賢者の隠し扉 8



 いい加減にしてくれ。

 ここ何年も、すっかり「思慮深く、慈悲の心豊かな元女王」の評判が定着し、自分自身、短期でカッとしやすく喧嘩っ早かった過去など忘れていたのに。
 すっかり変化したか、眠りについたと思っていた自分の本性は、結局は本性、なくなることも眠ることもなかったのか。

 いきなり現れた国王候補達。ただただ呆然と、これから自分達がどうなるのか、全く考えることのできなくなってしまった9つの州の執政達。反対に、自分達を待つ絶望的な未来にどっぷり嵌りこんで、血の気のない引き攣った顔を並べる4ヶ国の使者達。それから。
 怒涛の勢いで変化する状況に、ついていくのがやっとの自分達。

 そうこうしている内、ハッと気づけば、議場はすっかり眞魔国の一行に制圧(…これはやはり制圧と呼ぶべきだろう)されてしまっていた。
 中心になって動いているのはコンラートだろう。魔族の兵士達はもちろん、議場の外にいて何が起きているのか全く知らされていない若い兵士や中央政庁で働く者達を指揮して、新たに登場した人々の席を用意させている。
 若い兵士達がコンラートの指示に嬉々として従っているのを目にしたエレノアは、込み上げてくるものを呑み込む様に息を吸い込むと、グッと腹の底に力を溜めた。
 気を取り直して周囲を見回せば、同僚の評議会議員は戸惑いも露に、人が慌しく動く様を見つめたままだ。周囲の傍聴席にいる人々は、全員が立ち上がり、声高に議論しあう者もいれば、唇を硬く引き締めたまま、様々な感情を顔に貼り付けて議場を見回している者もいる。

「エレノア殿」

 呼ばれて見れば、クォードと評議員の中でも長老格の同僚が懊悩を眉間に刻んで立っていた。

「この場の指揮権を、このまま眞魔国側に渡しておくのはいかにも良くなかろう。あの新しい王だの何だのをどうするかは後のことにして、とにかく……」
「エレノア」

 クォードの声に被さるように聞こえてきたのは、親友ダードの声だ。
 振り返れば、ダード老師が仕切りの柵から身を乗り出している。ダードの周囲には、3人の孫や信頼する友人同志達が厳しい表情で寄り集まっていた。

「エレノア、猊下と話をしなさい。この状況は新連邦にとっても眞魔国にとっても良くない。両国の信頼関係に溝を作ってしまう」
「信頼関係など…! こうも好き勝手されて、怒らずにおられようか! これが姫のまことのお心とは思いたくないが……」
「好き勝手? クォード殿、それにエレノア達も、もう少し冷静になって考えてみてはどうだね? 猊下の仰りようは確かに厳しいし、我々の不手際や拙劣さ、認識の甘さを指摘されるときは、軽蔑を隠しもなされなかった。だが、猊下がなされたことは、良いかね? よく思い出してみなさい、小シマロンとの友好条約締結を明らかにされることで4つの国の企みを粉砕し、9つの州の独立の意志を挫き、そして改めて眞魔国が後ろ盾となり、9つの州を独立させることによって、新連邦を国家として機能できる状態にしようと提言されたということだよ? 好き勝手に何かされたわけではない」
「我らに何の相談もなく、我が国の国土を割ったのだぞ!?」
「眞魔国も猊下も、我が国の国土を割ってなどおらん。割れば独立する国も含めて、我が国全土が上手く立て直せると仰せになられただけだ。受け入れたのは私達だよ。お主もその決定の場にいたのだろうが。そして、九州を独立させる以外にないと思い定めたのだろう?」
「それは……それはそうだが、しかし…!」
「最初の印象にうっかり騙されてしまったのが失敗だったね。目の前で一気に変貌なされて、呆気にとられている間に怒涛の様に引きずり回された。そんな感があるから、抵抗を感じるのも仕方がない。私もそうだよ。だがよくよく思い返してみなさい。あの方は、国の威信や武力を振りかざして私達を脅したわけでもなければ、何かを強制したわけでもない。我々が気づかなかった、もしくは目を逸らしてきた真実を露にし、最良であると心の奥底では分っていながら避けてきた策を直視しろと仰せになられた。猊下がなされたのは、結局それだけのことだよ。クォード殿、お主とて分かっているはずだ。そうだろう? 」
「……それは……」
「分かっているなら認めるべきだ。どれほど好き勝手に引きずり回され、踏みつけにされたような気がしたとしても、それは単に私達の誇りが傷ついたということであって、猊下が仰せになったことに間違いはない。そう考えると、私達は誰より猊下に感謝申し上げなくてはならないのではないかね?」
「感謝、だと…?」

 そうだよ。ダード老師が確信を込めて頷いた。

「正しいと心の奥底では分っていながら、決して採ることのできなかった国土分割という策を提示し、それを呑まざるを得ないように我々を導き、その上、本来我々がすべきである九州の新たな執政を見つけてきて下さった。九州の今の執政をそのままにしておくことが危険なのは分かっていても、今の我々にはどうにもできなかったのだからね。それまでも解決して下されたのだ。大恩人だよ。どうだね? そう思わんかね?」

