宴の前の嵐・12

「そういえば」
 ユーリは、いまだ傷の手当などに走り回っている兵士達に気付いて、コンラートを見上げた。
「あの兵隊さん達は? どうしてコンラッド達と?」
「カイン・ラスタンフェルです」
「カイン!?」
 思わず声を上げるユーリに、コンラートが頷く。
「新連邦との国境を抜けるところで、ガルダンと、それからカインが我々を迎えてくれました。カインが陛下救出に全面協力を約束してくれて、兵を預けてくれたのですよ」
「そうだったんだ」
 ユーリが嬉しそうに頷く。それから笑顔のまま、視線をミゲルに移した。
「カインはさ、おれのために一生懸命になってくれたんだよ? それから……ミゲルの話もしたんだ」
「カインが……私の話を、ですか……?」
「うん、そう。カインはね、ミゲルのこと、ホントはちゃんと自分の弟だって思ってるんだよ? なのに、色んな辛いことから護ってやれなかったって、すごく後悔してるんだ。自分が臆病だったからって……。あのさ、これが全部終わったら、カインとちゃんと話をしてみろよ。あんた達、きっといい兄弟になれると思うぞ」
「………それは……」
 ミゲルはどこか疑わしげに眉を顰めると、ふっと視線を外してしまった。更に言葉を継ごうと口を開いたユーリだったが、頭にぽんと大きな手を乗せられて振り返った。コンラートが穏やかに微笑んでいる。
「こういうことは、焦っても仕方がありませんよ。ミゲルにしても、簡単に心を開くことは難しいでしょうし。……見守っていきましょう。ね?」
 頭を(鬘ごしだったが)優しく撫でられて、じっとコンラートを見つめていたユーリは、やがて納得したように、うん、と頷いた。
 そんなユーリを愛しげに見下ろして、それからコンラートはふと表情を変えた。
「ユーリ、首飾りが解けて、傾いてますよ……?」
「…え? あ……」
 ユーリが、それが何か気付く前に、コンラートの手が首に掛かった。そして。

 コンラートの手がふと止まり、同時に、その表情が凍った。

「……………ユーリ。……これは、何ですか……?」

 何ですか、と問うていながら、その声は一語毎に冷たく凍え、顔からも色が失われ、強張ってくる。その様子に、ヴォルフラムやヨザック達もユーリの周りに集まってきた。
「……えと…。あ、あの……これはぁ………」
 嘘をつく必要がないのは分かっている。しかし、本当のことを告げたらまたそこで、何かとっても怖い結果が待っているような気もする。いくら鈍いユーリでも、それくらいは察することができた。
 厳しく眉を寄せて、ヴォルフラムがそっとその首輪に手を翳す。
「これは……法石だな…。すごい力を感じる……。これは簡単には外せないな。……少なくとも、僕には触れることもできない。それに……これは……」
「ユーリ、これは鎖、ですね?」
 ぶら下がったままの鎖の破片を手に、コンラートが厳しい眼差しをユーリに向ける。ユーリはごにょごにょと口の中で何か呟くだけだ。埒が明かないと見たのか、コンラートの視線はミゲルの傍らに控えるウォルワースに移った。
 久しぶりに見るコンラートの冷たく凍えた視線に、ウォルワースの表情も硬く強張る。ごくりと一つ、喉を大きく上下させてから、ウォルワースは口を開いた。
「………それは……大神官が、魔族の力を封じるために作った…首輪、で、ございます。それを陛下に嵌めたのは、大宰相の手の者だという話です。そして…その鎖は……恐れながら、陛下を一つ所に幽閉し、留めておくための……その、ご想像の通りのものでございます……」
「……大宰相が…陛下に首輪を嵌めて、挙げ句に、鎖に繋げた…と……?」
「いえ、あの、それは、その……」
「ウォルワース! はっきりと言え!」
 ミゲルが強い声を出す。
「その、鎖は」ウォルワースが覚悟を決めたような声で言った。「あちらにおります神官と法術師達が、陛下を、暗殺しようと企て、襲い掛かった折に、陛下の動きを止めようとしてお首に繋げたものと、カスミより報告を受けております!」

