妙な拾い物をした。 村で日用品を買い、歩いて山道を登っていた時。 慣れた道でも、雨上がりは神経を使う。ゆっくりと足の裏全体に体重を掛け、一歩一歩踏み締めるように登っていく。そしてようやく中腹まで来たと、少し腰を延ばした時だった。 道を外れた木立の中から、しゃくり上げる様な、呻く様な、か細い声が聞こえてきたのだ。 「誰かいるのかい?」 声が途切れる。 「怪我でもしてるんならお言い。時代遅れの追い剥ぎなら、あたしを襲うのは止めときな」 「…………………あの……」 小さな、でもどこか切羽詰まったような声が聞こえてきた。子供の声だ。 「あの………す、すみません……たっ、助けて下さい……!」 荷物をぐいと肩に掛け直し、あたしはバサバサと枝や下草を薙ぎ払い、声のする方に進んでいった。 「…おやまあ」 ぬっと現れた姿に驚いたのか、木の根元にしゃがみ込んでいた赤毛の子供が、びっくり眼であたしを見上げている。なんとまあ、でっかい目だ。茶色の瞳が涙に濡れて。……こりゃまたとんでもなく可愛い坊やだ。 「うぎゃぁぁぁぁあああ!」 「助けてやってるのに、何て声を上げるんだい。歩けないっていうから、こしてやってるんじゃないか」 「あぎゃあ。やっ、やめて…っ、ひぇぇぇ!」 「人が聞いたら妙な勘違いをされちまうよ。いい加減に……」 「うわああんっ。おっ、降ろし…」 「お黙りっ!!」 ぴたっと声が止まる。ふう。 「女の肩に担ぎ上げられるのがイヤなら、もっとでかくなりな。んな、ちっこくて細っこい身体で、一人前に恥ずかしがるんじゃない!」 左の肩に荷物を入れた麻袋、右の肩にすっかり静かになった子供を担いで、あたしは家に向かった。こういう時にぴったりの音は、たぶん「のっしのっし」とか「ずんずん」とかいうんだろう。 「捻挫だねえ」 兄さんが笑って、ポンポンと子供の膝を叩いた。「はあ…」とつぶやきながら、子供は何とも珍妙な眼差しをあたし達に向けている。自分の怪我より、あたしらの方が気になるらしい。好奇心の強い子だわ。 何せ、あたしたち兄妹はでかい。縦にも横にもでかい。村の連中の誰も、あたし達と並んでそのでかさと力強さにかなう者はいない。といっても、兄さんは戦争で片足をなくしちまったから、力を発揮する場もあんまりないんだけどさ。 「うちの温泉に浸かって、自家製の湿布薬を巻いておけば、明日中にはよくなるよ」 「温泉!?」 おや。 「温泉、好きかい?」 「大好き!」 「どうせヒルドヤードの歓楽郷がせいぜいだろうさ。あのね、坊や。ウチみたいな鄙びた温泉宿の良さが分かってこそ、本当の温泉好きって言えるんだよ?」 おいおい、そりゃちょっと渋過ぎるだろう、と、にいさんの茶々が入る。それもそうだ。 「ここ、温泉宿なの!?」 子供の目がキラキラと輝きだした。おやま、本当に温泉が好きらしい。 「そうさ。もう暗くなっちまったから分らないだろうけど、この辺りは春は花、秋は紅葉で、そりゃあきれいなんだよ。熊兄妹リーバイの宿っていったら、このカーベルニコフ領で知らない者はいないさ」 「熊……っ?」 ぷぷっと子供が吹き出す。あたしはすかさず子供の両頬を摘んで、横にぐい、と引っ張ってやった。 「村の連中がそう言ってるだけさ。ぴったりだなんて思ってンなら、外に放り出すよ」 「…ふぇんふぇん…ほみょっへまふぇん〜」 「はあ。じゃあ、何かい、馬が急に走り出して、山に登りだして、ぬかるみで滑って…?」 「置いてけぼりにされましたー……」 「……捻挫で済んでよかったなあ、おい」 まずはお茶だと、風呂前の簡単な湿布をしてやってから一息付いた。 そして何でまた陽も落ちようとする時間に、あんな山道にいたのか問い質してみたのだが。何ともはや間抜けな子供だ。 「一人だったのかい? 連れは?」 「あ…う、うん、ちょっと一人でいたくて…」 「じゃあ誰も坊やがここにいる事は知らないんだね? 