宴の前の嵐・10ー2 |
「……あのぉ…」 ふいにマルゴが口を挟んだ。硬直していた皆の視線が、一斉に長身の娘に向く。 「…あっ、あのっ………すいません、私、難しい事は良く分からないんですけど……。その、聖地ってのは、大切にするように言い伝えられてる場所、ってことですか?」 「うん、そう……って、あるんですか? ここにも!?」 ユーリの言葉に、マルゴが、そして側にいた娘達が一斉に大きく頷いた。 「ベラの泉のことでしょ? マルゴが言いたいの」 「そうそう! あれも伝説の場所よね」 「ベラの泉?」ウォルワースが首を傾げた。「あれは……確か、恋に破れた娘が身を投げようとしたら、いきなり水の中から蝦蟇を頭に乗せた醜い小人が現れて、娘が思わず小人の顎を蹴り上げたら、今度は小人が王子に変化して、えーと……」 「醜い小人は、呪を掛けられた王子様だったんです! 顎を蹴られたおかげで、王子様に呪を掛けた蝦蟇が飛んでいって、それで呪が解けたんです。で、二人は相思相愛になって、結婚したんですよ!」 「…………という無茶苦茶な物語があったな。だから確か……」 「そこで祈れば恋が叶うという、すばらしい言い伝えの場所です!」 村娘達が、声を揃えて言った。どこをどうすれば、そういう言い伝えになるんだと、ウォルワースがため息をつく。 「お前達……。陛下は世界を救うという話を………」 「そこっ! その泉におれを連れてってくれませんか!?」 「……へいか……?」 「だってウォルワース! それってまさしく精霊の伝説だよ。そこ、間違いなく聖地だよ!」 ユーリが嬉しそうに笑う。 精霊の伝説って。 ウォルワース、だけでなく、その場に居合わせた男達が一斉に呟いた。 「……………………そんなのでも……いいんですか………?」 男達の様子に気づかないのか、ユーリは嬉しそうにマルゴ達に話しかけている。 「そこって、今も皆で大事にしてるんですか?」 「ええ、もちろんです! 何と言っても、恋が叶うんですから! 花や果物を捧げて祈ったり、村の若い娘なら皆やってます」 「そうか、それで……」 ユーリが何か気づいたように頷いている。 「今からでも行けるんなら………」 「お、お待ち下さい、陛下!」 我に返ったように、ウォルワースが声を上げた。 「ベラの泉は村の外れで、かなり距離がございます。北の国は陽が落ちるのも早く、今からお出かけになるのは危険です。できますれば、明日にでも改めまして。それに、何と申しましても、そのお姿のままでは……」 ウォルワースの言葉に、「あ、そうか」とユーリが自分の髪に触れた。 「変装しなくちゃダメだよね」 「はい、やはり……」 「変装なさるんですかっ!?」 マルゴの弾んだ声が、ウォルワースを遮った。 「……マルゴ?」 「だったら私、お手伝いします!」 マルゴの言葉に、「私も」「私もやります!」と娘達の声が上がる。 「魔王様が、魔王様だって分からないようにするんですよねっ?」 「ああ、そうだ。ここへお出でになった時のように、目立たないよう……」 「マルゴ! お衣装はあれがいいんじゃない!? ほら、花の女王の!」 「ほんとだ! きっとぴったりよねっ。かつらは、先程つけてらっしゃったのを解けばいいし」 「髪飾りはあたしんちにあるよ!」 「あたし、お化粧得意だからさ!」 「………花の女王の衣装をつけて、花飾りに身を包んだ魔王様…………」 しばらくうっとりと天を仰いでいた娘達が、何を想像したのか「きゃあ〜〜〜!!」と声を上げて身悶えを始めた。 「………おい? ……お前達……?」 「最高!」 「きっと女王どころか女神様のようにお美しくなるわ!」 娘達が手を取り合って跳ね回る。 「………ウォルワース……?」 「はい……陛下」 「おれ……明日、どうなるの……?」 「………………さあ……」 「ふぎゃあっ」 叫び声……? 「あっ、逃げた!」 「お覚悟を!」 ドタバタ、ドタバタ。走り回る音。 「ほーら、こっちですよ〜〜〜。はあい、大人しくしましょうね〜〜〜」 「…ま、ま、待って……そんな………はぅあっ!」 