!!」

 広場の一角に設えられていた大きな天幕。その前に立って、どこかイライラと周囲を見回していた人物が、ハッと体の動きを止め、そして叫んだ。
 師匠! カクノシンが! 天幕の内部に向かって呼びかけるガスリーの大声が辺りに響いた。師範代である彼が外に出ていたこと、そして、まるで敵襲を知らせるようなその叫びに、ガスリーの焦りというか心配というか不安というか……が如実に表れている。

「カクノシン!」

 声と共に、エイザム達が飛び出してきた。

「一体何をしていたのだ!? どれほど皆が………こ、これは……!」

 ユーリ達の側にレフタント家のイヴァン、だけでなく、フォングランツ家の子息までもが立っていることに気づき、エイザム達は即座に姿勢を改めた。レフタント家の武術指南役であるエイザムや道場の主だった者達が、フォングランツ家の人々の顔と名前を全て頭に入れているのは当然のことだろう。

「エイザム殿」

 イヴァンが1歩前に進み出た。

「さぞ心配させたでしょう。申し訳ない」
「…若殿…。これは……」
「実はフォングランツ卿ハンス様の御子息方とご一緒することになったのですが、護衛の手が足りず困っていたところ、こちらに向かう途中のカクノシンを見かけ、彼に若君方の護衛を依頼することにしたのです。報せるつもりだったのですが、私の方も色々と立て込んでいてそれができませんでした。結局カクノシンには式典に遅参させてしまい、師匠達にも心配を掛けてしまいました。お許し頂きたい」

 左様でございましたか!
 疑惑や不安が一掃されたのだろう、エイザムが顔も声も晴れ晴れと叫んだ。道場主の背後に立つガスリーはもちろん、フィセルやバッサ、イシルなど、お馴染みの顔からも一気に緊張が抜けたようだ。

「カクノシンほどの力を持った武人が、よもや臆病風に吹かれるはずもなく、ではなぜ姿を見せないのか、何か問題でも起きたのかと、正直心配しておりました。いえしかし、フォングランツの若君様のお役に立っていたのでありますれば、これは喜ばしい限りでございます! お詫び頂くには及びませぬ」

 言うと同時に頭を下げたエイザムと共に、背後の門人一同も揃って頭を下げる。
 うん、とイヴァンが頷いた。

「それで、エイザム殿」
「はっ」
「1つ頼みがあるのですが、このミツエモンという少年」

 はい、と応えてエイザムが、そしてイヴァンがちらりとユーリに目を向ける。

「なかなか気働きに優れた者ですね。エイザム師匠、もし構わなければ、この大会中、彼を私に貸してもらえないでしょうか。これだけ役に立つ小者が側にいてくれると、私も若君方も助かるのですが…。ああ、カクノシンにはすでに断ってあります」
「そ、それはもちろん! カクノシンが構わぬとあれば私共の方は…。確かに細々とよく働いてくれる者です。お役に立てればミツエモンも幸いでございましょう」
「ではそういうことで。…よろしく頼むぞ、ミツエモン」
「……はっ、はい…っ!」

 ぴょんっと背を伸ばして思わず敬礼するユーリに、「頑張るのだぞ?」とエイザムが重々しく告げている。
 その背後で。

「お上手、お上手」

 笑みを浮かべながら、村田が小さく手を叩いて言った。

「これで渋谷は大会期間中、イヴァンの側から離れられなくなった。逆に言えば、イヴァンは常に渋谷に堂々と張り付いていられる」
「エドアルド達ではなく、イヴァンが、ですねー」
「そういうこと。…ほら、オスカー達も分かってるから、あんな顔でイヴァンを睨んでるよ」

 何も気づかないエイザム達の前で、エドアルドの兄達とイヴァンが密かに火花を散らしている。

「申し訳ありません……っ」

 いきなり掛けられた声に、村田が笑顔のまま徐に顔を向けた。
 つい今しがたまで兄達の側にいたエドアルドが、どうにも情けないという表情で立っている。

「猊下が一致協力してと仰せでしたのにあのような……」
「気にしなくて良いよ、エドアルド君。……君ってほんとに真面目な人だね」
「あの…し、しかし……」
「競うなっつっても無理なのは最初から分ってっから」

 ヨザックに人の悪い笑みを向けられて、エドアルドがきょとんと目を瞠った。

「……そう、なのですか…?」
「そういうこと。ほら」

 ヨザックが目配せした先では、村田がくすくす笑いながらフォングランツの若い兄弟とイヴァンの無言の攻防を見つめている。
 楽しいなあ。村田の唇がそう動いたのを読んで、ヨザックは小さく肩を竦めた。

