たわわの実りと初恋と 9


「んーっ、良い天気だなっ」

 うんっと腕を伸ばし、深呼吸するユーリ。

「でも、こうして見ても、あんまり荒廃してる感じはしないんだけどな」

 ヨザック見て回ったんだろ? どうだった?
 山の中腹にある王の城、というより館の前庭。そこから眼前に広がる王都、というより国で一番大きな村、を見回して、ユーリは言った。すぐ側にはいつも頼もしいお庭番が立っている。

「ですねえ。川が干上がってるんで、村の連中の危機感っつーんですか? それが強いみたいですけど、緑も意外と残ってますしねー。俺が思うに、山からの地下水がかなり残ってるんじゃないですかね。っつーか、その証拠がほら、目の前に」

 ヨザックがひょいと指差した先にあるのは、王宮の前庭の端、普通なら花壇がありそうな場所に作られた野菜畑の中にある噴水だった。
 育ちの悪い植物の間に、ともすると見逃してしまうほど小さな噴水だ。石で彫られた、ダイエットし過ぎの牛か、メタボな羊か……な動物が立ち上がり、上を向いた口から水を吐き出している。そして落ちてくる水を円形の、半径1メートルほどの石の盆が受け止めている、という造りだ。
 水の出はかなり細く、今にも途切れそうだ。だが、それでも水がそこにあることは間違いない。

「あ、ホントだ。気がつかなかった。そっか、なるほどー」
「あ、あの、地下水と仰るのは?」

 ラチェルが続きを急かすように割り込んできた。
 ちなみに今、ヨザックとラチェル以外でユーリの側にいるのは、ルチェル、スラヴァ、エフレムの3名だ。ドナとロディオンは謹慎していると食事の席で聞かされた。

「うん。地表には現れない水の流れがあるんだね。川は干上がっても、まだ地面の中の水の流れは残ってるんだよ」
「ですが、村のあちこちにあった沢や湧き水はどんどん涸れていってますが……」
「でも涸れ切ってるわけじゃない。この国って、かなり恵まれてるんだと思うよ。ここに来るまで通った国はかなり荒廃が目立ったけど、あの干上がった川を渡ったら急に空気が柔らかくなった…ような気がする。精霊に愛されてる国なのかもな」
「せい、れい…で、ございますか……」

 リアクションに困ってるんだな。
 顔を見合わせるラチェル達の表情が目に入って、ユーリはかすかに苦笑を浮かべた。
 ユーリだとて『精霊』を具体的に見知っているわけじゃない。ただ、『気』とか『エネルギー』と呼ぶだけじゃ済まない意思のような何かが、この世界には存在していると思うのだ。そのためだろうか、ユーリのイメージの中で、『精霊』という単語はその何かに驚くほどフィットする。

「危機感が強いってヨザックが言ってたけど、原因はやっぱり水?」
「…あ、はい、あの…」

 ラチェル達が再度顔を見合わせ、それからそっと首を左右に振った。

「木々もどんどん枯れてますし、麦も、その他の実りも減ってきています。そのために馬や羊も飢えてしまって……」
「昨夜、王妃様が運んでくれた夜食は野菜たっぷりのシチューだった。それから今朝の食事も、パンや野菜や干し果物があった。あれは王様の朝食だから?」
「いいえ! 違います!」

 民は飢えているのに、王達はそんな贅沢をしているのか? 暗に問われたことに、ラチェル達が敏感に反応する。

「あれは姫様のために……。品数はいつもより多かったですが、決して贅沢をしているわけではありません! 基本的に、王宮で使う食材は全部王宮の中の畑で、陛下や王妃様が育てた作物ばかりなんです!」
「そう、なんだ。へえ…。あ、あのさ、ここでは税はやっぱり農作物なのかな?」
「そうです」スラヴァが答える。「ラーダンの国民には、もともとお金を溜めておく習慣がないんです。生活に必要なものは自分で作るなり、村の中で交換するなりして充分賄えますし……。税として徴集するのは、収穫した作物や馬や羊などです。その中から王宮で必要なものを除いて、ほとんどを国外に売ってお金にしてきました。でも今は、取っておける作物は国外に出さずに王宮で保管しています。朝食にお出しした干し果物などはその代表ですね。もちろん民も皆同じです。なるべく消費を減らして、野菜も肉も、干したり塩漬けしたりしながら保存してます。このままじゃ、いつどうなるか分らないから……」
「民が苦労しているのを王様達も充分分かっているから、税を重くするなんてできないし。それどころか王様は、私達がフランシアに向かう前にも、もう税なんて取れない、むしろ王宮で管理している食料や動物達を、困窮する民に分けてやらなくてはならないという話もなさってました。……姫様」

 ラチェルがわずかに唇を噛んでから、意を決した様にユーリを呼んだ。

「姫様は昨夜、眞魔国からの援助がなくても、現状を良くする方法があると仰いました」
「それは……ああ、そうじゃない。巫女の祈りが完了しても、大地が復活には時間が掛かる。でもその間に民が死に絶えたら元も子もない。だから、その間現状を悪くしないか、少しでも良くして留めておく技術があるって言ったんだ」
「魔力ではないのですね!?」
「魔力とは関係ない。だけど問題はそういうことじゃなく……」
「そういう技術があるのなら! 今私達に教えていただくわけには……!?」
「それって、汚水の浄化とか、冷害や旱魃に強い作物の育成とか、農業技術の改良とかだよ。全部眞魔国からの技術移転や指導が必要なものばかりだ。つまりそれも、友好国に対する援助の一環なんだ。もちろんそれなりの時間を掛けてやるもので、昨日王様が言ってたみたいに、何かをちょいちょいとやればたちまち良くなるってことじゃない」
「あ……」

