降り積もり、重なり、輝く、あなたの歴史2

 夜も大分更けてきた。

 子供はもう寝かさなきゃいけないんだろうけど、何故かあたしも兄さんもそれを口にしなかった。シンノスケはお茶を飲みながら、じっと暖炉の火を見つめている。
「…今は二人暮らし、なの…?」
「ああ、そうだよ。……あの戦争でね。父さんは御恩返しがしたいからって、カーベルニコフじゃなく、ヴォルテールの義勇軍に参加したのさ。兄さんは、あたしらをあったかく迎えてくれたカーベルニコフの軍に入って…。兄さんは片足を取られて、でも帰って来れたけど、父さんはだめだったねえ…」
「そう…なんだ」
「だから余計にね、シュトッフェルが憎らしくてさ。あいつさえいなければ、戦争だってあんなに泥沼にゃあならなかった。フォンヴォルテール卿が、政権を握っておいででありさえすれば………!」
 戦争が終わったら、きっと責任を取ってシュトッフェルは政界から消える、そう信じていた。そんなあたし達は、まだ甘かったってコトなんだろう。戦争が終わって、民の怨嗟の声がどんなに大きくなっても、シュトッフェルは政治の頂点の座から降りようとはしなかった。
「どんなに才能があっても、人柄がふさわしくても、一番上に立ってなきゃ何にもできないモンなのさ。だからね、常々あたし達は言ってたもんだよ。今の魔王様が一刻も早く退位なさってくれればいいって。そうすれば、次に選ばれるのは間違いなくフォンヴォルテール卿だって。そうだろ? あの方以外に、貴族達の中に魔王にふさわしい方がいるとは到底思えなかったしね。実際、誰もが、次はフォンヴォルテール卿だと信じてた。期待、してたんだ。でもまさか…まさか、ね……」
「それでもちゃんと宰相におなりになった。ユーリ陛下はまだお若い、いや、幼い。国を動かしているのはフォンヴォルテール卿だ」
 どこか嗜めるように、兄さんが口を挟んだ。あたし達の間で、何度も交わされた言葉だ。だから今度もあたしは同じ言葉を返した。
「そりゃそうだろうさ。でもダメなんだよ。一番上にいなきゃ、最後の最後の一番大切な事を決める事ができないんだ。…眞王様は何だってまた、たった十五の子供を選んだりなすったんだろう…」
「しかし、ユーリ陛下は立派にやっておいでになる。いくつも政策を打ち出しておられるし、人間達とも…」
「全く兄さんまで村の連中と同じ事を…! 全部フォンヴォルテール卿が為さっておいでに決まってるじゃないか。子供にそんな知恵があるもんかい。それを皆、名君だの、偉大な双黒だのってさ。フォンヴォルテール卿が、手柄を全部、魔王陛下に譲ってるに違いないんだよ。そんな簡単な事、どうして分らないかね!?」
 この話になると、あたしはいつも興奮してしまう。兄さん相手だけじゃなく、村でもついやってしまうから、あたしは魔王嫌いだとすっかり評判になってしまった。別に反魔王派なんてんじゃない。ただあたしは、あたしと同年代でいながら、ひどく大人びた、お苦しそうな、あの朝のフォンヴォルテール卿の姿が忘れられないだけなんだ……。
「…あたしはさ。いけない事だと思うんだよね」
「……何が…?」
 ほう、と息をついて出した言葉に、シンノスケがようやく言葉を挟んだ。やっと挟めたってトコだろう。
「ものを知らない子供にさ、あんたは偉いだの、名君だの、褒めて持ち上げることがさ」
「子供は褒めて育てろって言うぜ」
「バカ言ってンじゃないよ、兄さん。魔王だよ。この国の民の生活も命も、全部背負ってらっしゃるんだよ。自分の事だけで手一杯の庶民と一緒にできるかい。……ねえ、シンノスケ、そう思わないかい? 魔王陛下は肩に、いや手の平の中に、あたし達皆の命を握っておいでなんだ。それがさ、子供の内から『自分は名君だ』とか『至上最高の魔王だ』とか、思い上がっちまったらどうなるんだよ? ごう慢で人の言葉を聞きもしないろくでなし、それこそ魔王だけにシュトッフェルより質の悪いものができてしまうよ。そうなったらこの国の民はどうなる? そんな魔王に、正しい政ができると思うかい? できる訳がないだろう? それこそフォンヴォルテール卿がどれほど立派な方だって、絶対魔王に逆らう事はできないんだ。言っただろ? 最後の最後に、一番大切な決定を下すのは魔王なんだ。その魔王がとんでもない愚か者に育っちまったりしたら。そしたら二十年前の繰り返し、いや、それよりもっと悪い事になってしまうかもしれないんだよ。前の王様を見てても分る。眞王様が選んだからって、どれもこれも名君になるわけじゃないんだ。周りにいるものが、それこそしっかり教えてやんなきゃ。讃えるばっかりが忠義じゃないよ」

