愛多き王様の国・12 |
事件に関する証言は、公訴人、代弁人の双方から法廷に送り出されたが、その数は圧倒的に公訴人の方が多かった。 特に、暗殺未遂犯の首謀者である男が、魔王陛下に斬りかかるまさにその瞬間に利用した少女と、その両親の証言は人々の怒りを掻き立てていた。 『信じられない光景が目に飛び込んできて……一瞬呆然として身体が全く動きませんでした』 『娘が見も知らぬ男に抱え上げられそして……身体を放り投げられて……アッと思ったら……その男が陛下に向かって……私は、娘が殺されてしまったと思い、気がついたらその場で悲鳴を上げ続けていました……』 『…………こわかった、ですっ。……とってもこわかったです。はじめはどこかのおじさんが、陛下が良く見えるようにだっこしてくれたんだと思いました。でも……ちがってて……。』 そこでグスンっと少女がしゃくり上げた。 『……で、でも……陛下がやさしいお言葉をかけてくださって、私、とってもうれしかったですっ……!』 「それにしても人でなしだよねっ。あんな小さな子供を利用するなんてさあ!」 「もしウチの子がそんな目にあったらと思うと堪んないねぇ」 「全くだよ! やっぱりああいうのは死罪にしなくちゃね!」 「ちょいとそこの奥さん! ウチのモチ草、引き千切らないでおくれよ!」 連れ立って市場に買い物に行く街の奥さん連中が、野菜を選びながら興奮気味にまくし立てている。 「どんな光景だったのかしら? お眠りになる陛下の周りを、たくさんの動物達が取り巻いていたんでしょう?」 「鳥や、森の小さな動物達や、狼や熊もいたんですって!」 「何言ってるのよ、知らないの? 竜もいたのよ! 動物達に混じって、陛下のお側に侍っていたのですって!」 「すごいわね〜。これこそ神秘的っていうのよね!」 さすが私達の陛下だわ! 学校で少女達が揃って手を組み、うっとりと目を閉じている。 「それにしてもあのアシュラム大神官の話ってのはスゴかったよな」 「まったくだ。なんつっても、ほれ、陛下が『精霊の王』であることを、その目で確かめたっていうんだからな」 「声も聞こえたってんだろ? 大地の声とか言ってたらしいが、そいつはやっぱり精霊の声だよな?」 「人間とはいえ、やっぱり長年修行してきただけのことはあるじゃねぇか。なかなか大したもんだぜ、あの神官」 「陛下を暗殺しようとしてたのがアシュラム人だって聞いた時には腹も立ったが、考えてみりゃどんな友好国にだって俺達を嫌ってる人間はいるんだよな」 「俺達の中にも、未だに人間嫌いはいるしよ。……どっちもどっちか」 「結構友好国も増えたと思ってたが、まだまだ少ねぇんだってな。世界の3分の1にもなっちゃいないって聞いて、俺はびっくりしちまったよ」 「まだまだこれからってことなんだろうなあ。確かに、戦争中なんて同盟国も友好国も1つもなかったんだしな」 「ついこないだまで、俺達って世界で孤立してたんだっけな。すっかり忘れてたぜ……。そう考えりゃ、陛下は本当に頑張っておいでになるよなあ。……俺よぉ、ちっと思っちまったんだけどな」 「どうした、珍しく真面目な顔をしやがって」 「陛下がこんなに国を良くして下さって、でもって俺達ぁ、それに甘えてばっかりなんだなあって……」 「……そう、言われてみりゃあなあ……」 「今度のことを、陛下はどう思っていらっしゃるのかな。……陛下がお喜び下さる結果になるといいんだが……」 酒場で男達が酒を酌み交わしながら、グラスの中の酒をしみじみと見つめている。 「一体どうなるのかな?」 「何がだよ」 「人間達さ。何となくだけど……僕は、死罪にしなくてもいいんじゃないかって気がしてきたんだ」 大学では、そこかしこで学生達が侃々諤々の議論を盛り上がらせている。 「おい! 何を言ってるんだ、君は!? 魔王陛下のお命を狙ったんだぞ? 陛下は法を超越したお方だ。陛下の尊さを思えば、法があろうがなかろうが、人間達を死罪にするのが当然だろう!」 「いや、それはおかしいよ。法があろうがなかろうがという言い方は、まるで野蛮な人間みたいな言い草じゃないか」 「君、そういう言い方も止めたまえよ。人間だから野蛮だなんて、魔族だから魔物だと決め付ける人間と同じ次元だ」 「そうじゃない! 僕は野蛮な人間と言ったのであって、人間全てが野蛮だと言ったわけでは……」 「話がズレてるんじゃないの? 私も人間を闇雲に死罪にすることには反対するわ。もう少し審理の成り行きを見極めなくちゃ」 「君も人間達の味方か?」 「敵味方の問題じゃないでしょ? 私は審理を尽くすべきだと言っているのよ。その上で死刑と決まったなら、それはそれで構わないと思うわ。