 思わず手で口元を押さえ、ラチェルが恥ずかしそうに視線を落とす。並んでいたルチェルも同じことを考えていたのか、ラチェルの手にそっと自分の手を重ね、同じ様に顔を伏せた。

「お前さんらさあ」

 上がった声はヨザックだった。ラチェル達がハッと顔を上げる。だがヨザックは彼らの視線など微塵も感じていない様子で、手を頭の後で組み、殊更ゆっくりと言った。

「現状認識が甘すぎるんじゃないのかぁ? だって、ウチの姫様を拐かしたのは、間違いなくあんたらなんだぜ? そして眞魔国も、フランシアも、ちゃーんとそれを知ってる。認めるのが怖いのかもしれないけど、あんたらは俺達魔族にとっても、フランシアにとっても、今じゃもうアリリャットと同じ」

 敵だ。

 平手で頬を打たれたかのように目を瞠ったのはラチェルとルチェルの姉妹。スラヴァとエフレムは覚悟していたかのように冷静な表情を見せたが、「敵」という言葉が発せられた瞬間、2人とも拳を強く握り、苦しげに唇を噛んだ。

「こんだけ精霊の加護が残ってるんなら、状況を良くするのに充分間に合ったのにな。ったく、素直に俺達に協力して、アリリャットからの姫様奪還を手助けすれば良かったのに。眞魔国の援助と王子様の恋のお相手を、両方ともモノにしようなんて身の程知らずなことを考えるから道を誤るんだよ」
「グリエちゃん……」

 そっと手を伸ばし、ヨザックを制する。彼らはもう充分過ぎるほど分かっている。
 ヨザックがふっと口元を綻ばせてユーリを見下ろした。坊っちゃんったら、ホントに人が良いんだからーと、言葉にしない声が聞こえてくるようだ。

「そちらのことについては、おれはまだ何も言えない。もう眞魔国だけの問題じゃなくなってるし……」
「……姫様、申し訳ありません……」

 呟くようなスラヴァの声。ユーリは小さくため息をついた。

「とにかく!」

 ひゅうと吹く暗い風を吹き飛ばそうと、ユーリが声を上げた。

「今日はこの国の様子を見学させてもらう。それからフランシアに戻る。後のことはそれからだ!」

 は、はい! ラーダンの全員がしゃんと背筋を伸ばして返事をした。

「よろしくお願いしますっ!」

 でも言っておくけど。揃って一礼する青年達にユーリは腕組みをして告げた。

「民には何の罪もないことは分かってるし、助けが必要だってことも分かってる。だけど、それを今おれの目で確認したとしても、あんた達を真っ先に助けてあげることはできないし、しない。昨日も言ったけど、もしおれが情に絆されてラーダンへの援助を決めたら、それは不正や犯罪を犯した者勝ちってことになる。正直者が馬鹿を見るようなことは絶対しない。分るな?」

 ほんのわずか、気圧されるように顎を引いて、それからラチェル達はコクリと頷いた。ロディオンが、そして自分達が、どれほどこの姫君を見くびっていたか、それを改めて噛み締めながら。


□□□□□


「あっ! お姫様だーっ!」

 空っ風という表現がぴったりの、無機質に冷たく硬い風に吹かれながら丘を降り、ふもとの王都、というか王村(?)にやってきた途端、元気な子供の声が響いた。

 お姫様だ! あ、ホントだ、お姫様だ! 声と共に、わらわらと子供達が飛び出してきた。
 荒廃の風など吹き飛ばす、朗らかな笑顔ばかりだ。

「やっほー! おっはよー!」

 見た目保育園児から小学生くらいまでの子供達が10人ばかり、駆け寄ってはきたものの、遠慮しているのだろうか、2、3メートルの距離を置いてもじもじとためらっている。
 あれ? と思いつつ、ユーリが軽く声を掛けてやると、それでようやく安心したのか、子供達がぱあっと顔を輝かせ、我先にとやってきた。

「わーっ、やっぱりきれーい!」
「お姫様、きれー!」
「おはよー、お姫様!」
「ごきげんよー、お姫様!」
「お姫様、ごはん食べた?」
「お姫様、遊びに来たの?」
「一緒に遊べる!?」

 笑顔は明るいが、良く見ると皆、痩せているし、顔もどこか垢じみている。身につけているものも薄汚れていて、もう元は何色だったのかもよく分らなくなっている。

「……おひめさま、おてて」

 見れば、3歳くらいの幼女がユーリの服の裾をしっかりと掴み、ユーリを見上げていた。

「あ、ミミ! だめよ!」

 ルチェルが思わず女の子の肩を引き寄せようとする。

「ラチェ、え、と、ルチェルさん? 良いよ、気にしないで」
「いえ……その、汚れます、し……」

 言い辛そうにルチェルが目を伏せる。
 確かに。ミミと呼ばれた女の子の顔も手も、泥か垢か良く分からないものに汚れて、爪も黒い。彼女だけでなく、集まった子供達の髪はどれも艶がなく、埃まみれの糸くずのように絡まってぼさぼさだった。
 水が不足している。だから清潔を保つこともできないのだろう。
 ただ、ユーリが眞魔国で苦労して引き上げた「清潔」のレベルは、世界的な標準とは比較にならないくらい高い。現状がラーダンの民にとってどれだけ異常なのかは分らない。

