宴の前の嵐・11 |
「おのれっ、裏切り者共が!」 紛れもない同胞と剣を交えながら、バンディールは呪いの言葉のようにそれを何度も口にした。 「なぜ神殿にこれほどの兵が……」 軍は自分達がすでに掌握していたはずなのに。その疑念に苛まれながら、それでも剣を振り上げた男は、己の視界の中に、この場に存在するはずのない男の姿を見つけた。 「………あれは………っ!」 馬を華麗に操り、軽々と剣を振る度、バンディールの部下が次々と屠られていく。 「……………ウェラー卿…コンラート……っ!」 その瞬間、その呻きが聞こえたかのように、男が鋭い視線をバンディールに向けた。 「…っ」 男は、行く手を遮ろうと殺到する兵士など存在しないかのように、真っ直ぐにバンディールだけを睨み付けている。そして、男の手綱が大きく振られた。 「……ウェラー卿……どうして……」 「俺の顔と名を見知っているということは、お前がバンディールか」 断定するコンラートの物言いに、バンディールが顔を歪める。 「…なぜ……」 「ミゲルを甘く見過ぎたな」 バンディールの脳裏に、眞魔国でのミゲルとの会話が蘇る。 ひゅっと息を吸い込んだ瞬間、強烈な一撃がバンディールを襲った。それが何かを理解する前に、彼の身体は地面に叩き付けられていた。 痛みを感じる先に、反射的に身を起こそうとする。だが、首筋に突きつけられた刃の煌きに、ぴたりと動きが止まった。 「この場でお前の首を掻き切ることは容易い。だが、容易過ぎて、それでは俺の気が済まん。それに、陛下の御前でこれ以上の犠牲は出したくない。……指揮官として降伏を宣言しろ」 真上から降りかかる声に、ぐ、とバンディールが歯を食いしばった。 地に伏したままの彼の身体に、様々な振動が地響きの様に伝わって、彼の身体を内側から揺らす。その振動の中には、彼に従ってきた兵士達が敵の剣の下に倒れる音も混ざっているのだろう。 バンディールは握り締めた拳で、一つ、地面を打ち付けると、苦しげに息を吐いた。 「…………………降伏、する」 「コンラッドぉ…っ!!」 人々を掻き分けるように姿を現したユーリが、一直線にコンラートに向かって、転がるように駆けてくる。 「……へいか……ユーリッ!!」 コンラートもまた、最愛の主に向かって大きく両手を広げた。 林に囲まれた広場の真ん中。精霊の宿る泉の前で。 「コンラッドッ!」 「ユーリッ!」 ユーリはコンラートの腕の中に、文字通りダイビングし。 コンラートは飛び込んで来たユーリの身体を抱き上げ、抱き締めた。 互いが頬と頬を合わせ、首筋に顔を埋め、ほんのりと汗ばんだ互いの匂いを思い切り吸い込み、そして。 そこでようやく。 二人はちょっとだけ身体を離してお互いの顔を見た。 首に両腕を回し、ぶら下がるような体勢になった身体をしっかりと支えてもらい、ユーリは真正面にコンラートの視線を捉えた。 コンラートの瞳の中に、自分の今にも泣きそうな顔が映っている。 「………コンラッド………」 茶色の髪。端正な顔立ち。優しい眼差し。大好きな銀の星。見慣れたはずの顔が、今ここにあることがむしろ奇跡のように感じられる。 長かった。とんでもなく、長かった。時間にすれば、数日のことかもしれない。それでもその日々はとても長くて、心細い毎日だった。 ユーリはそっと手を滑らせて、コンラートの両の頬を包む様に掌を当てた。 彼もそうだったのだろうか。顔は、少しやつれたような気がする。髪も記憶よりも伸びたような気もするし、今はひどく乱れている。いつもは穏やかに優しくユーリを見つめる瞳も、どこかまだ不安に揺れている。 「……コンラッド……」 「ユーリ……心配しました……」 うん、とユーリが頷く。 