翌朝。 朝食が終わる頃を見計らって村長の家を訪れたアレク始め若者一同は、奥の部屋の扉の前で立ちすくむ、ウォルワースとライナス村長、そしてウォルワースの部下の娘の姿を見つけた。 扉の向こうでは、すでに魔王らしき声は聞こえず、ただ娘達の賑やかなやり取りと、歓声ばかりが響いてくる。 「………あの、ウォルワース様……。中で、一体何が………」 「…分からん。分からんのだが………」 突如、「きゃあ〜〜〜っ!!」という、絶叫に似たかん高い、そしてどこか不吉な複数の叫び声が、扉を破らんばかりの勢いで鳴り響いた。 「………………」 「………………」 「………お前たち……」ウォルワースが若者達に視線を向ける。「……済まんが、中へ入って陛下をお助けしてきてはくれんか………?」 「………え?」 騎士達全員が、一瞬目を見開く。 それから皆が皆、さりげなく互いの表情を探りあい始めた。 「………ウォルワース様のお言葉ではございますが…………」 やがて騎士の1人が神妙に答える。 「我々も、そのぉ……まだ命が惜しいと申しますか………」 「あの娘達の邪魔をするなんて、それはそのさすがに命知らずと………」 見れば、アレクを始め、全員が視線を四方八方、あらぬ所へ向けている。 「お、お前達! お前達はそれでもこのベイル………」 自分の事を棚に上げ、ウォルワースがやおら説教モードに入ろうとしたその時。 勢い良く、部屋の扉が開かれた。 「できました、ローガン様っ!! もう完璧ですっ。これを見て、誰も魔王様が魔王だなんて、絶対に思いません! ……ささ、魔王様、どうぞこちらにお出で下さいませ。ほらっ、恥ずかしがらずに!」 言葉の丁寧さとは裏腹に、マルゴが陰にいるらしい人物の腕をぐいと引き寄せて、ウォルワース達のいる部屋の中へと押し出した。 「さあ! チェスカ村、今年の花の女王様のご登場で〜すっ!!」 おおっ……!! 一斉に、部屋の中にいた人々から、ため息とも呻き声ともつかないものが洩れる。 「…なな、なんと……っ!」 「美しい……」 「まさしく天界の妖精……、いや、大天使、いやいや女神か………!?」 「……そ、そうだな…………魔王、だけどな……」 そこには。 真っ白なドレス─幾重にも重なったフリルとレースに彩られ、豪華にして可憐、艶やかにして清楚─な装いに身を包んだユーリ、魔王陛下が立っていた。 襟元や、ふうわりと膨らんだ袖に散らされた、色とりどりの小さな花飾りが、ユーリの愛らしさを実に良く引き立てている。また、脛の中程までの長さで、大きく広がったドレスの裾から覗くうす紅色のペティコートが、そこはかとない色気をも醸し出していた。 村娘仕様の鬘は髪を解かれ、波打って広がる藁色の髪には花冠。そして。 「ウォルワース様」 カスミに促され見遣ったユーリの喉元にも、白い布が巻かれ、やはり花飾りをふんだんに散らして、いまわしい首輪と鎖の欠片を隠している。それには少しばかり感心したウォルワースだったが……。 「……………放心状態だな……」 薄く紅を引かれ、化粧を施されたユーリの目は、どこか虚ろだった。 「さっ、魔王様! こっちこっち!」 娘達に手を引かれ、抗う力もないユーリは、ウォルワースやアレク達の前を、喜々としてはしゃぐ娘達にずるずると引きずられて通り過ぎていく。 ただ見送るしかないウォルワースと若者達(含カスミ)を背後に置き去りにして、マルゴ達がばーんと家の玄関を開いた。 「皆、見ておくれっ! 魔王様が花の女王になって下さったよっ!」 いつの間に集まっていたのか、外から「うおおーっ」という怒濤の歓声が聞こえてくる。 そおれっ。 マルゴの一声。 「うひゃほえほやひゃあ〜〜〜っ」 「………………………」 「………………………」 「………………………」 「………たかいたかい、ですね、あれは。思いっきり陛下を持ち上げてますけど」 ところでウォルワース様。 ただひとり、冷静に状況を観察しているカスミが言葉を継いだ。 