問題なのは、魔王陛下を狙ったのだから、裁判も何もしなくていい、とにかく何が何でも死刑にしてしまえという当初の論調よ。覚えている? それこそ、八つ裂きにしてやれだの何だの、野蛮な声が当然の様に新聞に寄せられていたわ。私、これはとっても危険なことだと感じていたの。ありがたいことに、それも大分変わってきた気もするけれど」 「ハウエル・ハウランのおかげかな?」 「彼は……なかなか勇気のある、立派な法学者だと思うけどね」 「立派と言えば、僕はあの大神官こそ立派な人物だと思うな」 「僕も驚いた。4000年に渡る教義を捨てて、自分達の過ちを潔く認めたんだからね。誰にでもできることじゃあない」 「それだけ陛下のお姿が衝撃的だったということだろう? 陛下の偉大さの証が、また1つ増えたということだ」 「とにかく僕は、あの大神官の話を聞いてから考えているんだ。あの人間達は物心着いた頃から叩き込まれた教義を信じて、人々を救おうとしてあんなことをしたわけだろう? だったら、悪意があったとは言い切れないんじゃ……」 「悪意そのものだろう! ヤツらは4000年以上も、我々魔族に対する悪意を育んでは次の世代に伝え続けてきたんだ! 何をバカなことを言ってるんだ、君は!」 「ちょっと、落ち着きなさいよ」 「その議論は少し置いておこうよ。それより大神官のことだけれど、僕も彼の決断は素晴らしかったと思うよ。もしこれは下っ端神官ならあり得るだろうけどね。でも彼は違う。彼は教会の頂点に立つ人物だ。教義はすでに彼の血肉に沁み込んだものだと言って良いと思う。これを否定することは彼1人の人生を否定することじゃない。彼らの神そのものを、そして先祖代々、あの国で、国家と民の精神を支え護っていると信じて生きてきた全ての人々の人生を、全否定することなんだ。それでも彼はやってのけた。並大抵の決断じゃないよ」 「例えてみれば、大賢者猊下が眞王陛下のご威光をボロクソに貶して足で踏み潰すようなものか」 「何てことを言うんだ、君は! 不敬に過ぎるぞ! 口を慎みたまえ!」 「おい、冗談だよ」 「大賢者猊下が眞王陛下を貶すなどあり得ないことくらい皆分かっているさ。そんなこと、太陽が2度と昇らないと言われるのと同じくらいバカげたことだからね」 「眠っている間に動物達が寄ってきて……か。あの大ボケ抜け作野郎にもできなかったことだねえ。さすが渋谷」 「………あのー……大ボケって……」 「眞王」 聞かなきゃよかったと、透は遠いところに目を向けた。 経過報告のために訪れた血盟城、魔王陛下の執務室で、透は大賢者村田健とお茶のテーブルについている。 ちなみに陛下は今回も十貴族会議の真っ最中だ。 部屋にいるのは、村田と透と、そして護衛兼お茶汲みのヨザックだ。クラリスはユーリを迎えに会議室へ行っている。 「それにしても大神官殿の証言は良かったね。これで我が国の民が本来の理性を取り戻してくれると良いんだけどね。とにかく、審理も尽くさず何が何でも死刑と叫ぶことは、まして、その勢いに流されてしまうことは、我が国の将来のために決してあってはならない。……などということは」 誰でも分かっている当たり前のことなんだけどね。 言って、村田は軽く肩を竦めた。 「ところでウェラー卿」 透の肩越しに視線を向け、村田が軽く手を上げる。 え? と透が振り返れば、コンラートが手に金色のものをぶら下げてこちらに歩いてくるところだった。 「君がぶら下げてるのは、金色にペイントしたチキン? それともついに料理の素材になっちゃった御本鳥?」 「お言葉ですが猊下、これはちゃんと生きてますから」 「……生きてる鳥の足を引っ掴んで、逆さまにぶら下げて歩くのが君の趣味?」 いえいえ、と朗らかに笑いながらコンラートがソファのすぐ側にやってくる。 「いつものごとく襲い掛かってきまして、いつものごとく撃退したのですが、どうやら今回はかなりの決意で挑んできたようですね。それが駄目だったので、相当ショックを受けているようです」 ほら、と持ち上げられた逆さまのザイーシャを見れば、神の使いと称される神秘の鳥は力なく羽を落し、全身がぷるぷると小刻みに震えていた。その目を覗いてみれば。 「………涙目だねー」 いや、ぽろぽろと大粒の涙を零しては、目を瞬かせているではないか。 戦いに敗れて涙する鳥か……。何だか貰い泣きしそうだと、透はさりげなく視線を外した。 すぐ傍らではコンラートが楽しそうに笑っている。 「まさしく決死といった猛攻撃で、少々てこずりました。でも不思議なものです」 「何がだい?」 「こうも必死に向かってくる姿を見ていると、何というのでしょうか、同じく陛下を崇敬する者として、同志的な愛を感じてしまうというか……」 「それが恋になりそうだったら言ってよね。