幕間・2

「…しょーちゃん、今日お昼時間取れない?」

 おふくろがそう言ったのは、朝食の席での事。
 日曜の朝。テーブルには親父とおふくろと俺。……弟は家にいないらしい。
「今日はゼミの連中と約束があるからダメだな。……何?」
「……ちょっと知り合いがアメリカから来ててな……。ランチなんぞを一緒にしようかと……」
「俺はパス」
 つきあう必要を認めない。そんなコトよりも。
「有利は?」
 何気ない俺の質問に、なぜか親父とおふくろが言葉に詰まった。
「……ゆーちゃんはー、夕べはお泊りでー……」
 ああ、またムラケンか。

 家を一歩出れば忘れてしまう、そんな朝の一時だった。



 ゼミの連中と書店で資料漁りをして午前中を過ごし、それから女子連中の意見を聞いて、銀座に足を延ばした。午後からは共同研究の進め方について議論する予定なんだが、その前にランチをどこにするか、女子の間で既に議論が弾んでいる。それぞれの手にはガイドブック。用意周到なことで。決定権はとっくにこいつら握られている。男は文句も言わずに、後ろからついてくるものだと信じているトコロが何とも。
 やがて、どこそこのホテルのランチがどうだという声が聞こえてきた。こいつら、どこからそんな金が湧いて出るんだ?
「………ねっねっ、見てよっ、すっごくすてきな外人さんが歩いてくるわっ!」
「やだ、ホントーっ。むっちゃくちゃいい感じー! …ね、モデルかなっ!? そーだよねっ、あんなスタイル良くて顔良くて、一般人のはずないよねっ!?」
 じゃあ、一般人は全部スタイルも顔も悪い訳か。
「さりげなくぶつかって、お近づきになるとかっ」
「あっ、それいいかも! 足捻ったとか言ってさ、ランチを御一緒してもらうとか!」
 それじゃ当り屋だろうが。俺と男子学生友人一同は、馬鹿馬鹿しいとため息をついた。
「………あ、でも、何だかちまんこいのがくっついてるわ」
「あ、やだ、ホント。……でも結構…かなり可愛いわよ、アレも! モデル仲間かも。ね、いっそのコトご一緒に……」
「…って、あの子、男の子…みたいなカッコしてるけど、女の子、かも……」
「んー、もうちょっと近づいてみないと分かんないなあ…」
「おい、いい加減にしとけよ」
 ゼミの友人の1人が、うんざりしたように後ろから声を掛けた。俺も続こうとふと顔を上げ、そして。
 前方を歩く女子達の、並んだ身体の隙間から、噂の2人連れの姿が垣間見えた。
「………え…?」
 まだ顔は分からない。だが、身近な存在なら、顔なんて見なくても当人だと分かる。
「…有利……?」
 思わず女子を押し退けて、前に出た。………前方から外人、らしき男と並んで歩いてくるのは……間違いない、弟の有利、だ。
「ちょっと渋谷君? 知り合い? ね、どっちと知り合い? ううん、どっちでもいいわ、ね、紹介してよ!」
「そうよ、この時間ならちょうどあの人達もランチなんじゃない? ね、一緒にって……」
「……………弟だ」
「…え?」
「あの……ちっこい方。あれ……俺の弟の……有利だ……」
 ええーっ? と女共から声が上がる。驚きと嬉しさが入り交じった独特の歓声。やったー、ラッキー、という言葉がそれに混ざる。
「やだ、渋谷君の弟さん、すっごく可愛いじゃないのー。どうして教えてくれなかったのよ!?」
「そーよっ。…ね、弟さん、モデル? それともアイドル志願? ねえ…」
 うるさい。
 後ろから囲まれて、浴びせられる質問に、俺は答えなかった。答えられなかった。
 なぜなら。

 何を……やってんだ、有利、お前……?