 むうっと唸り声を上げ、それから何か言い返そうとするかのように唇を歪ませ、だがクォードはそのままぷいと顔を逸らした。
 ダード老師の言葉をすぐ側で聞いていた同僚達やカーラ達も、どこか納得できない、だが言い返すこともできない、そんな顔でいる。ただし、クロゥとバスケス、そしてレイルの3人は、ダードの言葉に全面的に納得しているよだ。その中でもレイルは、晴れやかとも呼べる顔で熱心に頷いている。
 エレノアはそこで深々とため息をつき、長年の親友の顔をしみじみと見返した。

「あなたは……人格者ね、ダード」
「私はあらゆる状況から1歩引いて、観察者として思考する訓練をしてきたからね。これが私の、ほとんど唯一の存在価値と言えば言えると思うよ?」
「唯一なんて、とんでもないわ……」

 それからエレノアは、ゆっくりと踵を返し、「九州の新たな王達」という人々と楽しげに語らっている少年に目を向けた。
 様々な思いが湧いては揺れる胸の内を抑えるように息をして、少年の元にゆっくり歩み寄ると、まるでそれを待っていたかのように少年、大賢者が振り返った。

「エレノア殿」少年は朗らかに笑っている。「皆さんをご紹介したいのですが、よろしいですか?」
「…猊下、その前に……」
「エレノア殿」

 話をしたいと続けようとしたエレノアを、大賢者が笑顔のまま遮る。

「この方々は、新連邦の、そして大陸の危機的状況を救うためにわざわざ集まって下さったのですよ? そしてこの後、新連邦と隣接する国々の長となって、あなた方との友好関係を築いていかれる方々なのです。何はともあれ、初めてこの国を訪れたお客人に対し、まずはご挨拶していただくわけにはいきませんか?」

 暗に非礼を指摘されて、エレノアは一瞬だけ唇を噛んだ。彼の言うことは正しい。なのにどうしてこんなに反発したくなるのだろう…?

「仰せの通りでした、猊下」それから2人を見つめる人々に身体を向ける。「失礼致しました、皆様。新連邦、最高評議会議長、エレノア・パーシモンズと申します」
「高名なる女王陛下とお会いできましたこと、恐悦に存じます」

 いかにも王族出身という物腰の男性が、真っ先にエレノアの挨拶を受けて腰を屈めた。
 男性は確か、新たな国王になるという人々の代表格として一行の最前列にいた人物だ。傍らにはヴォーレンの元執政の姪だという女性もいる。

「アルティカ王国の王弟殿下!?」

 大賢者から紹介を受けて、エレノアはもちろん、彼女を護る様に侍っているクォードや評議会の同僚達、さらにはすぐ側の仕切り柵の向こうにいるダードやカーラ達も驚きの声を上げた。

「アルティカの王弟といえば」エレノアの背後で同僚達が言葉を交わしている。「大陸でも俊才と名高い人物ではないか…!」
「世界の平和のため、大地の荒廃はもちろん、長き間民を苦しめ続けた戦の恐怖を終結させるためと、大賢者猊下のお言葉を頂戴しまして、このように馳せ参じた次第です。先ほど申し上げましたように、我が妻はヴォーレンの王族出身でございますし、我がアルティカも眞魔国のご援助によって、何とか復興の道を歩み始めることができました。この上はご恩返しとして、働かせていただく所存でおります」
「……恩返し……」
「ありがたいお言葉です」

 大賢者がにっこりとアルティカ王弟夫妻に笑みを投げかけた。
 コホンと、エレノアの後で誰かが小さく、どこかバツの悪そうな咳払いをしている。
 理想と共に建てた国だが、樹立を宣言した瞬間から、有形無形の難問がわずかな平穏も許さぬとばかりに襲ってきた。それに視界の全てを覆われて、自分達は他に何も見えなくなった。恩返しなどという言葉、思い出しもしなかった。

「陛下、お久し振りでございます」

 え?
 沈み込んだ思考の淵から、エレノアが驚いて顔を上げると、いつの間にか前に立つ人物が交代していた。
 若い、夫婦らしい男女だ。
 エレノアを「陛下」と呼んだのは女性の方で、見れば目に一杯涙を溜めてエレノアを見つめている。

「……あなたは……」
「覚えておられなくて当然でございます。私が陛下にお会いいたしましたのは、父が財務の長として陛下の抜擢を頂きました折にご挨拶をいたした1度きりでございます」
「財務の……?」

