心の歌を聴いて |
「蒟蒻拾う大宴会っ!?」 味噌田楽パーティーか? 「そうではなく! こんにゃく疲労……もとい、婚約披露の宴だ。妙な声を上げるな。こちらまでおかしくなるではないか」 声だけではなく、顔までどこかひっくり返ったような表情の魔王陛下に、書類に向けていた目をじろりと上げて、宰相閣下が宣った。 「婚約が決まった途端にあちらに行ってしまうし、やっと戻ってくるかと思えば誘拐されるし、今度こそ帰ってくるかと思えば、またも目の前から消えてしまうし。全く……手間の掛かる……」 「それ、おれのせい? おれの責任なんかっ!?」 「お前に祝いを述べたいと、各国の要人達から申し出が殺到しているのだ。いつまでも放っておいたら溜まる一方で、このままでは外交問題になりかねん。どの国より逸早くお前に祝いの口上を述べようと、各国がうずうずとその時を待っているという話だ。おまけにどうも、待たせている間にそれぞれの国が他国の祝いの品を調べて、それよりさらに豪華なものを贈ってお前の歓心を得ようと、水面下で争っているという話も上がってきている」 「うはー」 「交流の深い国、例えばカヴァルゲートやカロリア、フランシアといった国はそういうこともないのだが、特に近年なだれ込むように友好条約を結んだ小国がかなり気炎を上げているらしいな」 「そのような国は、陛下に好印象を抱いて欲しい一心で、かなり無理をしている模様です」 宰相の言葉に合わせて、王佐閣下も言葉を連ねた。 「ならばさっさと全員を一堂に集めて、宴を開いてしまった方がいい。挙式の宴まで待たせていては、迷惑するのはその国の民だ」 「な、なるほどー……」 眞魔国にいるとうっかり忘れてしまうが、人間の国は数千年に渡って進んでいた荒廃が、近年急激にその影響を強め、多くの国が最悪滅亡の危機に瀕している。それを救えるのは今の所魔族の力だけだが、それを求めるが故にさらに民が抑圧されるのでは本末転倒もいいところだ。 「それと合わせて、宴外交を求める声が各所から届いている」 「うたげ…外交……?」 「パーティー外交ですよ。地球でも耳にした事があるのではないですか?」 首を捻った魔王、ユーリの耳元で、傍らに控えていた護衛、であり婚約者であるウェラー卿コンラートが囁いた。 「パーティー……ああ! あれか!」 国家元首や王室関係者の結婚式だの葬式だの、イベントに合わせて集まった各国首脳がついでに外交交渉も一緒にやってしまうというアレだ。一気に数十カ国の首脳が顔を合わせることもあって、どの国も実に旺盛に会談を行うので、その内本来のイベントの影がどんどん薄くなってしまうという特性がある。 「………もしかして、そっちの方がメインだったりして……?」 「何といっても新連邦が建国を宣言したのが大きかったな。連邦の一つ一つが一国並みに大きいということもあるが、まだまだ不安定要因も多い。どの国も新連邦がどの程度纏まっているのか、そのような巨大な連邦が存続し得るのか、それとも割れるのか、何より大シマロンとどう違うのか、確認したい事が山のようにあるのだろう。それによって、各国のこれからの外交指針にも大きく影響する」 やっぱり、とちょこっと項垂れる魔王陛下に、婚約者が苦笑を浮かべながら頬を寄せた。 「国家を運営するためには、あらゆる状況を念頭に置いて行動しなくてはなりません。しかし、宴に出席する人々が、陛下のためにお祝いしたいという気持に嘘はありませんよ?」 触れそうな程近くに寄せられた頬に、照れくさそうな笑みを浮かべて、ユーリが「うん」と頷いた。ほんのりと頬が赤い。 悔しさと憎たらしさと無念さと微笑ましさと安堵がすべて詰まった複雑怪奇な表情のギュンターと、うんざりした顔のグウェンダルが揃って大きなため息をつく。「いい加減にしろ」と、どこか投げやりにグウェンダルが声を上げた。 