「この程度の角突き合い、猊下の目には子猫が引っかき合ってるくらいにしか映らねぇさ。あのお方の眉を曇らせるには、それこそ国と国が真正面からぶつかり合うくらいの規模じゃなきゃあな」

 それも魔王陛下や眞魔国に直接的にも間接的にも害がなければ、そして利用価値がなければ、特に関心を持つこともないだろう。

 では、カクノシン。イヴァンが不毛な睨み合いから目を逸らし、コンラートに呼び掛けた。

「ミツエモンは借りていく」
「はい。よろしくお願いします」

 イヴァンとコンラートが頷きあう姿を目に、エドアルドが深々とため息をついた。


□□□□□


 わずかも衰えない人々の興奮の熱気の中、武闘大会予選は滞りなく進んでいく。
 主会場で闘うことができるのは、予選を勝ち抜いた数組のみ。これを目指して、5つの小会場では熱戦が繰り広げられていた。
 そしてシュルツローブ道場とスールヴァン道場の門人達も、順調に勝ったり負けたり(…)している。

「カクさん、イヴァン、ほら、そろそろ始まるよ。急がないと!」

 本日の予定表と組み合わせ表を手に、ユーリがじたじたと足踏みしている。

「すぐにげい…ケンシロウとスケさん達が……ああ、ほら、来ましたよ」
「カクノシン、ミツエモン、言葉遣いに注意してくださ…じゃなかった、注意するように」
「あー、ごめ……すみません、イヴァン様」

 3人で顔を突き合わせ、一体何を話し込んでいるのだろうという、周囲の疑問の眼差しにも気づかないユーリが顔を上げ、近づいてくる一行に手を振った。
 その先から、村田とヨザック、それからフォングランツ卿ハンスの息子達が、溢れる人波を縫い、急ぎ足でやってくる。

「ごめんごめん、待たせて」
「いいよ、スールヴァン道場への挨拶、村田に押し付けちゃったんだから」
「フェルさんとトーランさん、やっぱり…だったよ」
「そっか」

 ユーリと村田が頷きあうのを確認して、コンラートがシュルツローブ道場の天幕に顔を向けた。

「それでは若君方のお供をして、試合会場を回ってきます」

 コンラートの声に、ガスリーが「おう」と天幕から姿を現した。

「俺達もそれぞれの会場に向かう。お前も自分の順番と場所は分かっているな?」
「ええ。時間前に直接会場に行きます。今度は遅れませんので」
「頼んだぞ」

 頷き、踵を返してみれば、コンラートからすでに数歩離れた場所で、ユーリが大きく手を振っていた。

「カクさん、早く! 始まっちゃうよ! 皆も急いで!」

 くるっと身体の向きを変え、走り始めたユーリの後を、「ミツエモン、待って」と村田、ヨザック、そしてエドアルド達とイヴァンが追いかけ始めた。コンラートも慌てて走り出す。

「………なあ、ガスリーの兄貴」
「……ああ……フィセル」
「……ミツエモンは……若様達のお供なんだよな?」
「……だな」
「今一瞬、ミツエモンが若様達を引き連れているように見えたんだが……」
「…………錯覚だな」
「……だ、だよな」

 駆けて行った一行の姿は、瞬く間に人波に紛れて見えなくなった。


□□□□□


 予選が開かれる5つの小闘技場。
 今その1つに、ぎっしりと観客が集まっている。もうすでに席は埋まり、それでも少しでも良い場所から試合を観ようと、多くの人々が観覧席の階段や通路に溢れていた。

「おい! こっちだ!」

 会場に到着すると同時に、待ち構えていた私服姿の兵に案内され、観覧席の一角にやって来たユーリ達の耳に、聞きなれた男の声が飛び込んできた。

「アーダ…うぷっ」

 大声でその名を呼ぼうとしたユーリの口が、コンラートの手でぱっと塞がれる。
 ごめんごめんと頷くと、「失礼」という囁きと同時に手が口から離れた。
 そんなユーリ達の元に、いかにも修行中の武人といった装いのアーダルベルトが近づいてくる。

「特等席を取っといたから座れ。そろそろ始まるぞ」
「……お父さん、どうだった?」
「親父も叔父貴達も、揃って頭を抱えて呻いてた」

 階段を降りて席に向かいながら、アーダルベルトが苦笑を浮かべる。

「爺様達がもともとぶっ飛んだ性格なのは確かなんだが、もう年も年だし、無茶をしたくてもできないだろうと高をくくっていやがったんだな。まあ、普通の爺ぃや婆ぁなら、昔の無茶を若気の至りとほろ苦い思い出にしちまうもんなんだが……。しかし、よもやアニシナと組むとは俺も予想していなかった」
「だがおかげで」コンラートが不敵な笑みを浮かべて言った。「俺は素晴らしい相手と試合ができる」