 眉を顰めたエレノアだったが、すぐに何か思い至ったように目を瞠った。

「あなた、ああ、ヴァシェットの!?」
「はい! 左様でございます! エルランド・ヴァシェットの娘でございます。陛下、こうしてお会いできますこと、心から嬉しく思っております!」
「エルランドは……確か大シマロンが侵攻してくる直前に、身体を壊して職を辞していましたね?」
「はい、あの……父は大シマロンが侵略してまいりました時、宮廷を去っていたことで命永らえましたことで、ずっと苦しんでまいりました。命を惜しんで逃げ出したと己を責めて……」
「何を言うのです!? あの時はまだ大シマロンが本当に攻めてくるかどうか、全く分らなかったはずですよ?」
「はい。ですが、陛下が捕らえられ、ご同輩の皆様が大シマロンによって処刑されたと耳にして以来、父はずっと自分を責め続けてきたのです。そのためか、国が滅ぼされて以来ずっと寝たきりになっております」
「何ということ……。でも新連邦が建国された時に声を掛けてくれれば……」
「自分にはもう陛下の御前に出る資格はないと、ずっと申しております。でも……猊下が」

 そう言って、女性は熱を孕んだ瞳をムラタ猊下に向けた。

「猊下が…?」

 エレノアも一緒になって大賢者に顔を向けた。少年は傍らでただ微笑んでいる。

「あの、遅くなりましたが、陛下、夫を紹介させて頂きたく存じます」

 言われて、エレノアはやっと気づいたように女性の傍らに立つ男性に顔を向けた。
 男性、まだ20代だろう、なかなか良く鍛えた体つきの、朗らかそうな人物だ。

「出会った時は、諸国を見分中の元武人だと言ったのです。ですが本当は……」
「お初にお目にかかります、パーシモンズ最高評議会議長殿」

 妻の言葉を続けるように、男性が声を発した。第一印象に違わぬ、明るい人柄を思わせる声だ。

「私は、現在貴国20州の1つである州がまだ王国であった際、王太子であった現執政殿の又従兄弟、つまり王族の端に引っ掛かっておりました者でございます。国が失われた時、もはや己を縛るものはないと旅に出て、かの地にて妻と出会いました。恥ずかしながら、大シマロンと戦う御身らのことは存じておりましたが、もうとうに戦に倦んだ身、反乱軍には背を向けて、もはや国とも剣とも縁を切り、新たな人生を始めるつもりでおりました」
「ですから私、今回猊下がおいでになるまで、夫が一国の王族であったことも全く存じませんでした」
「……では、どうして今またこの場所に?」

 顔を見合わせて笑みを交す2人に、何やら無粋なと思いつつ、エレノアは声を掛けた。

「国に背を向け、剣を捨てたと申しましても、民の苦しみを知らされて、尚そ知らぬ顔をしておられるほど厚顔ではないつもりです。ましてそれが、同じ血を引く又従兄弟殿の愚かな選択に拠るものだとなればなおのこと。猊下とお話をさせて頂く間に、忘れていた王族の誇りと、貴き者が負うべき使命を思い出しましてございます」
「猊下、が…?」
「はい」
 夫婦は声を揃えて頷いて、大賢者に向かって再び好意に満ちた視線を向けた。

「猊下が夫と父を諭してくださったのです。夫には、己が一族が営々と護り、己が一族を支え続けてくれた民を、飢餓と病と戦の悲惨の中で息絶えさせて、それであなたは己1人、真の自由と愛と幸福を手に入れられるのか? と。その身に流れるのは、民と同じ血。その血はあなたを縛るものでも支配するものでもない。あなたと民とを繋ぐ絆なのだ、と」
「そしてその絆を、今一度民と繋げて頂けないか、と仰せになりました。玉座を子供がおもちゃを求めるように欲しがり、そのために民の命を泥の中で踏み潰そうとしている又従兄弟殿に成り代わり、真の王となってもらいたいとのお言葉。伺っている間に、ふつふつと込み上げるものがあったのです。そして私は、我が国の、いいえ、この大陸の平和のため、猊下のお言葉に従うことと決意いたしました」

 夫婦がまた顔を見合わせ、にっこりと笑みを交し合う。……一体いつ結婚したのか知らないが、実に仲が良い。

「エルランドにも…猊下が諭されたとのことですが…?」

 何だかものすごくお邪魔をしているような気がするが、声を掛けないことには話が続かない。
 だが夫婦は何も気にした様子も見せず、にこやかな顔をエレノアに向けて頷いた。

「左様でございます。先ほど申し上げましたように、父はずっと罪の意識に囚われて鬱々と過ごしてまいりました。ですがこのたび、夫の本当の身分を知らされて呆然としている私達、特に父に向かって、猊下が仰せになったのです。このまま己を責め続けても、何も成したことにはならない、と。夫が王となり、娘である私が、その、王妃となったその時、あなたがこのままでいてよろしいのか。エレノア陛下が頂点に立っておられる新連邦は、9つの州の離反によって窮地に立たされている。このままでは新たな国は瓦解し、大陸はまたも戦火に巻き込まれるだろう。あなたの娘婿殿が王となって生まれる新たな国は、新連邦と真の友情を結び、安寧を民に齎し、平和を大陸に齎さなくてはならないのだ。そのために、あなたの財務に関する知識は大きな力となるだろう。例え政の表舞台に立つことは叶わなくても、その知識と経験を娘夫婦に授けることで新たな国は力を得ることができるし、また同時に、窮地に立つ新連邦とエレノア陛下をも救うことができる。その機会を、無駄な罪悪感でみすみす逃すつもりなのか」