 …………………………………またやっちまった。
「ごめんよ。すっかり興奮しちまった」
 暖炉の前で、シンノスケは唇を噛み締めて、なぜかひどく強い眼差しであたしを見ていた。固い顔をしている。眠いのだろうか。
「部屋はもうつくってあるから休みなよ。明日にゃ家に戻れるさ」
 家出少年でなけりゃ、だけど。
「………その通りだよ」
「何だって?」
「魔王が名君なんて、ウソだよ。ホントはあったまわりーし、口先ばっかだし、中味空っぽだもん」
「…あんた、そこまで言うのはちょっとまずいよ」
「ホントだし。……ただ……思い上がってはいない、と思うけど…どうかな…?」
 またまたあたしと兄さんは顔を見合わせた。何なんだ、この子は?
 ……話題を変えよう! 理由は分らないけど、このことを深く探るのはマズイ。瞬間的にあたしはそう感じてしまった。
「……えーと」
 この際強引だけどしょうがない。
「もう寝なよ。…あんた、さっき言ってた迎えに来てくれる人、だけどさ?」
「え?あ、ああ、うん…」
「恋人かなんか、かい?」
 駆け落ちって可能性もあったんだった。
「こっ!? ちっ、違う…っ。んなんじゃ、なくてっ」
 でもその割にゃあ、真っ赤じゃないか。ふん。図星とみたよ。
「ああ分かった。そのお人と、痴話喧嘩でもやらかしたね?」
「ちわ!? ちっ、ちっ、ちわわ!? じゃなくて痴話、喧嘩ぁ?」
 ホントにやかましい子だね。うんうんと頷きながら、あたしはしみじみそう思った。
「違うっ! 喧嘩なんてしてないっ! 喧嘩なんて、ぜんぜん……してくれない、よ…」
 あらら? どんどん肩を落として、最後にゃがくりと俯いてしまった。
「………………片思い…だ、し」
 おやま。あたしも兄さんも、そろって長い息を吐いた。
「そりゃまあ、どうしようもないなあ」
「だよねえ。てことは、ああ、つまりその人を想って、一人で馬にのって悶々としてたんだ」
「モンモン……!?」火を吹くかってくらい真っ赤になった。「…って、そうじゃ…あ、でも…そう、なのかな…?」
「自分で分らないんだ?」
 シンノスケは、しばらく視線を宙に向けていた。そのやるせない顔を見ていれば、瞳の内側にいる誰かを見つめている事はイヤでも分かってしまう。
「…………いつも…一緒にいるんだ。一緒に、いてくれるんだって思ってた。…仕事で…、長く離れてた時もあったけど、でも、帰ってきてくれて…。だからもうどこにも行かないで、ずっと一緒に、側に、いてくれるって…思ってた。なのに……」
「離れ離れになるのかい?」
「……そうしなきゃならないってのは、分かってる。頭の中では…。大事な仕事、だし。でも、今度いなくなったら、いつ、帰ってきてくれる、か、分かんないし…。生きて、帰ってくれるかも……分かんない、し…」
 うすうす分かっていた事だけど、この子はえらく感情の起伏の激しい子だ。きっと怒るのも泣くのも笑うのも、思いっきり感じるままに表に出してしまうんだろう。今も、さっきまでの固い話をすっかり忘れて、好きな人を想ってポロポロ涙を零している。
「行かないで欲しい。…って、言っちゃいけないのも…分かってる、けど。顔、見てたらたまんなくなって…。せっかく二人で久し振りに旅行、したのに、なのに、辛くなって…。好きって…言いたいけど、言えない、し」
「どうして言えないんだよ。もしかすると、ずっと別れ別れになるかもしれないんだろ? だったら言っちまいな。言いたい事を言わずにいると、きっといつか後悔するよ」
「言っちゃったら……ホントに離れちゃうかもしれないし」
「嫌われてるわけじゃないんだろう?」
「…大事に、すごく大切に、してくれてる、と思う。……家族、同様に」
 ああ、そういうことか。
 本当の家族から離れて、一緒に暮らしている人達。家族同様にしてくれている人達。…どんなに大事にしてもらっていても、本当に欲しい感情はそこにはなくて。
 ぽんぽんと、あたしはシンノスケの頭を軽く叩いた。
「それでもあんたは、その人が自分を見つけてくれるって信じてるんだね?」
 え? と、どこか驚いたように、シンノスケがあたしを見上げた。
「すごいね、その人は。どこをどう走ったのか、あんたにも分かってないってのに、ちゃんと見つけてくれるんだ。あんた、その人に、本当に大切にされてるんだね。それをあんただってちゃんと分かってる。だから絶対大丈夫だって、自信を持って言い切れるんだろう? ねえ、シンノスケ。あんた、もうちっとその人とあんた自身を、信じてやっちゃどうなんだい?」
 何を言われたのか分らないように、シンノスケはきょとんとしたままだ。
「さあ、本当にもう寝な。そしてあしたは早く起きるといいよ。その人が迎えに来てくれる前に朝風呂を浴びてさ。お日さまが登るのを見ながら風呂に入るんだ。そりゃもう気持ちがいいもんだよ?」
「……朝風呂、かあ。……ああ、そう、だね。すっごく気持ち良さそう。…うん。そうする。ありがと!」
 やっと笑った。



