「よーし、全員身体はしっかり洗ったな?」 しゃわーぶーすから出てきた人間達を迎えて、グリエ・ヨザックが座っていた長椅子から立ち上がった。 ……相変わらず、素晴らしい筋肉だ。それなのに、服を着てしまうと筋骨隆々という感じはしない。無駄な肉を削ぎ落とし、よほど鍛えて引き締めているのだろう。 ここぞとばかりに筋肉を見せ付けるヨザックに、思わずため息をつきながら、クロゥは思った。 さっきからどうして胸がちくちく痛むのか、自分のことなのにさっぱり分からない。別に自分はこの男のような筋肉が欲しいと思ったことはないはずなのに。 クロゥはわずかに首を捻った。 3名だけの女性と違って、こちらの紳士浴場には公衆浴場初体験の人間が9人も揃っている。世話役のヨザックとサディンを加えると11名だ。これが輪になって立っている様子はかなり目立つ。ほとんど全裸の上、他の男性客の注目を浴びて、人間達は気恥ずかしさに身を縮めているが(クォードは別だ。そもそも見られていることすら気付いておらず、「てっきり姫と共にと思うたに……!」とぶつぶつ文句を言い続けている)、ヨザックはむしろ他人の視線が心地良いとでも言いたげに、身振り手振りも大げさに浴場についての説明を続けていた。 実際、均整のとれた逞しい身体は朱金に輝く湯気に濡れ、見る者が見れば「一幅の絵画の様に」と賞賛するかもしれないほど(ある意味)美しかった。他の客の中には、自分の二の腕の力こぶと比べて悔しそうな者や、両手を組んでうっとりしている者、茹った様に顔を真っ赤にしてもじもじしている者もいる。 だが、その中で一番異様な反応を見せているのがサディンだった。 脱衣所に入る前からおかしかった。 服を脱ぎ始めてから、もっとおかしくなった。 ヨザックが潔く裸になると、何かに殴られたように仰け反り、服を脱いでろっかあをどう使うかの実演をしてみせている間、硬直した様に天井を見上げ続けていた。おかげで、淀みなく説明を続けるヨザックを除いて全員(他の客も含めて)が、何かあるのかと一斉に天井を向いてしまった。 浴場に入り、夕陽に染まる湯気と広々とした湯溜まりという、日常からかけ離れた光景に人間達が興奮している間、サディンの身体からはどんどん力が抜け、その顔はどんどん情けなくなり、何だかもう訳も分からないまま「可哀想に…」と同情したくなるような悲惨な様相を呈してきていた。 大きな男の全身に纏いつく哀れ極まりない雰囲気に、誰も言葉を掛けることができない。 「さーて、じゃあ風呂に入るか」 ヨザックに促され、全員で湯に近づいていく。 「いいか? ここは公衆浴場だ。皆が気持ちよく過ごせる事が何より大事なんだ。だから他の客の迷惑になるようなことは、絶対にしちゃあならない。例えば」 にっこり笑って、ヨザックがそう言った瞬間。 頭の先から爪先まで、全身が夕焼け色に輝く男の片足が、まるで独自の意志を持ったようにすっと上がった。と思ったら、恐ろしいほど無造作に、サディンを湯の中に蹴り落とした。 ざっっぶーんっっっ!! 大きなサディンの身体が、まるで棒が倒れるように湯の中に落ちる。 全身で湯を打ったせいだろう、その音は浴場に雷鳴の様に響き渡り、上がる水飛沫は雨の様に人々を濡らした。 「おいっ、何やってんだ!」 長椅子に座って歓談していたらしい男性達が、ずぶ濡れになって怒鳴り声を上げた。 「いやーっ、こいつは済まねぇ!」 ヨザックが大きな声を上げて謝る。それから浴場にいる客全員に向かって、頭を掻きながら愛想笑いを振りまいた。 「このバカ野郎、足を滑らしちまったみたいで。いや、ほんと、悪かった。許してやってくれや」 お前が蹴り落としたんだろう、と。 言っちゃいけないことだけは、9人とも即理解した。これはもう理屈じゃない。 クロゥがちら、と視線を動かすと、湯の中にぷかぁと浮かぶサディンの背中が見えた。 背中が見えるということは、必然的に顔は湯の中にあるということだ。 ………助けなくても……良いんだろうか……? 「つまりこういう風に、他のお客さんに迷惑を掛けないよう、気をつけなきゃならねーってことだな。さ、分かったら風呂に入って温まろうぜ」 問答無用の視線に促されて、クロゥも湯の中に足を踏み入れた。 「……こいつぁ良い湯だ……!」 眞魔国へ来てからすっかり風呂好きになってしまった相棒が、傍らで深々と息を吐き出し、感嘆の声を上げている。 輝く湯気。広々とした湯。全身を包む心地良い感触と温度。 憂き世の澱が、現実離れした感覚の中に溶けて流れて消えていく。日常という現実から解放される。 クロゥは思わず、ほう、と大きく息をつき、それから閉じていた目をゆっくりと開けた。と、視界の隅で、当面の現実が未だぷかぷかと浮かんでいることに気付いた。 ……そうだ、後で酒でも酌み交わしながらゆっくり事情を聞いてやろう。 思いついたことに満足し、心の中で「よし」と頷く。今この一時、クロゥはさっくり現実を忘れることにした。 「俺は護衛ですから」 にっこりと笑ってそういう男に、ユーリはムッと唇をへの字に曲げた。 「………違うだろ…!」 上目遣いで睨みつけてくる、今は何よりも主である大切な人に、コンラートは困ったような嬉しいような、ちょっと複雑な笑みを浮かべて首を傾けた。 「違いませんよ。俺は先ず何よりも先にあなたの護衛であらねばなりません。護衛がお護りすべき陛下と一緒になって入浴するわけにはいきません。でしょう?」 「………陛下って言うな、名付け親」 むむむっと、主の唇がさらにひん曲がる。コンラートは殊更笑みを深めてみせた。 「ほら、風邪をひきますから中へ入ってください。今日はたっぷり汗をかいたんですし、ゆっくり温まって疲れを取って下さい。ね?」 コンラートがそう言った時、タイミングを計ったように浴場の扉が開いた。 中から湯気と一緒に、ヴォルフラムがずいっと顔を見せる。主を差し置いてとっとと風呂の中に入っていたヴォルフラムが、イラついた声を上げた。 「何をやっているんだ、お前達!? いつまでぐずぐずと……。コンラート、まだ服を着たままなのか?」 正真正銘の魔王陛下の臣下で、本来ならコンラートと同様、主を護ることを第一義としなくてはならないはずの弟の態度に、兄は密かにため息をついた。 「ヴォルフ〜、お前のおにーちゃんに言ってやってくれよ! コンラッドってば、護衛だから一緒に風呂に入れないなんて言うんだぜ!?」 おれは皆で一緒に入りたいのに! ぷくっと頬を膨らませるユーリの顔をちらっと見遣ると、今度は呆れた表情を兄に向ける。 「分かった。ユーリは先に中に入っていろ。そんな格好のままでいたら、いくらお前でも風邪をひくぞ」 浴場から出てくると、ユーリに中に入るように促す。「いくらおれでもって、それどういう意味だよ!?」とぶつぶつ文句を言いながら、それでもユーリは浴場に向かった。 「早く入って来いよ。待ってるからな、2人とも!」 くるっと振り返るとそう言って、ユーリが扉を閉める。脱衣所にはコンラートとヴォルフラムの2人だけが残された。 ユーリは、腰に布を巻いただけの姿だった。……コンラートはふと考えた。 当然と言えば当然なのだが、その身体の事情を考えると、少々微妙な気分になってしまう。 何かを身につけて風呂に入るなんて、邪道だ! と言い続けていたユーリだったが、布を巻くということが正式に決まって以降、この件について一切何も言わなくなった。そしてお忍びでやって来る度、誰に言われなくてもきちんと布を腰に巻いて風呂に入っている。 1度だけ、コンラートはユーリに、自分達だけなのだし裸で入っても構いませんよ? と言ってみたことがある。だがユーリはきっぱり首を横に振って、「決まった以上、ルールは守る!」と言い切った。 男前ですね。コンラートの言葉に、嬉しそうに頬を染めるユーリの笑顔が忘れられない。 そう。ユーリは男前魔王を目指しているのだ。 だから、ユーリにはとても言えないなと思いつつ、コンラートはある絵を頭に思い描いていた。 胸から下半身を布で包んだユーリの姿。 すぺんと平らな、紛れもない少年の胸を隠してどうするんだという気もするが、そこはそれ、何と言うか……こう、恥じらいが形になったようだというか、照れくさげに頬を染め、一生懸命身体を隠す様子というのも堪らないなあというか……いやもちろん、何一つ気にする様子もなくぱっぱと服を脱ぎ、ほとんど全裸で元気良く風呂に向かう姿が一番ユーリらしくて、可愛くて、最高なのは当然だが、たまに、たまーに……。 「今、ものすごくいやらしいことを考えていたな」 びくぅ、とコンラートの心臓と身体が跳ねた。 ユーリが閉めた扉を見つめて物思いにふけっていた兄を、弟が目を眇めて見つめている。 どうしてびくびくするんだ、俺は。 いやらしいことって何だ。 全然違うだろ。いやらしいっていうのは、逆の想像をいうんじゃないのか? そうだ。そうとも。俺は今、ユーリが今以上に肌を隠している姿を想像していたんだ。 逆だ。全然いやらしくない。 そうとも。 「俺は……!」 「今お前がしていた目つきが、大賢者が言うところの『オヤジ』というやつだな」 「……………」 あの人は一体どういう知識を弟に植え付けているのだろう。コンラートは思わず天を仰ぐ。 「風呂の中で、ふしだらな行為に耽りたいと考えていたな」 「…っ、な……っ!?」 弟のあまりのセリフに、さすがのコンラートも絶句する。 「この僕がここにいることも忘れていかがわしい妄想に耽溺するなど……貴様、それでも武人か!?」 「勝手に決め付けるなっ! 