 左様でございましたわね?
 女性が笑みを浮かべて確認すれば、「よく覚えておられますね」と大賢者が苦笑する。

「もちろんですわ。お言葉は厳しいものでしたが、いいえ、厳しかったからこそ、父に一気に気合が入りましたもの! 猊下の厳しくも情の籠もったお言葉のおかげで、王の舅になるなどとんでもないと怖気づいていた父が、突然こうしてはおられぬと薬や食事をしっかり摂るようになったのです。私達が出発する時には、いま少し時間があれば共に出かけてエレノア陛下にご挨拶できたのにと悔しがっておりました。陛下」

 呼びかけて、女性がエレノアに向け淑やかに礼を取った。

「夫の又従兄弟は陛下のご心痛の種となったようですが、私達は陛下と、そしてこの新連邦と変わらぬ友情を誓うつもりです。大陸の平和のため、共に手を携えてまいりますわ。陛下のお力になれますこと、私も父も、心から光栄に思っております!」
「…あ、ありがとう……。私も嬉しいわ」

 嬉しくてしかたがない様子の女性の、キラキラと眩しい笑顔に、エレノアは何故か言葉に詰まってしまった。
 頭の中では、この女性に語ったという大賢者の台詞が谺している。窮地に立つ新連邦とこの私を救うために……?
 それから女性は、エレノアに向けた輝く笑顔をそのまま大賢者に向けた。

「猊下。猊下はまこと慈悲深きお方。猊下は夫を真に帰るべき場所に返して下さいました。尊い使命をも与えて下さいました。そしてまた、父を救って下さいました。このご恩、決して決して忘れは致しません。私達は眞魔国の永遠の友となるつもりでおります」
「妻の申すとおりでございます。猊下、我等の思いを誓いとして、どうかお受け取り下さいませ」

 夫婦が揃って、エレノアに向けるよりもさらに丁寧に、感謝と好意のありったけを籠めた礼を取るのをエレノアはただ見つめていた。

「ありがとうございます。お2人のお気持ち、我らが陛下もどれだけお喜びになることか。我らもあなた方への援助を惜しみはいたしません。これから共に魔族も人間もない、世界の平和のために共に力を尽くしてまいりましょう」

 はい、猊下!
 満面の笑顔の3名。
 エレノアは、なぜか見知らぬ場所で1人、取り残されたような気分でその姿を見ていた。

 厳しくて、でも慈悲深いお方。
 大賢者が本来そういう人物だと言うのならば。

 ……私達は、どこで何を間違えてしまったのだろう……?


 全ての「新王候補」達と挨拶を交し、それぞれの友好を誓いをありがたく受け取り、エレノアがほうっと息をついた時、最高評議会の同僚達が、九州以外の州の執政とその側近達を伴ってやってきた。

「エレノア殿」代表してクォードが発言する。「4ヶ国の使者殿達は退去させて欲しいそうだ。特に足止めする必要もなかろうと考えられたので承知した。どうやらあの国々の未来は、もはや動かしようがないようだからな。それから九州の執政、いや、元執政達とその関係の者共は捕らえて押し込めてある。……エレノア殿が共に歩もうと口にしたではないかと抵抗されたが……解放することはできまい……」

 そうですね。エレノアも頷く。

「あの時はあのようにしか言えなかったと思いますが……今となっては……。彼らが反逆者であることは事実ですし、それに」

 エレノアの視線が九州の新たな王となる人々に向く。彼らは設えられた席につき、お茶とお菓子を供されている。

「確かに、信頼できぬ元執政達を残しておくより、新たな王と新たな友好状態を整えるほうが良い選択であることは疑いようもありません。今お話してよく分りましたが、少なくとも新たな王となるために集まったあの方々は、本気で国を建て直し、我々とも友好状態を保とうと決意して下さっています。それはあなた方ももう理解なさっておられるでしょうね?」

 訪ねられて、クォードや議員、執政達が互いに顔を見合わせ、互いの顔色を確認してから視線をエレノアに戻し、それからようやく全員が頷いた。
 同志同僚達の複雑な心境を察しながらも、エレノアは決意を籠めた眼差しを彼らに向けた。

「ならば我々も、九州の元執政達への対応を曖昧にするわけにはいきません。新王達の即位を確実なものにするために、元執政達は反逆者として処分します」

 新王候補達は、王族関係者とはいえ血筋的には元執政達に比べて弱い。自分達が王として立つ根拠を確かなものにするためにも、元執政とその関係者は速やかに退場してもらいたいだろう。おそらく……この世から。
 全員が王族、もしくはその地位に近い為政者であった同志達は、何もかも理解した顔で大きく頷いた。

「エレノア殿」

 ハッと振り返れば、そこに大賢者がにこやかな表情で立っていた。

「大体の話が終わったら、場所を変えて少しお話できませんか?」

 こうなって、ここまできて振り返ってみれば、結局自分達は眞魔国に、この人に、救われたのだ。
 この人がこれほどまでに強引に私達を動かさなければ、自分達は硬直したまま最悪の選択を、大陸を巻き込む戦を、選択したかもしれない。