「そんなの構わないよ。……だけど…小さな子供達ばかりなんだな」
「大人達は仕事に出ています。子供も、親の手伝いができる年頃の子は畑や牧場に出ているのでしょう。でなければ、家の中で家事をしているとか……。あの、それが何か……」

 よほど妙な顔をしていたのか、ラチェルが不安げに眉を顰めて尋ねてきた。

「いや…ただ、この子達の世話って誰がしてるのかなって思って。それに、学校は……?」

 学校? ラチェルがきょとんと目を瞠り、ルチェルやスラヴァ達と視線を交わしあう。

「あの、小さな子供達の世話は、親が働いている間は年嵩の子供がします。その子達が働いている時は、そうですね、教会や、隠居した老人達が面倒をみてくれてます。野良仕事が出来るような年頃になれば、もちろん親と同じ様に働きますから世話は要りませんし……」
「読み書きとかは? 教会で教えてるのか?」
「読み書きって……文字を読んだり書いたり、ということですか!?」
「……そんな驚くような質問だったかな…?」

 首を捻るユーリに、ラチェルが「申し訳ありません」と頭を下げる。

「ですが……この子達が文字を読む必要などありませんので……。文字を必要とするのは、村長か、せいぜい世話役くらいからでしょうか……。でも世話役程度で文字に明るい人はあまりいないと思いますけど……」
「つまり村に学校はないんだ……。ラチェルさん達はどこで文字を教えてもらったの?」
「私達はドナの乳兄妹ですので、王家の教師から……。ラーダンでは代々王家に仕える家を高家と呼ぶのですが、これは他国の貴族にあたります。この高家であれば、女性も文字を学ぶことができるのです」
「っていうと? そのコウケって家以外の女の人は読み書きの勉強をしないわけ?」
「は、はい…。あの……」
「必要ないから?」
「……そうです」

 女性のラチェルが、女性差別の現状に疑問を抱いていない。戸惑うラチェルとルチェルの表情を確認して、ユーリは内心でため息をついた。

「アニシナちゃんがここにいたら、すごいお説教が始まりそうですねー」

 ヨザックが笑いを含んだ声で囁く。うん、と頷きながら、ユーリは考えていた。

 中世ヨーロッパと酷似しているというこの世界では、国民のほとんどが文盲なのも、女性が差別されるのも、ごくごく当たり前のことだ。眞魔国を除いては。
 その眞魔国とて、ユーリがコンラート、そして村田に支えられ、諦めずに頑張らなければ同じ状況だったのだ。そう。どれだけアニシナが女性の地位向上を叫ぼうとも、「常識」は簡単には揺るがない。
 ふと見回せば、ユーリを囲む子供達がな訝しげな表情でユーリを見上げていた。

「あ、ごめんごめん!」

 ことさら明るく声を上げて、ユーリはミミに手を差し出した。

「おれと手を繋いでくれる? これから村を見学させてもらおうと思うんだ。皆、おれに村を案内してくれるか?」

 うん! ミミが大きく頷き、飛びつくようにユーリの手を握ってきた。その手が、幼い子供の手とは思えないほど骨ばって、そしてがさがさと荒れている。それを感じた瞬間、ユーリは自分でも驚くほどうろたえてしまった。思い出したのは、出会ったばかりのころのグレタだ。あの頃、曲がりなりにも王宮で暮らしていたグレタの手は、こんな風に荒れてはいなかったと思う。だが、何故だろう、あの頃の心を懸命に尖らせていた少女と、ここにいる笑顔の子供達の姿が妙に重なってしまう。
 ふいに込み上げてきた感情を振り払う様に、幼女の小さな手を握る。

「わたしも! わたしもお姫様を案内してあげる!」
「あたしも!」
「ぼくもっ、ぼくも!」
「わたちもぉ!」

 子供達が次々とユーリに飛びついてくる。

「よーしっ、じゃあ皆で行くぞ!」

 ユーリの宣言に、子供達が「はーいっ!」と声を揃えて応えた。


□□□□□


 こりゃあ、姫様……!
 畑仕事をしていた村人達が仕事の手を止めて駆け寄ってきた。男性も女性も、働くという点については何の区別もないようだ。

「あ……仕事の邪魔はしたくないので……!」
「とんでもございませんですっ。それよか……こらっ、お前達! 汚い手で姫様にベタベタ触るんじゃないっ!」

 集まった村人達のグループの、リーダーらしいがっちりした体つきの中年の男性が子供達に向かって声を張り上げた。

「あのっ! おれ、気にしてませんから! おれが構わないって言ったんです。だからこの子達を怒らないで下さい!」

 何とまあ、お優しいこって!
 リーダーが嬉しそうに言い、他の者達も揃って頷いている。そこに単純な喜びより、あからさまな安堵があることにユーリは気づいた。それほどユーリの機嫌を損ねたくないということだろうか。