 コンラートのその声に、アーダルベルトが背後を振り返り、にやりと笑った。

「親父達にお前達のことも教えておいたぜ? 5人揃ってあんぐり口を開けていた姿はなかなか見応えがあった。…期待を裏切ってくれるなよ?」
「ほう…。期待してくれているのか?」

 くすりと笑って意地悪く尋ねるコンラートに、アーダルベルトが「ふふん」と鼻を鳴らす。

 彼らが近づくと、座っていた男女が一斉に立ち上がった。広い闘技場の中央最前列とその周囲、まさしく特等席だ。
 ありがとう。悪いね。声を掛けながら、ユーリと村田が最も良い最前列に座り、その両隣をコンラートとヨザックが占める。さらにその両側と背後、至高の2人を囲むようにエドアルド達兄弟とイヴァン、アーダルベルトとその部下達が固めたのだが……。

「失礼いたしまする」
「お爺ちゃん!」

 声にハッと背後を見れば、ユーリと村田のすぐ後にちょこんと席を占めていたのはガスール老人だった。
 ユーリから親しげに「お爺ちゃん」と呼ばれ、ガスールが頬を緩めながらも恭しく頭を下げる。

「解説役には爺さんが一番だからな。来てもらった」

 ガスール老人の隣に座ったアーダルベルトの説明に、ユーリ達が頷いた。

「今さらだけど、ご隠居様だったんだね?」

 村田に確認されて、ガスール老人が「はい」と頷く。

「あまりの懐かしさに涙が零れ……。このガスールめも誘おうかとお考え下さったそうでございます。正直、また存分に剣を振るいたいという思いもなきにしもあらずでございましたが」
「いくら命知らずだって、アニシナの薬を頼るなんざ……」

 アーダルベルトの呟きには反応せず、ガスール老人は己の中の何かを押し殺すように顔を顰めた。

「眞魔国の真の武人がなんたるか、それをぜひ陛下と猊下のお目に掛けたいと、そのように仰せでございました」

 顰めた顔を一瞬で真面目なものに戻し、気を取り直した様にガスールが言う。

「それは楽しみだ。僕も眞魔国創成期の武人達がどんな戦いぶりをしていたか、記憶に焼きついているからね。……一体どれだけのものを見せてくれるかな?」

 村田が笑い、ユーリがこくんと喉を鳴らす。
 その次の瞬間。
 会場に高らかにファンファーレが吹き鳴らされた。

「ただ今より! 第1試合を開始いたします!」

 進行役の声が響き、同時に人々の歓声が上がる。

「さあ、さっそくのお出ましだよ」

 闘技場の両端、鋼鉄の大扉が音を立てて開かれ、それぞれ奥から人影が現れる。
 うおおという、威勢のよい人々の歓声がさらに高まり。
 だが次の瞬間、その歓声は戸惑いの声に急激に変化した。

「西の方、シュピッツベーグ領出身、エバント道場所属、バーナンドゥ選手! 東の方! えー……」

 進行役の声が不覚にも揺れた。
 会場の声も、今はざわざわとした不穏なざわめきに取って代わり、バーナンドゥという選手もぽかんと棒立ちになり……。そして。

「おお!」

 1人、ガスール老人だけが感動の声を上げている。

「何と懐かしくも艶やかな立ち姿!」

 マリーア様!

 おーっほほほほほほほほほほっ!

 老人の呼び声が聞こえたかのようなタイミングで、闘技場に立つその人が弾けるような高笑いを上げた。

 濃い茶色の腰まで届くストレートヘアに、かなりキツい化粧を施した顔、そして手には遥かバブルの夢の跡のような真っ赤な房飾りのついた扇を手にするその人。
 身に纏うのは、真紅の地に金と銀の、牡丹のような巨大な花の刺繍をあしらった、どこからどう見てもチャイナドレス。
 身体のラインにぴったりと沿った、細身のドレスは踝から足の付け根まですっぱりとスリットが入り、そこから白く艶やかに輝く長い足が覗いている。
 そしてその足には、15センチはあろうかというピンヒールのサンダルを履いていた。

「……笑い声がアニシナさんそっくり……」

 もしかして、憑いてる? ドキドキする胸を押さえるユーリ。

「うーん」村田が不満げに声を上げた。「僕としてはチャイナにはやっぱりチャイナシューズを履いて欲しかったなー。ヒールもちょっと高すぎだし。スタイルが良いのは認めるけどー……1点減点」
「……何の審査してんだ、お前は。趣旨が違うだろ」