 コンラートの立つ場所に、火柱と氷柱が一緒に建っているような感覚を、その場にいたほとんどの者が同時に感じていた。
 ミゲルも、そしてウォルワースもカスミも、引きつったような顔で、それでも目を逸らすこともできないまま、コンラートを見つめている。
 そしてユーリもまた、いきなり変化した周囲の不穏な気色に不安げに顔を曇らせて、コンラートと周りを見回した。
「陛下」
「うわっは、は、は、はいぃっ!」
 思わず飛び上がるユーリに、コンラートはこの上ない優しい笑顔を向けた。
「そろそろここも片付きますし、陛下は一足先に村に戻っていて頂けますか? そこでこれからの事について打ち合わせをしましょうね。……ウォルワース、カスミ、陛下と村人達を頼む。ああ、ミゲルも一緒に戻ってくれ」
「…は……はっ、畏まりました!」
 びしっと背筋を伸ばして、ウォルワースとカスミが敬礼を返した。隣でミゲルもこくこくと人形のように頷いている。
「………コ、コンラッド、は……?」
 幼い子供のように袖を握り締めてくる主の頭をそっと撫でてから、コンラートはその額に軽く唇を押し当てた。
「こちらの片づけを見届けましたら、すぐに後を追いますよ。陛下は…いえ、ユーリは村で休んでいて、ね?」
「でも……いっしょ、に……。もう、離れてるの、嫌だし……」
 見上げてくる最愛の人の眼差しに、コンラートの瞳も愛しげに揺れる。だがその瞳は、ユーリの首に嵌められた忌まわしいものの存在に、すぐに暗く翳った。
「すぐです、ユーリ。後片付けに、大した時間は掛けません。ヴォルフやヨザックもいますしね。馬を飛ばしてすぐに追いつきますよ」
「そーですよー、坊ちゃん。隊長は俺らがちゃんと坊ちゃんのトコに連れて帰りますから、どうぞ安心して待ってて下さいねー」
「他国の兵を預けられた責任というものがあるからな。こういう事はユーリには分からんだろう。ちゃんとしていくから僕達に任せておけ」
 気楽に笑って手を振るヨザックと、武人らしい物言いのヴォルフラム。隣ではクラリスもにこっと笑って頷いている。それを見て、ユーリもようやく小さな笑みを頬に浮かべた。
 だから、ね、大丈夫。ユーリを一度ぎゅっと抱きしめて、それからコンラートは主の小さな身体を離した。目で合図を受けたウォルワースが急いでユーリの元に駆け寄ってくる。

 ウォルワースの指揮の下、ユーリと彼を護る騎士達、そして村人達の影が視界から消えた瞬間、コンラートの雰囲気がさらに一層冷たさと厳しさを増した。
 彼らと共に残された法術師と神官達が、自分達を見る彼の様子に怯えたように身を寄せ合う。
 冷たい眼差しを向けたまま、コンラートが彼らに近づいていく。