「あなたが…どんな辛い目にあっているかと思うと……気が狂いそうになりました……」 うん。頷くユーリの視界が潤んでぼやけてくる。 「…無事で、いてくれて、本当に……よかった……!」 その言葉に引き寄せられるように、ユーリは勢いよくコンラートの首にしがみついた。 遅くなって、ごめんね。耳たぶを噛むように囁かれた言葉に、ユーリは額を擦り付けるように何度も首を振った。 「……コンラッド……会いたかった、よ……?」 「ユーリ……俺も、どうにかなりそうなくらい……会いたかった……!」 唇でコンラートの首筋をなぞる様に、ゆっくりとユーリの顔が上がり。 耳から頬にかけて、小さく何度も唇を寄せていたコンラートの顔が、そっと恋人の顔を覗き込むように傾けられ。 ゆっくりと。二人は唇を合わせた。 「………………なあ?」 村人達を護るために抜いていた剣を納めながら、若き騎士の一人が友人に囁いた。 「……なんだ…?」 「………魔王が男と接吻してるのをみて、こう、なんつーか、胸がしくしく痛むのはどうしてだろうなー…?」 「……その気持ちはすっごくよく分かるけど、あんまり追求しないほうがいいんじゃないかなあ……」 窮地を脱した村人達、彼らを護っていたアレクや騎士達、同胞でありながら敵味方に別れた兵士達。傷ついた者、血を流し手当てをされる者、そして手当てする者、一箇所に集められ、地に引き据えられた神官や法術師達。殺伐とした雰囲気がいまだ強く残るその場所で、様々な立場、状況に身を置く全ての人々が、ただひたすら呆然と見守る中。 ようやく再開できた恋人達は、百を軽く越える視線が集中するのを物ともせず、二人だけの世界で互いのぬくもりを確かめ合っていた。 「………あの、ローガン様……?」 どこかぼんやりと発せられるマルゴの声に、ウォルワースは振り向いた。 「……あの……魔王様とご一緒の……あの、お方は……」 「ああ」コホン、と一つ、困ったような顔で咳払いするウォルワース。「あのお方は、ウェラー卿と仰って、その、魔王陛下の婚約者、でいらっしゃる」 男同士でどうして結婚できるんだ、とか、イロイロと突込みを予想して心構えをしていたウォルワースだったが、しばらく待ってもどこからも疑問の声は上がらなかった。それどころか。 「…………………すてき……!」 「…何てお似合いなんだろ……」 「伝説の泉の王子様みたい……」 恐る恐る振り返ったウォルワースの目の前には、胸元で手を組み、うっとりと頬を染めている女達(含む、娘世代、母世代、祖母世代)の一群が、男達を押しのけ、ずらりとうち揃っていた。 そっと地面に下ろされて、それでも離れていたくなくて、ユーリはコンラートの胸に手を回し、力強く抱きついた。 「………すぐに追いかけてくれたんだよね……?」 「ええ」コンラートもユーリを抱きしめて、頷く。「ミゲルがすぐに母国の者の仕業だと気付いて…。ほとんど日を置かずに追う事ができました」 「おれ……こっちに着くまでずっと眠らされてたらしいんだけど……。遠いんだろ? ここ……。大変だった…?」 「大したことはありませんよ。それに、一歩づつ、あなたに近づいているのだと思えば、苦労などないに等しい……」 「でも……」ユーリは、目元の赤く染まった顔を上げて、コンラートを見つめた。「……たった一人でおれのために……。ごめんね、コンラッド……」 「何を言ってるんですか、ユーリ。あなたのためなら俺は……」 「でも! …いつもコンラッドにばっか苦労させて……。おれってホントにへな」 「このっ、へなちょこがーーーっ!!」 突如。背後から襲い掛かってきた無粋な怒鳴り声に、「へ?」とユーリが目を瞠く。 「だっだっ、だれがっ、たった一人で、だっ!!?」 