俺がそんな妄想……!」 「欲求不満か?」 「……………」 何だか……床に膝をつきたくなった。 弟が、何がどうあろうと可愛いたった一人の弟が、こんなセリフを口にするようになったのは、やっぱり…俺のせいなんだろうか。俺がユーリを愛して、ユーリが思いを返してくれて、結果として弟から婚約者を奪うことになってしまったことが、弟をこんな………。 「自信がないんだな」 心の中で滝の涙を流していた兄が、「え?」と顔を向ける。 「ユーリと一緒に風呂に入ったら、理性を保っていられる自信がないんだろう? 情けないやつだ」 そんなことでは全然ない。ない……が。 「護衛」としての紛れもない義務感、主への忠誠心からの行動だったはずなのに、ここまできっぱり断言されてしまうと、自分が本当に情けない男に成り下がってしまったような気がするのはどうしてだろう。 「僕は全く平気だ!」 ヴォルフラムが胸を張る。 「僕はユーリと一緒に風呂に入っていても、心を乱されたりなどしない。堂々とユーリと向かい合っていられる。ユーリに対して、何一つとして後ろめたいことはないからな! 下らぬ妄想に耽るお前とは違う!」 ………ユーリに対して後ろめたいこと。 思わず胸に手を当ててしまう。 どうしよう。何だか山の様にあるような気がする……。 「………本当に自信がないのか……?」 ヴォルフラムの語調が変化した。 あ? と見ると、ヴォルフラムが眉を顰め、大きく息を吐き出す。 「全く……。安心しろ、コンラート! この僕がいる限り、お前が理性をなくしてユーリに襲い掛かるような恥知らずな真似は絶対させん! いつでもどこでも、僕がちゃんと側にいてお前を見張っていてやる! よもや僕の目の前でユーリにふしだらな真似を仕掛けるほど、お前も腑抜けてはいないはずだ。僕もそれくらいの信頼はしてやっているんだぞ!」 「………………」 「安心したら、とっとと服を脱いで風呂に入れ! ユーリが待っているんだからな! 入ってこなければ、お前が共に入浴できない理由をユーリにばらすぞ!」 びしっと言い放つと、ヴォルフラムは「身体が冷えたじゃないか!」とぷりぷり怒りながら浴場へ戻っていった。 「……………」 誰もいなくなった脱衣所で、げっそりと閉ざされた扉を見つめる。 はあ、と息を吐き出して。 コンラートはゆっくりと服に手を掛けた。 「あ、やっと入ってきたぁ!」 湯船に身体を沈めていた主が、嬉しそうに声を上げる。隣ではヴォルフラムが「ふん」と鼻を鳴らしている。 「………お待たせしました、ユーリ」 「はい、お待ちしてました」 本日の貸切風呂は、ユーリに言わせると「ウチの町の銭湯とおんなじくらい」の大きさだそうだ。3階の大浴場や魔王専用風呂には遠く及ばないが、コンラート達の部屋に設置されている風呂に比べたら遥かに大きい。 3階と、これは全く同じ大きな窓からは、夕陽が差し込んで湯気が煌いている。 その湯気に包まれたユーリが……例えようもなく美しい。 惚れ惚れと見つめていると、剣呑な視線が肌に突き刺さった。 「……………」 ヴォルフラムが目を眇めて自分を睨みつけている。 ………ここまで弟に人格を疑われているのか。コンラートは再びため息を、ユーリに悟られないようこっそりとついた。 「ユーリ、背中を流してやるぞ!」 ヴォルフラムの声にユーリがハッと、夢から覚めたような表情で顔を上げる。 実は今の今まで、一緒にお湯に浸かるコンラートの引き締まった身体と、考え事をしているらしい静かで理知的な表情に見惚れていたのだ。……ヴォルフラムの存在をすっかり忘れていた。 キス、したいかも、と、思わず衝動に身を任せそうになっていたのだけれど、しなくてよかった。 弟の声に目を開けて、自分に顔を向けるコンラートに、照れくささと、ちょっとだけ惜しかったかも、という気持ちを込めて笑いかけると、ユーリは勢い良く立ち上がった。 「だったらさ! 3人で背中の流しっこをしよう!」 3人で並んで、前に座った人の背中を流す。そして途中で向きを変えて、それまで自分の背中を流してくれた人の背中を流す。そう説明して、自分が真ん中に入る、と宣言するユーリをコンラートが止めた。 「だめですよ、ユーリ。それじゃユーリが、俺とヴォルフの2人分の背中を流さなくてはならない」 「でも、コンラッドからもヴォルフからも背中を流してもらえるよ? それに、ほら、おれ、いっつも2人に世話になってるからさ。たまにはこんなことでお返ししないと」 「良い心掛けだ」 「ヴォルフ! ……あなたはそんなことを考えなくて良いんです。真ん中には俺が入りますよ。さ、ユーリ、座って下さい」 自分の前にユーリを座らせて、コンラートはその滑らかな背に湯を掛けた。 コンラートの背後に、ヴォルフラムが座る気配がする。 