「姫様、こんなところへようこそお出でくださいました」

 リーダーが改めて礼を述べる。それに呼応するように、村人達は皆、男性は被っていた帽子を、女性は頭巾を外し、ユーリに向かって丁寧にお辞儀をした。

「いえ、むしろお仕事のお邪魔しちゃって……。えっと…」

 この人、村長さん? そっと囁くと、ラチェルは微笑んで首を振った。

「いえ、彼はこの農場の責任者です。農場は村の共同管理となっていて、各農場に責任者がいるんです。村長は、実は私たちの親戚で……あ、来ました。彼です」

 ラチェスの視線を追った先から、初老の男性がえっさえっさと走ってくる。

「キューリ姫が城から下りてこられたと……! おお! 姫様、おはようございまする! ようこそお出でくださいました!」

 少々大げさなまでに深く腰を折ると、村長はにこやかにユーリの顔を覗きこんだ。
 笑顔を期待されているような気がしたが、上手く微笑めたかは分らない。

 村長は本来恰幅の良い体つきのようだ。だが、頬がわずかにこけている。病気ではなく、食糧事情のためだろう。

「えっと、おはようございます。皆さんの仕事の邪魔して、ごめんなさい」
「とんでもございませんでございます!」

 村長がそっくり返って驚きの声を上げた。……言葉遣いが丁寧を通り越して、意味がひっくり返っている気がする。

「慈悲深くも高貴な姫様の御眼で直に村の状況をご視察下さっておられると推察いたしましたでございますが」

 しちめんど臭い言い回しを、息継ぎもせずに村長が言う。脳内で噛み砕いて理解してから、ユーリは頷いた。

「それほど大げさなもんじゃなくて……見学です。ラチェルさん達に案内してもらってます。えっと、ご親戚だとか……」
「左様でございます。わしはウッドの分家でございまして。姫様、何かご質問や確認なされたいことがございましたら、どうぞご遠慮なく仰って下さいませ。村が元通りの実り豊かな土地に戻るためでございますもの、どんなことでもお答え致しますし、何でも御見せしますし、もうなんなりと……」
「あの…っ!」
「はいっ!」

 期待を籠めて、村長が身を乗り出してきた。見れば、農場のリーダー始め村人達も皆期待に満ちた笑顔でユーリを見つめている。

 思わず漏れるため息。
 それからラチェル達を振り返ると、ラチェルもルチェルもスラヴァもエフレムも、ユーリの視線を避けるように項垂れてしまった。ユーリに対するよりも、民を失望させてしまうことの申し訳なさの方が大きいかもしれない。

「姫様」村長が何も気づかない様子で話し始めた。「ご覧になられました通り、ラーダンは緑も枯れ始め、大地は硬く乾いてしまって命の欠片も感じられませんのでございます。これではどれだけ懸命に耕しても、到底実りは得られません。秋の収穫を期待して、春から夏に蒔いた種も植えた苗も、ほとんど芽を出しません。このままでは大変なことになると、村の者は恐れおののいておりますです。あの、姫様、お伺いしたいのですが………ドナ様とのご婚礼の日取りは、もう決まりましたでしょうか?」
「……え…は…はあ…っ!?」

 訴えられる言葉の重みに胸が苦しくなってきたその時に、いきなり飛び出した質問。ユーリはぽかんと口を開いた。
 その様子を何と解釈したのか、村長がうんうんと頷いている。

「いや、せっかちなことで申しわけございませんでございます。ですが、皆、本当に気を揉んでおりまして」
「…あ、あの……」
「ドナ様との婚礼の際には、魔王が祝いに魔力を奮ってラーダンを救ってくれるとか! いやはや、ありがたいことでございます! 私共も、一刻も早くと願っておりまして……あ! いやもちろん、何よりドナ様と姫様のお幸せを第一に祈るものではありますが……ただその……秋の実りのこともありますので、できますれば、このひと月の内に何とかしていただきたいと僭越ながらお願いいたしまする次第でございまして……」

 おい!
 呆然とするユーリの背後から、聞きなれた声の聞きなれない怒りの言葉が響いた。
 ハッと振り返れば、ヨザックがラチェル達をこれまで目にしたことがないほど厳しい表情で睨みつけている。

「お前ら、いつまでコイツに喋らせとくつもりだ? こんな話がウチの姫様をどれだけ苦しめると思うんだ!? それとも何か? こうやって姫様の情に訴えさせれば助けてもらえるだろうとか、虫のいいコトを考えてんのか!?」
「いっ、いえっ、そんなことは……!」
「それからもう1つ。あんたの親戚とやらは、今、俺達の陛下のことを『魔王』と呼び捨てたよな。助けてもらおうって他所の国の王様に、『陛下』って尊称もつけられないのか? 魔王陛下のお力も眞魔国の援助も、適当に利用できりゃあそれで良いってことなのか?」
「そんな……っ!」
「申し訳ありませんっ、私達、あのっ、どう言ったらいいのか分らなくて……!」

 あんた、何モンだっ!?
 いきなりラチェル達を叱り始めたヨザックに、村長たちが驚きと怒りの声を上げた。

「あんた……行商人じゃないのか!? 昨日、俺の家にも来ただろう!?」
「そうだ! 俺も見たぞ。お前、一体どうしてそんなところにいるんだ!?」

 村人から次々に詰め寄られても、ヨザックは「ふん」と鼻で笑って取り合わない。

「グリエちゃん、良いよ。この人たちも悪気で言ってるわけじゃないし……」
「良かないですよ。悪意がないから罪がないってことにはなりませんからね。ったく、お前ら、自分達が眞魔国とフランシアに宣戦布告されても仕方のないことをやっちまったってこと、ホントは全然自覚してないんじゃねーのか?」