「畏まりました」

 エレノアは大きく頷いた。


□□□□□


「……では、今頃九州の政庁もほぼ制圧されているのですか?」
「完全ではありませんが」

 穏やかに大賢者が微笑む。

 場所はエレノアの私的な客間だ。
 そこに集ったのは、眞魔国側は大賢者ムラタ・ケン、コンラート、グリエ・ヨザックの3名、そして新連邦側はエレノア、クォード達評議会議員の同僚達、ダード、そしてカーラ達3人の孫、クロゥ、バスケスという、いわば身内だ。
 実際のところ、彼らはエレノアが呼んだのではなく、エレノアとの個人的な会談を申し入れる大賢者の言葉を聞きつけて声を掛け合い、駆けつけてきたのだ。
 押し掛けた彼らに、エレノアはため息をつき、大賢者は苦笑し、だが何も言わずに結局全員がお茶のカップを手にしつつ、妙な緊張感に包まれてそこにいる。
 クォード達にしてみれば、大賢者が一体何を話そうとしているのか、それが気になって仕方がないというところだろう。

「ガウタス・バタフを覚えておられますよね?」

 一瞬誰のことか分からなかった。
 それから数呼吸の間に、ようやくそれが孫娘のアリーを拐そうとした男、あのヴォーレンの元執政の手駒であった人物の名前であることを思い出した。
 確か、あの男の家族が……。

「レイル君、君に彼の家族を保護するようお願いしていたよね?」

 確認されて、レイルはパッと姿勢を正すと、「はい!」と大きな声を上げた。

「ヴォーレンからこちらにお連れして、役所の者がお世話していますが、お2人はほとんど部屋に籠もっていらっしゃいます。バタフ夫人はお身体の具合が良くなく、このところ臥せっておいでのようです。こちらに到着された当初、その…担当した武官が勘違いした挙げ句に先走って、お2人を牢に入れようとしたため、お2人ともずっと怯えておられまして…。特にヴォーレンの動きがはっきりしてからは、いつ反逆者の家族として処罰を受けるかと、不安を感じておられたようです」

 事実、反逆者ではないか。従姉妹殿を拐かされそうになったというのに、何をまた親切に……。
 丁寧なレイルの態度と口調が不満だったのだろう、評議会議員達の間から小さな呟き声が漏れた。部屋の隅で様子を窺っているアリーは、どういう表情をして良いのか分からない様子で、じっと従兄弟を見つめている。
 そんな声や雰囲気が分かっているだろうに、レイルはそ知らぬ顔で大賢者だけに目を向けていた。

「ありがとう、レイル君。ガウタス・バタフは確かにアリーを誘拐しようとした。だが、言っておくが、彼がヴォーレンの元執政の命令によってそれをしたという証拠はない。そして眞魔国において誘拐未遂容疑で裁きを受け、罰を受けた。よって彼自身はもちろん、彼の家族は新連邦とヴォーレンの政治的な問題とは無関係だ。まして彼の家族は何の罪も犯していない。それを牢に入れようとしたとはね。明白な反逆者である九州の執政達の罪を問わず、何もなかった振りで元の鞘に納めようとした君達上層部と、何の罪もない母と娘を反逆者の家族と決め付けて牢に入れようとした武官か…。実に一貫性がないというか、新連邦の行政府のやり方が、どれほど場当たり的でいい加減なものかが良く分かるね」

 エレノア始め、新連邦一同がとてつもなく苦いものを口にしたように、ぐうっと口元を歪め、顔を顰めた。

 ……きっと。あの若い夫婦の言うことが本当ならきっと。
 大賢者というのは、こういう人物なのだ。誰であろうと何であろうと、何か一言付け加えずにはいられない人なのだ。決して……。

「それで? すぐに助け出したのだろうね? レイル君?」

 再度呼びかけられたレイルが、「はい。それはクロゥが」と、顔をクロゥとバスケスに向ける。クロゥが頷き返し、大賢者に向かって姿勢を正した。

「猊下のご忠告に従って、あの2人をヴォーレンから保護、脱出させた部隊の指揮官を俺が務めました。こちらに到着後、担当武官に2人を任せて一旦離れたのですが、どうも武官の態度が気になり戻りましたところ、二人が政庁地下の牢に入れられたことが分りました。その後すぐ、俺とバスケスで2人を牢から出し、改めて保護の指示を出しました。不手際を反省しております」

 頭を下げるクロゥに、大賢者が頷いた。

「ありがちな不手際だね。指揮系統がうまく機能していない証拠だ。司令塔を一本化して、周知徹底と確認を繰り返すことが大事だよ。まあ、とにかくご苦労様。さてエレノア殿、その2人、僕に引き渡してください」