「……魔王陛下を、獣同様鎖に繋げ、尊い御身を賤しめたのは、お前達か」
 ごくりと、喉の鳴る音がする。
「一国の王を拐し、辱めたのみならず暗殺をも企てる。ベイルオルドーンとは宮廷から神殿まで、国家の礼儀も誇りもなくした外道の集まりか」
 一語一語に氷切の峻烈さが加わり、地に座り込んだ法術師と神官達の顔から色が失われていく。
「そのようなものに、情けなど無用」
 スラリと。コンラートの剣が抜かれる。
 傷ついた術師達が、それでも抵抗を試みてか、法杖や剣を構えようと足掻き始める。
「………われ、われは……人々を…護ろう、と………」
 喘ぐように言葉を口にし、慄く哀れな術者達の姿に、コンラートは薄く酷薄な笑みを向けた。
「どの歴史を紐解いてみても、争いを仕掛けてくるのは常にお前達だ。………その息の根、簡単に止めてもらえるとは思うなよ……」
 自然体に剣を構え、すっと一歩前に踏み出したコンラートの腕を、だがいきなりつかんだ手があった。
「待てよ、隊長」
 ヨザックがいた。コンラートの温もりをなくした瞳が幼馴染を睨めつける。
「……なぜ止める……? どけ、ヨザ……」
「誰が止めるっつったよ…?」
 ヨザックがぽんとコンラートの腕を放した。そして同時にやはり小さく唇の端を持ち上げる。
「あんた一人でやるなっつってんだよ。不公平だろうが」
 腹を立てているのは、俺達だって同じなんだからよ。
 ヨザックの言葉と同時に、ヴォルフラムとクラリスが、やはり剣を抜きながら前に出てくる。
「ヨザックの言う通りだ。お前一人でユーリの仇を討つというのはずるいぞ。……ユーリが、首に奴隷か家畜の様に首輪を嵌められ、鎖で繋がれるなど、想像するのも悍しい……。こいつら全員、僕の炎で生きながらに燃やし尽くしてやりたいくらいだっ!」
「簡単に首を刎ねるような慈悲は無用と存じます。腕の、いえ、指の1本1本から切り落とし、己の罪をその身で思い知らせてやるべきかと」
 ヴォルフラムとクラリスが、それぞれ怒りの炎を瞳に燃やして「敵」に迫っていく。
「……ちょっと待てよ。一体何人いるんだ?」
 質問したヨザックが、自分の指でちょいちょいと数えて、「20人、弱、か」と呟いた。
「ひとり5人弱、ってトコか…」
「ユーリをあまり待たせたくない。さっさとやるぞ」
 前に踏み出したコンラートに、3人も続く。法術師と神官達もぎくしゃくと立ち上がり、顔を引きつらせながら応戦の態勢を取ろうとする。
 精霊の宿る泉と、それを護る木々が、風もないのにざわりと揺れた。

 恐怖に引きつった人間達。
 それでも傷ついた手で得物を握ろうとする彼らに、コンラート達が、剣を構える。
 その瞬間。

「止めろっ! コンラッドッ!!」

「! ………っ、ユーリ…!?」

 林を抜け、ユーリを乗せた馬が広場に飛び込んできた。そのすぐ後を、ウォルワースとカスミ、そしてアレクが追ってくる。

「………なんか……嫌な予感がして……ウォルワースも怖い顔して何も言わないし、カスミさんも……。でも、ここでせっかく会えたのに、どうしておれだけ……そう思ったら……。この首輪、見たとたん……急に雰囲気悪く……なったし………」
 馬の首にしがみつき、ぜーぜーと肩で息をしながら、ユーリが言う。その姿に一つため息を零し、コンラートは剣を鞘に納めた。ヨザックたちも苦い顔をしながらそれに続く。
「………どーしてこんなコト………」
「どうして? ユーリ、いえ、陛下。我々はあなたの臣下として、眞魔国の武人として、王であるあなたの受けた辱めを黙って見過ごすことはできません! あなたに法石の首輪を嵌めるなど……犬の様に首に、あなたの首に鎖を……っ!」
 湧き上がる激情を押し留めるように、コンラートがぐっと唇を噛んだ。
「コンラートの言う通りだッ! こいつらをこのまま放置すれば、王として怯懦の謗りは免れないぞ!」

「キョウダノ何とかが何だってんだ!!」

「………ユーリ……」
 馬の上から怒鳴りつけるユーリに、コンラート始め4人は目を瞠き、そして伏せた。
 大声をあげ、そして眦を厳しくして仲間を見つめていたユーリは、やがてふうっと身体の力を抜いた。