「いいか、これからこれが、我が国の存在意義の上で大きな意味を持つことになるぞ」 「……これって……?」 「国家間の調整、または調停機能を果たすということだ」 「……………?」 全く分かっていない顔のユーリに、またも大きくため息をついて、宰相閣下が身体の向きを変え、立ち上がった。 「いいか?」グウェンダルがユーリを見据える。「人間の国は自然の荒廃を内側に孕んで、まだまだ不安定だ。争いも様々な形で起こるだろう。その時、間に立って事を平和裡に納めるための調停を行える、もっとも適した国がこの眞魔国、種族が違うが故に、人間のどの国に対しても公平でいられる我々魔族だ。そうは思わんか?」 なるほど! とユーリはようやく納得したように破顔した。 「そうだよな! 魔族だからこそできることがあるんだなっ」 嬉しそうに、うんうんと頷くユーリ。 「ですから、陛下も今以上にお勉強しなくてはなりませんね」 にこやかに言うギュンターに、笑っていたユーリの顔が固まる。 「ギュン……?」 「外交の頂点に立ってこれを指導するのは、もちろん陛下でいらっしゃいます。国家と国家の間に立って、どちらの顔も立つように調停を行うには、並み大抵の知識や教養、指導力では勤まりません。もちろん、人間達が崇めて止まぬであろう陛下の人格、にじみ出る気品、そして威厳には、何らの問題もございませんが、やはり今以上に内面を深める努力をなされるべきであろうかと存じます」 ユーリの唇が、ひくひくと震える。 「だからさっさとその書類にサインしろ!」 いきなり現れた難問から逃れるように、がばっと書類に顔を向けると、ユーリは猛然とサインを開始した……。 「いべんと局がおもしろい企画を考えている。僕が指揮を執ることにしたぞ」 書類の一山をやっとの思いで消化すると、どこからともなく次の山がやってくる。今回近年なく不在期間が長かったため、溜まりに溜まった書類を一気に片付けてもらおうと、魔王陛下の元には容赦ないサインして攻撃が繰り広げられていた。 「……はい〜? なんでしょおか〜…?」 たらりん、と力の抜けた声がくぐもっている。書類を片手に魔王陛下の執務室に入ってきたフォンビーレフェルト卿は、机に突っ伏したまま顔を上げる気力もなくしたような主(一応)の姿に、むっとしたように眉を顰めた。 「そういうだらしのない格好をするな! お前は王の威信というものを何だと思っているのだ!?」 「………グウェンみたいなコト、言うなよな〜……」 「お前は……!」 「ヴォルフ」 部屋の隅から上がった声に、ヴォルフラムはさらに不愉快さを増したような顔を向けた。 「陛下は連日の激務でお疲れなんだ。お側にいるのが俺やお前だけなら、お気持ちを緩めて頂いてもちっとも構わないだろう? それに」 ヴォルフラムの刺々しい視線をさらりと受け流して、ウェラー卿コンラートはお茶のポットを持ち上げた。 「そろそろお茶の時間だよ」 「…………召使のような真似をするなと、何度言わせれば気が済むんだ。まったく……」 楽しそうにユーリのカップにお茶を注ぐ次兄の姿に、ヴォルフラムはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 「お茶とお菓子をここまで運んでくれたのはメイドだよ? 俺はポットのお茶を注いでいるだけ。そんなことよりも」 ワゴンにお茶とお菓子をセッティングして、コンラートはちらと弟に目を向けた。 「イベント局がどうしたって?」 兄の言葉に、ソファに向かっていたヴォルフラムは一瞬きょとんと視線を宙に遊ばせた。それから、「そうだった」と、丸めて持ったままの書類に目を遣った。 コンラートはそんな弟に苦笑しながら、様々な書類が山をなし、散乱し、目も当てられない状態になっている王の巨大な執務机の上に視線を転じた。そして後で混乱しないよう、書類の内容を確認しながら片付けて、できあがったわずかなスペースにお茶のカップとお菓子を置いた。