 決して悪人でも冷血漢でもないのだ。素直な心で見直せば……。

「……え?」

 掛けられた言葉の意味を一瞬捉えそこね、エレノアはきょとんと顔を上げ、しばし大賢者の顔を見つめてからホウッと息を吐き出した。

「私達に考える間も与えてくださらないのですね……」
「何を仰るやら。考える間も行動する間も、僕達は充分すぎるほど与えましたよ? 僕はもうずっと前に、あなたのお孫さんに言っておいたんですからね。反体制派に対し、一刻も早く行動し、手を打て。じゃないととんでもないことになるぞって。なのに事態は全く動かない。正直、待ちくたびれました。これがあなた方の国内だけで済むなら、僕ももう少し待ってあげても良かったのですが、あなた方の対応の悪さを見ていると、最悪大陸一帯が戦火の犠牲になる。だから我々は動いたのです。最善と思われることを、徹底的に行うためにね。あなた方の了解を取らなかったのは、事態が逼迫していて、説明する余裕がないと判断したからですよ。それに、こういうことは一気に動かないと脚を掬われることも往々にしてありますしね。それをあなた方ときたら、何もなかったことにしてあの執政達を許そうとしたり、いかにも僕らが悪人みたいな目で見るんだモンなあ。僕達があなた方を満足させるためじゃなく、この大陸全土の平和のために行動したからという理由でね」

 ったくもう、心外なことこの上ないよ。
 丸きり幼い子供のように唇を尖らせ、見た目だけは紛れもない少年が大げさに肩を竦めて見せる。

 そんな大賢者の子供っぽい仕種が目に映った瞬間、何故か急に可笑しさが込み上げてきて、エレノアは思わず吹き出していた。全員の注目が彼女に集まる。

「可笑しいですか? エレノア殿?」
「ええ」

 失礼、と呟いて口元を押さえ、それでも笑みを浮かべたまま、エレノアは頷いた。

「全て、本当に全て、何もかも……。会議が始まる前、あなた方がやってこないとやきもきしていたあの時にはもう、本当に何もかも終わってしまっていたのですねえ……」

 今こそ、それを申し上げてもよろしいでしょう? そう笑みを浮かべるエレノアに、大賢者が軽く肩を竦める。

「外交において、会議の開始を告げる鐘の音は、あらゆる駆け引きと取引の完了を知らしめるもの。そうでしょう?」
「それは……」

 もうずっと昔から聞き知っている気がする。これは……そう、かの人物、古代王国の王よりも高名であった名摂政の言行録にある一節だ。これは現代においても、政に携わろうとする者なら皆、1度は紐解く書物の筆頭に位置している。

「魔族の方も、ハウシャン王国の摂政言行録はお読みになるとみえますね?」

 エレノアの何気ない言葉に、大賢者は軽く眉を顰め、コンラートは何かを思い出すように首を傾げ、ヨザックはもっとはっきり「ハウシャン?」と疑問を口にした。

「これはまた……懐かしい名前だな」

 呟く大賢者の言葉に、今度はエレノア達が首を傾げる。

「確か……かなり昔の、ほとんど伝説の摂政、ですよね?」発言したのはコンラートだ。「実在していたかどうかは、実際のところ不明だと聞いた覚えがありますが……」
「実在していますよ? 幾つかの文献にハウシャン王国の名は残っていますし、摂政の名も記録があります。言い伝えられる実績があまりに見事なものばかりなため、その言い伝えも言行録も創作ではないかという説は確かにありますが……。ですが、新連邦の西の外れにハウシャン王国の都の遺跡があって、その中に摂政の邸跡もあります。記録から、まず間違いないと言われていますよ?」

 やしき。そう呟いてから、大賢者はエレノアに向かって口を開いた。

「……もしかして、イズイール・タファスという名前ですか? その…名摂政とやらは」
「ええ、そうですが……やはりご存知でいらっしゃるのですね?」

 大賢者が妙な笑みを浮かべていることに気づいたエレノアが、怪訝な表情を浮かべながらも頷いた。

「……なるほどね。言行録とはまた……」

 突如、「くくっ」と吹き出した大賢者に、全員の目が集まる。
 だがそれを払うように軽く手を振ると、大賢者は微笑を浮かべたまま全員を見回して言った。

「大昔の摂政などに用はありません。話を進めましょう」

 ふいに口調を改めると、大賢者は背筋を伸ばした。

 そうですね。エレノアも頷く。
 そしてそこで唐突に、自分がまだ、何より伝えなくてはならないことを言わずにいることに気づいた。

 ……私達はもういい加減、分りきったことから目を逸らして、子供の様に拗ねるのを止めにすべきだ。

 エレノアは、唇を噛み、己の考えに浸っているらしいクォードやカーラにそっと視線を送ってから、改めて大賢者に顔を向けた。

「先ずは、私の方から申し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……どうぞ?」

「全て、私達の責任です」

 その瞬間、同志友人、血を分けた孫達が、一斉に視線を自分に向けたことを感じ取った。

「何もかも全て、私達が悪いのです。眞魔国の皆様には、そして大賢者猊下には、至らぬ私達に代わって大変なご苦労をお掛けしてしまいました。申し訳なく思っております。そして我が国をお救い下さいましたこと、新連邦最高評議会議長として、国を代表いたしまして、心より御礼申し上げます」