「………首輪を嵌められた時は、すごく悔しかったよ。鎖も……さすがのおれも一瞬かっとなってさ。でもこれはその時、すぐに引き千切っちゃったんだ。だから、鎖に繋がれたりとか、犬みたいにとか、そんなのにはならなかったから大丈夫」
 引き倒されたのは、この際言わないことにする。
「………ごめん」
 ユーリの、突然の謝罪に、コンラートたちは弾かれるように顔を上げた。
「おれが……へなちょこだからさ。誘拐されたり、首輪つけられたのに自分で外せなかったり、助けてもらわなくちゃ逃げることもできなかったり………こんな王様で、皆に悔しい思いさせて、ほんとに申し訳ないって思ってるよ……」
「ユーリ! 何を……っ!?」
「でもさっ」言い返そうとしたコンラートを、ユーリが遮る。「だからって、それでこの人達を傷つけても、何の解決にもならないじゃないか!?」
「………………」
「ミゲルが言ってた…。この国の人達は、ううん、魔族を魔物だって思い込んでる人間達は、皆本当の事を何も知らない、知らされていないんだ。もう何千年も、ずっと語り継がれてきた誤解と偏見だもんな。この人達が、それを真実だって、平和を護るためには魔族を滅ぼさなきゃならないって思い込んだとしても、仕方がないと思うんだ。もちろんっ、だからいいとは言わないよ! でもさ、それが許せないからって傷つけたり、殺したりしたら、結局誤解は解けないままだろ? そこからどんな理解だって、生まれてきたりしないだろ? 魔族の本当の姿を知ってもらって、それで、今まで思い込んできたことは間違ってたんだって、でもって、やり直すことができるんだって、それを分かって貰わなきゃ、お互い分かり合わなくちゃ、魔族と人間が、本当に対等に共存共栄していくことなんてできないよ! ……魔族も人間も、みんなが平和に、幸せになって欲しい! おれの、気持ち……コンラッド、コンラッドは……ちゃんと分かってくれてたんじゃなかったのか……?」
「………ユーリ……」
 ユーリの馬が彼らの元にゆっくりと歩み寄ってくる。そしてコンラートの前で止まった馬の上から、ユーリが両腕を恋人に向けて伸ばした。
 じっとユーリの目を見つめていたコンラートが、その腕をとる。そして、そっと優しく引き寄せて、コンラートはユーリを己の腕の中に納めた。
「……おれも頭にきた。腹が立った。でも……だからこそ、コンラッド」
 コンラートの首にしがみついて、ユーリが言葉を告げる。
「誰も傷つけないで。……殺さないで。……お願い」
「……ユーリ」
 しっかりと抱き合う二人の周囲を、ようやく穏やかに凪いだ風が吹き抜けた。

 がしゃん、と、何かが放り出されるような音が背後で響き、ユーリ達はハッと振り返った。
 その視線の先で、法術師や神官達が剣や法杖を投げ出して立っている。彼らの前にはアレクが、そしてウォルワースとカスミがいた。
「………アレク、ディールさん……?」
 コンラートに地面に降ろされて、思わず駆け寄るユーリの前で、人間達は一斉にその場に跪いた。
「……魔王陛下」アレクが、真っ直ぐにユーリを見つめて口を開いた「我々の無知と無理解、そして絶えざる無礼の数々……人を代表してとはとても烏滸がましくて申せませぬが、何卒お許しくださいますよう伏してお願い申し上げます」
 アレクが深々と頭を下げる。法術師と神官達も、慌ててそれに倣う。
「……アレクさん……」
 どう反応していいのか戸惑うユーリの声に、顔を上げたアレクが微笑みを浮かべる。
「あなたは……不思議な方です、陛下。これほどの目に会いながら、あなたはそれが当然の様に全てをお許しになる。本来なら、ウェラー卿が仰せになられたお言葉こそ本道。皆様方が、この場でここにおります全員を皆殺しになされたとしても、誰一人として道に外れたと非難することはできません。それなのにあなたは………」
 アレクは、ユーリと、そしてその後ろに控える魔族達を改めて見直した。
「私は怖ろしかったのです。あなたが仰せになった様々なお言葉が、それを信じたくてたまらなくなる自分自身が……。あなたを、あなたの言葉を信じてしまったら、私のこれまでの人生が、信じ護ってきたことが、私の確かにあったはずの世界そのものが、一気に崩れてしまうような気がして…、それが、たまらなく怖ろしくて……。しかし…陛下が今仰せになったお言葉を素直に信じるならば……私は、私達は、間違いを正すことによって何一つ失う事なく、新たに民のためにできることがあるのではなかろうかと……」
 陛下。アレクは再度呼びかけて、ひたとユーリの瞳を見つめた。
「私達は、私達のままで、この世界と民のためにできることがある。神官の、そして法術師の誇りをなくすことなく、あなた方魔族と手を携えることができる。……そうですね…?」
「……アレクさん……!」
 目を瞠き、唖然とアレクを見つめていたユーリが破顔した。
 そしてあらためて彼らの元に歩み寄ると、そっとアレクの肩に手を置いた。
「立ってください、アレクディールさん。ウォルワースもカスミさんも、それから…あなた達も」
「……陛下」
「おれは、あなた達を支配したいわけじゃない。あなた達と、人間達と友人として対等に付き合っていきたいんだ。それにおれは、人に跪かれるのは好きじゃない。城では…仕方ないけどさ。だから」
 立ってください。
 穏やかだが、きっぱりとしたユーリの声に、しばし彼を凝視していたアレク達がゆっくりと立ち上がる。
 真正面にアレクを見上げて、ユーリは手を差し出した。