「………ユーリに、自分の背中だけを流して欲しいと考えたな?」 コンラートはその囁きをしれっと聞き流した。そして、真実を言い当てられた方がよっぽど平然としていられるというのはちょっと不思議だな、と思った。 ……そんな自分の性格に問題があるかもしれないとは、全く考えなかった。 がっしがっしとヴォルフラムがコンラートの背中を擦っている。……ちょっと痛い。 「……もうちょっと優しくしてくれないか、な……」 あらゆる意味で。 「これしきのことで音を上げるとは、それでも僕の兄か!」 ……それでもまあ、兄、と言ってくれるから。 ホッと息をつき、ひりひりする背中の痛みから意識を逸らそうとした時。 「………傷だらけだな……」 ふと、声がした。 「……背中の傷は恥ずべきもの、だそうだがな……」 答えると、背中の手が止まった。 「……そんなことは…問題ではない……!」 目で見ることはできないが、覚えのある傷の上を滑る手が、ふいに優しくなる。 何のかんのと言いながら。 コンラートはそっと微笑んだ。 「はい! じゃあ、こうたーい!」 「眞魔国最高の恋人同士」などとと言われているらしい自分とユーリ。 でもまあ……実態はこんなものだ。 それでいいか、とコンラートは思う。 急ぐ必要は何もない。 自分も、ユーリも、弟も。 ………弟の、自分を見る目をちょっとだけ変えてもらえて、それから、時々、ほんの時々で良いから、その……ユーリと2人きりで過ごしたいという兄の切なる願いを聞き届けてもらえると、とっても嬉しい、とは思うのだが……。 その弟の背中を流すべく、コンラートは立ち上がった。 「皆、今日はお疲れ様でした!」 ユーリが果汁を注いだグラスを手に、立ち上がって広間に集う人々を見回した。 「眞魔国の民の生活の、まだほんの一端だけど、それぞれ目にしてもらえたと思います。視察はまだ始まったばかりだけど、魔族も人間も同じように、一生懸命生きているってことを分かってもらえたんじゃないかなって考えてます。明日からまた改めて視察をしてもらうことになると思いますが、たくさんの民と触れ合って、魔族への理解を深めてくれることを期待してます。とにかく今晩は、城の料理とは違う、街の料理を楽しんでもらおうと思ってこちらの席を用意しました。たくさん食べて飲んで、明日への鋭気を養って下さい!」 ユーリがグラスを掲げてにっこり笑う。 それぞれの入浴を終えた後、彼等は大浴場と貸切浴場のさらに上階、5階に移動していた。 最上階、この5階は、やはり食堂ではあったが、1階の茶房や2階とは全く雰囲気の違う場所だった。 ヨザック曰く、 「見ての通り、ここは、まあ俺には普段あんまり縁のない店だな。出てくる料理は、いわゆる正餐ってやつだ。結婚披露宴とか、親戚一同が集まったからとか、結婚記念日に亭主が女房を喜ばせてやろうとか、給料を貰った父親が、たまには家族に良いところを見せてやろうって時に使う場所だ。奥には人数に合わせて大小の個室もある。俺達も今日は個室のはずだぜ」 だ、そうだ。 灯を抑えた店内は、1つ1つのテーブルの設えはもちろん、シャンデリアも柔らかな厚い絨毯も、そして窓を飾る重いカーテンも、全体に重厚で、高級感に溢れている。一行の先頭に立ち、彼等を案内する女性のお仕着せのドレスもまた落ち着いた意匠で、まるで血盟城の女官のようだ。 案内された個室は、総勢19人でも充分余裕のある広間だった。壁の2面に大きな窓があり、夜の王都の灯が美しく瞬いている。 広間には、応接の係りらしい女性が数名と、3つの大きな円卓が彼等を待っていた。 その円卓の1つに、ユーリとコンラートとヴォルフラムが座り、クォード、カーラ、アリー、レイルが同席した。さらに二つ目には、ヨザックとクラリス、そして、クロゥ、バスケス、アドヌイ、ゴトフリーが座り、三つ目にはグラディア、サディン、サンシア、ラース、ロサリオ、タシーがついた。 実を言えば、この形に納まるまでわずかな混乱があった。 円卓には上座も下座もない。 かつての新生共和軍の砦において、指導部の会議と晩餐はまさしく円卓で行われた。その場に出席する人々が、王侯貴族や名のある将軍など、それぞれ失われた国の代表に相応しい出自を誇っていたが故に、盟主エレノア以外の序列をつけることが出来なかったためだ。下手に上下の序列を定めれば、いつ亀裂が生じるか分からないほど、実は彼等の組織は脆弱だったのだ。結果、指導部全員が平等であるという形を整えるため、円卓が必要とされた。 魔王の国での円卓は、別に国家の基盤の脆弱さを現しているわけではない。 ユーリが友人と定めた人々との間に、身分の上下を持ち込みたくなかっただけだ。 なのでユーリとしてはしごく真っ当な意識で、ある提案を持ち出した。 