その間、ユーリはぐったりと机に懐いたままだ。 「陛下、お茶が入りましたよ。甘いものを召し上がれば、少しはお疲れもとれるでしょう。……陛下?」 ユーリはぴくりとも動かない。 「へい……」 「陛下と呼ぶな。と、ユーリは言いたいんじゃないのか?」 ヴォルフラムの言葉に、ユーリの肩が小さく揺れる。ふと見ると、机に突っ伏したユーリの、目だけがコンラートをにらみつけていた。 「……執務時間中です」 「今は気を緩めてもいい時間だって言ったの、コンラッドじゃん……」 むすっとした声に、コンラートが苦笑する。 「確かにそうですね。すみません、ユーリ。その……つい…」 「クセで?」 ご機嫌斜めの声でユーリが続ける。コンラートが困ったような笑みを浮かべ、そっと弟に哀願するような視線を向けた。受けたヴォルフラムは忌々しそうに息をつくと、じろりと次兄を睨み付けた。「一つ貸しだぞ」と瞳が語っている。 「そんなことよりも」殊更トーンを上げてヴォルフラムがユーリの注意を引き付ける。「いべんと局の企画だが」 「…え? あ、あー……何だっけ」 「まだ言ってない。……お前達の婚約披露の宴の話だ」 「こんにゃ……あー、こないだグウェンが言ってたアレか……。そういや、すっかり忘れてたぞ」 魔王陛下の婚約披露宴出席を名目に集まった、各国首脳達の外交の宴。 そんな話をしている内に、うやむやになってそれきりになっていたはずだ。 「……進んでたんだ。あの企画」 「当たり前だろうが。いべんと局が現在総力を挙げて準備中だ」 眞魔国祭事祭礼いべんと統括企画運営局。略して「いべんと局」。別名「お祭り局」。まさしく国家行事のほぼ全てを取り仕切る役所だ。ユーリが即位して後、人間達との交流の幅が広がったこともあって、名称も改め、更に整備拡充されてきた。ちなみに「いべんと」とは、当代魔王陛下の御世となってから一般的になった言葉で、「何が何でもとにかくめでたい」とか「今日は無礼講で思い切り騒ごう」とか「何でもいいから賑やかにやろうぜ」を意味する。らしい。それを初めて耳にした時、笑いをこらえるウェラー卿の前で当代陛下が思わず頭を抱えてしまった、という事実を知る者は少ない。 今回魔王陛下の婚約披露に当たって、眞魔国と交流のある全ての国の要人達が集合するとあって、元々お祭り好きを集めてできた「いべんと局」は、すでに自分達が一足早くお祭り状態に突入して大騒ぎとなっている。 「あそこは確か、ギュンターの指揮下にあるんだったよな?」 「そうだ。何といっても旧来からの儀式のありようなど、お前の側近の中ではギュンターが最も詳しいのだからな。それに今回は特にお前に関わる重大な行事だ。他国に対しての面目もある。この采配を、あいつが他の者に譲るはずもない」 「……なるほど」 「とは言っても、パーティーの企画だけをしていればいいというものではありません」 コンラートがそこで口を挟んだ。ユーリが訝しげに婚約者を見上げる。 「数日間に渡って多くの船がやってくるのですから、港や王都に向かう道路の点検整備から始めて、大量の人数を収容する宿泊施設の確保、そして王都の治安、各国要人の警備など、下準備に必要な事項は日を追う毎に増えています」 「それに今回の催しは、単に夜会を開くことで済むものではないからな」 兄の言葉を継いで、ヴォルフラムも言葉を続ける。 「数日間に渡って各国間における外交も活発に行われるだろうし、そのためのお膳立てもしなくてはならん。どの国がいつどの順番でどの国と会談を行うか、といった調整も全てこちらの責任で計らねばならんのだし」 「………た、大変なんだ、な……」 うっかりしてた。ユーリがどこか申し訳なさそうに眉を八の字にしてしょぼんと項垂れた。 「おれ……のんびりしてて、すっかり忘れてたし……。全然気がつかなかったけど、皆大忙しだったんだ……」 そう言われてみれば、宰相も王佐もここのところ姿の見えない日が多い。