退屈しのぎは幾つあっても良いから。とにかくそれをどこかに置いて座りなよ。一緒にお茶しよう。ヨザック、君もね」 「猊下、我々は……」 「君やヨザックみたいなデカいのに見下ろされてると息がつまるんだよ。それに君達が立ってると透さんが困っちゃうじゃないか。フォンヴォルテール卿もフォンクライスト卿もいないんだから構わないだろう? ほら、とっとと座って」 ワゴンに人数分のお茶とお菓子を乗せて運んできたヨザックと、ザイーシャをぶら下げたままのコンラートが顔を見合わせ、それから軽く頷きあった。 「では、遠慮なく」 そう言って頷いたコンラートが、ザイーシャをどこに据えておこうかと辺りを見回し、ヨザックがお茶を配ろうとテーブルに屈みこんだその時。 コンラートがいきなりザイーシャをくるっとひっくり返し、屈んでいたヨザックの頭の上にどんと置いた。 ザイーシャは咄嗟にヨザックの頭に爪を立ててしがみ付き、ヨザックは「ぐえっ」と声を上げてテーブルに顎をぶつけた。 「はーっ、終わったー!」 クラリスの開けた扉を、ユーリが清々しい笑顔で潜り、軽やかな足取りでやってくる。 「お疲れ様でした、陛下」 こちらも清々しい笑顔で、コンラートが愛する主を迎え入れる。 「陛下って呼ぶな、名付け親。……って、ヨザック、何やってんだ? ザイーシャが頭に乗っかってるけど……?」 「どうやらヨザックの頭が巣に見えたらしいよー」 やっほーと手を振りながら村田がフォローに回る。珍しいこともあるもんだと、透は軽く目を瞠ってから考え直した。大賢者猊下は、ただ面白がっておられるだけだ。 「まったくもー。ほら、ザイーシャ、グリエちゃんがテーブルに突っ伏したまま動けないじゃないか。こっちにおいで」 ヨザックのオレンジ頭にしがみ付いたまま硬直していたザイーシャの小さな頭が、くりくりと音をたてるようにユーリに向かって動く。と思った瞬間。 ぐるっぽーんっ!! ヨザックの頭を思い切り蹴り飛ばし(うごうっと一声上げ、ヨザックの身体がテーブルから転がり落ちた)、ザイーシャが大きく腕を開いたユーリに向かって、弾丸の様に吹っ飛んでいく。 「うわうわうわっ……ぶほっ!?」 ユーリの顔に、ザイーシャがへばりついている。ふるふると身体が震えているのは、きっとライバルを蹴落とせなかった我が身の情けなさに涙しているのだろう。 「……ま、可愛いもんだよね、これも。それにそろそろ見納めだし」 平和な表情で、村田がゆっくりとお茶のカップを傾けた。 「ところで渋谷、君、アシュラムで眠っている間、動物達が君を護る様に取り巻いていたっていうの、知ってるのかい?」 ぜんぜん。プリンのようなお菓子を頬張りながら、ユーリがあっさり首を横に振る。ユーリの肩に全身で縋りついているザイーシャの身体も揺れる。 「あの池の畔でだろ? あそこ、すっごく気持ちの良い場所だったんだよな。で、ついうとうとしちゃったんだけど……。でも、そんなことがあったなんて、今回話を聞くまで全然知らなかった。コンラッドは?」 目が覚めたとき、側にいたよな? ユーリに尋ねられて、お茶のカップを傾けていたコンラートもまたゆっくりと首を振る。 「俺が陛下を探してあの場所に参りました時、最初に目にしたのは突っ立っている教会の人々の後姿でした。俺が陛下のお姿を確認しました時には、もう何もおりませんでしたね。神官達が呆然としている姿が、とても異様に感じられたのは覚えていますが」 ユーリが「そっか」と頷き、村田も納得したようにお茶のカップを手にしている。が。 「それにしてもさあ」 村田が何か思い出すような表情で言い出した。 「眠る君を取り巻く動物達って、どこかで見たシチュエーションだよねえ」 「って?」 んぐんぐと口を動かしながら、ユーリが尋ねる。 「君も仏教徒を自認してるんだろ? だったらすぐに分からなきゃ。ほら、お釈迦様のありがたい法話を聞きにやってくる動物達さ。あ、涅槃に入ったお釈迦様を涙して見送る動物達ってのもあるか」 「……涅槃って………死んでんだろが、それっ!」 「いいよねー、荘厳な雰囲気に溢れてるよねー。聖お兄さんだよねー。あ、てことは、相棒の僕はさしずめイエス・キリストか」 「世界中のキリスト教徒がパニック起こすからやめろって」 「とするとー……そうだ、渋谷、大学に通うようになったら、ルームシェアして一緒に暮らそうか?」 「おれとお前で?」 「もっちろん!」 「………あの、申し訳ありません、猊下、その場合俺の立場は……」 「ウェラー卿、君は渋谷のこちらでの、ごくごく狭い意味での私的なパートナー。僕はこちらでの公的なパートナーであり、私的にも広い意味でのパートナー、そして地球では大親友。