「席に番号をつけてさ。くじ引きで座る場所を決めようよ! 誰が誰と隣り合わせになるか分からないっていうのが、なかなか面白いだろ?」 どこのコンパだと、大賢者辺りから突っ込みが入りそうな場面だったが、さすがにそれは人間達から遠慮された。同時に、眞魔国側からも難色が示された。そもそも、どれだけ気心が知れていようと、友人として信頼していようと、ユーリの両隣を新連邦の人間が占めるわけにはいかない。無礼講とはいっても、やはり守るべき一線はある。 というわけで、わずかな時間の協議の末、現在の形に落ち着いたわけだ。 万一、くじ引きでユーリの隣をクォードが占め、コンラートが遠くの席に追いやられてしまったなら、果たして……。 一瞬想像した凄惨な光景に、カーラはふるっと背を震わせ、無難な形に納まったことに心底安堵の吐息を漏らした。 酒と果汁での乾杯から始まった晩餐は、和やかに進んだ。 宮廷料理とは違う、できれば家庭の味をと事前に頼んであったらしいが、家庭の味にしてはかなり凝った料理が次々に運ばれてくる。 慣れ親しんだ大陸の料理とは一味も二味も違うが、それでも思わず舌鼓を打ちそうになるほど美味い。 ……おばあ様や、国で待つ皆のことを思うと……申し訳ないな……。 カーラは煮込みの肉を飲み込み、ワインを口に含んだ。舌にその深い味わいが染み込んでいく。 新連邦の食糧事情はお世辞にも良くなってきたとはいえない。かつてユーリがその魔力を振るい、「奇跡の地」と呼ばれたかの一帯を除いて、大地の崩壊は留まることなく進んでいるのだ。せめてもの救いは、戦闘が終息し、農民達がようやく落ち着いて土地を耕せるようになったということくらいか。後は周辺各国からの援助が頼みの綱で……。 先が三つに割れたスプーンに料理を乗せたまま、ふう、と息をついたカーラの隣で、勢い良く食事を進めている音がした。何気なく見上げれば、クォードが大きな肉の塊を咀嚼しながら、ぐいと強い蒸留酒を口に流し込み、口腹を存分に満たしている。 この男は、今、同胞が飢えているという現実を、少しは考えないのだろうか……? 決して情の薄い男ではないことを知っていながら、それでもこの豪快な食欲を間近にしていると、少々八つ当たり気味の不満が湧いてくる。 「カーラ」 まるでカーラの心の声に答える様な間合いの良さに、カーラはぴくりと肩を弾ませた。クォードは、ヴォルフラムと会話しているユーリに視線を向けたまま、さらに酒を一口、喉に流し込む。 「…クォード、どの…?」 「ここでお前が食わずにいたとて、国の者達の腹が満たされるわけではない。国で飢える民を思うのなら、今は存分に食ろうて、力を溜めて、その力を明日からの仕事に全て注ぎ込め。それが結局は民を1日、いや、1刻でも早く救うことに繋がるとは思わんか? 民を思うて涙するのは良いが、一緒になって腹を空にしていても、何一つとして役には立たんぞ」 わずかな動きとため息と視線だけで、心の内を全て見透かされてしまった。……決して見くびってよい男ではないことも、うっかり失念していた。 カーラはカッと頬が熱くなるのを感じながら、スプーンの中のものを口に放り込んだ。咀嚼して、ごくりと飲み込み、そしてクォードを見上げる。 「分かっている。………すまなかった」 その言葉に、クォードがちらと視線をよこす。 「何を謝っておる。お主はまこと生真面目者よ」 「……仕方がない。これが性分というものだ」 そう言い返しながら、カーラは次々と料理を口に運び続けた。 温かい湯で身体を解し、美味い料理と酒が続けば、座の雰囲気も緊張とは程遠くなる。 官僚達が集まる卓では、食事もそっちのけで熱く議論が交わされているし、クロゥを除いて全員が野球組だった卓では、表向き、その日の体験話に花が咲いていた。実は同席した全員の視線は、クラリスに酒を注ぎながら、事前に考えていたらしい話題を次から次へと懸命に振っては、何とか女性士官との会話を弾ませようと頑張っているバスケスに注がれている。その姿が長年の相棒はもちろん、少年達やヨザックの苦笑までも誘っていることに、バスケスは全く気付いていない。もっともヨザックは、真っ赤な顔を汗まみれにしている、風呂上りにしても暑苦しい大男に間断なく話しかけられて、あのクラリスが不愉快な顔をしないでいることに、かなり驚いていた。不愉快な顔どころか、相槌を打ちながらバスケスの相手をしてやっている。いや、それだけじゃない。何とクラリスは……笑っている! 今にもとんでもない災厄が頭上から襲ってくるのではないかと、笑顔の奥でヨザックは内心ビクビクしていた。 おそらく行政のあり様について議論しているのだろう、サンシアやラース達の真剣な表情を横目で見ながら、レイルはその日の体験を魔王陛下に報告していた。 