 夜明け前。
 兄さんとあたしはいつも通りに起きて、朝の準備に入る。力仕事はあたしの役で、足が不自由な兄さんは食事の支度だ。確か今日は午後に新しい客が来るから、手伝いの娘も昼までにはくるだろう。
「おはよーございます」
「おや、早いな。おはよう。よく眠れたかな?」
 シンノスケと兄さんの声が聞こえた。あたしは料理に使う薪を持って、厨房に入った。
「おはよ。本当に早く起きたね。もう風呂に入るかい?」
「おはようございます。あの、俺、よく考えたらお金も持ってなくて……。だから何か手伝える事あったら、やろうかなって…」
「そんなこと、今頃気がついたのかい? いいよ、怪我してるんだし、あんたを拾ったのはあたしだ。気にする事はないさ。ほら、風呂に入ってきな。出てきたら食事にしよう」
 軽くあしらわれてちょっと困った顔になったが、もともと前向きな性格なんだろう。シンノスケは、「じゃ、遠慮なく」と笑顔をみせると、ゆっくりと踵を返した。あの動きなら、怪我もほとんど大丈夫だろう。
「…迎え、本当に来るのかな?」
「来るんだろ、あの子はそう信じてるよ」
「だったら何で名前をごまかしたりしたんだ…? どうもよく分らんな…」


 食堂に入ってきたシンノスケの姿に、あたしはちょっと眉を顰めた。髪を洗うのはいいが、ちゃんと拭いてこなかったのか、大きなタオルを頭からすっぽり被って、顔も見えなくしている。
「濡れた髪でテーブルにつくんじゃないよ。なにやってるんだい? ほら拭いてやるから、タオルを貸しな」
 貸しなといいつつ、あたしはシンノスケが動くのを待たずにさっさと側に行って、頭に乗っかったまんまのタオルに手を置き、わしゃわしゃと動かした。
「あきゃきゃっ。あたいたあたたっ」
 どうもこの子は妙な声をあげるクセがあるね。ま、いいけど。
 にいさんが皿を運んでテーブルに置いている。手伝おうと、シンノスケのタオルをひょいと取り、そちらに身体を向けた。ら。
 兄さんの顎が落ちていた。
「……兄さん? なんて顔してるんだい? どうしたのさ?」
 あたしの言葉に答えようとしているのやらどうやら。兄さんの身体が何やらガクガクと、壊れた魔動装置みたいに動いたかと思うと、震える指をこちらに向けた。いや、正確にはあたしの隣に立っている、シンノスケ、に。
「…………………え……………?」
 シンノスケが、でっかい目をぱっちり開けてあたしを見上げていた。
 でっかい、でっかい……夜の色よりまだ深い、漆黒の瞳、が。
 そして、乱暴に拭かれて、くしゃくしゃになった、炭よりまだ黒い、つややかな髪、が。
「………えへへ」
 そこは笑うトコじゃないと思うんだけど……………………さ。
 ……………………………………………………………………………………。
 ………………………………何なんだい、これ。何なんだよ、これ。
 一体、これは、何が起きてるんだいっっ!?