ほらね、バッチリ解決だろ?」 「何がどう解決しているのかさっぱり分からないのですが……」 「あーもー、ワケ分かんない話はヤメ! そもそもおれがどこの大学に受かるかも分からないだろーが!」 「僕はどこの大学だって合格するよ? だから……」 「ヤメったらヤメ! ……あ、透さん、どうしたの? 大丈夫? 頭痛い?」 無意識に両のこめかみをくりくりしていた透は、ハッと手を離して顔を上げた。 「あ、いえっ、大丈夫です! えーと、その、申し訳ありません。ちょっとー…寝不足かな? と……」 「あの個性的な先生達をお世話しなきゃならないし、謎の生物な透さんは苦労が多いよね」 「そっかぁ……そうだよな。透さん、本当に面倒掛けてごめんなさい」 謎の生物な僕って……とまたも顔を顰めそうだった透も、ユーリに謝られてさすがに焦った。手を振りながら、八の字に眉を落して自分を見つめる魔王陛下に目を向け……。 ………癒されるなあ、イロイロと。 思わずホロリとしてしまった。 誰かが、そんな顔で坊っちゃんを見つめるなーと密かにシグナルを送っていたり、ちょっと八つ当たり気味の睨みが背中に突き刺さっていたり、という現状に気づかないで済んだのはむしろ幸いだったかもしれない。 「ま、何のかんのとあるけどさ」 村田がプリンを一口、口の中に放り込み、暢気に言った。 「裁判もそろそろ佳境だね。関係者の証言はあらかた終わったし、残るは被告人への直接審問か」 全員の視線がハッと村田に集中する。 ハウエル先生に、しっかりキメてもらいたいものだね。 言って村田がにっこりと、腹に一物も二物もあること間違いなしの笑みを浮かべた。 「ところでウェラー卿」 執務室を出ようとするユーリに付き従うべく、歩き始めたコンラートを村田が呼び止めた。 「猊下?」 ザイーシャを肩にしがみ付かせたユーリとヨザック、クラリス、そして透に先に行くよう手で合図してから、村田がコンラートと向かい合う。 「アシュラムで、君は本当に渋谷のお釈迦様的光景を目にしなかったのかい?」 ふと、コンラートが目を瞠った。いきなり何を、という表情で村田を見返す。 「いや、別にこれと言った理由がある訳じゃないんだけどね。何となく気になって」 わずかに考える様子を見せてから、コンラートがフッと唇の端を上げた。 「ご想像に、お任せいたします」 そして村田の返答を待たず、そのまま踵を返して立ち去った。 その男の後姿を、村田が軽く唇を尖らせて見送っている。 「……渋谷のどんな姿も独り占めしてたいわけか」 人に話して、記憶を共有することもしたくないのだ。できることなら人間達の目にも触れさせたくなかったに違いない。 「ホント、独占欲の強い男だよね」 渋谷も大変だ。 軽く肩を竦めてから、村田はクスッと笑った。 「では君は、どのような罰が下されようとそれに従うと言うのかね?」 裁判は公訴人、代弁人双方が被告である人間達に直接尋問する最終段階に入った。 その後、双方がその立場に従い、被告の罪状と受けるべき罰について主張を展開し、ついには刑が言い渡されるのだ。 今、筆頭公訴人が被告である人間達を順番に尋問に掛けている。 審理そのものはさほど激論が交わされることはなかった。 人間達が自分達の罪を全て認め、どのような罰でも受けると全員が宣言しているからである。 「……魔王の、あの……あなた方の王様を倒す計画に加わることになった時、僕は、その、名誉だと思いました。人間が何千年の望んできてできなかった偉業に、見習い騎士でしかない僕が加われるのだと胸が高鳴りました。僕を育ててくれた祖父母は……泣いて止めましたが……。魔王の命を狙ったりなどしたら、きっと惨たらしく殺されてしまうと。魔族は今は友好的だけれど、決して裏切りを許さないだろう。失敗したら、アシュラムの国そのものが滅ぼされてしまう。だから頼むからと……。でも僕は、正義を貫くためだと家を飛び出してきました」 そこまで言ってから、まだ少年の域を脱しきらない青年は周囲を困ったような顔で見回した。 「眞魔国に来て見たら、あまりに、その、言い伝えと違うのでびっくりしました……。だけど信じてました。魔王を殺したら、きっとこの魔族たちも本性を現して、僕を八つ裂きにするんだろうって。それはとっても……怖かったですが、英雄の最後として相応しいと思いました。でもそれも……違ってました」 僕は、間違ってました。 青年が顔を伏せ、それからゆっくりとその顔を上げ真正面を見る。 「今は……感謝してます。自分が英雄だと思い込んだ愚か者にならなくて……。きちんと裁判を開いてもらえて、こうして話を聞いてもらえて、感謝しています。