そのせいで書類を全部自分が片付けなくてはならなくなったと、ちょっとだけ恨んでみたりしたけれど。……王として、パーティーの主催者として、これはかなり恥ずかしいかもしれない。 「へい…いえ、ユーリはちっとものんびりなどなさってませんよ? ここしばらく、サインが大変だったでしょう? これはほとんど宴のための決裁書です」 「あ、そうなのか……」 「そうなのか、だと?」 書類の内容を確認していなかったのか? そう口にするヴォルフラムの眉がきりきりと釣りあがる。 「え、あ、あー、その……」 「で? お前が指揮を執ることになった企画というのは何なんだ?」 すいと差し出された助け舟に、ホッとユーリが胸を撫で下ろす。その様子に、じろ、ときつい眼差しを向けながらも、諦めたようにヴォルフラムは手にしたままの書類を開いた。 「各国首脳達は、数日に渡ってわが国に滞在するだろう? それを夜会と外交交渉だけで費やすのでは疲れるだろうし、飽きるだろう。そこでだ。人間達をわが国の優れた芸術で癒してやろうという企画が提出された」 「…はあ……」 「何だ、その気のない声は。……近年ようやく交流が深まってきたとはいえ、その内容といえば、政治的なもを除けばほとんどが交易など商売に関することばかりだ!」 「……野球もあるけど。ちょっとだけサッカーも。それから運動会も企画しようかと……」 「という些末な意見は横において。何より! 人間達は我ら魔族の優れた芸術について、全く無知といっていい!」 「瑣末って……えーと、まあ、その……な、なるほど…」 「ならばこの際、わが国選りすぐりの芸術を人間達に紹介し、魔族が精神性においても実に優れた種族であることを彼らに認識させてやろうと思ってな。その一連の指揮を僕が執ることにした。何といっても、お前の側近の中で真に芸術に造詣が深いとといえばこの僕、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムを置いて他にないのだからな!」 「………あのー。ヴォルフラムさん?」 ユーリがおずおずと手を上げる。 「何だ?」 「まさかと思うけど……。人間達に紹介する芸術って……お前の絵だとかいうんじゃ………」 魔王の肖像画だといって信楽焼きのたぬきの絵を見せられたのでは、せっかく近づいた魔族と人間の距離が一気に1万光年くらい広がってしまうかもしれない。かといって、もしもあの絵を見た人間達から賞賛の嵐が起こったら、それはそれで……。思わず浮かんだ怖い想像に、ユーリは額に縦じまの気分で視線を逸らした。 「ああ。それは僕も考えたのだが……」 ああ、やっぱり…。 「しかし今回は絵画ではなく、音楽に絞ってみた」 「おっ、おんがく……っ!?」 安堵が思わず大きな声になって外に飛び出してしまった。だが何を勘違いしたのか、ヴォルフラムがうんうんと頷いている。 「お前も残念だろうが……。しかし芸術団はもちろんだが、お前が創立した王立芸術学院もかなりの才能が集まっているしな。彼らが国内だけではなく、諸外国においても活躍できる場を得ることができるよう、機会を作ってやるのは僕達の義務でもある」 そっかー! ようやく納得したらしく、ユーリが顔を輝かせた。 「そうだよなっ。ホントにその通りだよ! うわー、おれ、ちょっと感激かも!」 分からない、と言いたげに、ヴォルフラムの片眉がぴくりと上がる。近頃ちょっとした表情が長兄に似てきた三男坊だ。 「いやあ何ていうかー。そこまで考えるなんて、ヴォルフも人間的に成長したよなー!」 「何を言う! 僕は魔族だっ!!」 突っ込みどころはそこじゃないと思いつつ、頑張る年少組の微笑ましい雰囲気に、ウェラー卿コンラートは賢明にも笑みを浮かべたまま口を閉ざしていた。 「………投票…?」 「そうだ。選び抜いた才能による様々な楽の音を、人間達がどのように評価するのか確かめてみたい。