 エレノア殿!? お祖母様っ! あちこちから声が上がる。だが、それを無視してエレノアは大賢者を正面から見据え、そして頭を下げた。

 そう、九州の件にしても、確かに話は聞いていた。だが、私達は何もできなかった。いや、しなかった。
 生まれたばかりの国なら、整うまで軋みだってする。諍いもある。競争もある。これからそれを協力し合って上手くやっていこうというのだ。ちゃんとやってみせる。この地を知らず、自分達を知らず、勝手な事をいわないでくれ。
 そんな気持ちが根底にあった。
 だがやがて、強気はいつしか「とてもそれどころではない」という言い訳に取って代わられた。
 そうして今日までズルズルと来てしまったのだ。

「こんな顔をしていても、皆、分かっているのです」

 そう、本当はちゃんと分かっている。

 正直に言えば、疼く反発心は消えない。悠長に構えていたと責められても仕方がないと思う一方、自分の国を勝手に引っ掻き回されたという恨みも消えない。
 それでもちゃんと分かっている。

 強引に事を進めてみせて、大賢者はこの国の人間達の恨みの全てを一身に被ってくれたのだ。
 九州が抜けた後の自分達が、一致団結できるように。

 そうして眞魔国は、危機に陥った新連邦を、いいや、大陸を救おうとしてくれたのだ。

 事実、眞魔国がどこよりも負担を負ってくれるのだ。危機を生み出した自分達、新連邦ではなくて。
 自分達は確かに国土が狭くなる。といっても、元は11もの国なのだ。面積的には、大陸でもっとも大国であることに変わりはない。そして、危険な国を切り離すことで身軽になれる。危険な隣人になりかねなかった9つの国は、友好国となる。
 ……そう。何より救われるのは自分達、新連邦なのだ。

 それなのに、こうも反発を感じるのは、自分達の力量不足を痛感させられることへの、悔しさと情けなさと恥ずかしさの反動にすぎない。
 乱世の国を治める能力に、切ないまでに欠けていながら、かつて王と呼ばれた自分達は誇りを傷つけられることも、己の無策無能を認めることも、耐えられないのだ。
 そしてさらに情けないことに、今猊下が言葉にしたまさしくそのこと、眞魔国が最善として選んだ策には、「友人」である自分達を切り捨てることも織り込まれていたことへの驚愕と恐怖があった。
 魔王の個人的な友人である自分達、新連邦の頂点に立つ我々の立場や地位を、眞魔国は考慮してくれると信じきっていた。例えそれが大陸に戦を招きかねないことになろうとも、自分達との「友情」を優先してくれると思いこんでいたのだ。

 思えば何と、何と愚かであったことか。愚かと言うも愚かな……!

「申し訳ありません、猊下。まことに恥ずかしく存じております……」

 ふーん。唇を噛んで頭を下げるエレノアをしばし見つめてから、大賢者が鼻を鳴らす。

「大陸に名君と名を轟かせたにしては認めるのが遅い気もするけど、まあ、年を取ると人間色んな方面で鈍くなるものですし。良いですよ、謝罪と感謝の気持ちは素直に受け取っておきましょう」
「………素直、ですか?」

 その態度が?
 謝っておいて何だが、この人物の性格は、どう考えてもやっぱりどこかに何かの問題点というか、欠陥というか……があるのではないだろうか?

「猊下」

 大賢者の隣に座る(最初は立っていようとしたのだが、個人的な会談だからとグリエ・ヨザック共々大賢者を挟むようにソファに座っている)コンラートが、複雑な表情を顔に浮かべて発言した。

「素直に受け取るということでしたら、もうちょっと穏やかな表現というか、女性に対して年齢を云々するのはお止めになった方がよろしいのではないかと愚考するのですが……」
「ホントに愚考だよね、ウェラー卿。素直だからこそ思ったことを率直に言葉にしてるんじゃないか」
「……それはつまり、自分の感情に対して素直という意味ですよね?」
「自分以外の誰に対して素直になるって言うんだい? あ、もちろんシブ…陛下は別格だけどね」
「はあ……」

 もっと言ってやってくれと思うのだが、コンラートはそこで「……失礼致しました」と引き下がってしまった。
 この男に弱みでも握られているのか!?

 せっかく素直に謝罪と礼を述べたのに、またぞろ反発心が頭をもたげてきたではないか。

 そこで突然、大賢者がプッと吹き出した。

「エレノア殿。やっぱりあなたはその方が良いな」
「………は…!?」
「負けてたまるかって、戦う意欲満々で睨み付けてくる方が魅力的ですよ? 瞳がキラキラしてとても綺麗だ。ねえ、エレノア殿。まだまだ物分りの良いおばあちゃんになるのは早いんじゃありませんか?」
「………っ!!」

 揶揄われたのか!? こんな子供に!? いや、実際の年齢は知らないが……。
 見れば、大賢者の両隣のコンラートとグリエ・ヨザックは、それぞれ額に手を当てて、疲れたようにため息をついている。
 横目でちらりと見遣れば、クォード達同僚が呆気に取られた様子で口をぽかんと開け、その向こうに控えて立つ孫達はきょとんと目を瞠り、傍らのダードは顔を顰めている。が、唇がぴくぴくと妙な感じで震えているのを見れば、彼が吹き出すのを懸命に堪えているのは確かだ。
 ジロッと睨むと、長年の親友はサッと顔を背けた。……肩が震えている。