家族は? ああ、きっと今頃心配なすってるよ。……困ったね、馬は手伝いの子に貸しちまってていないし」 「ちょっくら村まで下りて、誰かに使いにでてもらったらどうだ?」 「それしかないねえ…」 「あっ、あのっ」 「ん?」 「……いいです……」 「何が?」 「お使い…。いいです。これからわざわざ…迷惑だし。それに……たぶん、きっと、見つけてくれます」 「そんなこと言ったって、あんた…」 「大丈夫です! 絶対ここに迎えに来てくれます。絶対!」 あたしと兄さんは思わず顔を見合わせてしまった。どうにも妙なことをいう子供だ……と、考えたところで大事な事に気が付いた。 「そういや、まだあんたの名前を聞いてないよ。何て言うんだい?」 「……へ?」 「へ?」 「…あ…」 「あ?」 「…………しっ、しんのすけっ、ですっ」 …ほお。ウソをついたよ、この子。 もちろん兄さんも気づいてる。客商売を舐めんじゃないよ、坊や。っていうか、そんなに真っ赤になって、いかにも後ろめたげにきょときょとしちゃあ、気づくなってほうが無理だ。 「…そうかい。じゃあ『しんちゃん』って呼ぼうかな」 「そっ、それは春日部在住の保育園児……!」 「何だって?」 そっちじゃなくて、トクダの方でー、とか何とか、よく分らん言葉をぶつぶつ呟く子供、いや、シンノスケ(自称)を、あたしは有無を言わさず抱き上げた。横抱きとでもお姫さまだっことでも呼んどくれ。 「どわああああっ」 「いちいち煩い子だね。歩けないんだから仕方がないだろ? ほら、暴れると落とすよ」 せめておんぶにして下さい〜、とか言いながら盛大にベソをかくシンノスケ(自称…は、もういいか)をあたしは我が家自慢の風呂に運んでいった。 あたしだって女だからね。可愛い男の子の顔は、しっかり眺めていたいじゃないか。おんぶじゃそれもできゃしない。涙目の美少年ってのも、おつなもんだよ、全くね。 「うおおっ。露天風呂っ!」 子供ってのは現金なもんだ。シンノスケは風呂を目にした途端、すっかり機嫌を直しちまった。足が無事なら飛び跳ねていたかも知れない。でも、何だって? 「ロテン…? って、何だい?」 「こんな風に外にあるお風呂のこと! 俺が生まれて育った国ではそう呼ぶの」 「国って…。あんた魔族だろ? 眞魔国で生まれたんじゃないのかい?」 「え…あ、うん。…違うトコで生まれて育ったんだ」 「ほう、そうかい。まあそうだね、故郷ってのは、いつまでたっても忘れられないもんだよね」 「…うん」 何やら切なげな顔だ。 「さっ、とっとと脱ぎな!」 「…へっ?」 「へ、じゃないよ。そんな汚い服を着たまま風呂に入るつもりかい? ほんとならあっちの小屋で脱いでもらうんだけど、歩けないしね。今日は客もいないから、特別にここで着替えていいよ」 ウチの外風呂(ロテン風呂?)は、湯舟ってのがない。大小の岩でぐるりと囲まれたくぼ地に、少し登った所にある源泉から引いた湯を、なみなみと溜めてある。底は平らな石をぎっしりと敷き詰めてあるから、お湯も逃げない。周りを木立に囲まれて、その葉っぱを通して見える月が今夜も綺麗だ。 あたしはそんなお湯を囲む岩の一つに、シンノスケを座らせていた。 「自分で脱げないなら、手伝ってあげるよ」 「できますっ。自分で脱げますっ!」 夜目にも真っ赤になって、シンノスケは服の襟に手をかけた。と。 「……あのー」 「ん?」 「そばで見てられると、脱げないんですけどー…」 「おや、生意気に照れくさがってるよ」 うーうー唸るシンノスケを置いて、あたしは「着替えを持ってきてやるよ」とその場を離れた。美少年は、苛められる顔もまた可愛い。 「家出かねえ?」 「まあ、そういう理由でもなけりゃ、ウソをつく必要もないなあ」 「迎えがくるとか言ってたけど…」 「家出なら、何とでもでまかせを言うだろうが。しかしもし本当に誰かが来るのなら…」 「そうなら?」 