 俺の弟は可愛い。
 そりゃもう、そんじょそこらのアイドルなんぞ、足元にも及ばない程可愛い。近頃じゃ、どんなにがんばっても筋肉のつかない華奢な体格と相まって、美少年とも美少女ともつかない、中性めいた、いやむしろ無性といった方が近いような、不可思議な魅力をかもし出すようになってきていた。
 弟には知らせていないが、このところ家にも色んな分野のスカウトがやってくる。大抵はモデルか芸能関係の事務所の使いだ。アイドル関連の雑誌に、盗み撮りされた弟の写真がしょっちゅう掲載されているらしく、それで目をつけられることが多い。………犯罪じゃねーのか、それって。
 おふくろはかなり心を動かされているらしいが、親父が全てシャットアウトしている。俺も、欲求不満で目をぎらつかせたヒグマみたいな女や男共の前に、有利を放り出すことは断固反対だ! 食われちまったらどうする!?
 …………話がずれた。
 とにかく、そんな可愛い有利だが、根性は全然違う。ナヨナヨしたところなんぞ微塵もなくて、むしろやんちゃ坊主に近い。弟の好きな時代劇に例えたら、頭に思い浮かぶのは一心太助(ちょっと古いか?)だ。正義感が強くて、曲った事が大嫌い。一本気だし、小心者のくせして気が強く、こうと決めたら猪突猛進、後先考えずにつっ走るおっちょこちょい。ぶち切れた時に叩く啖呵はそりゃもう切れ味鋭く、聞く者の心にたれ込めた暗雲なんざあっという間に吹き払ってくれる。
 中学の時、非人道的非教育者的な言動が許せずに、監督をぶん殴って野球部をクビになった、というのは実にその性格を象徴する出来事だと思う。とにかく。
 見た目超ド級に可愛いが、性格かっこいい男前。それが俺の弟、渋谷有利だ。
 それなのに。
 何なんだ、一体、おい……。

 俺がどんなに「おにーちゃんと呼べ」と言っても、少しは甘えて欲しいと思っても、可愛い大きな目を釣り上げて「ふざけんじゃねーっ! バカ勝利!」とがなってばかりの弟が。
 恋愛ドラマや映画を「かったるいし、ワケ分かんねー」と見向きもせず、さっさとチャンネルを野球中継かスポーツニュースに換えてしまう弟が。

 隣を歩く男に、全身全霊で、甘えていた。

   思い出したのは、我が家の2匹の駄犬だ。
 家に戻った途端、全力で駆けてきて全力で甘えてくる。まとわりついて、むしゃぶりついて、こっちを見て、こっちを見て、撫でて、触って、笑って、名前を呼んで、と、全身で訴えてくる。
 目に映る弟の姿は、まさしくそれだった。
 手には、どこかの店のものらしい紙袋。もしそれがなかったら、男の腕にぶらさがっているんじゃないかと思える程近い距離で、弟は男にまとわりついていた。 決して犬のように周りをぐるぐる回っている訳じゃないが、まとわりつく、という言葉がぴったりのように寄り添い、懸命に話しかけては男の視線を求めている。
 側にいられることが嬉しくてならないとでもいうように、有利は満面の笑顔だった。これほど開けっぴろげな笑顔は、ここ数年俺の前では見せた事がない。そして、男が笑みを弟に投げかける度、有利の笑顔がさらに輝きを増した。
 ……昨日今日、会ったばかりの間柄なんかじゃない。
 もう何度も、この2人は会っているに違いない。
 会って……何をしてるんだ、有利? こんな外人の男と、何の必要があって会わなきゃならないんだ?

 真正面に俺がいることにも気付かないまま、足取り軽く弟と男が歩いてくる。と、男がいきなり有利の肩を掴んだ。驚いたように男を見上げる有利。男が笑って、何か耳元で囁いている。……近過ぎる。赤の他人が取っていい距離じゃねえだろ、それは。
 2人の顔が揃って横を向いた。その視線の先には、日本有数の超高級ホテル。
 男が、自然なしぐさで弟の肩を、抱いた。そして、車が切れたのを確認して、そっとその肩を押して。2人はそのまま道を横断し。そして。
 ホテルの中に入って行った。

「……渋谷。……こんなコト言うの、差し出がましいとは思うんだけどな」
 2人を飲み込んだホテルを、声もなく見つめる俺の横で友人が言った。
「このシチュエーション、ちょっとばかりヤバくないか……?」
 言われる間でもない。
 その言葉が終わるより早く、俺はホテルに向かって駆け出していた。


 話し掛けようとするホテルマンを無視してロビーへ飛び込む。
 どこだ? どこだ? エレベーターか? でなければ……。
 必死で首を振る俺の視界に、ロビーに佇む弟の姿が飛び込んできた。
「有利っ!!」
 人目を気にしている余裕なんかあるものか。何としてでも、ぶん殴ってでも連れ戻して……。