「村の中で、目立たないようにひっそりと身を隠す、という計画はどこへいったんでしょうか」 「……………………」 呆然とする一同の耳に、村人達の拍手喝采の音がなだれ込んできた。 朝の大騒ぎで疲れ果てたユーリだったが、それでも気力を振り絞り、予定通り泉に向かうことにした。 チェスカの村人達も話を聞いて、我も我もと結局総出でお供をする事となった。ちなみに、皆がお昼のお弁当や敷物持参である。……村の遠足だ。 あちこちで、はしゃぎ回る子供達の笑い声が絶えない。 それを、笑みを浮かべながら見つめるユーリの馬の周囲は、ウォルワース、カスミ、アレク、そしてやはり職業柄(?)騎士達がしっかりと固めていた。 「……ローガン様」 やはり馬にのってきたマルゴが、そっとウォルワースの背後から声を掛けた。 「マルゴ?」 「……済みません。あの……お教え頂きたい事があって…。あの、魔王様の首のアレ……一体何なんですか?宝石がいっぱい付いてて綺麗だけど、すごく、そのイヤな感じがして………」 ウォルワースが眉を顰めているマルゴと、隣で様子を窺っているらしいアレクに視線を向けながら、頷いた。 「確かにな。……あれは、陛下の御力を封じるために、大神官が法力を込めて作ったものらしい。陛下のお首に無理矢理填めたのは、大宰相らしいが……」 ハッと、アレクが顔を向ける。それを確かめて、ウォルワースは更に言葉を続けた。 「並の魔族なら、力を奪われて動く事もままならないらしいから、ああ見えても、陛下はやはり魔王でいらっしゃるという事だ」 「……あの……何だか、ちぎれた鎖みたいのがくっ付いてましたけど……」 「その通り。お前達が見たのは、まさしく切れた鎖だ。……大宰相達は、陛下に首輪を填め、首に…まるで犬か何かの様に鎖を繋いで、牢に閉じ込めようとしていたらしい」 「な、なんて事を……っ!?」 思わず声を上げたのは、マルゴでもアレクでもなく、彼らのすぐ後ろを付いてきていた女性騎士のヘルマだった。見回せば、どうやら騎士達は皆、ウォルワースの話に聞き耳を立てていたらしい。 「あんな…あんなお美しい、お可愛らしい方に、首輪………鎖ですって……!? なんて冒涜的な……背徳的な………!」 大宰相は変質者だわ!! 手綱を握る手が、わなわなと震えている。 「……大神官様、ローエン様がそんなものを……」 「神殿にとって、魔族は最大の敵だ。魔力を奪う物を色々と作っていても、おかしくはあるまい」 思わず洩れた呟きにそう返されて、アレクは唇を噛んだ。 「アレク、アレクディール、お前には話したいことが………」 「泉が見えてきました!」 ウォルワースを遮るように、誰かが叫んだ。 ベラの泉。 チェスカ村の外れ、小山と小山の間の、小さな林の中にそれはあった。 ぽっかりと開け、燦々と陽射しが降り注ぐそこにあるのは、泉というより、ほとんど池だった。 周囲を石が囲み、祠のようなものもある。そこにはまだ瑞々しい花が備えられていた。 枯れた花や、しなびた供物が見当たらないのは、掃除が行き届いているという証拠だろう。見れば泉を囲む石も綺麗に磨かれているし、膝を付いて中を覗けば、かなり深そうな水は澄んでいて、底の石がくっきりと見えた。ゴミだの藻だのといったモノはない。やはりこの泉は、村人達に大切にされているのだ。 ふと泉の中程に視線を向けたユーリは、その辺りから今だにこんこんと水が湧き出ている事を確認した。 緩やかな波紋が、泉の中央から周囲に向かって流れてくる。 泉の畔に膝をつき、中を覗き見ている白いドレス姿のユーリは、まさしく妖精か天使のようで、周りを囲む村人達もただうっとりと見つめている。 「……ね、ウォルワース」 「…はい、陛下?」 問いかけるウォルワースに、ユーリはにこりと笑みを浮かべた。懸命に、高鳴る動悸を隠すウォルワース。 「ウォルワースの村がね、緑も水も残ってるのは、南にあるからだけじゃないんだ。……ここのおかげだよ。ここには間違いなく、精霊が生きている。村の皆が大切にしてるし、祈りも捧げてる。