 ヨザックに言われて、ラチェルとルチェルがひゅっと息を呑み、スラヴァとエフレムが一瞬で蒼白となった顔をこれまでないほどに歪ませた。

「……せ、宣戦、布、告……?」
「そっ、そそそっ、それは一体どういうことでございましょうか!?」
「もしやっ、ドナ様とのご結婚を、魔王が許していないなどということは……!」

 村長や村人達が一斉に声を上げ始めた。

「……ひめさま…?」

 下から掛けられた声に視線を向ければ、雰囲気の変化を感じ取ったのだろうか、子供達が不安げにユーリを見上げていた。

「大丈夫だよ。何でもないから」

 笑顔でそう応えてやって、それからユーリは改めて村長たちに顔を向けた。

「王様達にも話しましたけど、おれとドナさんは何でもありませんから」
「…は!?」
「結婚とか、そういうの、全然ありません。そちらの勘違いですから」
「そっ、そんな…!」

 村人達から悲鳴のような声が上がる。

「おじさん!」

 堪えきれないという様子で、ラチェルが村長を呼んだ。

「姫様の仰るとおりなのよ! ドナと姫様が結婚するなんてないの! 皆の勘違いなのよ!」
「そんなっそんなっ!」
「だって! 婚礼の日に一気に何もかも元通りになるって、確かに聞いたぞ!」
「あたしだって、早けりゃ2、3日の内に良くなるって……」
「俺もそう聞いたぞ!」
「そんなバカな話、誰もしてないわ!」
「今さらそんなこと言われても!」
「今さらも何も、僕達、最初からそんなこと言ってないよ!」

 村人達に訴えるラチェルの言葉は、ほとんど涙声になっていた。ルチェルやエフレム、それからスラヴァも苦しげに顔を歪めている。
 勘違いで生まれた希望に尾ひれがついて、それが突っ走り始めている。それが苦しくて堪らないのだろう。

「ラチェルさん」
「…っ! 姫様、申し訳ありませんっ!」

 叫ぶようにユーリに謝るラチェルの目は濡れていた。彼女と一緒になって頭を下げるルチェル達、スラヴァもエフレムも同様だ。エフレムは特に責任を感じているのだろう、顔がくしゃくしゃになっていた。

「皆さんに説明してあげてもらえますか? おれはこの子達に村を案内してもらってますから」
「あ……は、はい、分り、ました……」

 訴えるような、縋るような、いくつもの瞳に背を向けて、ユーリは歩き始めた。
 姫様、お慈悲でございます! お助けください! 背中に声がぶつかってきた。


「……おひめさま?」

 下からおずおずと声する。子供達が全員、不安げな眼差しでユーリを見つめていた。

「みんな……」
「おひめさま、ドナさまのお嫁さんにならないの?」
「ドナさまのこと、嫌いになっちゃった?」
「あ…あー、あのね? そういうことじゃなくてー……」
「ドナさま、やさしいよ?」
「ドナさま、はたらきものだよ?」
「力もちだよ?」
「からだもでっかいけど、声もでっかいんだよ?」
「……えーと、それはー……」
「ドナさま、あきらめちゃうのかな」
「あんがい、あきらめ早いかも。ほら、あーゆー人だから」
「あきらめちゃダメって、みんなで励ましたげよーよ」
「あきらめちゃ、それでお終いだもんね」
「そーそー、おんな心はうつろいやすいって、ばーちゃんも言ってたし」
「うつろいやすいってなあに?」
「しらない」
「おひめさま、ドナさまのこと、もいっかい見なおしてあげてくれない?」
「けっこーいい人よ?」
「いがいとね、おかいどくよ?」
「………………」

 …とにかく村を案内してくれな?
 脱力気分でやっと言えば、子供達が声を揃えて「まかせて!!」と応えてくれた。


「おひめさま、ここがわたし達のひみつのとりでなの」
「なるほど、秘密基地だな」
「とりでなの!」
「あ、ごめんごめん。すごいなー、皆で作ったのか?」
「ううん。あたしとユナとモイとポヨとタハのとーちゃんとにーちゃんたちが作ってくれたの!」
「それはすでに秘密じゃないんじゃ……。ま、まあ、いっか」

 子供って、世界に関係なくこういうのが好きなんだなー。

 場所は王宮がある山の、ちょうど裏手にあたる森の中。
 国王の城の庭はもちろん、周辺も立ち入りし放題というのは、さすがに眞魔国ではできないなとちょっと感心しつつ見上げたものは、大きく枝を横に張った巨木の上に、不恰好に据えつけられた手作り感満載の小屋だった。

