愛多き王様の国・10 |
「………何が目的だ……?」 傷だらけの古ぼけた卓の向こうに座る男が、上目遣いでハウエル先生を睨んだ。 大きな男だ。立てばハウエル先生の軽く頭1つ分、背が高いだろう。 背丈だけではない、長年武人として鍛えてきたのだろうその身体は、がっちりとした筋肉に覆われて、頑健という言葉が実にしっくりくる逞しさだ。 ……もっともその逞しさは、ここしばらくの生活でかなり衰えているようだが。 とにかく、そんな大きな男が、今、どこか卑屈な上目遣いでハウエル先生を睨んでいる。 「説明は受けてるはずだぜ? 俺ぁ代弁人だ。まず、お前ぇさんがここで不当な扱いを受けないよう護る役目がある。それから、これから裁判も行われる訳だが、ここでもお前ぇさんが法律に従ってきちんと裁かれ、不当な罰を受けないようにお前ぇさんを支えて、まあ、一緒に戦っていくことになる。ま、よろしく頼むぜ」 男は、異世界の言葉を聞かされたかのように顔を顰め、まじまじとハウエル先生を見つめると、盛大に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。 「…何を言っているのかさっぱり分からん。ダイベンニンなど聞いたこともない。そもそも……」 男は勢いをつけて頭を巡らし、ハウエル先生に向けて顔を突き出して叫んだ。 「俺は、お前達の王を殺そうとしたのだぞ!!」 それだけの言葉で、男はもう息切れしたように激しく肩を上下させている。 前に進み出ようとした獄吏を制し、ハウエル先生は落ち着いた様子で男を観察した。 そう。 この男こそが魔王陛下を襲った人間の1人、その中でも中心的人物であり、直接陛下に剣を向けた張本人であった。 お前達は。 男が擦れた声を上げる。 「…お前達は…魔族は、一体何を考えているのだ……? 我々人間には、お前達化け物が考えていることなど全く理解できんわ! 同じ姿をしていても、やはりお前達は人には理解できぬ生き物、魔物なのだ……っ!」 やつれた顔で、無精ひげを伸ばして、その姿はいかにも荒んでいる。大きな身体をしているくせに、まるで襲ってくるものから身を護ろうとするかのように背を丸めた様子は異様に卑屈だ。ハウエル先生を上目遣いで見据えるその目も、ひどく熱を孕んでぎらついている。だが。 血走った眼差しで挑発的な言葉を吐き出す男の様子を、ハウエル先生はじっと観察していた。 男の目には。 ハウエル先生は考えた。 魔族を忌避する思いと同時に、何かをひどく怖れているような、同時にハウエル先生の反応をじっくりと探っているような、微妙なものがほの見える、ように感じる。 ふん、と鼻を鳴らして、ハウエル先生はぽりぽりと顎を掻いた。 「俺達の国の法律は、別にお前ぇさん達に理解できないってほど複雑怪奇なモンじゃねえけどな。俺達がこれからやろうとしてるなあ、法律に従って、ちゃんと裁判をしようってだけのことさ。お前ぇさん達はこれから裁かれることになるが、人としての権利を全てなくした訳じゃあねえ。それをきちんと護っていくのも俺の仕事だ。取調べの時や、それ以外でも、何か暴力を奮われたり、不当な目にあったということはねえか? 食事を抜かれたとか、そういうこともあれば言ってくれ。俺はお前ぇさんの代弁人として、お前ぇさんの権利を護っていく役目が……」 バンっ、と。2人の間の卓が鈍い音を立て、揺れた。 男の大きな節くれ立った手が、卓の上に広げられている。 「なぜ俺を鞭で打たんっ!? 棘のついた鞭や棍棒で、俺の身体を責めれば良い!!」 男が怒鳴る。 でけぇ図体して、気色の悪い趣味をしてやがるな。 一瞬気持ちの悪い想像をしたハウエル先生だったが、きゅっと眉を顰めただけにしておいた。たぶんこれは趣味の話ではないだろうから。 「お前ぇ、何日か掛けて全部自供したってんだろ? どうしてこんなことをしたのかも、仲間が他にいるのかも、全部だ。こちらの聞きたいことを全部話してもらったのに、どうして拷問しなきゃならねぇんだ?」 ハウエル先生の言葉に、男がぐぐぅっと喉を鳴らす。 「俺はお前達の王に斬りかかったのだ! 魔王はさぞ怒り狂っているだろう。王が怒っているのに、お前達はなぜ何もしようとしない!? なぜ、王の面前に俺達を引き出し、王の目の前で八つ裂きにし、魔王を喜ばせようとはしないのだ! 人間達が苦しみもがいて血の海に沈む姿こそ、魔王の最も楽しみであろうにっ!!」 お前達の王を喜ばせろ! 俺を殺せ! 男が目は、まるで油の幕に覆われたかのように、異様な輝きにぎらついている。 口の端から泡を飛ばして、男はさらに叫んだ。 「魔物なら魔物らしく、俺達をむごたらしく殺せ! 食い殺せ! 八つ裂きにして、生き血を啜れ!!」 ああ、そうか。 ふと、頭の中で言葉が形になる前に、その呟きがハウエル先生の口をついて出た。 