「………あ。ヴォルフそっくり」 「僕だーーっ!!」 その叫びに、ようやくユーリが夢から覚めたように、大きな目をぱちくりと瞬いた。 「あ……あーっ! ヴォルフ!? グリエちゃん……クラリスも! それに、ミゲルに………。あ、あれーっ!?」 ユーリがびっくりした様に、お行儀悪く指を突きつける。 「何でっ!? なんで、クーちゃんとバーちゃんがここにいるわけっ!!?」 「話せば長いことながら……」 人を指差すのはいい加減やめろ、とクロゥがむっつり顔で言う。呆れた顔に苦笑を浮かべながら、バスケスはばりばりと頭を掻いている。 「……みんな、いたんだ……」 魔法の様に現れた(?)懐かしい顔を、ユーリはぽかんと見入ってしまった。 「いたんだ……だとぉ……? そもそも、コンラートッ! 貴様、ユーリの間違いをどうしてすぐに正さないんだっ!?」 詰る弟の剣幕を、コンラートは、背後からユーリを抱き寄せる手の優しさとは裏腹に、しれっと横を向いて受け流す。 「ごっ、ごめん! おれ、全然気付かなくって……」 「つまり坊ちゃんはあ」ヨザックがにやにやと笑いながら口を挟んできた。「あの乱戦の中で、隊長だけはちゃんと見分けることができたったことですよね?」 「うんっ、そう!」 「……………うわー、即答っスか……?」 きりきりと歯軋りの音も甲高く、今にも全身から炎を燃え立たせそうなヴォルフラム。そんな閣下の様子を知ってか知らずか、ミゲルがおずおずと前に進み出てきた。 「……陛下」 「ミゲル!」満面の笑みを浮かべながら、ユーリが歩み寄る。「ありがとなっ、ミゲル! ミゲルのおかげでホンッとに助かっ……」 「お許しください、陛下!」 いきなりミゲルがその場に跪いた。ユーリが慌てて膝を折ろうとするのを、とっさにコンラートが止める。きょとんと見上げるユーリに、コンラートは小さく首を振り、改めてミゲルの前に立たせた。 「……ミゲル……?」 「私の祖国が……父と兄が中心となって仕出かしましたこの度の所業………もはや、国を滅ぼされようと致し方ない罪とは重々覚悟致しております。陛下に対し奉り、許しを請う資格が私にない事も分かっております。ですが……この国の兵も民も、何も知らず知らされず、ただ盲目的に命令に従うのみ……。罪は全て王家とその側近達にあります! 陛下……何卒格別のお慈悲を持ちまして、この国の民をお許し下さります様、伏してお願い申し上げます……!」 一気にそう言い切ったミゲルが、更に深く地面に擦り付けるように頭を下げる。いつの間に側に来ていたのか、ウォルワースとカスミもまた、主に従ってその場にひれ伏していた。 その姿をまじまじと見て、それからユーリは深いため息をついた。 「ミゲル、立って。ウォルワースとカスミさんも」 「………しかし……」 「いいから、全員立つ!」 少し怒ったような、鋭いユーリの声に、弾かれたように3人が立ち上がった。 「……ミゲルはこの国の王子様だろ? ウォルワースはこの土地の領主様だろ? ……ダメじゃん、民の前で、他の国の王様に跪いたりしちゃあ。…ほら、後ろ見てみなって。皆、さっきから困ってるゾ!」 確かに、彼らの後方では、アレクや騎士達、そして多くの村人達が困惑の表情を隠せないまま立ち尽くしている。 「………しかし……陛……」 「まずはお礼!」 一声上げると、ユーリはいきなりガシッとミゲルの両手を握り締めた。 「ありがとう、ミゲル」 呆気にとられた顔のミゲルに、ユーリはにっこりと笑いかけた。 「ミゲルがすぐに気付いてくれたおかげで、こんなに早くコンラッド達に助けに来てもらえることができた。それに何より、ウォルワースとカスミさんがいなかったら、おれ、今頃どんな目にあってたか分からないよ。