 あたしも、兄さんも、声も出せずに、ただもう口をあわあわと開いたり閉じたりを繰り返し、認めなくちゃいけない事を、どうしたら認めずにいられるか、真っ白になった頭で必死で答えを探していた。ような気がする。そうして短いんだか、長いんだか、よく分らない一瞬が過ぎた時だった。
 ドンドンッ、と乱暴に家のドアが叩かれた。
 外で何人もの声が、ひどく切羽詰まって響いている。
「開けてくれっ。聞きたい事があるっ! …開けるぞ!!」
 呆然としてる間にドアが蹴り飛ばされ、内側に開いた。……このドア、外開きなんだけどね。
 そして、全身えらく乱れたー髪はぐしゃぐしゃ、目は充血し、服はあちこち破れー男が飛び込んできた。ちゃんとしてればいい男だと思うんだけど……あれ?
「尋ねたいことがっ。ここに男の子………ユーリッ!!!」
「コンラッドッ!」
 脇目も振らずに飛び込んできたその男、は、シンノスケ(やっぱり自称)に飛びつく様に抱きつき、そして抱き締めた。
「ユーリッ! 陛下っ!! 御無事で……っ。探しました。心配しました……っ!」
「…ごめん。ごめんなさい、コンラッド。ごめんね? でも連絡、できなくて。ここで一晩、お世話になったの。でも、でもね、コンラッド…」
「…はい?」
「コンラッドが絶対俺を見つけてくれるって思ってた。絶対ここに来てくれるって」
「……ユーリ……」

 何てこった。何てこったい。
 あたしも兄さんも、今はすっかり脱力して、目の前の二人を見つめていた。床にへたり込まなかっただけでも、我ながら大したモンだよ。
「……ウェラー卿…」
 兄さんが隣で呟いた。え? と、ウェラー卿がこちらを向く。
 しばらく何か記憶を探るように宙を見つめてから、ウェラー卿はハッとあたし達を見直した。そして今ようやく思い出したように、家の中を確認し始めた。どうやら、かつて自分が訪れた家だとは、今の今まで気がつかなかったらしい。
「……リーバイ、の?」
「はい。お久し振りでございます」
 こういう時の兄さんは、さすがにちゃんとしている。しゃんと立ち上がると、深くお辞儀をした。そして、あらためてシンノスケ、いや、もう認めなくちゃいけないんだろう、魔王陛下に顔を向け、更に深く頭を下げた。あたしも慌ててそれに倣う。
「知らぬ事とはいえ、魔王陛下に対し奉りましての我らのとんでもない御無礼、何とぞお許し下さいませ」
 …よく考えたら、御無礼で済むんだろうか。あたしは自分が口にした事を思い出し、めったにない冷や汗が流れるのをはっきりと感じていた。
「無礼なんて、されてないよ!」
 思いもかけない声で、陛下が仰った。
「あのね、コンラッド。俺、山道で馬に振り落とされて、足、捻挫しちゃったの。でね。暗くなるし、動けないし、もう泣きそうになってる時に助けてもらったの。そして、温泉にいれてもらって、湿布してもらって、ご馳走してもらって。すっごくお世話になったんだよ」
「そうでしたか」
 ウェラー卿は陛下の足に負担が掛からない様、体重を自分に掛けるように陛下を抱き込むと、あたし達に頭を下げた。
「まさかあなた方に陛下を助けて頂いているとは…。本当にありがとうございました。心より御礼を申し上げます」
「そんな、もったいない…。こちらこそ、すぐにもご連絡致さねばならんところを。誠に申し訳ありませんでした」
 二人が交互に頭を下げあう。その間、あたしはじっと陛下を見ていた。
 抱き込まれて、胸に頭を預けて、陛下はじっとウェラー卿の顔を、どこか切なげに見つめている。
 そうか。この人だったのか。その小さな肩に、この国の全ての民の命を背負った方が、ただ一人想うお人は。
 夕べの、今思えばとてつもなく重い涙が思い出されて、切なくなる。
 その時だった。また一人、誰かが家の中に入ってきた。
「見つかったんだな!」
 深い声。ウェラー卿を超える程の長身の、大きな影。
「グウェン…」
 フォンヴォルテール卿がいた。


「この、大バカ者が!!」
 声がいいだけに、怒鳴ると迫力も並じゃない。
「魔王の自覚を持てと、一体何万回口にすればその空っぽの頭に入るんだ!? どれだけ皆が心配したか、分かっているのかっ!」
「ごっ、ごめんなさいっ!!」
「ごめんで済むかっ!! 今度という今度はタダでは済まさん。すぐに帰って、とっくりと反省してもらうからな!」
「グ、グウェン、陛下はお怪我をなさって……」
「そうやってお前が甘やかすからこいつ…陛下はつけあが…無茶をやらかすんだ! お前も少しは反省しろ! 分かっているのか、コンラート!」
「…も、申し訳ない……」
 ふと。ウェラー卿に抱き締められたままの陛下と目が合った。と、陛下がペロッと舌を出し、くすりと笑った。ああ、全然反省してないわけだね。………と言うか…。
 ああ。そうか。
 気がついて、あたしも思わずくすりと笑ってしまった。
 ちゃんと、叱って貰えているんだね。
 悪い事をしたら、ちゃんと怒鳴ってもらえているんだ。
 ただ可愛がられるだけじゃなく。褒めそやされるだけじゃなく。
 だったら……大丈夫だね。
 にこりと笑って頷くと、陛下も明るくにっこりと笑った。