だからその力を貰って、精霊はこの土地を護ることができたんだよ。……他の二つの村も同じように荒れていないなら、たぶん似たような場所がそれぞれの村にもあるんじゃないかな。それが分かったら、大切にするように言って。気持が籠れば籠る程、精霊の力も回復するから」 「…そうなの、ですか……。まさかそのような事とは………。さっそく調べさせます…!」 うん、と頷いたユーリは、それからアレクに視線を移した。 「昨日も言ったけど。魔力は、自然そのものが持つ力だから、それを注げば精霊を救う力にはなる。新連邦の、あの土地のように。……でも、やっぱりそれは切っ掛けでしかなくて、本当にその土地の精霊達を生き返らせ、大地を蘇らせるには、そこに生きる人々の祈りの力が必要なんだ。その土地を、村や街や、その国そのものを、心の底から愛している人々の、愛してるという想いがなければ、どれだけ魔力を注いでも本当の復活にはならない。だから……協力して下さい。この国を愛しているあなた達に、協力して欲しいんです。聖地を、精霊達が身を潜めて、滅びまでの眠りについている場所を探して下さい。そこで皆が、精霊達を、大地を救いたいという思いを込めて祈ることができるように、皆を導いて下さい……!」 「…………………」 唇を噛み締めたまま、答えのでないアレクディールの肩に、ウォルワースが手を置いた。 「………お前は、法力が使いたくて修行したのか? それとも、民をその力でもって幸せにするために修行したのか? ……アレク、今まで信じてきた事を疑う事が、どれほど辛い事かは私にも分かる。陛下のお言葉に対する疑念や怒りや反発もあるだろう。だが、それに溺れるな! 溺れるは容易い。そして、怒りという楽な道を選ぶ事で、悩む事から逃げるな。……お前が何のために修行してきたのか、その根本を先ず思い出せ。そして、悩みの中からすべき事を見つけたら、ただ進め。お前には、それだけの力がある。……陛下もそれがお分かりだからこそ、お前にこれほどまでに説いておいでになるのだぞ……」 俯くアレクをじっと見つめて、ユーリはホッと小さく息を付いた。そして、「あ」と何かを思い出したように表情を変えた。 「おれ、泉の精霊にまだ挨拶してなかった」 そう言うと、ユーリは再び泉の畔に坐り込み、そっと両手を差し入れた。 「………こんにちは。お邪魔します。おれ、魔王、です。………ごめんなさい、おれ今、力をまともに出せなくって、あなた達に何もできないんです。でも、あなた達がここにいる事、ちゃんと分かってますから、そして村の人達も、これからもっとあなた達を大切にしてくれるはずですから、もうしばらくがんばってください……」 祈るように言葉を紡ぐユーリの姿を、村人達は息をするのも忘れたように、ただひたすら見入っていた。 そうして、どれだけかの時間が経った頃。 「………あ……!」 子供の1人が、驚いたように声を上げて泉を指差した。 「泉、泉が……!」 「泉がっ」 「………光ってる……!」 まるで太陽の光をそこに一つに集めたように、泉が金色に輝き始めていた。 そしてその場に居合わせた人々が見つめるその前で、泉から不思議な光が浮かび上がった。 「……金色の……?」 「あれ何? おっかさま、あれ、ホタル?」 「ふわふわしたのが……ほら! いっぱい!」 キラキラと輝く金色の、拳大の丸い光の玉が、ふわりふわりと泉から浮き上がったかと思うと、緩やかにその周囲を遊び始めた。 「…ねっねっ、もしかして、泉から蝦蟇を乗せた王子様が……!」 「それはもういないでしょうがっ」 「見て! 光が魔王様の周りに集まっていくわ!」 地面に座ったままのユーリの周りに、小さな光の塊が集まり、その身体を隠すように覆っていく。 そして集まった光が、さらに一層その輝きを増した瞬間。 光が弾けた。 同時に、ユーリのドレスに鏤められていた花飾りもまた、音を立てるような勢いで弾け飛んでしまった。 そして、その花飾りが落ちた、その場所から。 淡い緑の草が生えてきたかと思うと、すっと背を伸ばし、見る間に色とりどりの花を咲かせ始めた。 