ですからどうか、僕に……ふさわしい罰を与えてください」 お願いします。 そう言って、青年は深々と頭を下げた。 法廷内にため息が溢れた。 その頃になると、人間達に闇雲に罵声を浴びせる魔族はほとんどいなくなっている。その日法廷に集まった人々もまた、被告である人間達の発言にじっくりと耳を傾けていた。 「私は法律の事は知らん。だが、一国の王の命を狙って、命永らえる者があってよいとは到底思えぬ」 そう言い放ったのは、今回の事件の首謀者である男だった。 筆頭公訴人に目を向けることなく、真正面に顔を向け、淡々と言葉を紡いでいく。 「国は王の権威を護らねばならぬ。それがならねば、国の威信を護ることができん。もし我らが生き延びれば、人間諸国は眞魔国を王を軽んじる国と考え、彼らも同じく魔王を軽んじることになるであろう。魔王の権威を護りたいと考えるなら、このような茶番は止めて、さっさと我らを処刑することだ」 「それはつまり」 公訴人が、ふと口を挟んだ。 「自ら極刑を望む、ということかね?」 「お前達のためだ」 なるほどなるほど、と、頷きながら繰り返すと、公訴人は男の真正面に回った。 「この企てを為したことを、君は悔いているのかね?」 公訴人の頭越しに真正面を向いていた男が、視線を下ろし、魔族の男を見る。 それからまた顔を上げ、真正面にその視点を据えた。 「………ついに……使命を得たのだと思った。大陸の弱小国とはいえ、先祖代々騎士として生きて、その誇りを、栄誉を、我が代で初めて極めることができるのだと。だが……」 どうやらそれは誤りだったらしい。 それだけ言って、男は目を閉じた。 「君の家は、騎士であると同時に地方の祭司も司る名家だったな」 「………田舎の村の世話役と言ってくれて構わん。神官がいなくなってしまったので、我が家の……爺様かひい爺様かその前の爺様かがその役目を引き受けたのだ。それが結局その後も続いたというだけのことだ」 「神官の役目も果たしていた。騎士としての誇りも高かった。そのためかね? 君は魔族への敵意も強く、大神官殿の決断を認めることがどうしてもできなかった」 「当然だろう。我々剣を持つ者にとって、最終にして最大の敵は魔族だ。魔族を倒してこそ、世界に真の統一と平和がなるのだ。魔族との融和など、神々と先祖に対しての冒涜以外の何ものでもない」 「それ故に、君は決断した。それだけではない。君は!」 筆頭公訴人は法廷内をぐるりと見回し、殊更ゆっくりと声を張り上げた。 「毒を使うことも厭わなかった! 刃に触れただけで命を奪われるほどの猛毒。それを、恐れ多くも我らが陛下のお命を確実に縮め参らせるため、剣に塗ったのだ! そしてその剣を、いたいけな、多くの子供達が集まったあの場所で振り上げた! 陛下はご無事であらせられたが、もしも運が悪ければ、何の罪もない子供達が犠牲になった!」 公訴人の期待通り、法廷内に怒りの唸りが低く轟く。 「待たれい! 今のお言葉に、代弁人は……」 「その通り! 公訴人殿の仰せの通りだ!」 異議を申し立てようと咄嗟に立ち上がったハウエル先生を遮って、人間の男が声を上げた。 手を上げ、中途半端に立ち上がった姿勢で動きを止められてしまったハウエル先生が、上げた手で頭頂をバリバリと掻き毟る。 「魔物の王を滅ぼし、アシュラムの民を救うためだ。できることは全てやるつもりだった。己の命など問題ではない。だがもしも、事が成就した後にもこの命が残っていれば、私はその同じ剣で……自害するつもりだった」 ほう、と公訴人が両手を上げて驚きを示した。 「魔族の報復が怖かったのかね? 魔物の爪で八つ裂きにされる前に楽に死のうと考えた?」 公訴人の言葉に、男がふと笑った。それからゆっくりと大きく頷いた。 「そうだな、確かに、その通りだ」 私は臆病な卑怯者だ。 恥じているわけでもない、淡々としたその述懐に公訴人は眉を顰めた。 「それで?」 問い掛けられて、男が公訴人に目を向ける。 「今もその考えに変わりはないのかね? 自分のしたこと、決断に後悔は?」 問い掛けられた男の目が、代弁人席に座るハウエル先生に向けられる。 「……違うということは、ただ違うということだけ。違っているということに、善も悪もない。そちらに座る代弁人殿は私にそう言った。確かに、その通りなのだろう。我々は全く異なる種族だ。だが、それはただそれだけのことなのだ。この大地には様々な種族、様々な生き物が生きている。私達もまたその1部、何百何千という生き物の中の、ほんの2種類に過ぎないのだ。ただそれだけのことを、私は……これまで全く気づこうとしなかった」 一旦口を閉じ、男は静かな眼差しをハウエル先生に向け、それから再び口を開いた。 