「ジャストン、は…?」
「あの戦争で。殿、閣下の軍に義勇兵として加わりまして、そのまま帰って参りませんでした」
「…そうか。…結局あれ以来何もしてやれず、済まない事をしたな」
「滅相もございません。閣下に頂きましたお金で、こうして商売もでき、私どももこうして元気に暮らしております」
「確かに、元気そうだな」
 と、あたし達を『見上げる』と、フォンヴォルテール卿はどこか複雑そうな笑みを浮かべた。
「そうか、それならよかった」
 何度も頷き、達者で暮らせと最後の言葉を言い置くと、フォンヴォルテール卿は兵達の中に戻っていった。そしてその背を見送るあたし達の元に、今度はきちんを装いを改めた陛下が近づいてこられた。
「本当にありがとうございました。それに色々大切な話もして貰えたし」
「ご不快になられたのでは…」
「全然」そしてあたしを見て「すっごく大事な事を教えてもらいました。ありがとう。きっとずっと大切に覚えています」
 そしてウェラー卿に助けてもらいながら、陛下は馬上の人となった。
 陛下を前に座らせ、ウェラー卿が手綱を握る。
 その瞳が。後ろから陛下を見つめるウェラー卿のその瞳が。哀しくなるほど深く、優しく、愛しげなのを、あたしははっきりと見て取った。
 ……片思いなんかじゃないよ。絶対に違う。自信を持って伝えてごらん。…言いたいけれど、今はもう言えない言葉だ。


 とんでもない一夜が、こうして終わった。


 その日から、あたし達の、特にあたしの評判がすっかり変わってしまった。
 曰く。魔王陛下の悪口を言おうものなら、リーバイ兄妹の鉄拳が飛ぶ、と。


 そしてこれは誰にも言えない話だが。
 二度とお会いする事もないだろうと思っていた高貴な方が、それ以来度々ウチの温泉に顔をお見せになるようになってしまった。何でも、ウチの風呂が故郷を思い出させるんだそうだ。まあ、そう言われて悪い気はしないが。
 最初は恐れ多さに緊張していたあたし達も、そのお方のけろっとした態度と、かの人に代わって護衛を務める、オレンジ色の髪をしたどこかとぼけた男の様子に、いつの間にかすっかり慣れてしまった。おそろしいコトだ。
 そして夜になると、暖炉の前で、まだ傍らに戻ってこれないそのお方の大切な人について、色んな話をする。


「あのお人も、なかなかいい男に育ったモンだよね」
「だよねー」
「けどさ。相変わらずひょろっとしてるっていうか……非力っぽいっていうか……。ちょいとたくましさが足りないんじゃないかい?」
「…………………………………………」

 くすくすとお笑いになる。頬をほんのり嬉しそうに染めて。


 色んなものを見て。色んなものを感じて。色んな思いをして。人は自分の歴史を積み上げ続ける。
 この一時が、あたし達が、このお方の歴史を積み上げる石の一つとなる。
 そう思えば、大したモンじゃないか、あたしの人生も。
 お茶とお菓子を手渡しながら、あたしは自分自身が積み上げてきた人生を思った。そして、それをどこか誇りに感じながら、今の一時に限り無い歓びを感じながら、ゆったりと、暖炉がくれるぬくもりに身を任せた。
 

プラウザよりお戻り下さい。




終わりました………無理矢理。
長い! です。うう。ただムダに長いだけ。
おまけに、「コンユ」とリクエスト頂いたのに、全然ダメだったし。
ああ、ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。
でもこれでも詰めたんです。自然な流れを求めたら、もっとページが…。
登場人物にまで「強引」と言われてしまったし。うう。
時間設定は、コンラッドのニ度目のシマロン行き直前、というところです。
やっと相思相愛になった、のか?
それにしても、ユーリもコンラッドも影が薄い!
主役はグウェンだったような気も………。
本当は、語り手のヒロイン、儚げな大人の美女、のはずだったのです。それがなんでこんな威勢のいい、でかいおねーさんに。不思議だ…。
ホントにこんなんなっちゃってゴメンなさい。
これからもっと精進しますっ!!