清潔だが、緑といえば粗末な下生えだけだった泉の周囲が、一気に鮮やかな彩りが揺れる花畑となった。 うわあ……。 感嘆の思いに、人々の息が震える。 「…………精霊の……祝福、か……」 アレクが小さく呟いた。 花に埋もれた形のユーリは、ちょっとだけ苦笑して、泉の表面を掌で撫でるように触れた。 「………ありがとう」 「……おお、さすが魔王陛下。なかなかの技でいらっしゃいますな!」 聞き覚えのある声に、ユーリはハッと立ち上がった。その瞬間。 開けた泉の広場を囲む林の中から、一斉に軍馬が姿を現した。 悲鳴を上げて泉の側、ユーリの元に集まる村人達。 「……軍がっ!?」 「まさか、いつの間に……っ」 「忌々しい大神官にお力を封じられていなければ、もっとすばらしい奇跡を起こされただろうに。…まあ、この程度の村にはそれで充分でござろうよ。本番はこれから」 「………バンディール……」 兵士達の間から現れたのは、大宰相の腹心の部下、バンディールだった。 「……バンディール………貴様………」 剣の柄に手を置き、ウォルワースがユーリを護るように前に進み出てきた。 「おお、これは勇名高きウォルワース殿。お久し振りでございますな。近頃は魔族に諾々と従い、使い走りの地位に喜々として甘んじておられると伺っていたが、よもや真実であったとは。驚きましたぞ、ウォルワース殿。魔族に飼いならされておる内に、すっかり頭が錆び付いてしまわれたか。このような森の中を、これほどの大人数で移動するとは迂闊にも程がある。こうも賑々しく人がいるのだ、我らことさら気配を断つ必要も感じませんでしたぞ。その証拠に、我らが姿を見せるまで、お主等誰1人として、我らの存在に気づかなかったであろう? かのローガン・ウォルワースともあろうお人が、堕ちたものだな!」 ぐ、と詰まったウォルワースが、キリキリと歯を噛み締めた。 「それにしても、おのが領地一つを救うため、国王陛下の御元から魔王をかっ攫うとは、またいかなるご了見か。たとえ魔族の地にあろうとも、貴公はこのベイルオルドーンの臣民の1人。反逆を疑われても仕方がないのではなかろうかな?」 「だまれっ!!」 ウォルワースが剣を抜き、馬上のバンディールを怒鳴り付けた。 「貴様らこそ、祖国に仇なす輩! 己らの所業こそが祖国を破滅に導いていると、何故気づかぬのだ!?」 「続きは処刑場でされよ、反逆者殿。………さて、魔王陛下」 ウォルワースの言葉を軽くあしらうと、バンディールはユーリを見下ろした。 「何ともお美しいですな、陛下。お身体の半分は女性だと伺ってはおりましたが」 その言葉に、アレク達が目を瞠る。 「そのようなお衣装がお好みなら、王宮で御用意させましょう。我らも目の保養になる」 くすりと笑うと、バンディールが表情を改めた。 「そろそろ参りましょうか、陛下。王都で大宰相様がお待ちです。どうぞお手向かいなさいませぬよう」 「待て、バンディール!」ウォルワースが急いで口を挟む。「追っ手はお前達だけではないはず。神官や法術師達はどうしたのだ!?」 ウォルワースの言葉に、バンディールはふん、と鼻で笑い、傍らの兵士に顎を杓って合図した。と、木々の陰から縛り上げられた一団が突き出されるように姿を現した。 「……あ……っ!」 アレクが知った顔を見つけたのか、思わず駆け寄ろうとして遮られる。 兵士達に剣で小突かれ、膝を付くように命ぜられ、地面に倒れるように崩れ落ちたのは、傷だらけ、血まみれの無惨な姿の神官、そして法術師達だった。 「………これは……」 「敬われ、従われる事になれた愚か者どもが……。我らが最後には従うものと思ったのか、途中ではち合わせした途端に説教し始めおったわ。だから思い知らせてやったのだ。軍人が本気になれば、法術など何の武器にもならんとな。我らが法術に対する備えをしている事も、どうやら考えつきもしなかったらしい。……このような者共に長年顎で使われてきたのだ。だからこの国はこんな有り様に……。考えれば考える程………忌々しいっ!」 