「感謝している」 しばし男と目を合わせ、代弁人席に座るハウエル先生は頷いた。 男が、再び顔を真正面に向ける。 「…………魔族を魔物と忌み嫌う教えを、貴公らは何と非道な教えだと感じるであろう。だが……その教えを代々信じてきた人々は、皆、平凡な、当たり前に善人である人々だったのだ。傷つけてはいけない、盗んではいけない、もちろん殺してはいけない。己に厳しく、他に優しく、老いた者を敬い、子を愛しむ。正義を愛し、悪を憎み、正しきことを口にし、正しき行いをしよう……。そう子供達に教え、それを実践しようと努力しながら生きている平凡な民だ……。私の父も、祖父も、決してご大層な人物ではなかったが、そんな愛すべき民の1人だった。田舎の世話役で、やれ結婚式だ、葬式だと飛び回り、喧嘩があれば仲裁をし、子供が悪戯をしたと聞けば説教をし、村の若い者には剣も教えた。祖父は飲んだくれだが気の良いお人で、村の皆に好かれていたし頼りにされていた。父は、そんな祖父の息子にしては堅物で、世話役に徹する父親と違い、自分が騎士であることを何より重要だと考える人間だった。だから、人々からは尊敬されてはいたが、多少煙たがられていたかもしれない。何しろ融通が利かない男だったから……。だが、どちらにしろ、平凡で善良な、どこにでもいる普通の民だったのだ。私は彼らを愛し、彼らもまた私を……心から愛してくれた……!」 男の言葉を、眉を寄せて聞いていた公訴人が、コホンと小さく咳払いをした 「それでその……君は何が言いたいのかね?」 尋ねられたその瞬間、男の顔が、ふいに崩れるように歪んだ。 「………子供が……死にかけていたのだ………!」 裁判官席、公訴人席、代弁人席、そして傍聴席に集まる全ての人々の視線が、全身を震わせて立つ男に集中した。 「私は……村の世話役として、何より騎士として、魔族によって祖国の土が汚されることに堪らぬ怒りを感じていた。何としてでも魔物を祖国より叩き出さねばならぬ。アシュラムの人々を救わねばならぬと固く決意をしていた。そのために精力的に活動をしていたし、家の者にも、他の者が何と言おうと魔族と馴れ合ってはならぬと教えていた。人々は最初……私の言う事をよく聞き、魔族をアシュラムの国土より追い払うことを誓い合い、結束していた、はずだと思う。だが……日が経つに従って、私の下に集まる人々の数は少なくなっていった。そして、魔族を受け入れる人々の数が増えていった。彼らは最初こそ私や同志たちと目が合うと、おどおどと目を逸らし、こそこそと物陰に隠れた。だがすぐに……軽蔑や哀れみの目で私達を見るようになっていった。間もなく、物陰に隠れねばならぬようになったのは……私達の方になった。そんな時……私の、私と妻の間に生まれたたった一人の息子が、重い病に罹ってしまったのだ……」 『街に魔族の医術を修めてきたお医者様がいらっしゃるそうです! この国にはない良く効くお薬もあると! あなた、お願いです。そのお医者様に来て頂いて……!』 『馬鹿者! 魔族の医術だと!? そのようなおぞましい力で大切な息子の魂を汚してなるか!』 『でも学校の校長先生が、魔族の技術や知識は世界で最も発達したものだと……!』 『お前は気でも触れたのか!? 流行病は魔族が人間を滅ぼすために広めているものなのだぞ!? 病の元凶に病を直してくれと頼むつもりかっ!』 『私達は魔族を誤解していると聞きましたわ! 流行病と魔族は何の関係も……』 『黙れ!』 『あの子が死んでしまいます!』 『例え命を亡くそうと、魂が穢れ、闇に落ちるよりは遥かにましだ!』 『っ!』 『おっ、おいっ! どこに行く気だ!?』 『街に参ります! お医者様に来て頂いて、坊やを診て頂きます!』 『まだ分からぬのか!? 魔族の薬などを飲んでみろ、我が息子の血肉は人のものではなくなってしまうのだぞ! 牙が生え、角が伸びたらどうする!?』 『魔族の薬を飲んだ人は大勢おりますわ! 魔族の技術のおかげで死なずに済んだという人も大勢! でもその誰からも、牙や角が生えたという話は聞いておりません!』 『例えの話だ! つまり人ではなくなると……!』 『どうなろうと構いませんわ!』 『お、おまえ……』 『牙が生えようと角が伸びようと人でなくなろうと…! あの子が生きていてくれさえすれば、私は構いません! どんな姿になろうと私はあの子を愛しております!』 『……………』 『私は……母親ですから……!!』 『……ま、待て……』 『夫には従うものと、私はこれまでずっと耐えてまいりました。でももう我慢などいたしませんわ! あなたは1人で、時代遅れで見当外れの無意味な教えにしがみ付いておいでなさい! 私はあの子と未来に向かって生きていきます!!』 