二人にはホントに感謝してるんだ! …あのさ、おれに謝るより先に、二人を褒めてやれよ。命がけでおれのこと、助けてくれたんだから。……ミゲルが二人を動かしてくれたんだろう? ありがとう。本当にありがとうな、ミゲル!」 ミゲルの手を握ったまま、ぺこんとお辞儀するユーリに、ミゲルが唇を震わせた。そして何かをこらえるように、ユーリの傍らに立つコンラートに潤み始めた瞳を向けた。 「俺達も、お前達には心から感謝している。ありがとう」 微笑みながらそう告げるコンラートに、ミゲルは思わず顔を伏せた。小さく肩が震えだす。 「……ありがとうございます。陛下……閣下……」 声の出ないミゲルの代わりに、ウォルワースが感に堪えた声で言葉を口にした。 場の状況に比べれば、穏やか過ぎるほど穏やかな沈黙が、彼らを包みこんでいた。 「……で。陛下」 笑みを浮かべたクラリスが、いたずらな少女のように軽く身を屈めてユーリを覗き込んだ。 「また大変お可愛らしいお姿ですが、今回のお衣装のテーマは何ですか?」 「ああ、俺も先ほどからそれを伺いたかったんですが……」 クラリスとコンラートの言葉に、きょとんとしたユーリが、思わず自分の姿を見下ろした。 「…………うぎゃおっ」 花冠を被ったままの頭を抱えるユーリ。 「みっ、見ないで〜っ。恥ずかしーよーっ!!」 「見るなと仰っても、しっかりたっぷり見ちゃいましたし。とっても可愛くて、お似合いですよ? で、ユーリ?」 コンラートが優しい笑みを浮かべたまま、ユーリの耳元に囁く 「このドレス、誰があなたに着せたんですか? これ……まさか、花嫁衣裳ってことは……」 その声に含まれる不穏な響きに、びくりとヴォルフラムが身体を竦ませる。他のメンバーが苦笑したり、やれやれとため息をついたりする中、ただ一人何も気付いていないユーリが、ぶんぶんと首を振った。 「違うよ、コンラッド。これは、えっと、チェスカの村の春のお祭りの衣装なんだよ。祭りの主人公の、『花の女王』のコスプレ、じゃない、コスチュームなんだ。……おれが、変装しなくちゃいけないって知って、絶対魔王だって分からない変装にしようって、村の娘さん達が着せてくれたんだよ」 「そうだったんですか。それはよかった」 ホントによかった。村人達の命が救われたことに、ユーリとコンラートを除く全員が心の中でホッと胸を撫で下ろす。 「…よかったって……何が? …ってか、村の、ひと……っ!!」 コンラートの姿を見た瞬間から、すっかり意識の外に飛んでしまっていた人々を思い出し、ユーリは慌てて走り出した。 泉の側には、一塊になって身を寄せ合っている村人達がいる。その彼らと、アレク、そして騎士達がユーリ達一行を恭しく迎えてくれた。 「確認致しましたところ、村人には争いに巻き込まれた者はもちろん、傷を負った者もおりません」 「ホントに!? ああ、よかったっ」 アレクの報告を受けて、ホッと息をついたユーリは、改めてコンラート達に満面の笑顔を向けた。 「コンラッド、皆もあのな、この人達がチェスカの村の人達。……おれのコト、全然怖がったり、気味悪がったりしないで、すっごくよくしてくれたんだ! 子供達も仲良くしてくれてさ! 女の人達も……えと……とってもお世話してくれて…。えーと……」 ちょっとだけ複雑な笑みを浮かべ、視線を泳がせるユーリ。 「………あ、あのー……よろしゅうございますか……?」 そこへ、おずおずと遠慮がちな女性の声が割り込んできた。背を向けていたユーリが一瞬誰の声だか分からないほど、淑やかで、どこか楚々とした声だ。 はい? と振り返ったユーリの真正面に、腰を屈めた笑顔のマルゴがいる。 