「ありがとう! でもって、あらためて。これからよろしく!」

 伸ばされた手を、困惑した面持ちで見つめるアレク。ユーリは、更に手を伸ばし、アレクの両手をしっかりと掴むと、ぶんぶんと大きく振った。
「………これは魔族流の、その、友好の表現方法ですか?」
 笑みを浮かべながらも戸惑いを隠せないアレクに、ユーリも吹き出した。
「これから広まっていくかもねっ」

 しり込みする神官や法術師達を追いかけるように立たせて握手して回るユーリを、コンラートは苦笑を浮かべながら、それでもひどく楽しそうに見つめていた。
 ぽんと腕を叩かれ見ると、ヨザックがにやりと笑って軽くウィンクしてくる。
「さすが坊ちゃん。だろ?」
 ヨザックの言葉に、コンラートは唇の端を小さく上げて答えにした。
「………もしもユーリが気付かずに、戻ってこなかったらどうするつもりだったんだ?」
 ユーリの人の良さと人懐こさがいまだに腹立たしいのか、顰めた顔を真っ直ぐ正面に向けたまま、ヴォルフラムが兄を問いただした。
「ユーリは気付いた。そして戻ってきた。……それが全てだ。仮定に意味はない」
 もしもユーリが何も気付かないまま村に向かっていたら。