政治的な能力だけでなく、芸術を観る目を持つ者がどれだけいるのか…。人間達がどの芸術家の奏でる音楽を最高と評するか、最後に投票してもらおうと思うんだ。そして最高票を得た者にはなにか恩典を……、そうだな、例えばだが、魔王主催の独演会を催してやるとか、お前達の挙式の宴でさらに大掛かりに舞台を設えてやるとか、考えてやるのもいいだろう」 「そっかー。じゃあ、出演する人にとってはコンテスト……競技会みたいな感じになるんだな」 「出演できるだけでも名誉だがな。しかし世界各国の首脳達から評価が出されるとあっては、緊張感もかなりのものとなるだろう。出来不出来は眞魔国の名誉にも関わるし。しかしだからこそ、すばらしい発表会になるとは思わないか?」 うんうんと頷きつつ、実は芸術のことはさっぱり分からないユーリは、これまでの経験から、眞魔国より選りの芸術的音楽は、自分にとって子守唄以上のものにはならないだろうと確信していた。 「………あのさ、コンラッド……」 やっと仕事を一段落させて、ユーリはコンラートと共に夕焼けがきれいに見える城の望楼に佇んでいた。 両手を大きく広げて深呼吸すると、化学物質皆無の澄み渡った空気で胸がいっぱいになる。眼下に広がる街には灯が点り始め、視線を上げればその視界いっぱいに、紅色を深くした夕焼けと、天頂で瞬き始めた星が見える。空を切り取る高層建築のない王都の景色に、疲労で固まっていた心が解れていくのを、ユーリはどこかうっとりと感じていた。 「どうなさいました? ……そろそろ空気が冷たくなってきました。中に入りませんか?」 呼びかけたまま無言で空を見上げている主に、コンラートが背後から声を掛ける。 うん、と答えつつも、ユーリはそれ以上何も答えようとしない。 「……陛下?」 「あのさっ」 背後に近づいて肩に触れようとコンラートが手を伸ばした瞬間、ユーリが勢いよく振り返った。 「…へい……」 「どうしてコンラッドはっ、まだおれのコト『陛下』って呼ぶワケ? 今日だって……。執務時間とか、関係ないだろ? クセだって言うなら、真剣にその癖直せよ。もういい加減、臣下でいるのはよせよ!」 拳を握り締めて力説するユーリに、片手を差し出したまま止まってしまったコンラート。だが次の瞬間、彼は身体の力を抜き、どこか照れくさげな笑みをその顔に浮かべた。 「………何がおかしいんだよ……」 むうっと怒りモードに入る主に、コンラートの笑みが深まる。 ヴォルフラムもそうだが、ユーリも怒った顔がまた何とも可愛い。ぷうっと頬が膨らむと、その丸みでさらに幼さと愛らしさが増すし、上目遣いで睨んでくる瞳の輝き具合がいつもとちょっと趣が違うのも色っぽいし、ほんのり赤くなった頬も、胸元で握られた両の拳も、どれも本当に………。 「………コンラッド」 「…あ、はい、ユー……」 「アブない変態オヤジの目になってるぞ」 思わずゴホゴホと咽る婚約者を、どこか引き気味に見つめるユーリだったりした。 「つけあがりそうで、自分が怖いんですよ」 「……つけあがる? コンラッドが……?」 「ええ。それに、例えあなたと結婚しても、俺が生涯あなたの一臣下であることは間違いありません」 「コンラッド!」 「そうやって、自分に言い聞かせていないと、俺はどこまでも貪欲にあなたを求めてしまいそうなんです」 「………?」 本当にもう冷えるからと、望楼を下りることにした。そして部屋に戻る途中の回廊で、ユーリはぴたりと足を止めて振り返り、半歩下がったところにいるコンラートを見上げた。 「俺はわがままで、貪欲で、自分勝手で、独占欲の塊のような男ですよ。だから、常に自分に枷を嵌めていないと、何を仕出かすか分からないんです。その上、あなたはすぐに俺を甘やかそうとする。いつうっかりとつけあがってしまうかと思うと、俺は本当に怖くて仕方がありません」 「………コンラッド……よく分からない、よ…?」 