「……ああ、なるほどなあ」 うんうんと頷きながら、どこかしみじみとそう言うハウエル先生に、喚いていた男が虚を突かれた様子で口を閉じた。 「お前ぇさん、そうか、それが怖かったのか」 「……こ…怖い、だと……? 俺が一体何を……」 「お前ぇさん、魔族が化け物だって信じていたいんだな? 魔族が人間っていう正しくて立派な種族を滅ぼして、世界を闇に変えちまおうとしてる悪魔でいて欲しいんだ。そうだろ?」 「何をふざけたことを…っ! いて欲しいもなにもない! お前達魔族はまさしく魔物、闇の生き物ではないか!!」 「お前ぇさん、一体どれだけこの国にいたんだ? 眞魔国は闇の王国か? お天道様を怖がってる魔族を1人でも目にしたのかい? 今は何時だ? まだ朝っぱらだぜ? ああ、今朝は早起きさせて悪かったなあ。何せ俺はお天道様が顔を出すと同時に目が覚めるからよ、仕事を始めるのも早ぇんだよ。その代わり、夜はとっとと寝ちまうがね。夜更かししても、ろうそく代が無駄になるだけだからな」 「………う……」 「お前ぇさんは俺達に、お前ぇさんがこれまで信じてた通りの化け物であって欲しかったんだ。そうすりゃお前ぇさんは、自分が正しかったんだって胸を張っていられる。どんなに惨たらしく殺されようと、人間の誇りを護って、戦士として、悪魔と戦ったんだと信じて死んでいける。だが……実際はそうじゃなかった。お前ぇさんは、勝手な思い込みで何の罪もない俺達の王様に斬りかかった、ただの咎人、人殺しのなりそこないだ。お前ぇさんはそれを認めるのが怖いんだ」 「違う…っ!」 「そりゃあそうだろうよ。気持ちは分かるぜ? 認めちまったら最後、これまで生きてきた人生全部が間違ったことにされてしまう。そんな風に考えてるんだろう? お前ぇさんだけじゃあねえ。お前ぇさんの親兄弟も、友達も、連れ合いも、誰も彼もが、いいや、お前ぇさんが信じてきた世界も、神様も、何もかもが間違っていたと否定されて……」 黙れぇっ!! 耳ざわりな音と同時に、男が立ち上がっていた。男の背後に粗末な椅子が転がっている。 高い所からハウエル先生を見下ろす男の目に浮かんでいるのは、今度は間違いなく、恐怖と絶望の光だった。 魔族を卑しむ光がないことを確認して、ハウエル先生はふうと小さく息を吐き出した。 「座んな」 獄吏が椅子を直し、男の二の腕を軽く叩いた。 がくりと何かが抜け落ちたように、男が椅子に腰を下ろす。 「……………なぜだ……?」 「認めちまっても、お前ぇさんの世界は壊れたりしねぇよ?」 「……なぜお前達は、化け物らしく俺を殺してくれんのだ……?」 「誰もお前ぇさんの人生を否定したりしねぇ。そういうこっちゃねぇんだ」 「どうしてお前達は陽の光の下で笑っているのだ……? どうして何もかも人間と変わらないのだ……? どうして……」 「種族が違うってことは、つまりまあただ違うってことで、良い悪いで論じることじゃねぇんだよ。俺たちは違う種族だ。違うのはそれだけだ。それだけなんだよ」 「…………それだけ……?」 「ああ、そうさ」 呆然とした顔を上げて、男がじっとハウエル先生を見つめてくる。 男に見つめられてもなあと苦笑を浮かべながら、ハウエル先生はゆっくりと言った。 「分かってるくせに認めないでいる方が、お前ぇさん、ずっと辛いはずだぜ? それこそ魂が闇に落っこちちまうみてぇにな。自分の中の暗いトコばっかり見つめてねぇで、お前ぇさんもお天道様に目を向けちゃあどうだ?」 な? と軽く呼びかけて、ハウエル先生は立ち上がった。 「今日のところは挨拶ってことで、また来るさ。いいか? 俺はお前ぇさんの権利を護り、お前ぇさんが不当な罰を受けないように、裁判でお前ぇさんを代弁するのが仕事だ。それが完了するまで、俺はお前ぇさんの相棒だ」 「………相棒……?」 「おうよ」 頼りにしとくんな。 じゃあまたな。軽く手を上げて、ハウエル先生は接見室を出た。 「……まあ大体のところ、似たようなものだな」 書類を捲りながら、オーレン先生が言った。 彼ら、魔王陛下暗殺未遂事件代弁団の代弁団員一同が集っているのは、彼らが現在寝食を共にしている邸で、彼らが「会議室」と名づけた大広間だった。 ちょっとした夜会が開けるほどの広間(本来それこそがこの部屋の役目なのだろう)の一画には、巨大な会議用の卓が置かれ、主たる代弁人達がそこで日々活発な議論を繰り広げている。 そしてその脇には、補佐役達の事務机や作業用の卓、本棚、書類の整理棚が設置されていた。 事務机も作業用の卓も本棚も整理棚も、わずかな日数の間にぎっしりと物が詰め込まれ、またうず高く、そしてかなり乱雑に積み上げられていた。壁のあちこちにも、美しい装飾や柱などどうでも良いとばかりに、日程表や注意書き、覚え書きなどを書いた紙が貼り付けられている。 