「もしかすると、駆け落ちかも知れないぞ」 「あんな子供がかい?」 「子供子供って、どう見たって七十は越してるだろうが。恋人がいたっておかしくあるまい?」 「そりゃそうなんだけど…。どうもね、見かけより幼い気がするっていうか……。駆け落ちって感じじゃないんだけど」 「とにかく本人が何も言わないんじゃどうしようもない。今夜一晩様子を見るさ。明日村で、誰か人を探してるモンがいないか聞いてみりゃいい」 「そうだね」 話にけりをつけ、あたしは頃合を見計らって、シンノスケをお湯から掬い上げに部屋を出た。また一騒ぎするんだろうが、それも楽しい予感だ。……さて、あたしはこんなに人が悪かったかねえ…? 遅い夕食となった。 テーブルのまん中に、煮込みの鍋とパンとチーズ、それから果物を置いて、その場で皿に盛る。 「パンとチーズは、自分で好きなだけ取って食べとくれ」 はい、と呟くように答えるシンノスケの顔はまだ赤い。それがあんまり可愛くて、ついつい意地悪な気分になってしまう。 「似合うって言ってるじゃないか。もっと嬉しそうにしなよ」 「女の子の服が似合っても、嬉しくないっ、ですっ!!」 あたしが用意したのは、手伝いの村の娘のものだ。だってそうだろう? あたしや兄さんの服じゃでかすぎて、身体にひっかかりもしないよ。その娘の服でさえ、大きくてあちこち折り返してある。村からこんな山奥まで通うような娘だからね、やっぱりたくましいのさ。 「ドレスを選ばなかっただけ、喜んでもらいたいもんだねえ。それとも裸のまんまがよかったかい? あんたの服は洗っちまって、まだびしょびしょだし?」 「ううっ……」 「あんまり苛めちゃ、可哀想だぞ? ほら、シンノスケくんも。ひらひらや花がついてるわけじゃないんだし、明日には着替えられるんだから気にしないで。本当に似合うし……、あ、いやいや。とにかく」 今は食べなさい、と兄さんに言われて、シンノスケはようやくスプーンを手にした。でもなぜか、あたし達が食べ始めてもしばらくは、何も口に入れようとはしなかった。そんなに腹が立ったのだろうか? 「…じゃあシンノスケくんは、人間の国で生まれたのか」 「ええ、まあ…そうです」 「イヤな思いはしなかったかい。昔はひどくてさ。大シマロンじゃ、魔族や混血を閉じ込めとく刑務所みたいなモんがあったっていうよ」 「いえ、それは、大丈夫でした」 「そうだね。じゃなかったら、懐かしがるはずがないか。……懐かしいんだろう?」 風呂場でのあの切ない表情を思い出し、あたしは尋ねてみた。 「……そうかな…? …そうかも…。もう、大分長いこと帰ってないから……」 「家族は?」 「あっちに……」 「…! じゃあ何かい? あんたこの国で一人なのかい? ああ、親戚がいるとか?」 「いいえ…。でも、家族同様にしてくれてる人達がいて……その人達と一緒に…」 そりゃ、また…、と、兄さんが口ごもった。 「それなら……帰りたいだろうねえ?」 「………………時々」 「そうだねえ……。どうであれ、故郷ってのは特別なもんだよ。長く離れてちゃ、夢にも見るさ。……あたし達だってね」 「…? ここで生まれたんじゃないの?」 「俺たちはもともと、シュピッツヴェーグ領で生まれたんだよ」 「へえ…。じゃ、何でカーベルニコフに?」 自分達で話を振っておきながら、あたし達は揃っていきなり黙り込んでしまった。 「……あの…ゴメンなさい。えと……」 可哀想に、よほど悪い事をしたと思っているのか、シンノスケは泣きそうな顔をしている。 「…ああ、ごめんよ。別に大層な話じゃない。村じゃ皆知ってる事さ。……あたし達の一家はね」 あたしは一度大きく息をついた。 「追放されたんだよ」 「……俺、聞いてもいいの?」 「何だかね。今夜は話をしたい気分なのさ。……あんたも見込まれたのが災難だと思って、話につき合っておくれよ」 食事を終えて、お茶をいれて、雨期の湿気を飛ばすために火を入れた暖炉の前に座り、あたし達三人は夜の一時を過ごそうとしていた。 