バンディールは馬を神官達に近付けると、剣を抜き、1人の神官の首筋に当てた。 「……お前達はずっと間違い続けてきたのだ。国土を救うのは法力ではない。お前達が魔物と蔑んだ魔族の力だ。お前達が、この国を荒らし、民を飢えさせてきたのだ。……本心を言えば、このままここで全員血祭りに上げたいところだが、それでは神殿の反逆を証言する口が減る。生かしておいてやるから、ありがたく思うがいい」 剣を向けられた神官が、憎々しげな眼差しを馬上の男に向けた。 「……嫌な目だ」 バンディールが剣を振り上げた。 「止めろ!!」 叫んで、ユーリが前に飛び出してきた。 「その人が悪いんじゃない! 法術が悪いんじゃないんだ! 神官達も法術師も、それからお前達も! 皆が国を救いたいと思って、なのに、皆で間違ってるんだ! もういい加減にして、おれの話をちゃんと聞け!!」 「……捕らえろ」 バンディールの命令に、兵士達が飛び出してくる。 「陛下!」 ウォルワース、カスミ、アレク、そして若き騎士達もまた、一斉に剣を抜いてユーリの側に駆け寄る。 「ベイルオルドーンの騎士でありながら、王の命令に背くか、貴様ら!!」 「我らは、正しい道に従う!!」 バンディールに対し、若者達が叫ぶ。 ちっ、と舌を打つと、バンディールが合図した。兵士達が剣を抜いて彼ら、そして村人達にその切っ先を向ける。 村人達から悲鳴が上がった。 「……! バンディール! 貴様………」 「魔王陛下!」バンディールが声を張り上げる。「こやつらは死しても本望かもしれませぬ。しかし! この村人達は如何でありましょうかな。陛下は、この罪もない村の衆を、巻き添えにしても構わないと仰せになるか!?」 「ひっ、卑怯もの!!」 ヘルマの叫び。 振り返ったユーリの視界に、泉の周りに集まり、怯える村人達の姿が映る。引きつったマルゴや娘達の顔、そして泣きじゃくる子供達……。 「自分の……」ユーリがキッと眦を上げて、バンディールを睨み付けた。「自分の国の民を人質にとる事を、恥とは思わないのか!?」 「大事の前の小事、一国の民を救うためのわずかな犠牲とあらば」 ユーリを真正面から見返して、バンディールが断言する。 ………例え外道と誹られようと、この男は、この男なりに覚悟を決めているのだ。 ユーリは戦慄する思いで、バンディールを見つめた。 「………分かった。一緒に行く。だから……ここの人達には一切手を出すな」 「陛下!!」 ウォルワースが叫ぶ。 「もとより、あなた様が大人しくお出でになると仰せならば、無駄な剣は振るいますまい。ただ、ウォルワース殿には同行頂く。反逆の疑い濃厚ですからな。……しかしまあ、賢明な選択でございますよ、陛下。何せ、我らの軍勢が近づいている事にも気づかなかった未熟者共です。逆らっても、さほど陛下の助けにはなりますまい」 「ならば、お前達もとんだ未熟者の集まりだな。お前達もまた、俺達が近づくのを全く気づかずにいたのだから」 「………………え……?」 声。 「だっ、誰……っ!?」 叫ぶより早く、木々の間から一斉にバンディール達を上回る数の馬が飛び出してきた。 そして瞬く間に、兵士達が切り伏せられていく。 林の中の広場で。 交錯する馬と馬。交じりあう剣。絶叫。怒号。 「陛下! 危険です! こちらへっ!」 ウォルワースに腕を引かれ、泉の側、村人達と共に身を寄せあう。 ユーリの前を護るウォルワース、カスミ、アレク、そして騎士達。 だが、ユーリは。 その人々の後ろから。 繰り広げられる争いの中で。 ただ1人を見つけていた。 軽快な手綱捌き。 絶対の自信と共に舞う剣。 あの肩。 背中のライン。 そして、陽の光にはっきりと輝く、優しいブラウンの髪。 きっと振り返れば、逆光の中でも分かるはずだ。あの、銀の星が。 だから。 叫んだ。 「コンラッドッ!!」 →NEXT プラウザよりお戻り下さい。
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