 爪先立って見上げていると、クスッと吹き出す音がすぐ後でした。

「ぼっちゃ、あーいやいや、姫様もこういうの、作って遊びました?」

 笑いを含んだ声で聞いてきたのはヨザックだ。
 ユーリも思わず笑顔になる。そして「いいや」と首を振った。

「おれんちは住宅街の中だし、おやじとおふくろの実家も似たようなもんだし。でもやっぱり秘密基地には憧れたよ」
「俺らも似たようなモンを作ってましたよ。悪ガキ共が結構力を合わせたりしてね。で、その悪ガキの中にゃ、もちろん未来の隊長閣下もいました」
「コンラッドも!?」
「ええ、もちろん。ルッテンベルクってのはど田舎もど田舎でしてねー。こういうのは作り放題だったんです。あいつも里帰りするたんびに俺達と一緒になって泥だらけになってましたよ。あいつが士官学校に、俺や仲間達が兵学校に入学するくらいの年齢になっても、こういう場所は重宝してましたね。ほら、ガキはガキなりの悩みもあって、こういう場所はそういうのを吐き出しやすいっていうか……でしょ?」
「そっかー。うん、分る気がする。子供にはそういう場所がきっと必要なんだろうな。でもこの秘密基地、じゃない、砦は……」

 もうかなり崩れかけている気がする。

「今は使ってないの?」

 ひと塊になってユーリを見上げている子供達に問い掛けると、全員が一斉に頷いた。

「うん。あのね、ほら、こっちにきて?」

 小さな手に引っ張られて連れて行かれたのは、小屋のある巨木の裏側だった。
 なぜか木々がなく、歪な形に開けている。というか、地面が広く抉れているようだ。そしてその部分にだけ、小石が多く散らばっている。
 そこまで見て、ユーリはふと眉を顰めた。何かを感じる。

「ここね? ちっちゃいお池があったの」
「池? そう、か。この抉れたところが池の底だったんだな」
「きれいだったんだよー。いつもキラキラしてて、お花もいっぱい!」
「でもね、どんどんお水がなくなったの。そしたら森の木もどんどん葉っぱがなくなっちゃって……」
「木の枝もすぐ折れちゃうようになっちゃったから、もう登ったらダメって父ちゃんたちに言われたの」

 聖地だ。
 この小さな窪み。この場所がこの国の聖地だったんだ。
 だから、池の水が枯れると、森を支える力がなくなってしまった……。

 ユーリは池のほとり、と思われる場所に近づくと、ゆっくりと腰を下ろし、膝をついた。
 手をそっと散らばった小石の上に翳す。そうして、目を瞑って耳を澄ませた。

 ……生きている。

 かすかな吐息のようなものが聞こえる。気がする。鼓膜をかすかに震わすような。肌を、そっと撫でるような。かすかな、あるかなきかの、だが確かに感じる。

 この森の精霊は生きている。ユーリを感じている。

「……でも…苦しそうだ……」

 このままであれば、この国の大地の生きる力も早晩枯渇してしまうだろう。そうなれば……。

「おひめさま?」
「どうしたの?」
「あ、ごめんごめん。……あのさ、こういう池とか湖とか、他にないのかな?」

 子供達が顔を見合わせる。そして「うーん、うーん」と声を上げながら考える子供達の中の1人が、あのね、とユーリを見上げて言った。

「みずーみってのは分んないけど、お池は他にもあるよ? トッポの家のうらのお池とか……」
「あひるがおよいでんの。いっぱーい!」
「いまはいなくなっちゃったけど。お水が少なくなって、どろどろなの」
「ミミのおうちのちかくにもおいけあるの!」
「もうないじゃないか!」
「あったんだもん!」
「ああ、ごめん、ミミ。うん、お池があったんだな? 分ったぞ」
「おひめさま」

 ミミの頭を一生懸命撫でていたら、つんと袖を引っ張られた。子供達の中で一番年長の少女がユーリをじっと見ている。

「このお池のね、兄弟があるの」
「池の……兄弟!?」

 そう、と少女が頷いた。

「あのね、ずっとむかしね、ずとずっとずー――――――……」

「あー、分った! すっごく昔なんだな!」

 唇を尖らせ、「ずー」と言い続ける少女の顔が真っ赤になってきたのに気付いて、ユーリは慌ててフォローに入った。

「けほけほっ……っと昔にね、ラーダンにやってきた旅の神官さまが、このお池はとっても大切なものだって仰ったんだって。それで、お池のお水をまもるために、水を分けたんだって。2つに分けておけば、どちらかが消えても、片方がのこるだろうからって。じーちゃんが言ってた」
「分けた……って、どういうことだ…?」
「水源から別の位置に水路を引いたってことでしょうかね。水量が豊かなら、どちらも涸れずに残るだろうから、とか…」
「そっか……。で? その分けた兄弟の池ってどこにあるんだ?」
「お池じゃないの」

 少女が答える。だが、即座に返ってきた答えに、ユーリとヨザックは首を捻った。

「池じゃない?」

 うん。少女が頷いた。

「あのね、おうさまのおしろのふん水なの」
「噴水!?」

 そうなの。と少女が頷く。

「って、どこにあるんだ!?」
「あのねー、お城の門のすぐ内がわにある、畑の中なの」
「……畑? って……」
「もしかして、城を出てくる前に見たアレでしょうかねー」

 ヨザックに言われて、ユーリがふと視線を宙に向ける。

「いやいや、ヨザック、だってあれ、何かちっちゃくて、ぼろっち……いやその…」
「畑の中にある、天馬のお口から水が出てるの。あれがこのお池と同じお水なんだよ?」

 天馬?