「あたし達の父親は、武人でねえ…」 こんな時、話をするのは大抵あたしだ。兄さんは、酒を数滴落としたカップを静かに傾けながら、いつも通り押し黙っている。 「フォンシュピッツヴェーグ家にお仕えしていたんだよ。何せあたしらの父親だろ? そりゃもう身体もでかくて、力もあって、剣もそこそこ使えたから、シュピッツヴェーグの私兵の中でも隊長格でね。聞いて驚きな。何とあたしらの父親は、前の魔王陛下、ツェツィーリエ様の護衛を務めてたんだよ」 「ホッ、ホント!? ツェリさ……上王陛下、の? お側にいたの?」 「そうさ。そりゃあもうご信頼を頂いていてね。父親もそれを誇りに、一生懸命励んでいたもんだよ。あたしはまだその頃小さくてーこら、そこで笑うんじゃないよ。ー兄さんと二人、お城の話や偉い方々の話を父さんに聞かせてもらうのがたった一つの楽しみだった……」 シンノスケは瞬きもせず、じっとあたしの顔を見つめている。 「…そして、その事が起こった…。あれは姫様が魔王の位に就いたか就かなかったか、そのくらいだったかねえ。御長男も成人前だったはずだよ…」 いつもの気紛れを起こし、そのお遊び気分のままに、若きツェツィーリエは国を飛び出した。そして護衛のリーバイ・ジャストンだけを供に、人間の国で数日のバカンスを楽しもうとしたのだ。だが。 「そこで…あのお方は出会ってしまったんだよ。一人の男に…」 こくり、と息を飲む音がする。 「忘れもしないその名前。……ダンヒーリー・ウェラーに」 ツェツィーリエは瞬く間に恋に落ちた。 怪我を負い、ぼろぼろになって、剣一振り以外は何もかもなくした人間の男と。腕に罪人の入れ墨を持つ、追放者と。 あり得ないことだった。 国は大騒ぎになった。 十貴族の一を占めるシュピッツヴェーグの、それも魔王となることが約束された高貴の姫君が、こともあろうに人間と、それも一文無しの罪人と結ばれてしまったのである。 すでに当主の座についていた兄のシュトッフェルは激怒した。何としても別れさせ、果ては報いとしてダンヒーリーを処刑しようとすらした。 しかしツェツィーリエは頑として兄に逆らい、ついには正式な婚姻を結んでしまったのである。もちろん、誰からも祝福される事のない、その身分を考えればあまりにも淋しい式だった。 卑しい人間の男を義弟にもってしまったシュトッフェルの怒りは更に増し、だがそれは頑固な妹に跳ね返され、ついには彼女の貞操を護り切れなかった護衛に降り掛かる事となった。 なぜ国の外へふらふらと遊びに行くのを止められなかったのか。 なぜ人間の男を近付けたのか。 なぜ危うい事になる前に、その男を始末しなかったのか。 「最後にゃ、ダンヒーリーと共謀してたんじゃないかとか言われてねえ」 「…でもそれ、八つ当たり…」 「そうさ。でもあちらはフォンシュピッツヴェーグ家のご当主様だ。あたしらには逆らえない。反逆者として危うく処刑されそうになったんだけど、姫様が取りなして下さったんだか、追放で済ませてもらったよ」 「……そんな……」 「何もかも取り上げられて、身一つでおん出されるところだったんだけどね。……あの朝、惨めな気分で旅立とうとしてた時にたった一人、お出で下さった方がいらしてね」 「…お出で下さった……方…?」 「ツェツィーリエ様の御長男、グウェンダル様、今のフォンヴォルテール卿だよ」 「…グウェン!?」 「グウェンダル様! だよ。……まだお父上の姓もお母上の姓も、どちらも選んでおられない頃だった。でもね、ツェツィーリエ様が即位なされば、殿下とおなりのお方だ。そのお方がね……わざわざお越し下されて、そして……頭を下げて下さったんだよ。申し訳ないって……っ」 お前達が反逆者などではない事は分かっている。何も罪がないことも分かっている。 だが、自分はまだ力なく、何もしてやれる事がない。 