「ひ、東のかた!」進行役が自分の役目に立ち返り、叫んだ。「えー……あ、あれ…? 出身地不詳、所属不明、の……マリーア選手!」

「そなた」

 ふいにマリーアが扇を相手選手に向けた。

「妾が怖ろしければ、今から負けを認めても構わぬぞえ?」

 な、何をぬかしやがる!
 ぽかんと口を開け、まじまじとマリーアを見つめていた男が、一瞬で怒りを燃え立たせて喚いた。

「この大会を何だと思ってやがる、このアマ! 『グランツの勇者』をバカにしてやがるのか!!」

 喚き散らすバーナンドゥ選手に、マリーアがわざとらしく肩を竦める。

「相対した敵の力も感じ取れぬようでは、到底武人とは呼べぬの。下がりゃ、下郎」
「て、てめぇ……っ!」

 うおおっ!
 試合開始の声もまだ掛からない。だがバーナンドゥ選手は抜刀すると同時にマリーアに向けて突進し始めた。

「まだこのガスールめが幼く、マリーア様やヒルダ様達が7、80歳の若さであられた頃」

 会場の様子を見つめながら、しみじみとした声でガスール老人が語りだした。

「眞魔国は戦いに明け暮れておりました。国の存亡を懸けるような大戦もいくつかございましての……。人間の国にも豪傑や英雄が数多いた時代でございます。故にその戦いはそれはもう筆舌に尽くしがたい激しいものでございました。その戦いの中、魔族を滅ぼそうとする人間達を悉く退けた大きな力となりましたのがグランツの戦士達、そして、あの方々でございます」

 ガスール老人の語りに、コンラート達が何度も頷いている。

「私もヒルダ様にお仕えし、皆様に従って戦場を駆け巡りました。そして初めてマリーア様の戦いぶりを目にした時は……仰天いたしました」

 おーっほほほほほほほほっ!
 闘技場に響くマリーアの高笑い。

「まさしくこのお声」ガスール老人がうっとりと言う。「血風渦巻く戦場に、天上の楽の音の様に澄んだこのお声が高らかに響く光景を、今もよく覚えております」

 天上の楽の音…?
 何となく首を傾げる数名。

「そしてそれがどのような戦場であろうと、マリーア様のいでたちはいつも優美でいらっしゃいました。まさしく今の様に」
「……戦場でもチャイナ……ああいう衣装だったわけ……?」
「仰せの通りにございます。故に、人間達も最初は油断して、ほれ、あの男の様に突進いたしておりました。無様で愚かにございますな」

 大きな闘技場の端から、全速力で突進を続ける男、バーナンドゥ選手。
 それをゆったりと扇を揺らしながら、のんびり眺めるマリーア。
 やがて。
 扇を持ったマリーアの腕が優雅に弧を描き、同時に扇が緩やかに宙に放り投げられた。
 投げられた扇はひらひらと舞い上がり、そして……ふっと中空に止まった。

「…あ、あれ…? 扇が……」

 宙で止まったよ、とユーリが言い掛けたその瞬間。
 扇はまるで骨が折れたかのように分解、いや、幾つかの小さな扇に分裂した。そしてその小さな扇は。

「それ、行きゃ」

 マリーアの声と同時に、ギュンっと唸りを上げ、向かってくる男に向けて目にも留まらぬ速度で一直線に飛んでいった。まさしく真紅の「鳥」となって。
 そしてバーナンドゥ選手に迫ると即座に散開、したと見た次の瞬間、急カーブを描いて四方八方から男の全身に襲い掛かった。

「…! ぐ、ぐわぁっ!!」

 真紅の「鳥」は男の簡素な革の胸当てや胴着を切り裂き、剣を砕き、頬やむき出しになった肌に朱の線を描きながら男の周囲を飛び回り続けた。
 その間、マリーアといえば、優雅なポーズを崩さず、ただ伸ばした右手をゆるゆると動かしている。