「やっぱ違うんじゃねー?」
「ですねー。ありゃどう見たって豚でしたよ?」
「え? 牛だろ? じゃなかったら、ぶっとい羊とか」
「じゃあ別にあるんでしょうねー」
「あ、でも、ヨザック。ほら……こう言っちゃなんだけどさ、おれ達の身近にだって、仔豚さんにしか見えない仔猫たんとか、バルタン星人にしか見えないうさぎたんとか作ってる某氏がいるし……」
「何ですか、そのばるたー……って。それに俺、某氏って言われてもさっぱり分んないんですけどー」
「あ、ヨザック、今さりげなく保身に走っただろ!」
「とんでもなーい。ただ俺ってば、上司への忠誠心に溢れてるもんでー」
「って、上司が某氏だって白状してるじゃん」
「ぎっくー。あ、すみません、お姫様。今の会話、しなかったことに。俺、上司への愛も溢れてるもんでー」
「あのさ、おれがその上司の上司だって理解して言ってる?」
「俺の上司の上司は坊っちゃん。ここにおいでなのは、かーわいいお姫様。違いましたっけ?」
「……う。……ま! そーゆーことは置いといてっ!」

 くるっと踵を返して、ユーリが子供達を見下ろす。そんなユーリを、ぽかんとした顔の子供達が見上げている。

「その噴水に、おれを案内してくれるか?」
「うん!」

 子供達が一斉にユーリの腕に手を伸ばしてきた。

「良いんですかー、姫様?」

 子供達に手を引かれて歩き始めたユーリの耳に、すぐ背後からヨザックの声が飛び込んできた。
 え? と振り返るユーリに、ヨザックが苦笑を浮かべる。

「その噴水とやらに精霊の力があったとしても、どうなさるんです?」
「どう……って……えっと…」
「正直者が馬鹿を見ないように、この国に対して何かしてやるおつもりはないんでしょ? 調べてどうなさるんです?」
「……あ」

 そうだった。
 何もできないし、しない、と、きっぱり宣言したのだった。それなのに、おれは今、聖地を確かめてどうしようというのか。

「……確認! 確認するだけだから!」

 ちょっと力を籠めすぎたかもしれない。そうっと覗き込んだお庭番の顔が、苦笑を深めている。

「怒ってんじゃないんですよー、姫様。俺は心配してるんです。あなたは優しい人ですからね」

 ものすごくあっさりと、すごい台詞を言われたような気がする。ヨザックは誰よりストレートな表現をしそうだが、実はなかなか複雑なところがある、ような気がするとユーリは思っている。だから、「優しい」なんてあっさり言われてしまうと、何だかドキドキしてしまう。
 もちろんっ、コンラッドに言われるのとはドキドキの意味が違うけどっ。
 誰にともなく言い訳して、ユーリはプイッと前を向いた。それから。

「……ごめん。おれ、やっぱ考えなしだったと思う。……城から出てきて、皆の顔を見たり、声をきいたりすべきじゃなかった……」
「それができるくらいなら、ぼっちゃ、あ、いや、俺達のお姫様じゃありませんからねー」

 気にしない、気にしない。
 ヨザックの声にいつもの笑いが乗っている。それにユーリはホッと息をついた。

「…ありがと。ヨザック」


□□□□□


 子供達と一緒に森を出て、城の裏手から表門に戻ったところで、ユーリは大勢の人々が集まっていることに気づいた。
 最初に目に入ったのは、つい先ほど分かれた村長や農場のリーダー、そして村人達だ。彼らの側には……。

「……あ」
「ひ、姫!」

 国王と王妃、そして側近の人々。それからドナとロディオンがいた。
 村長達と何か話し込んでいたのか、俯いていた顔を上げ、ユーリを見止めるとハッと目を瞠る。
 村人達もここでバッタリ出会ったことに驚いたのか、一瞬息が止まったような表情でユーリ達をまじまじと見つめてきた。

「……さっきはどうも。今、子供達に森の秘密基地を見せてもらってたんです」

 子供達と共に歩み寄り、ユーリがそう言うと、村長はようやく表情を元に戻して、「左様でございましたか」と呟いた。

「姫様」

 二呼吸ほど置いてから、村長がおずおずと声を発した。

「……先ほどは大変申し訳ないことを申しましたでございます。どうか……お許し下されませ」

 その言葉と同時に、全員が一斉にユーリに向かって頭を下げた。

「あ、あの……」
「今ほどドナ様から話を聞かせてもらいまして……。わしら、とんでもない勘違いを……。何とも、はや、姫様にはさぞご不快でございましたでございましょう。どうか……お許しを……」

 村長の声は、続くほどに力をなくしていく。
 村長が口を噤んだ途端、その場に沈黙が広がってしまった。ユーリも思わずため息をついてしまう。

「……いいえ、あの………ご期待に添えませんで……」

 ヨザックはああ言ったけれど、ユーリに期待してしまったこの人達を責めることはできないと思う。むしろ、気の毒に思うし、何もできないことを申し訳なくも思う。
 でも……。

「……っ、あのっ、姫様っ!」

 いきなり上がった声に、ユーリはハッと目を瞠った。
 その声は集まった村人達の中から上がった。と思った次の瞬間、女性が1人、飛び出してきた。
 その女性、今まで農作業をしていたらしい、は、切羽詰った表情でユーリの前に立つと、地面に倒れこむように膝をつき、這い蹲った。