邸をデザインした建築家は嘆くかもしれないが、これぞまさしく法律事務所だと、透はしみじみ感動していた。 金を持った客に見せる顔はそれぞれあるだろうが、戦う法律家の現場に、世界の違いなど全く関係ないのだろう。 「私が担当した者は」 補佐用の事務机を1つ拝借し、ユーリと村田への本日の報告書を纏めつつ、透が先生方の会話に耳を傾けていると、ふいに鳥の囀りの様に澄んだ高い声が飛び込んできた。 「被告の中で最も年少だったせいか、かなり柔軟な精神の持ち主でしたわ」 声の主は、大きな会議用の卓を囲む法学者達の1人、クルト・メリージェンという名の女性法学者だ。ちょっと学者とは思えない、仇な雰囲気を醸し出している。髪飾りを散らした波打つ赤毛を背に流し、きっちりと化粧を施した顔に切れ長の目をしたその女性法学者は、全身のそこかしこ─伸ばした指の先やきゅっと上がり、また時折きゅっと窄められる口元、軽く傾けた首筋……から、絡みつくような色気が漂う。 男性法学者達が、思わず見惚れそうになる自分に気づいて、いささかわざとらしく視線をずらした。 実はクルト先生が参加したことで、ハウエル先生はちょっと深刻な状態に陥っていることを透は知っていた。 アニッサ夫人が彼女に対して、強烈な敵愾心をむき出しにしているのだ。 やれあの女に見惚れていただろう、あの女と内緒話をしていただろうと、さんざん胸倉掴まれて、辟易としている姿を目にしたこともある。 『あの女はきっと若い男を弟子だとか言って侍らせて、いい気になってやがるんだよ!』 アニッサ夫人はそこまで言って憎々しげにしていたが、その中傷は実際ただの中傷で終わった。なぜならクルト先生の弟子は全員女性だったからだ。 そりゃまあ、美人が側にいれば見惚れるのは男の性ってもんで、些かくたびれた女房に文句をつけられても止まるもんじゃあねえ。……と、ハウエル先生にボヤかれて、透も思わず吹き出したものだったが……。 「眞魔国に入国して以来、ずっと疑問を感じていたそうです。私達魔族が、あまりにも言い伝えと違って、人間と変わりのない生活をしていることを目の当たりにしたために。角を生やして、黒い翼と鉤爪を持った魔族を探すつもりでいたのに、いないので本当に困ったなどと、可愛らしいことを言ってましたわ。私を見る顔も真っ赤にして」 くすくすとメリージェンが笑う。 「魔王を狙った一味なのだから、さぞかし惨い目にあうとばかり思っていたのにそうではなかった。驚いたが、正直なところ感謝している、とも。年長者が側にいなかったので、素直になれた様子でした。ああ、そうそう、話をたくさん聞いてもらえて嬉しかったとも言っておりましたわね。話というのはあれでしょう? フォンカーベルニコフ卿が発明したとかいう、告白を促すお薬」 「ああいうものは、少々困るね」 今度の声は、やはり新たに参加してきた法学者、ハウザー・ヨーゼフ先生が声を上げた。 ハウエル先生やオーレン先生より更に年長の、既に髪も白くなったまさしくベテラン法学者だ。 「私も読んだのだが、決意に到る精神状態から行動までの経緯も、かなり詳しく語られているね。我々にとって悪い内容のものではなかったから良いとしても、あのような、効果が立証されている訳でもない薬を突然使って自供を得ても、証拠として認められるかどうか分からん」 「少なくとも」 クルト先生がにっこり笑いながら後を引き取った。 「もし逆の立場でしたら、私もその点を指摘して証拠能力を否定しますわ」 「だが、内容以上に我々にとってあれは役に立っている」 オーレン先生が、弟子が淹れてくれたお茶で喉を潤しながら言った。 「かなり長期に渡って己の人生を語ったというではないか。それに我が国の尋問官がとことん付き合ってやったことで、彼らの魔族に対する意識がかなり変化しているように見受けられる。私が担当する者は、このような企てをなしたことに対して後悔を匂わす言葉を口にしていたほどだ。彼らの心の変化は、生い立ちや受けてきた教育と合わせて、情状酌量の材料になるな」 「まあそのためにも、よ」 ハウエル先生が小さくため息をつきながら言った。 「あいつらが今度の事件を起こすに到った原因と経緯を、もっとしっかりと固めておかなきゃならねえのよ。……おい、トール」 いきなり呼ばれて、透の顔が跳ね上がる。 「…あ、はい、先生?」 「アシュラムの連中から話を聞く件、どうなってる?」 それでしたら、とトールが立ち上がった。 「先生方のお話が一段落しましたら、ご報告するつもりでいました。血盟城からは、アシュラムの方々は今回の裁判に全面的に協力するとのお返事を頂いてます」 「それは助かる」 オーレン先生が満足そうに頷いた。 「自国の不名誉になるからと、拒んでくる可能性もあると考えていたからな」 「アシュラムは、ザイーシャとかいう鳥の活躍のおかげで名を上げましたからね」 血盟城は、暗殺未遂犯がアシュラム人であることを今現在も伏せていますし。 