「市場の規模や人出はもちろんですが、何より品数に驚かされました。人間の諸国との貿易が年々盛んになっていることは伺っていましたが、それを肌で実感したように思います。中央市場では、許可を得れば人間も出店できるということでしたが……」 うん、とユーリが大きく頷く。 「近頃こっちに住み着く人も多いんだよね。大抵が交易商人だって聞いてるけど。コンラッド?」 「ええ、そうです」主の問いに、コンラートが頷く。「近年、眞魔国との交易を重視する商人が急激に増加してきました。最初の頃は大商人による大規模貿易が主流だったのですが、現在はそれに加えて中小の個人貿易業者も増えてきました。特に多くなってきたのが、眞魔国を事業の拠点にする、つまり陛下が仰せになった、こちらに住み着いて商売を始める商人達です。我が国では外国人であろうと、組合に入って会費を納めれば、市場に出店することも、土地を買って店を開くこともできますので、そういった者達が毎年数を増やしているようです。大規模な業者はもちろんですが、中小の個人業者も大商人が手を出さない交易販路をせっせと増やし、両者共に事業を拡大してくれているおかげで、我が国の経済活動は益々活発化している、ということです。ちなみに、その結果として税収も順調に増えております」 「経済が活発になるということは、民を潤し、そして税収も上がって国も潤す、ということだとギュンターも言っていたな」 ヴォルフラムがワインのグラスを空けて、うんうんと頷きながら言った。頬がすっかり赤く染まっている。 「税を民から無理矢理搾り取り、貧しい民をさらに貧しくしていた昔を思うと、全く情けなくなるな。どうしてあの頃の者達はこんな単純な公式が理解できなかったのか」 新たに注いだワインをグラスの中でゆっくり揺らしながら、ヴォルフラムが歌うように言う。 大地を肥やし、民を肥やす。そうすれば、税は搾らずとも自然に国庫に流れ込んでくる。 タン! いきなり響いた音の、どこか深刻な響きに、その場に集った全員が動きを止めた。 ユーリとコンラッドとヴォルフラムが、自分達の目の前の少年をきょとんと見ている。 レイルの手元では、手荒く扱われたグラスから飛び散った果汁が、敷物を薄青く汚している。 「………大地を肥やし、民を肥やす……。それができない国は……僕達は、一体どうしたらいいんでしょう……」 「………レイル……」 アリーの声に、レイルがきゅっと唇を噛み締めた。 「……すみません、いきなり……。でも………」 あまりにも、差がありすぎて。 そう言葉を口から押し出すレイルは、ひどく苦しげに顔を歪めた。だが次の瞬間、少年はキッと顔を上げ、真っ直ぐにユーリと目を合わせた。 「ユーリ…、いえ、陛下は……本当にご立派だと思います……!」 突然の言葉に、「へ!?」と言ったきり、ユーリがぽかんと口を開ける。 そんな魔王陛下をそのままに、レイルは言葉を続けた。 「豊かな財で贅を尽くされることもなく、それどころか富をどんどん市井の民に還元なされている。無償の病院、学校、貧しい民の生活保障、一捻りするだけで水が溢れる水道、そしてこの公衆浴場……。一体どこのどの王が、政によって民をここまで貧しさから解放し、そしてこれほど豊かにしたでしょうか。僕の、僕達の故国でさえ、あの名君と名高いおばあ様でさえ、そんなことはできませんでした……!」 「レイル……!?」 カーラの呼びかけにも、レイルは答えない。 切羽詰った表情で、それはどこか、存在しない何かを睨みつけている様にも見える。 「……身分が下がれば下がるほど、民は貧しくなり、生活は苦しくなる。貧しい者はいつまでも貧しいままで、病気になれば医者にも掛かれない。疫病が広がれば、誰より先に死んでいく。気の毒にと思い、可哀想にも思い……でもそれは、僕たちにとってあまりにも当然のことでした。国とは、民とは、そのような様々な階層に分かれているものなのだと、金持ちもいれば貧しい者もいる、そういうものなのだと、思い込んでいました。それを変えることなど考えたこともなかった。民を貧しさから解放するということが国に何をもたらすのか、国を豊かにするということが、本当はどういう意味なのか、僕はこの国に来て初めて知りました。その手立てを学びました。でも……!」 今の僕達には、それを実践する術がありません! 絞り出たその声は、まさしく叫びだった。 「戦争が終り、新国家樹立の宣言を前にして中央政府はもちろん、地方行政も少しずつ形を整えていますし、都市部は復興も順調に、少なくとも見た目は順調に進んでいます。でも実際は……! 食料を生み出すべき大地の荒廃を止めることができず、実りは期待できません。地方の農民を始めとして、貧しい民は飢える一方です。