「俺は臆病者なんですね」 「……………?」 何を言われているのかさっぱり分からないという顔のユーリに、コンラートはこの上ない優しい笑みを浮かべた。 「…………そういう顔をすれば、うやむやにできると思ってるだろ」 「思ってませんよ」 「思ってる!」 「思ってませんてば。ユーリがあんまり可愛いので、うっとりしてしまったんですよ」 「可愛いゆーな。てか、そんな言葉でごまかされると思うなよ」 「あなたと結婚できるなんて全て夢だったんじゃないかと、朝目を覚ますたびに不安で胸がどきどきするんです」 「嘘つけ。だからごまかされないぞってば!」 「大好きですよ、ユーリ」 「う……お、おれだって……あ、いや、だから……」 「頬っぺた真っ赤ですね」 「こっ、これは夕陽の照り返しっ! だーかーらーっ」 「さ、そろそろ夕食です。皆のところに戻りましょう。ね?」 そう言いつつ、ちゅっと素早くユーリの唇にキスして、コンラートは背筋を伸ばした。そしてさらに顔を火照らせ、うーうー唸る主を促して、回廊を進んでいった……。 宴開催1週間前。 にも関わらず、すでに眞魔国王都には宴の来賓として招かれたほとんどの国の代表達が集っていた。 「………何でこんなに早くから集まるんだよ……」 「文句があるなら、パーティーを企画したイベント局のスタッフに言うんだね」 接待を一段落させ、身内だけでお茶を飲んで一休みという席で魔王陛下がぼやく。その隣で、珍しく血盟城に姿を見せた大賢者が笑いながらカップを傾けた。 「婚約披露宴期間中の企画、それこそイベントが目白押しじゃないか。野球の親善試合まであるしさ。……そういえば、『眞魔国の芸術に浸る一日・投票券付き』ってのもあったよね」 これがよく分からなくて。首を捻る大賢者の様子を、フォンビーレフェルト卿がむっと眉を顰めて見つめている。 「同じジャンルならまだしも、歌もあれば楽器の演奏もある。楽器もそれぞれ違ってる。そんな出演者達に優劣をつけるっていうのはどうなんだろうね。今更だけど、何か間違ってるような気が……」 「あああ、あのさっ、それはいいとして村田!」 ヴォルフラムがきりきりと眦を吊り上げたのをうっかり目にしてしまったユーリが、慌てて言葉を挟んだ。 「だからってどうして皆、こんなに早く集まるんだよ?」 「決まってるじゃないか。イベントで日程が詰まる前に諸外国とご挨拶及び外交交渉をしてしまおうと、どの国も考えたからだよ」 「……つまり、外交の宴はもう始まってるってことだな……?」 「へえ、渋谷にしちゃいい表現じゃないか? オリジナル? なワケないよね」 おれだってこれくらい思いつくゾ! と喚く魔王陛下に、「ごめんごめん」と笑う大賢者。 「今のところは」そこへグウェンダルが会話に加わった。「まだ各国の会談も小規模だし、さほど加熱もしていない。しかし明日はいよいよ新連邦の代表団が到着するからな。こちらも本腰を入れて外交の舞台を整えねばならん。それにわが国としても、新連邦との首脳会談は待ち望んでいたものだ。宴本番の前に、どの国よりも多く会談の場を設けるつもりだ。話し合うべき主題も、友好、通商に関わる外交問題から文化交流まで幅広くある。お前も(ここで宰相閣下は偉大なる魔王陛下をじろりと見下ろした)そのつもりで気合を入れて会談に臨むのだぞ。分かったな!?」 「…………はいぃ、かしこまりました〜……」 「婚約披露宴が始まる前に過労でダウン、なんてコトがないよう、適当にがんばりなよね。華麗な宴の主役が目の下にクマなんて作ってたら恥ずかしいよ?」 励ましてるのだか、からかってるのだか分からない親友の言葉に、ユーリはただ「うーっ」という唸り声だけを返した。 →NEXT プラウザよりお戻り下さい。
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