『………ま、まて』 『参ります!』 『待てと言っているっ!!』 『あなたは……!』 『私が』 『あなた…?』 『私が……行く……!』 「なぜ自分で行くと言ったのか、今も理由は分からない。自分で言っておきながら……。息子の容態は悪くなる一方で、一刻の猶予もなかったからか、それとも……常に私に従っていた妻の覚悟に衝撃を受けたためなのか……。とにかく、あの時私の頭は空っぽに、いや違う、真っ白に、ああそれも違う、つまり……何も考えられなくなり、気がついたらただ必死で馬を走らせていた」 「その、我が国で医術を修めた医者を呼びに行ったのだね?」 公訴人に尋ねられ、男が呆然と頷いた。 「呼びに…行った。そうだ。その医者の家には本人と、それから……緑色の髪をした女がいた。若くて美しい女だったと思う。だがその不思議な髪の色も、どんな女だったかも、気づいたのはずっと後になってからだった。その女は……医者と一緒に私の家にやってきた。私はずっと何も考えられない状況で、ああ、違う、何も考えようとしていなくて、とにかく2人に息子を診せた。そこでその女が……」 美しい光だった。 淡い金色の、まるで砂金が風に舞っているかのような、儚く、夢のような輝きだった。 その光が、寝台の脇に座り、子供の身体に翳した女の手から溢れては我が子の身体に吸い込まれていく。 『お子さんの病を治すものではないのです。これはこの坊やの、生きる力を強めるものなのです』 女は微笑みながらそう言った。 『生きる力、でございますか?』 妻の質問に、女が優しい笑みを深めて頷く。 『そうですわ。生きる力、病に打ち勝つ力を強めるのですよ』 女がそんな話をしている間に、医者が薬を調合していた。それを煎じて飲ませると、どっと汗が湧いて出た。 女は光を息子に送り続け、何度も薬を飲ませ、そして溢れる汗を拭う。 それを繰り返す内に朝がきた。 「朝陽が差し込んで、息子の顔を照らしたその時だった。息子が目を覚まし、そして……私達を認めると、弱々しいながらも笑みを浮かべ……」 『……と、さま……かあさま……』 『坊や! ああっ、私の坊や!』 『もう大丈夫ですよ。今日はお腹に優しいものを食べさせて上げてくださいね?』 「見れば見るほど不思議な女だった。てっきり医者の妻か何かだと思ったのに、医者の方が言うことを聞いている。そしてその姿も、どこかが普通の女と違っているような気がした。髪の色もそうだが、まだ若い、十代にしか見えぬ若さなのに……その女が……」 『あの……まっ、魔族!? あなたはその……っ』 『この方は、この度我が国に創設される医療学校の教師として眞魔国より赴任して下さった方なのですよ』 魔族の医術を修めた医師が笑って紹介した。 朝陽の中で、魔族の女がにこにこ笑いながら用意した朝食を食べている。 『……あっ、あのっ!』 妻が決死の声を上げた。 『ももももしっ、お望みであれば、息子を助けて下さったお礼として、どっどうかっ私のっ、私の魂をお食べ下さい! ああああのっ、この身体も、私は捧げる覚悟をしております!』 『お前……!』 ジャムを乗せたパンを口に運びかけていた女が、きょとんを目を瞠り、それからプッと吹き出した。 『人間の身体や魂を食べる魔族など、私、これまで聞いたことも目にしたこともございませんわ』 美味しい朝食を頂けたましたことで、十分満足しております。 人間の無知を論うこともなく、人の良さそうな笑顔のまま、看病の注意事項を幾つか言い残し、医者と魔族の女は去っていった。 「私の家に魔族が入り、その力で息子の命が救われたことはすぐに近隣に知られることとなった。だが不思議なことに、私を非難する声は全く上がらなかった。それどころか……私の影響下にある村に満ちたのは紛れもない……安堵感だった。皆が皆、ホッと肩の力を抜いて、村の空気は驚くほど穏やかになった。妻はすっかり明るく、そして強くなった。やっと皆の仲間入りができる、孤立せずに済むと大喜びで、わだかまりを捨てきれない私を哀れみの目で見ていた……」 「息子さんは? 元気になったかね?」 ああ、と男が頷く。 「すっかり元通りになり……元気になった。学校で友達に仲間外れにされることもなくなったと喜んで、以前より明るくなった……」 「すると君は!」 公訴人がパンと手を叩き、傍聴人の意識を自分の言葉に集中させた。 「何と驚くべきことに、息子を魔族の力、癒しの手によって救われていたという訳だ! ところが! 愛する我が子の命を救ってくれた魔族に感謝するどころか、家族が魔族贔屓になったことが許せず、村の中で爪弾きにされることに怒りを感じ、その不満と怒りをあろうことか魔族に向けた。