疫病を防ぎたくても、田舎には病院も医者もなく、もちろん学校もなく、疫病を防ぐ知識を民は持ちえません。経済活動を行いたくても、どの産業も戦の打撃を受け、とても復活できるような状態ではありませんし、必要充分な資金も人手もありません。本当に……魔王陛下の、この眞魔国と、そして周辺諸国の援助がなければ、僕達はどうしようもないんだということを、僕は……たった1日で痛感しました。分かっていたことだったのに、そのはずだったのに、本当にやっとそれが実感できたんです。でも、僕達はどの国の属国でもありません。僕達は僕達の力で、できることをしなくてはならないんです。なのに……僕は今日この国の繁栄を目にして、僕達の国とのあまりの落差に……あの国で僕が何から何をどうすべきなのか、ますます分からなくなってしまったんです……!」 そこまで言って唇を噛み締め、顔を歪めるレイルを、ユーリは胸が塞がれる思いで見た。 救いたいのに救えない。その術を持たない自分自身に対するもどかしさ、苦しさが、ユーリには良く分かる。 だから、言ってやりたいこと、言ってやれることがたくさんあるような気がするのだが……。 しかし。 「何を思い上がっているの? あなた、一体何様のつもり? 坊や?」 まるで自分に言われた言葉の様に感じて、ユーリは一瞬竦みあがった。 サンシアが。 椅子の背もたれに腕を掛け、身体を捩じるようにしてレイルに厳しい顔を向けている。 「…サ、サンシア……」 珍しくカーラが吃った。 「自分が何をどうすれば良いのか分からない? 何言ってるのよ。当たり前じゃないの」 言われて、レイルがコクリと喉を鳴らした。ついでにユーリもごくんと唾を飲み込んだ。 「あなた、行政をちょっとでも勉強したことがあるの? 女王陛下の孫として、ちょっとでも携わったことがある? ないんでしょ? それに、経済活動がどうとか言ってたけど、そもそも経済が何なのか、あなた分かって言ってるの? 行政に携わりたいって言ってたのは、つい昨日のことじゃない。たった1日私達にくっついて来たからといって、何か分かった気になってるなら冗談じゃないわよ」 言い放たれた言葉に、レイルの頬から首筋までが真っ赤に染まる。 「現在新連邦に、行政や経済の専門家が、それこそ何年、何十年もその仕事に携わってきた者や、知識を豊富に持っている者が、一体どれだけ数多く集まってきていると思うの? あの国を救おうと、今どれほど多くの知識と経験が集まっているのか、あなたちゃんと知ってるの? 現在の状況を打破し、良い方向へ向かうため、民を救うため、どれだけ様々な方策が練られ、具体的な政策が打ち立てられているか……! あなた、それをちゃんと勉強した? 全く、冗談じゃないわよ! ここにいる私達だって、こうしてサディンさんやグラディアさんとお話をさせてもらいながら、現在の段階でできることを幾つも考え出しているわ。そんな事を知りもしないで、何を偉そうに嘆いているのよ!? 知識も経験も何もない役立たずが、民を救える訳がないでしょうが! あなた、エレノア様の孫だってことで、まだ自分を特別な存在だと思ってるんじゃないの? いいこと? あなたに今、苦しむ民に対してできることなんかないの! 嘆くなら、自分のこれまでの生活を嘆きなさい! あなたはずっと王子様として生きてきて、その手で民を救うための術を何一つとして身につけてこなかったのだから! ……私の言うことが分かる? 分かるのなら勉強しなさい! 新連邦では、今日この瞬間も、今のあなたなんかよりはるかに役に立つ人材が集まってきているわ。でもあなたは、こうして眞魔国を視察するという貴重な経験をさせてもらっている。この経験を無駄にすることは許されないわよ。一人前に絶望してる暇があるなら、とことん魔王陛下の政を頭に叩き込みなさい。勉強しなさい! どう? 私の言うこと、本当に分かる!?」 ほうっと、そこかしこから息が漏れた。 ユーリも止めていた息を吐き出して、それからあらためてサンシアに目を向けた。 有能なのだとコンラッドからも聞かされていたが……。 「すっ、済みませんっ!」 顔を真っ赤に染めたまま、レイルが円卓に額を打ち付ける勢いで頭を下げた。 「僕……は、恥ずかしいです…っ。僕…サンシアさんの仰るとおりです。自分がおばあ様の孫だから、何か、その……人の上に立って、率先してやらなきゃならないことがある、ように思ってた、と思います。本当に……思い上がってました……! 自分が何かできる段階なんかじゃないってこと、僕、すっかり……。本当に、ごめんなさい……!」 頭を下げたまま、一気に言い切るレイルに、「分かればいいのよ」とサンシアが答える。見れば、すでに興味をなくしたかのように、サンシアは姿勢を元に戻していた。 