 その答えは簡単すぎて、言葉にする必要もない。



「この事件の本当の首魁は、王都にいます」コンラートが言った。「他の者は全て、その男の道具に過ぎない」
 バンディール始め、大宰相の兵士達は武装を解除され、拘束された上で広場に集められていた。彼らを連行する部隊の到着まで、カインの兵士達と村の男達によって、厳重に監視される事となる。
 そしてユーリ達は村の集会場の広間で、お茶とお菓子のもてなしを受けながら、打ち合わせに入っていた。
「……本当なら、陛下には何を置いても先ずこの国を出て、安全な新連邦に入って頂きたいのですが……」
「それじゃダメだよ、コンラッド!」
 言うであろうと思っていた言葉をしっかり言われて、コンラートが苦笑する。
「おれ一人、ここを出るなんてできないよ! そりゃ、おれはこの国の人間じゃないし、単に…って、言うのもヘンだけど、誘拐されてきただけだし…。でも、おれはここでやり残したことがある! それをちゃんとしないで、自分だけ安全なとこに逃げることはできないよ! それに……」
 ユーリは隣に座るコンラートを見上げて言った。
「…コンラッドも、おれと一緒に来てくれる……つもりじゃないんだろ?」
「ユーリ……」コンラートが一つため息をつく。「あなたを取り戻したからそれでよし、という訳にはいきませんよ。さすがにね。きちんとつけるべきケリというものがある」
「だったら余計、おれがいないとおかしいじゃん?」
 言い返す言葉はいくらでもあったが、結局コンラートは苦笑を返すだけで頷いた。
「……分かりました。でも、これからは絶対に無茶な真似はしないで下さいね?」
「………おれ、コンラッドに叱られる様なコト、今回は全然やってないゾ……?」
「分かるものか。ユーリはちょっと目を離すと、本当に何を仕出かすか分からないからな。今までもそれでどれだけ苦労させられたか……!」
「ヴォルフがそれを言うか!?」
「何だとっ」
 きゃんきゃんといつも通りにじゃれあう二人に、ヨザックがパンパンと手を叩いて「はーい、坊ちゃん方、お静かにー。ほら、皆さんが呆れてらっしゃいますよ?」と口を挟んだ。
 広間には今、ユーリ達眞魔国一行の他、ミゲル、ウォルワース、アレクがテーブルに着き、その周囲を囲む椅子や集められた台に、ヨザックとクラリスとカスミ、クロゥとバスケス、追っ手だった法術師と神官達、騎士達、そして村長ともてなし役を勝ち取ったマルゴが座って同席している。
 絶世の美貌の魔王と、やはりとんでもない美形の少年(?)魔族の仲良さげな掛け合いを、人間達は呆れるどころかうっとりと見守っている。
「……あの、ウォルワース様。その……眞魔国では、臣下が王にあのような言葉遣いや態度をとっても許されるのですか?」
 アレクがヴォルフラムとヨザックを交互に見ながら、そっとウォルワースに囁いた。
「ユーリ陛下とは、つまりそういうお方なのだな」
 笑いながら囁き返すウォルワースに、なるほどとアレクは頷いた。まっさらな心で見直してみれば、ユーリはいつでも彼らに対して同じ場所、同じ高さに立って、真っ直ぐに彼らの目を見て話をしていた。疑いを捨てられないまま、彼の言葉に怒りすら感じていたことが、今はとてつもなく恥ずかしい。
 ようやく言い合いを止めて話を始めたユーリを、アレクは複雑な笑みを顔に浮かべながら見つめていた。

「うっそ! カーラさんと、アリーやレイルまで来てるの!?」
「ええ。どうも老師も王都においでのようです。アリーとレイルはずっと我々といて、自分たちもあなたを救出に行くのだと言い張っていたのですが、カーラを手伝うように言って国境で別れてきました。クロゥとバスケスがもうこちらに向かっていましたしね」
「カーラさんの手伝いって?」
「カーラは老師の依頼で、カインの手助けをするために、彼に同行していたんですよ。それからガルダンも、こちらとの連絡役をするためにあちらに行っています」
「……カインの手助けって………そう言えば、カインは大宰相に、父親とお兄さんに逆らっちゃったんだよね? 大丈夫なのか?」
 そう言ってから、ユーリはハッとテーブルの向かい側に座るミゲルを見た。心身ともに疎遠だったはずの兄の、突然の豹変に心中複雑なのか、ミゲルは硬い表情を崩さないままでじっとテーブルを見つめている。
「………コンラッド、カインは……何かするつもりなのか?」
「そうですね、かなり準備も整っているようでしたし、おそらく俺達が王都に到着する頃にはそれが始まっているかもしれません」
「……それ、って……?」
 訝しげに首を傾けて、ユーリがコンラートを見上げる。
 そのユーリに、コンラートは柔らかい微笑を投げかけながら頷いた。

「クーデター。……反乱です」




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あと一息! のはずっ。

何だか展開がしつこいデスね…。
何でもかんでも書き込む悪いクセが出ております。
逆に、そこにいるはずの登場人物、何度存在を忘れたことか。
どうかもうしばらくお付き合いくださいませ。

ご感想、お待ち申しております。