一人前の法学者として、今回の代弁団員の一員として認められたベイズリー・ロードンが穏やかに言った。 「暗殺未遂犯がアシュラム人であることを、アシュラムの人々も今さら我が国の民に知られたくはないでしょう」 「その部分は伏せて欲しいと頼まれる可能性もありますね」 頷きながら言ったのは、オーレン先生の弟子で、やはり代弁団員として承認されたバルグ・エルンストである。 すなわち、ハウエル・ハウラン、オーレン・アンセル、クルト・メリージェン、ハウザー・ヨーゼフ、ベイズリー・ロードン、バルグ・エルンストの6名が、今回の裁判における主たる代弁人だ。他の弟子達は彼らの補佐として、さまざまな作業を受け持つことになっている。 ふん、と鼻を鳴らして、ハウエル先生が書類から顔を上げた。 「まだまだ話を聞く相手が足りねぇな」 「確かにな」 オーレン先生が頷く。 「とにかく何より事件の全体像をしっかりさせなくては。彼らの行動ははっきりしているが、我が国の民の証言が絶対的に足りん。事件の現場にいた人々の証言も、集められるだけ集めたいのだが……難しいかな」 「俺たちゃ嫌われてるからな」 ハウエル先生が続けた。 「とにかくまあ、やれるだけのこたぁやってみよう」 トール。ハウエル先生が再び透を呼んだ。 「魔王陛下に話を聞きたい。手配してくれ」 一瞬目を瞠る透の周囲で、法学者達が、そして弟子達が、ぎくりと身体を強張らせ、一斉にハウエル先生に目を向けた。 「ハウエル、それは……」 「言ってみりゃあ、あいつらの一番近くで事件を目撃したのが魔王陛下その人だ。話を聞くのは当たり前のことじゃあねぇのか?」 「相手は陛下だぞ?」 「だから何だ?」 うーむ、とオーレン先生が腕を組んで唸る。 「血盟城が了承すまい」 「そこを何とかしてもらうのさ。おいトール、お前ぇの御主人様に頼んでくれ。いいな」 いいな、と言われても。 透の顔が、複雑な心境に複雑に顰められた。 「何でぇ、何か文句があるのか?」 「……いえ、文句なんてとんでも……ただ、その……」 困ったように肩を竦めてから、透は自分をじっと見上げるハウエル先生と目を合わせた。 「………とにかく、その旨伝えてきます」 一礼すると、透は纏めた書類を手に、足早に部屋を出た。 「ハウエル」 「何だ?」 「彼、トールのことだが」 「ああ」 「あの青年は実際のところ何者なのだ?」 オーレン先生に尋ねられて、ハウエル先生は「ふん」と鼻を鳴らし、卓の書類から手を離すと、椅子の背もたれに背を預けた。 代弁団が正式に発足し、本格的に活動することになったその日。ハウエル先生はトールを全員に紹介した。 『この若いモンは……姓はなんつったかな?』 『スズミヤです。スズミヤ・トールと申します。よろしくお願い致します』 『上級裁判所を動かして、俺が代弁団の首席になるように手を尽くしてくれ、お前ぇさんらが集まるよう手配してくれ、こんなすげぇお邸を用意してくれ、食い物や酒はもちろん、女房達にはドレスまで用意してくれ、とまあ、あり得ねえほど良くして下さってるどこぞのお貴族様にお仕えしてるヤツだ。自称法学生だが、ホントのところはよく分からねえ』 『せ、先生、僕は本当に……』 『確かに法学の知識は生半可じゃねえな。ま、そういう訳で、俺達とその奇特にして酔狂などこぞのお貴族様の間を取り持って、俺達が活動しやすいようにしてくれる大事なお人だ。そのつもりで丁重に扱ってくれ。何せ、こいつの機嫌を損ねると、邸から追い出される上、代弁もできなくなっちまう可能性があるからな』 『そんなことはしません! 先生、先生は何か誤解をなさって……』 『俺は昔っから貴族とソリの合った試しがねぇんだよ。用心に越したこたぁないからな』 『……………』 「あの時言った以上のこたぁ、俺も知らねえよ」 自分の言葉に困り果てた顔をしていたトールを思い出しながら、ハウエル先生が答えた。 「あいつが何者かってことより、俺ぁ、あいつの後ろにいるヤツが何者かって方が気になる。こうもとことん面倒を見てくれる相手が、息子だとかいうガキ以外、実体をこれっぽっちも見せねえってのは気味が悪い。その息子共にしたって、名乗りはどう考えても偽名だしよ」 「好意を示していながら偽名を使う、というのも良く分からんな」 オーレン先生も頷いて言った。 「警備の兵も、なかなかよく訓練されているようだ」 ハウザー先生が横合いから会話に参加してくる。 「私兵だろうが、相当の上流貴族だろう。ただの好意にしては、少々行過ぎているようにも思うが……。まあ、これほど素晴らしい邸に住まわせてもらって、文句を言えんがね」 「まさかと思いますが」 おずおずとバルグ・エルンストが会話に加わってくる。 「我々は暗殺未遂犯の代弁人です。