先ほどとはわずかに意味の異なるため息を漏らして、ユーリは女性官僚の横顔を見つめた。 「すごいなあ、サンシアさん」 感じ入ったような魔王陛下の声に、え? と顔を上げてから、サンシアは慌てて身体をユーリに向けた。 「し、失礼致しました、陛下。陛下の御前で私……」 「ううん、とんでもないよ」 ユーリが笑って首を振る。 「おれ、自分が未熟だって分かるから、レイルの気持ちが良く分かってさ。でも、サンシアさんの話を聞いたら、本当にその通りだって思ったよ。結局、あれだよね……えっと……誰でも、自分が今できること、しなくちゃならないことに全力を尽くすべきだ、って。……違う?」 「いいえ、陛下。仰せの通りです。……申し訳ありません、つい興奮してしまいましてあのように……。恥ずかしいですわ」 「そんなことないよ」ユーリが改めて首を振る。「何か、カッコ良かったな。……な、レイル、こういう人がたくさん揃っているんだから、新連邦は絶対大丈夫だよ! おれもできるだけの援助はするし。あ、でも、新連邦を属国にしようなんて全然考えてないから安心してくれな?」 「あ、す、済みません、僕……」 ますます居たたまれない様子で、レイルが身を縮ませる。その様子に、ユーリはさりげなく話題を変えようと思った。このままではレイルが気の毒だし。 「コンラッドからもさ、新しい国の官僚は本当に有能な人が揃ってるって聞いていたんだ。特に今回来てくれた4名はすごいって。コンラッドの言う通りだったな。ね? コンラッド?」 「はい、陛下。彼等がいる限り、新連邦の未来は明るいと思いますよ」 にっこり笑って頷くコンラートに、サンシアはもちろん、ラースにロサリオ、そしてタシーがぱあっと表情を輝かせる。やはり今もコンラートの存在とその言葉は、彼等にとって大きな意味を持っているのだ。 コンラートの高い評価は、ユーリが考える以上に新連邦の官僚達を感激させていた。 喜ぶ彼等の姿に、ユーリはついうっかり思いついてしまった褒め言葉を加えることにした。 「うん。今のサンシアさんなんて、おれ、村田と重なっちゃったよ!」 大きな部屋の中が、しん、と静まった。 「筋は通ってるけど、容赦のないとこが特に。…あー、逆かな? 容赦はないけど、筋が通ってる……って、同じかな? まあとにかく………あれ?」 村田は大切な親友だが、あまり人を褒める時に引き合いに出す人物ではない、ような気もしている。 だがまあ、ここにいる全員、村田のことを「眞魔国最高位の聖職者」で「大賢者」という、とにかくとんでもなくエラそうな肩書きだけしか知らないわけだから、この場面で名前を出しても良いかと思った、のだが……。 全員が、特に人間達が、何だかもう、救いようのないほど引きつった顔で自分を凝視している。 「………あ、あの……陛下……?」 「はい?」 カーラが、しどろもどろで口を開く。 「ムラタ、と仰せになりますと、その……ムラタ猊下、の、こと、で……」 「うん、そうだけど? えっと、よく知らないから分からないと思うけど、あいつってほんっとに頭が良くってさ。見かけはおれと変わらないけど、そりゃもうすっごく……って、えーと……?」 見れば、サンシアが自分を見つめた格好のまま、空ろな彫像のような瞳で固まっている。その全身からしゅるしゅると空気が抜け、エネルギーというエネルギーが全て失われていっているような雰囲気に、ユーリはぱしぱしと目を瞬いた。 「陛下」 コンラートがそっとユーリの耳に囁いた。 「…っ、く、くすぐったいよ、コンラッド……っていうか、陛下ってゆーな、名付け親、でもって、えーと……すみません、コンラッドさん、この状況は一体どうなっているんでしょーか?」 「さあ、俺にも良く分からないのですが」 しれっと答えるコンラートに罪悪感はない。昨日の村田と人間達の一幕をユーリに教えて、魔王陛下と大賢者猊下の友情にヒビを入れることこそ大罪だと知っているからだ。……報復も怖いし。 「我が国最高位の聖職者と引き比べられて、恐れ多いと感じているのではないでしょうか」 「……そ、そう、かな……?」 何か違うような気がするけれど、コンラッドがそう言うならそうなんだろう。 素直な魔王陛下は、それで納得して頷いた。隣でヴォルフラムが顔をくしゃりと歪めてため息をつき、ヨザックとクロゥとバスケスの3人が揃って湯冷めでもしたように身体を震わせたことには、当然ながら全く気付いていなかった。 そしてその間、アリーがただ1人、思いつめたような表情で唇を噛み締めていたことに、ユーリはもちろん、誰も気付くことはなかった。 →NEXT プラウザよりお戻り下さい。
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