「あっ、あの…っ!?」
「姫様っ! お願いでございますっ!!」

 女性が地面に額を擦り付けるようにしながら叫ぶ。

「私らをどうかお助け下さいませっ! 難しいことは私らにゃあ分かりませんけど、でもこのまんまじゃあ私ら、家族揃って飢え死にしちまいますっ! 姫様がおいでになって、これで助かるって聞いて、ほんとに嬉しかったのに……」

 これじゃああんまりですよぉ……!
 言うだけ言って、おいおいと泣き始めた女性に、村人達がわらわらと駆け寄っていく。そして女性の周りに膝をつき、それから揃って顔を上げ、ユーリに縋るような視線を向けた。

「姫様、お願いでございます……!」

 真っ先に言って頭を下げたのは村長だった。皆がそれに続こうとする。だがその時。

「待ってくれ、皆っ!」

 悲痛な声が彼らの動きを止めた。

「皆……申し訳ないっ!!」

 そう叫んだかと思うと、ドナが素早く地面に膝をつき、ガバッと土下座した。一呼吸置いて、ロディオンも同様に地面にひれ伏す。

「…ッ、ド、ドナ様…ロディオン様……!?」
「む、息子よ…!」
「済まないっ、本当に済まないっ!! おっ、俺は……っ!」
「ドナじゃない! 俺だ!」ロディオンがドナを遮るように叫ぶ。「俺が……俺の浅はかな考えがこんなことに……! 皆をぬか喜びさせてしまい、そして……こんな絶望を味わわせてしまったのは、全部俺のせいなんだ!」

 許してくれ!
 地面を掘るような勢いで額を擦りつけるロディオンの姿を、村人達は呆然と見つめていた。
 ユーリ達もまた、口を挟むこともできないまま、じっと事態の推移を見守っている。

「いいや」ドナが苦しげに顔を歪める。「結局決断したのは俺だ。俺は、取り返しのつかない過ちを、罪を、犯してしまった。皆……俺は、姫様に助けを乞う資格を自ら捨ててしまったんだ。責めるなら俺を責めてくれ。姫様を困らせるような真似は頼むからやめてくれ。罪は俺にあるんだ。だから……!」

 おお! まさしく貴様は罪びとよな!

「…………え?」

 突如、城の前庭に大きな声が響き渡った。……何だか優越感どっぷりの声だ。

「……どっかで聞いたことがあるような……?」

 人々と一緒になってユーリはきょろきょろと辺りを見回した。地面に膝をついたまま、ドナやロディオンも周囲に視線を巡らせている。

「……あいつら、ですね」

 ユーリの傍らで、城の外に目を向けていたヨザックが囁いた。その視線をユーリも追う。

「あれ、は……」

「おお! 我が姫! お会いいたしとうございましたぞ!!」

 城の外から、その人物は大音声でそう告げると、胸を張って堂々と、10人ばかりの似たような格好の男達を引き連れて、まるで大名行列のように城の敷地に入り込んできた。

「何なんですか、あれ。ここの村の連中よりボロボロのくせして、妙にエラそうなんですけど」

 確かに。ユーリは近づいてくる男達を眺めて、つくづくと頷いた。
 身に纏っている衣装は、元が豪奢なだけにズタボロ具合が目立つ。……って、大事なのはそこじゃなく。

「グリエちゃん、あいつらがアリャリャ王国の変態王子ご一行だ」
「ありゃりゃ?」

 ヨザックが声を上げ、瞠った目でユーリを見つめ、それからその視線を男達に向けた。

「ボロボロだけど間違いない。あいつ、あの先頭に立って一番エラそうなのが、おれを誘拐したアリャリャ王国の、えっと確か、タッパー王子だ」
「……つまり、アリリャット王国のタクパ王子、ですね。……ってことは、隊長達はあいつらの捕縛に失敗したってことか……。ったく、コンラッドときたら、物騒なことを散々言って人を脅かしやがったくせに、なーにをしくじってやがんだか」

 いつものことながら情けねーの。ヨザックは軽く鼻で笑って幼馴染を罵った。
 そのコンラートの側にはもう1人、物騒な事を口にしていた人物がいたのだが、それについては突っ込まないことにする。
 だって、一言でも口にしたら、まるでお化けの様にいきなり背後に……。

「ほう……。それがお前の本音か」
「うーん、でも今回ばかりはウェラー卿の責任じゃないかもね」

 ……………ほら、いるし。


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家族のことで致し方なかったとはいえ、大変長らくお待たせ致しました。
お待ちくださった皆様、本当にありがとうございます!
全部は書ききれなかったのですが、とりあえずここまでアップすることにしました。

何だか最後のほうで陛下がちょっと浮気? みたいな気がしますが、大丈夫です(…何が?)。
拙宅の陛下はコンラッド一筋ですから!
でもヨザックって、ホントにどこまでもかっこよく描ける素敵なキャラですよね〜。
同時に、猊下はどこまでも黒く……げふげふ。

次回こそはラストに向けて頑張ります。
次の更新がいつできるかはまだ分かりませんが、少しずつ進めていきます。サイトはもちろん続けていきます。
頑張りますので、どうかご声援を何とぞよろしくお願い申し上げます。
ご感想、ご声援、心よりお待ちしております。