その我々をこれだけ厚遇するというのは……よもや魔王陛下に何らかの叛意を抱いている存在、などということは……」 「私達を利用しようとしている、ということ?」 クルト先生に問い掛けられて、エルンストが遠慮がちに頷いた。 「どう利用しようってんだ? 俺達は、別にあいつらを無罪にしようってんじゃねぇんだぜ?」 うんざりした顔でハウエル先生が言う。 「あいつらが陛下を殺そうとしたことは事実なんだからな。罪に相応しい罰を与えるってただそれだけのことを実現させたって、陛下に対するどんな反逆にもなりゃしねえよ」 「何か……利用できることがあると考えているのかも……」 「利用とはどのようにだ?」 師匠のオーレン先生の質問に、エルンストが困ったように首を傾ける。 「分かりませんが……何か……」 「分からぬことを軽々しく口にするな。無駄に考えすぎるのがお前の欠点だと、昔言ったことがなかったか? 私は単に法律に造詣のある人物の好意だと考えている。何かあるとしても、我々がなすべきことをきちんとしていれば、どのような問題も起こりようがない。違うか?」 申し訳ありませんと、エルンストが頭を下げる。 そんな師匠と弟子の会話を眺めて、ハウエル先生は「ふん」と鼻をならした。そしてすぐに、「叛意だの反逆だのは、俺もねぇと思うが」と続けた。 「確かに、何か裏があって、いずれどんでん返しを喰らうんじゃないかってこたぁまあ……。正直なところ、俺も気になっちゃあいるんだ」 眉を顰め、深刻な表情でそういうハウエル先生の様子に、オーレン先生がぷっと吹き出した。 「……何でぇ。何か文句があるのかよ、オーレン」 「そのように、裏を疑わずにはおれないというのは、貴様のこれまでの所業がどれだけ悪かったかの証だな」 図星と思ったのか、ハウエル先生の顔が盛大に歪む。その様子に、部屋にいた人々が一斉に吹き出した。 「下らねぇ話は止めだ。仕事をするぞ…!」 「なるほど、陛下に話を聞きたい、と」 透の隣を歩く大賢者猊下が、笑みを浮かべながら言った。 血盟城。 ただ今魔王陛下は十貴族会議の真っ最中である。 代弁団の状況報告と、ハウエル先生の依頼を伝えるために登城した透だったが、それを知らされてすぐに目的地を変更した。 魔王陛下の時間が空くまで、行政諮問委員会に顔を出しておこうと考えたのだ。透がいわば「特別任務」を与えられていることは知らされているはずだが、だからといって音信不通ではいたくない。 そんなこんなを考えながら回廊を歩き始めたところで、透は大賢者とばったり出くわしたのだ。 大賢者猊下は魔王陛下と同じく、その身分の高さを思えばあり得ないほど身軽に行動する。 透と出くわした大賢者は、その時も単独で、数冊の本を脇に挟んで歩いていた。 もっとも、ごく当たり前の日本人高校生としての彼らの姿を知っている透にすれば、その身軽さにもあまり違和感を覚えることはないのだが……。 「ウェラー卿や警備をしていた兵士達を飛び越えて、いきなり陛下にってところに先生の気合を感じるねえ。ほとんど喧嘩腰の気合だけど」 「喧嘩腰ですか……」 呟いて、自分に対するハウエル先生の態度を思い返した透は、思わず吹き出しそうになった口を押さえた。 「僕、すっかり怪しい正体不明の謎の男にされてしまいました。代弁団に対する待遇が並みじゃないですからね。何か裏があるに違いないと、かなり用心しているようです」 まあそうだろうね。村田はくすくす笑いながら頷いている。 「貴族や上流階級の連中とはとことん合わなかったみたいだしね。疑ってかかる気持ちはとても良く分かるよ。むしろ当然だね」 「ああも良くしてくれる後援者が、全く正体を見せないのですからね。まさか坊っちゃん達がその当人だとは思いもしないでしょうし」 「ましてそれが、魔王陛下と大賢者猊下とは想像もできないでしょうね」 回廊を歩く2人の背後から聞き慣れた声が掛けられた。 ゆっくりと振り返った大賢者、そして透の前方から、ウェラー卿コンラート、そしてグリエ・ヨザック、ハインツホッファー・クラリスの3名が2人に向かって歩いてくる。 「渋谷を迎えに行くのかい?」 「はい。そろそろ十貴族会議が終了するはずですから」 にこやかに答えるコンラートの顔が、透に向いた。 「ご苦労だな。問題はないか?」 「透さんは、先生達からすっかり謎の未確認生物扱いされてるみたいだよ?」 UMAかい。ネッシーとかイエティとかヒバゴンとか、そんな名前が浮かんで透は思わず天を仰いだ。 「未確認生物はないと思いますが……」 コンラートが気の毒そうな顔で透に笑い掛ける。 「正体不明ということで、用心されることは十分あるでしょうね」 「まさしくそれです」 笑顔で返すと、コンラートの笑みが深くなる。 軽く頷き合って、それから透は視線をコンラートの半歩後方に佇むクラリスに向けた。 