「あ……マルゴさん」 マルゴ、そして村の数世代に渡る女性達が、皆一様に、頬をほんのり染めて恥ずかしそうに胸元で手を組んでいる。 「あの…魔王様? その、こちらにおいでの方々は、皆様魔族でいらっしゃいますのでございますか?」 代表を務めているらしいマルゴの瞳が、きらきらと輝きを増す。 「あ、ああ、はい」 何となく気おされるものを感じながら、ユーリが頷く。 「あの…えっと、この人がコンラッドっていってー、そのー、えーと」 「ご婚約者様であらせられられますのでございますですねっ!」 「だんな様」と紹介しようとして、照れくささのあまり真っ赤になってしまったユーリに、分かっている、何も言うなとばかりにマルゴ自身が助け舟を出す。……使う言葉はかなり怪しかったが。 「ウェラー卿コンラートといいます。陛下が大変お世話になったそうですね。ありがとうございました」 爽やかこの上ない笑顔と甘い声音に、ほおうっと女性達の間から深くて長いため息が洩れる。 「あー、うー、えーと。……で、こっちがコンラッドの弟のヴォルフラム」 「……よろしく」 仏頂面にも関わらず、ユーリとはまた雰囲気の違う夢のように美しい少年の姿に、絶句し、仰け反り、めまいを起こす女性達。 そうやって、ヨザック、クラリスと、一通り紹介が終わる頃になると、ユーリの目にも女性達の纏うオーラに異様な変化が感じられるようになっていた。 「………あの……みんな……?」 急に不安がこみ上げてきて、おろおろするユーリに目もくれず、いきなりマルゴがすっくと背を伸ばした。顔が怒りと決意に燃えている。 「……………アレク……!!」 「………え?」 アレクがきょとんと幼馴染を見返して、それから「げっ」と潰れた蛙のような声を上げた。 マルゴ、だけではなく、女性達全員が一斉に彼に向けて怒りの眼差しを向けている。 その剣呑な様子に、コンラートも思わずユーリを自分の腕の中に囲い込んだ。 「…マ、マルゴ、みんな………いったい、どうし………」 ずん、ずん、と迫ってくる女性達に、思わず祈る様に腕を差し伸べ、後ずさるアレク。 「アレク! それから、あんた達もだよっ!」 どん、とマルゴに肩を突き飛ばされ、思わずたたらを踏んで尻餅をついたその場所に、傷ついてぐったりと座り込む神官や法術師達がいた。彼らもまた、村人達の視線の険しさに呆然と顔を見上げている。 「よくも騙してくれたもんだよねっ!?」 マルゴが怒鳴った。 「何だい、その顔は!? あんた達、あたしらに向かって何て言ってたか、もう忘れちまったってんじゃないだろうねっ。魔族は魔物だとか、化け物だとか! 眞魔国は真っ暗で、悪魔がうじゃうじゃいて? 魔王様は真っ黒な炎と蛇を身体に巻いてて、いつも人間を滅ぼすことばっかり考えてて? 冗談じゃないよ! あれをご覧っ!!」 びしっとマルゴの指が、ユーリたち魔族一同を指す。思わず背筋を伸ばす魔族一同。 「あんなにお可愛らしくて、お美しくって、素敵で、背もお高くって、体格も良くって、とにかく何もかにも格好良くって! あの人達の、どこが一体魔物だって言うのさ、あんた達はっ!!」 そうだそうだ! と村人達の賛同の声が方々から掛かる。 「魔王様にお似合いなのは、炎と蛇なんかじゃない。フリルとレースと花冠だよっ!」 一斉に賛同の声が上がる中、ユーリだけが必死にぶんぶんと首を横に振っている。が、村人の誰も気付かない。 「おとっつぁまも、おっかさまも、じっさまもばっさまも、それからそのまたじっさまもばっさまも、それから……とにかく! もうずうっと長いこと、あんた達はあたしらを騙し続けてきたんだねっ!!?」 