「…あ、あの、猊下……」
「それじゃ、話を本筋に戻させてもらいますが」

 済ました顔でさっくり話を終わらせて、大賢者が全員を見渡した。
 ソファの上で、エレノアは自分の身体がずるずると沈み込んでいくのを感じていた。

「ガウタス・バタフですが、彼はなかなか骨のある武人でしてね。色々話をして、結局我々に協力してくれることになったんです。エレノア殿、九州にも独立反対派や親魔族派が多くいるのですよ。彼らは自分達の主の決断に反発して、処罰されたり追放されたりしていました。ヴォーレンについては、そういう人々をガウタス・バタフが纏めてくれました。そして、今回の会議に出席するため、あの執政達が州を出るとすぐ、彼らは政庁に入り、要人達に事態を説明し、説得してくれたのです。つまり、ヴォーレンも他の州もこのまま独立などできないこと。眞魔国も同盟国も早くから事態を察知しており、9つの州を壊滅させる態勢はすでに整ってしまっていること。そしてその協力国の中には、眞魔国との友好条約締結が決定した小シマロンも加わっていること。故に、独立の後ろ盾となる国は、実は何の力にもならないことなどをね。そしてその後のこと、すなわち元の王族から立つ新たな王を迎え入れれば、眞魔国の全面的な支援のもとで独立できるということも、すでに政庁の人々に伝えられています。こちらに伺う直前に報告がきまして、九州のほとんどで、元執政達の一族と側近達は捕らえられ、新たな王を迎えるための準備に入ったそうです。政庁も国軍も、大慌てで立場を翻したようですね。バタフにはそのまま新王の治世の手助けをしてもらおうと思います。彼は役に立ってくれますよ。ですからもうあの母娘をこちらで保護して頂く必要はありません。アルティカの殿下ご夫妻にお話しましたところ、自分達の即位に力を尽くしてくれた者の妻と娘とあれば喜んで身柄を引き受け、この後も一家を厚く遇すると約束して下さいました」

 さ、さようでございますか…。
 もうそれ以上何と答えれば良いのやら。

「それと、新たな王達が国元に向かう時は、こちらの国軍をしっかりつけて下さい。あちらは一応押えたとはいえ、まだ半信半疑の者や、いきなりの展開に反発を感じている者もいるでしょうしね。一発逆転を狙って馬鹿をやる者もいないとは言えない。そんな連中の疑惑や反発心を消し去るためにも新王、新連邦、そして我々魔族が万全の協力体制を敷いていることを見せつけなくてはなりません。よろしくお願いしますね?」
「畏まりました。あちらの方々とも相談の上、そのように手配いたしましょう」

 素直に、と表現するにはまだかすかな抵抗を覚えるものの、いったん認めてしまえば、後はもうなすべきことをなしていくだけだ。
 
「そうですね。とにかくあの方々とは、これから意志の疎通をしっかり図るよう意識して下さい。……って、まったく困ったものですよね。こんなことまで注意しなくちゃならないなんてね。ぞろぞろ集まってて何やってんだ、数居りゃ良いってもんじゃないだろ、いい加減シャキッとしろ! と言いたいところですが……まあ止めておきましょう」

 言ってるだろうが、思いっきり!
 いや、落ち着け。落ち着き……たいが、やっぱり非を認めるのが早すぎただろうか?
 いやいやいや、そんなことは……。

「それで……最後にもう1つお願いがあるのですが」

 まだあるのか! ……いやいや、これは国家の一大事。できるだけ、できるだけ素直に、意地でも虚心坦懐に……。

「今回のことで、我等の陛下を恨んだり嫌ったりしないで下さいね。これだけはお願いします」

 ハッと開いた瞳に、大賢者の真摯な、切なくなるほど澄んだ漆黒の瞳が映った。


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この8話を書き始めて書き終わるまで、何と様々な事が起きたことか……。
様々な、などと簡単に書けないほど色んなことが、個人的にも、この日本という国にも起きてしまいました。
それに大きく引き摺られながらも、やっぱり人はそれぞれの居場所で、それぞれがやれること、やらなきゃならないことを続けていかなくてはならないわけで……。
私にとって小説がそうなのかと問われたら、正直分らないと答えるしかありません。
でも、小説は私の心の支えですので、これからも書き続けていこうと思います。

というわけで。
猊下が優しいっ!
むちゃくちゃ腹黒で怖い猊下を、思いっきり書きたかったはずなのにっ。
どうしたんですか、猊下、異様に優しいんですけどっ! おばあちゃん、転がしてるしっ! 獅子に張り合ってるのか!?
つーか、エレノアさん、どこかの若夫婦に影響されて、うっかり勘違いの方向へ走っているような気も……(汗)。

と、とにかく、次回で猊下の正体バレ(?)で終了の予定なのですが、ちゃんと着地できるかな?
がんばります。
ご感想、お待ち申しております。