さりげなく向けたつもりの視線に、だがクラリスは敏感に反応した。 すっと視線を滑らせ、すぐに透と目を合わせてくる。 何が言える訳でもないのに何か伝えたくなって、透はふと口を開いた。 その時だった。 コンラートが、剣を納めた鞘を素早く腰から外した。そして剣を納めたまま、それをすうっと持ち上げた、と見た瞬間。 クエーっ!! 鋭い、まさしく空気を切り裂くような高周波の音が響くと同時に、バサバサッと乾いた音が一気に耳に襲い掛かってきた。 カッ、と。 剣を納めたままの鞘が鳴った。 同時に、視界に飛び込んできた黄金の塊が弾け飛ぶ。勢い良く弾けた塊は、だがすぐに態勢を立て直し、空中でホバリングを始めた。 バサリ、バサリと、巨大な翼が優雅に上下する。 そして、そのまま鋭い眼差しを、敵、もしくは得物と見極めた相手に向ける。 「いい加減、諦めたらどうだ? ザイーシャ」 見下ろす鳥を見上げもせず、コンラートが笑う。 「俺はお前などにやられたりしないぞ?」 普通なら、一体この男は誰に向かって不敵に笑っているんだろうと疑問に思うところだが。 いい加減この攻防を見慣れた一同には、「またかい」という感想以外何も浮かばない。 「ザイーシャが全面攻撃に入ってしばらく経つけど、ウェラー卿も意外とケリをつけようとしないねえ」 「変にケリなんてつけられたら国際問題です、猊下」 どこか残念そうな村田に、げっそりした顔でヨザックが返した。 「僕、眞魔国で焼き鳥が食べたいなあ」 「……他所の国の守護鳥を食べようなんて思わないで下さい……。それにあいつの肉はたぶんかなり硬いと思いますし」 「おや? ヨザック、いつ僕がザイーシャを食べたいなんて言った? 僕は単に日本の代表的な味、焼き鳥をこの国で味わってみたいな〜とふと思っただけだよ?」 「ふと、ですか……?」 「そうさ。君もクラリスも焼き鳥ってどんな料理か知らないだろう?」 「単に鶏肉を焼いたものではないのですか?」 真面目に問い返すクラリスに、村田が「ちっちっち」と指を振る。 「君達が考える、鳥をただ焼いただけの料理とは比べ物にならないよ。日本の奥深い文化と、職人の絶えざる努力によって磨かれた鳥の焼き具合、肉と絡み合う絶妙なタレの味……」 「はあ……」 「君達にもぜひ1度味わってもらいたいね。何といっても、今ここの氷室にはそれはもう有名なお店のタレが保存されているんだし。もっとも」 ウェラー卿以外、この僕も渋谷も、そのお店の料理がどれだけ美味しいのか知らないんだけどね。 「………今度祖父に言って、陛下と猊下を御招待させて頂きます……」 ちろりと自分を見上げる大賢者猊下に、透が恭しく、内心ため息をつきながら言った。 などという会話がなされている間も、ウェラー卿コンラートとアシュラム公領の守護鳥ザイーシャの戦いは続いている。 大きな身体にそぐわない敏捷な動きで急旋回を繰り返しながら、ザイーシャが鋭い爪や嘴でコンラートに襲い掛かる。それをコンラートが、鞘で軽々と撃退している。 爪や嘴が鞘とぶつかる鈍い音が何度も回廊に響く。 「そろそろタイムアップだな。会議も終わる頃だろうし、ヨザック、彼らを止めて」 村田に命じられて、戦う獅子と神鳥に目を向けたヨザックがため息をついた。 「……はあ。しかしザイーシャはエラく粘りますね」 「生まれながらに人間達に傅かれて育った鳥だからね。悪を挫く神の鳥だと言われて本人も、えーと、本鳥もその気になっているだろうし。こうも鼻であしらわれちゃあ沽券に関るってところだろう」 鳥の沽券かあ。 何だかイロイロ引っ掛かる気もするが、ここで疑問を口にするのはやめておこうと透は賢明にも考えた。 「えーと、隊長、そろそろ……」 ヨザックが1歩踏み出した、その時だった。 「なんだよ、皆、こんなとこにいたのか!? おーい!」 紛れもない、眞魔国臣民が愛してやまぬ魔王陛下の声がした。 ハッと。 全員の顔が一斉に声のした方向に向く。 回廊の先から、ユーリとフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムが揃ってこちらにやってこようとしている。 再びハッと。 全員の顔が一斉に反対側、コンラートと鳥の戦場に向いた。 「…相変わらず見事なものだねえ……」 大きく首を振りながら、しみじみと村田が言った。 見事というか、馬鹿馬鹿しいというか。 そこにはにこやかな笑みのウェラー卿と、その腕にゆったりと身を任せているザイーシャがいた。どこからどう見ても、すっかり仲良しさんだ。 「会議室を出ても誰もいないからどうしたのかって思ったぞ? 何かあったのか?」 「いいえ、何もありませんよ? お迎えが遅れまして申し訳ありませんでした」 ザイーシャを腕に留まらせたまま、歩み寄るコンラートに、「コンラッド!」とユーリが駆け寄る。 