「……………マルゴ……」 アレクは唇を噛み、そして法術師も神官たちも、何かを言い返そうとするものの、口を開いてはただ閉じて、結局何も言えないまま顔を伏せた。 「どうしてこんな真似をしてきたのかも、もう分かってるよ」 え? とアレク達が顔を上げる。その様子に、「バカにおしでないよ!」とマルゴが胸を張る。 「嫁の来てがなくなるからだろう!!」 ぱちくりと、アレク始め神官、法術師、そして、ユーリ達魔族一同と騎士達と、今ほどまでマルゴ達と一緒になって気勢を上げていた村の男達が、呆気に取られて目を瞬いた。 「魔族の方々が、こんなに素敵な見目麗しい方々ばかりだと分かったら、どんな女だってそっちに靡いてしまうさ! そしたら人間の男に嫁にいこうという女が減ってしまう。だからだろ? あたし達に嘘をついて、嫁不足を防ごうとしたんだねっ!」 「せこいわよっ、へぼ神官!」 「みみっちい男が考えそうなコトさ!」 「そうと分かってりゃ、あたしだって……!」 「……ま、ま、ま、待て……っ、それはちが……!」 「言い訳はおよしっ」 ぎゃんぎゃんと眦を吊り上げて迫る女達に、懸命に言い返そうとする神官たちだったが、多勢に無勢、全く歯が立たない。 「……………何というか……すごいですね……」 しみじみと呟くコンラートに、胸に抱き寄せられたままのユーリも頷く。 「驚いたな、そういう理由からだったのか……」 「……閣下、鵜呑みにしてどうするんですか…?」 「よう。そろそろいいんじゃねえか? いい加減、もう許してやれや」 その時、唐突に口を挟んできた男の声があった。 「………バーちゃん……」 見つめるユーリの視線の先で、いつの間に近づいていったのか、バスケスが頭を掻きながら突っ立っている。 「……あんた、誰……?」 「魔王陛下や、ここにいる魔族のお歴々の、まあ、顔馴染み、かな?」バスケスが首を傾げながら言う。「…そんなコトはどーでもいいんだがよ。……騙されてたってコトなら、ここにいる連中全員がそうさ。あんた等も神官も関係ねーよ。もう何千年も前から、人間も魔族もお互いを嫌って、悪口を言い合い続けてきたんだからよ。悪口ってものの中に、真実が小指の爪の先程も入ってるかどうか、そんなことはあんた達も分かってるんだろうが。ホントのことが分かってよかったじゃねーか。……これから辛いのは、真実だって信じて護ってきたことが、嘘っぱちだったって分かっちまったこいつらの方さ。だから…許してやりな」 そう言ってバスケスが見下ろした先で、法術師と神官達が、驚きと疑念の表情を隠さないまま彼を凝視している。「困っちまうな」と、バスケスがまた頭を掻いた。 「……バーちゃん、どうしたんだ……?」 バスケスの様子に、ユーリが不思議そうに首を捻る。その疑問にクロゥが口を開いた。 「バスケスは情の深い男だからな。わずかでも道行きを共にしたやつらに、情けを掛けたいんだろうさ」 「……クーちゃん」 いつも通りの呼びかけに、いつも通りに眉を顰めてから、クロゥは口を開いた。 「俺達は、神殿の追っ手の中に入り込んでここまで来たんだ。表向きはあいつらの助っ人ということでな。大宰相の追っ手とかち合った時には、もうあなたの居場所も把握していたし、双方が戦って数を減らしてくれれば幸いと思って、適当にいなして姿をくらましたんだが……あいつらが弱すぎて、時間稼ぎにもならなかったな」 「それでその後、追っ手を離脱した二人が俺達と合流し、一緒にバンディール達の後を追ってここまできたんですよ」 コンラートが締めくくって、ユーリがなるほどと頷いた。 →NEXT プラウザよりお戻り下さい。
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