「……あの手で…アレを操ってるのか…?」
「さようでございます」

 誰にともなく発せられたユーリの質問に、背後からガスール老人が律儀に応えた。

「どこからともなく100を超える扇を繰り出し、それから小さな『鳥』を生み出し、数倍、数十倍に増えたその『鳥』を自在に操り、敵の大軍に向かわせるのでございます。故に、『飛鳥返し』の二つ名を時の魔王陛下より賜りましてございます」
「魔王命名の二つ名かあ……。数百の『鳥』を1人で操るというわけかい?」
「数百、時には千もの『鳥』を。1個大隊くらいでしたら、マリーア様お1人で軽く捻り潰しておられました。大軍を押し包み、襲い掛かる無数の『鳥』の見事であったこと! 1羽の『鳥』が宙を一閃するだけで、敵の首がぽぽぽぽぽんと跳ね飛ばされる様などまさに爽快の一言にござりました!」
「………うげ」
「まあ…日本の戦国時代と一緒で、昔は魔族も人間も今より遥かに容赦がなかったし、意識も大分違っていたからねえ」

 首が跳ねる様をうっかり想像してしまったのか、気持ち悪そうに顔を顰めるユーリに村田が苦笑を浮かべて言った。
 とはいえ、村田はもちろん、コンラートとヨザック、それにアーダルベルトも、戦場での残虐性など今も昔も変わらないと知っている。

 ……でも確かに。
 ふと村田は考えた。
 1000の『鳥』を自在にだの、1個大隊を1人でだのは贔屓目ということで割り引くとしても、あの『鳥』がかなりの破壊力を持っていることは確かなようだ。気の毒な相手選手の剣は粉々に砕かれてしまったし、急所を護る厚い革がまるでティッシュペーパーの様にボロボロになっている様子からしてもそれが分る。

「うわっ、うわぁ…っ!!」

 マリーアの哀れな最初の犠牲者は、ほとんど柄だけになった剣を滅多やたらに振り回すだけで、自分の周囲を高速で飛び回る『鳥』に全く対処できずにいる。
 やがてその『鳥』は一斉に男の側を離れると、綺麗に隊列を揃え、それから再び一気に男に襲い掛かった。そして。
 バーナンドゥ選手の急所─額、両目、喉、心臓、股間……に突き刺さる寸前で、ぴたりとその動きを止めた。
 大きく目を瞠ったまま、瞬きもできなくなってしまったバーナンドゥ選手もまた、指1本、凍ったように動かすことができない。
 会場も、異様な緊張にシンと静まった。

「続けるかえ? それとも降参するかえ?」

 どこから出したのか、いつのまにか新たな扇を緩やかに揺らしながら、マリーアが言った。

「………こ、ここ、こうさん、する……!」

 絞り出すようにバーナンドゥ選手が降参を告げたと同時に、『鳥』がすうっと男の身体から離れた。
 次の瞬間、バーナンドゥ選手の身体がどうっと地面に沈む。

「…しょ、勝者! マリーア選手!」

 うおお…っと、歎声ともつかない歓声が場内を埋め尽くした。

「他愛もないことよの」

 おーっほほほほほほほほほほっ!

「最初は女と侮っておりました人間共も、やがて戦場にマリーア様の笑い声が響くやいなや、先を争い、それこそ蜘蛛の子散らすように逃げ惑うようになりましてございまする。となれば、もはや戦場は我等の首狩り場。マリーア様の笑い声は妙なる勝利の調べと、我らいつもうっとりと聞き惚れたものでございまするよ」

 妙なる調べ、ね。
 ユーリ、村田、ヨザック、アーダルベルト、そしてフォングランツンの次代を担う若者達が、何だかなーという表情を思い思いに浮かべては互いに顔を見合わせている。

「………今でさえ無茶苦茶怖いんだもんな。もしこれを戦場で聞いたら……」

 そりゃあもう、その恐怖ときたらきっと、アニシナの新発明に無理矢理セッティングされるグウェンの恐怖など足元にも及ばない怖さだろう。
 イロイロ想像してしまうので、できればもうこの高笑いを聞くのはご遠慮したい。
 ユーリが思ったその時。

「あのー……」ヨザックが遠慮しいしい言った。「俺、2、3回勝ち抜けたら、あの人とぶつかるんですよねー」

 その告白(?)に、ユーリがひくぅと喉を鳴らした。
 マリーアと、あの『鳥』とヨザックが、間もなく対決する……!

「ぐ、グリエちゃん、ホントに……?」
「はい、坊っちゃん」

 えへ、とヨザックが笑う。

「……コ、コンラッド……」
「はい、ユー、ミツエモン」

 眞魔国の伝説の、でもって真の英雄って、皆あんなのなの……?

「…………………」

 答えられない質問に、全員が思わず瞑目した。

 大会はまだ始まったばかりだ。


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ようやく12話、試合も開始されました。
ということで、残っていた細々したことを片付けまして、後はとにかく試合を追っ掛けていこうと思います。
コンラッドにもイロイロ当ってもらわなくては。
ということで、次回もよろしくお願い致します。
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