「何もないならいいんだ。忙しかったんだろ? ザイーシャもいたんだな。…近頃コンラッドとザイーシャって仲が良いよな! よく一緒にいるし」 それは仲が良いんじゃないんです。喧嘩の真っ最中に陛下がおいでになるからこうなるんです。 陛下に仲違いしている姿を見せることは、さすがにこの2人(?)も憚られるのだろう。 ザイーシャがコンラートに挑むのは必ずユーリのいない時を狙っているし、角突き合せている最中にユーリが姿を、いいや、気配を感じただけで瞬間的に態勢を変える。ほんの一瞬で仲良しのポーズを取ってみせるのだ。その変わり身の早さ(?)といったら、いっそ感動的なくらいだ、と初めて目にした時透はしみじみと思った。 今もザイーシャはコンラートの腕に留まって、ぐるるんと喉を鳴らして袖に頭を摺り寄せている。 コンラートもまた、可愛いやつと言いたげに、首の後ろを指で掻いてやっている。 だが……。 ザイーシャの足が留まっているコンラートの軍服の袖には、ちょっとすごいくらいの皺が寄っていて、さらに良く観ると、袖の皺に隠れた爪ががっしりと腕に食い込んでいるではないか。 これはもう留まっているというよりも、腕をわし掴んでいるというか……こいつの腕を千切ってやろうという強烈な意志を感じるほどだ。 そしてコンラートもまた、羽の中に潜り込んだ手が何やら不穏な動きをしているようで、ザイーシャの表情(?)がどんどん歪んでいくようにも見える。 これは全て透の考えすぎ、錯覚、妄想……なのだろうか。 「……僕の勘違いだと思いたいんだけど……隊長の発想と行動があの鳥が同じレベ……同じ水準なような……」 「深く考えるとイロイロ哀しくなるから止めとけ」 魂の昔なじみに間髪入れずに返されて、透は思わず瞑目した。 「……だな。確かに」 ぐるっぽ〜と声を上げながら、ザイーシャが軽やかに(逃げるように?)ユーリの肩に飛び移る。 さすがにこの時点でコンラートは何もしない。ただ爽やかな笑みで(一部の目にはうさんくさいことこの上ない笑顔で)見送るだけだ。 「よしよし、ザイーシャ」 ザイーシャの喉を指でこりこりと掻いてやりながら笑っていたユーリが、ふと表情を変えた。 「……ごめんな、ザイーシャ」 唐突なユーリの謝罪に、その場に集った全員がきょとんと主の顔を見つめる。もちろんザイーシャも。 「本当は大公様と一緒に戻してやれば良かったんだけど……。このままじゃ裁判が終わって落ち着くまで、ザイーシャはアシュラムに戻れないことになっちゃうよな。ホントにごめんな、ザイーシャ。お前もアシュラムのことが気になるだろう? お前はアシュラムの守護鳥だもんな」 じっとユーリを見つめていたザイーシャが、あれ? という顔(…)で宙に目をやる。 ……アシュラムのこと、綺麗さっぱり忘れてたな、こいつ。 全員が同時に同じことを考え、揃ってため息を密かについた。 「なるべく早く故郷に戻れるようにするからな? あ、何だったら、アシュラムに戻る予定の留学生の人とかいたら、その人に頼んでお前も一緒に……ザイーシャっ!?」 ユーリの言葉の途中から、目を見開き(?)、ふるふると震え始めたザイーシャが、バサっと大きく羽ばたいたかと思うと、ユーリの肩を蹴る勢いで飛び立っていった。 そして見る見る空の彼方へ飛んでいく。 ……何だか……言い返せずに、ワッと泣きながら走り去って行くやんちゃな子供みたいだな……。 視界から消えていく黄金の鳥を見つめながら、透はふと考えた。 「……どうしたんだろう、ザイーシャ。いきなりあんな……」 ザイーシャが飛び去った方向を見つめ、ユーリが心配そうに呟いた。 「トイレじゃないでしょうか? 何だか身体も震えてましたし」 罪も邪気もない顔で、コンラートがライバル(?)を陥れに掛かる。 婚約者の常に信頼できる言葉に、病気でもなければ、何か不測の事態が出来したのでもないと安心したのか、「ああ、そうか!」とユーリが笑顔も明るく頷いた。 「……隊長もな」 1人呟くようなヨザックの言葉に、透がその顔を見上げる。 「婚約なんぞしても、いや、たぶん……結婚した後も、きっとずっと不安なままなんだろうな」 もっと自信っつーか、そろそろ自分が幸せになれるってことを信じても良いだろうに、な。 ヨザック……。 しみじみと幼馴染を見つめる友人に、透も深く息を吐き出してから口を開いた。 『彼』も昔から考えていたことだけど。 「お前ってホントに苦労性だな、ヨザック……」 「あ、透さん、お疲れ様です。どうですか? 先生達、順調かな?」 愛らしい笑顔を向けられて、透は即座に表情を変えた。 「はい、陛下。メンバーも揃ったこともあって、勢いがついてきました。まだ準備段階ですが、順調に進むと思います」 そっか、とユーリが破顔する。 「それでね、渋谷、透さんが先生達から頼みごとをされてきたんだってさ」 頼みごと? 