そして、魔族に対し、友好と感謝の思いを籠めて差し伸べるべきその手に剣を握り、魔族に、魔族の子供達に、魔王陛下に向けたのだ!!」 「異議を申し立てる!」 オーレン先生が素早く立ち上がった。 「その者は陛下に剣を向けたが、決して子供達を狙ったわけではない! 公訴人殿の仰りようは、誤った認識に耳目を誘導することとなる!」 「子供達が集まるその場で、この男が躊躇わず剣を奮ったことに間違いはない!」 筆頭公訴人と代弁人一同がにらみ合う。 「事実、年端もいかぬ少女が利用されているではないか! 状況からみて、あの娘が毒を塗った剣の餌食になる可能性は非常に高かった! 被告人が陛下のみならず、何の罪もない子供達を傷つけることに躊躇いを覚えなかったことは、先の陳述からも明白である!」 魔族に愛息子を救ってもらっていながらだ! しんと、法廷内に静寂が訪れた。 「………これで良いのかと……思った……」 睨み合ったまま、動きの止まった公訴人と代弁人一同、そしてその場に居合わせた全ての人々が、ハッと意識を男に戻した。 人間の男は、何かに耐えるように上を向き、小刻みに唇を震わせながら口を開いた。 「……何百年も…何千年も、我らは正しいと信じてきた教えを子に孫に伝え続けてきた……。私も…両親や祖父母から……良い男になれ、正しい行いのできる立派な男になれ、立身出世など出来ずとも良い、人々に愛され、我が子に誇りに思ってもらえるように、神に対して、民に対して、代々の先祖が眠る愛するアシュラムの国土に対して、何一つ恥じることのない生き方をしろと…言われ続けてきた。その教えに間違いはない。そうではないか……?」 男の視線が、当て所なく法廷内を巡る。 「私はそれを胸に…生きてきた……。私の人生をこれまで支えてくれた人々は、皆、善き人ばかりであった。私は愛され、そして……愛してきた……。彼らの、家族や隣人への愛情、あの笑顔、何百年も何千年もに渡って人々を支え、愛情を育んできたのは、間違いなく私達の教えなのだ。親から受け継ぎ、子に伝え、延々繋げてきた教えであり、思いなのだ。そうして、その教えを、先祖代々受け継いできたその思いをこそ心の支えに、親を愛し、伴侶を愛し、子を愛し、人々を愛し……命を繋いできたのだ……!」 それを……! 声を絞り出し、男は再び顔を上に向けた。 「時代遅れの、見当外れの、まして無意味な教えだと一笑に付し、切り捨てて良いのかと……思った。祖父母の、両親の、私達を支えてくれた全ての人々のあの笑顔を、伝えられた思いを、こうも一刀両断に否定し、捨て去って良いものなのかと……。あの愛情に、思いに、嘘など1つもなかったのに……!」 確かに、間違っていたのだ。 それは分かっているのだ。 心はどんなに否定したいと願っても、頭はそれを知っている。 「だから……考えれば考えるほど……魔族を受け入れた、古からの教えを否定した、それでも善良であるはずの民の表情を…笑顔を…見ていると、どんどん分からなくなる。頭がどんどん混乱して、嵐に翻弄されているような気分になって、ますます分からなくなってくる。最後にはもう……何が正しくて、何が過ちなのか……私は……もう…悩むことすら……辛く、なって………」 人々が見つめる男の目から、滂沱の涙が溢れては頬を濡らし、きつく噛み締めた唇を濡らし、顎から伝い落ち、厚い胸で跳ね、そして床に零れて落ちていった。 静寂の法廷に、男が懸命に押し殺しながら、それでも漏れる嗚咽のみが響いていた。 「………みっともない姿をお見せした……」 男がガクリと肩を落す。 「申し訳ない……。このような話を…するつもりはなかった。そもそも………何をどう…話していいのかも……分からなかった……」 中途半端な間を置いて、ゴホン、とわずかに遠慮気味の咳払いの音がした。 ええと、と言い掛けてから、筆頭公訴人は代弁団員一同に向けると、どこか困った様子で肩を竦めた。 それに同じ様に肩を竦めてみせて、それからハウエル先生は深々とため息をついた。 「僕は本来、こういうお涙頂戴な展開は好きじゃないんだけどね」 法廷の片隅で、壁に凭れ、腕を組んで立つ村田が言った。 その視線の先にはユーリがいる。 唇を固く噛み締めて、大きな目を大きく見開き、瞬きもせず男を見つめている。 親友の姿をしばらくじっと見つめて、それから村田はふうと息を吐き出した。 「渋谷」 2度繰り返して呼んで、ようやくユーリが親友の存在に気づいた。 「明日は最終弁論だよ。その前に先生達に差し入れでも持って行かないかい?」 →NEXT プラウザよりお戻り下さい。
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