どうか母を恨まないでやってほしい。どうか……許して欲しい。 「…そう仰って、大層な額のお金と、カーベルニコフヘの紹介状を持たせて下さったんだよ。そのおかげであたし達は行く宛をみつけることができた。紹介状にどれほどの事が書いてあったのか知らないが、カーベルニコフでは反逆者扱いされることもなく、すぐに戸籍を頂く事ができたし、頂いたお金で潰れかけた宿とこの一帯の土地を買う事もできた。…フォンヴォルテール卿はあたし達の命の恩人さね。そのおかげでご覧」 あたしはとん、と胸を叩いた。 「これこの通り、あたし達は飢える事もなく、しっかりすっかりでかくなっちまったって訳さ」 あっはっは……。 「恨んでる?」 笑いを遮られて、あたしは一瞬何を聞かれているのか分らなかった。そんなあたしの代わりに、初めて兄さんが口を開いた。 「シュトッフェルのろくでなしなら、恨み骨髄だな」 「……じゃなくて。……ダンヒーリー・ウェラー……」 あたしと兄さんは思わず顔を見合わせた。シンノスケの顔が心なし青ざめている、気がする。 「…………恨んで……いたねえ。長いこと…」 シンノスケの顔が辛そうに歪んだ。 「ツェツィーリエ様が即位なされても、あの男と別れなかったのにはちょっと驚いたね。それほど惚れていなさるのかとね。でもさ、ダンヒーリーとの間に子供が生まれたと聞いた時には……惨いことをすると思ったよ。そんな身の上で生まれた子供が……安穏と暮らせる訳がないじゃないか。可哀想な、不幸な子供が一人。姫様は一体どういうつもりでその子を生んだんだろうってね、不思議に思ったモンだったね」 「………………………………」 あたしは一口お茶を啜ると、暖炉の火をかき混ぜた。炎が何かを思い出したように激しくおどり出す。 沈黙の間に、兄さんが煎れ直したお茶を三つのカップに注ぎ足した。 「一度だけ、ここに来た事があったな」 「……ああ、あったねえ」 顔を伏せていたシンノスケが、ふと目線を上げてあたし達を見た。 「ダンヒーリーの息子さ。ツェツィーリエ様のご次男。コンラート様。ウェラー卿だよ」 士官学校の休みだと言っていた。両親から、でなければ周囲の誰からか聞いたのか、自分の親のために生まれ故郷を追放された一家を、彼は訪ねてきた。 「父さんが相手をしてたっけ。何やら長々と話し込んでいたねえ。帰り際に、やっぱりお金を置いていこうとなさってね。父さん達は返そうとしたんだけど、何だかね、せめてもって。親の金じゃなくて、士官学校で出されたお手当をためたものだから、受け取ってくれって。…別にあの人に責任があるわけじゃないのにね。あたしらにも申し訳なさそうに頭を下げて帰っていったよ。……やたらひょろひょろした、非力そうな…顔立ちは悪くないけど、目つきのちょっと剣呑な子だったね。まあ境遇を思えば、無理もないけどさ」 「…ひ、非力……剣呑……?」 「ああ。でもその時父さんが言ったんだよ。『少々世を拗ねたところはあるが、それを差し引いても中々できた若者だ。ダンヒーリー殿も尊敬できるお人柄だったが、御子息もまた立派に育っておられる』ってさ」 「じゃあ、お父さんはダンヒーリーさんのこと…」 「ああ、恨んじゃいなかったみたいだねえ。それどころかずっと尊敬してたみたいだよ。だもんで、あたし達もそれ以来、見る目を変えてみたんだよ」 「じゃあ今は?」 「ダンヒーリー・ウェラーの事かい? これっぽっちも恨みなんかないよ。今じゃ、この生活こそがあたし達の本当の人生だって思ってる。よかったって思ってるさ」 何でだろう。シンノスケが心底ホッとしているのが分る。さっきまで白く引きつっていた頬が、ほんのり赤みを増して…。その方が可愛くていいけど…? プラウザよりお戻り下さい。 →NEXT
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