村田の言葉に、ユーリがきょとんを小首を傾げる。 「そっかあ。そうだよな、テレビのサスペンスものとか見てても、弁護士って色んな人から色んな証言集めてるもんな。……事件が起きた時の証言かあ……。けどおれ、びっくりしてよく覚えてない気がするんだけど……」 ああでも、と言いながら、ユーリが村田を見上げる。 「おれ、魔王として先生達と顔を合わせるわけにいかないよな?」 「だね」村田が頷く。「でもまあ、ハウエル先生がどこまで強気なのかは微妙なトコロだと思うけど。とにかくアシュラムの人達に、あの邸を訪れてもらうよう手配しよう。眞魔国側の証言については……そうだねえ……」 「よければ僕が行こう」 部屋の片隅から声がした。 「どうもー、こんにちはー!」 「お邪魔します。お仕事、お疲れ様です!」 弟子達に案内されて、まず飛び込んできたのは、意外にも「シンノスケ」と「ケンシロウ」の2人だった。 ……いや、存外不思議でもねぇか。 自分達の後援者が、こちらが考えている通りの大貴族であるというならば、今日というこの日、この時、この場に、その息子達が見物にやってきてもおかしくはないのだろう。 ハウエル先生はオーレン先生を始めとする仲間達に目配せして、それから徐に立ち上がった。 「……こいつぁ、坊っちゃん方。何だか久し振りな気がするな」 シンノスケとケンシロウの後ろには、前回同様、お供の男が2人で控えている。それからトールと、トールの隣に淡い金髪の……男の為りをしているが、女、やたらと目つきの鋭い女が立っている。そして……。 軽やかに広間に入ってくる見覚えた一行の後ろから、今日この時、ハウエル先生達一同が本来待っていた人物達が姿を現した。 「アシュラム公領第一公女、エヴァレットと申します」 清潔さが香るような美しさを持った女、いや、若い娘、が、硬い表情を崩さずにそう告げた。 公女のすぐ隣には、大公の従兄弟にあたるというアシュリー伯がいる。だが、今回何よりハウエル先生達を喜ばせたのは、アシュラムの一行の中に、かの国の魔族観を代々伝えてきた教会の大神官がいたことだ。 ……このお人が証言してくれるとなりゃあ、公女様だの伯爵様だのはこのまま帰ってもらっても良いくらいだぜ。 内心失礼極まりないことを考えながら、顔だけはさすがに神妙にハウエル先生は頭を下げた。 それから改めて集まってきた一同に目を向け。 まだ紹介されていない1人と目が合った。 ……こいつは魔族だ。それも、とびっきりの上流純血貴族だな。 そこにいたのは、シンノスケやケンシロウと同年代、金髪碧眼の目を瞠るような美少年だった。美貌という点ではシンノスケと良い勝負だろう。 だが、シンノスケがその容姿の割には庶民的というか、気取らない性格であるのに反して、こちらの美少年のハウエル先生を見る目は、紛れもなく高貴のお方が卑しい身分の者を見下す目つきだった。 このやろう、と湧き上がる反抗心を押さえつけて、ハウエル先生は彼にも恭しく頭を下げた。俺にしちゃあ上出来だと自分を褒めながら。 「お前達は陛下に話を伺いたいと申し出たそうだが」 美少年が前に歩み出ると、居丈高に話し出す。 「その件は却下された。代わりに、僕がその当時の状況について説明する。僕はあの時、陛下の一番近くにいたからな。僕の説明で全く問題ないと思う」 「………そいつはどうも。で? おたくさんは、どちらのどなた様でいらっしゃいますかな?」 隣で渋面のオーレン先生が「おいこら、ハウエル…!」と手を振っているが無視する。 美少年がじろりとハウエル先生を睨んだ。 「僕は、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムだ」 思わず口笛を吹きかけて、さすがに堪える。 ゴホンとわざとらしく咳払いをしたハウエル先生の周囲で、ごくりと喉を鳴らす音が幾つか響いた。 ……こいつぁ、思いもよらねえ大物が来てくれたぜ。 前魔王陛下の末息子、宰相フォンヴォルテール卿と英雄ウェラー卿の弟、そして魔王陛下の元婚約者。 大物中の大物だ。魔王陛下に話が聞けるとは最初から期待していなかったが、まさかこれほどの、眞魔国屈指の貴人がこの場にやってくるとは思わなかった。 「フォンビーレフェルト卿、そして、アシュラムの方々、ようこそお出で下さった。歓迎すると同時に、ご協力を心から感謝申し上げる。私はこの度の開かれる裁判において、首席代弁人を務めることと相成ったハウエル・ハウランと申す。どうぞお見知りおきを頂きたい」 先ずは我が尊敬すべき同僚を紹介させて頂こう。 ちょっとばかり芝居がかっちまったと苦笑しつつ、ハウエル先生は言った。 →NEXT プラウザよりお戻り下さい。
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