「あら、しょーちゃん、どうしたの?」

 足がぴたりと止まる。
「来れないって言ってなかった? ……あら? ランチ、ここだって言ってあったかしら?」
 声のした方向に回す首が、ギリギリと音を立てているような錯覚を覚えてしまう。
 その視線の先に。おふくろがにこやかに笑って立っていた。
「勝利、来れないんじゃなかったのか? ……なんだか後ろにいっぱいいるけど……?」
 おふくろに並んで、有利がきょとんと俺を見ている。
「あれ? しょーちゃんじゃないか? どうしてここに?」
 親父までいる。その隣には……あの男。
「…………えっと……」
 この場合、何と答えればいいのだろうか……?
「後ろにいる人達は? ああ、大学のお友だちか? ……おお、そうだ、紹介しとこう」
 親父が男を手招いて、2人で俺の前にやってきた。
「コンラッド、これが長男の勝利だ。勝利、今朝言ってただろう? 彼がアメリカから来たお客さんの、コンラッド、えーと、コンラート・ウェラーだ」
「初めまして、コンラート・ウェラーです。よろしくお願いします」
 にこやかに笑って、男─コンラート・ウェラーが俺に手を差し出した。
 だけど俺は。その手を取るどころの心境じゃなかった。
 さっきまでの、そして今飛び込んできた情報に頭がいっぱいになって、俺はただ、そいつの顔、俺と同年代の、白人種とはまたどこかが違う男の顔を見つめることしかできずにいた。
「コンラート……? コン、ラッド……?」
 ええ、と差し出した手をそのままに、どこか困ったように男が首を傾げた。
 だがそんな事は、もうどうでもいい。なぜなら。


『…コンラ…ッド…、行か…ない、で…』
『…も……やだぁ…、かえって、きてぇ…』
行かないで…。ここにいて…。そばにいて…。お願いだから。
『コンラッド!』


 真冬。あの夜。
 リビングのソファで眠っていた弟が、涙を流しながら呼んでいた名前。
 魂切るほどに、辛く切ない声で求めていたただ1人の名前。
 日常というシンプルな世界で、素直に当たり前に生きていたはずの弟の中に、得体のしれない何かを生み出した名前……。

 この名前を持つ男を、絶対に許さないと心に誓ったあの日。

「……あんたか…? あんたなのか……?」
「え?」
 男、ウェラー(名前の方は絶対に呼びたくない)が、目を瞬いて俺を見返した。
「…………白々しい顔してんじゃ……」
 衝動に任せて、その胸ぐらを引っ掴んでやろうと手を伸ばしかけたその時。
「いい加減にしろっ、バカ勝利!」
 弟に胸ぐら引っ掴まれた。
「コンラッドが挨拶して握手しようとしてんのに、何ワケ分かんね−こと言ってやがんだ、こらっ。人のコト、妙な目で睨みつけやがって! 挨拶もまともにできねーなんぞ、弟して恥ずかしーだろうがっ!!」
「…ユーリ、ユーリ、俺は構いませんから……」
 ……弟に怒鳴り付けられたことよりも、ウェラーが有利を呼び捨てにした事の方にむかついてしまう。
 ふんっ、と俺を突き放すと、有利はくるりと振り返ってウェラーの手を取った。
「ごめんな、コンラッド。ホントにバカな兄貴で」
「そおよお、しょーちゃん、コンラッドさんに失礼じゃないの。本当にごめんなさいね?」
 いいえ、とウェラーが笑って答えている。しょーちゃん、どうかしたのか、と親父が俺の顔を覗き込んで尋ねてきた。
「………あんた、ウェラーさん」俺の呼び掛けに、彼が顔をこちらに向ける。「……弟とは、しょっちゅう会ってるのか?」
 その問いに、狼狽えたのは有利と、そして何故か両親だった。ウェラーの方は、ちょっと困ったような顔で微笑んでいる。
「………日本語達者だけど、こっちに住んでんのか? それともしょっちゅう来てンのか?」
「…いえ、日本に来たのが今回が初めてですが……」
「嘘をつくなっ!」
 あの態度のどこが初めてだ!? こんな白々しい嘘を平気でつくような男が……。
「ウソじゃねーよっ!」
 有利が怒りを込めて怒鳴り返してくる。
「コンラッドはウソなんかついてねーぞ! コンラッドのコト嘘つき呼ばわりしやがったら、この俺が許さねーかんなっ!!」
「……ゆ…ゆーちゃ……」
「うるさいっ」
「ほら、いいかげんにしろ、2人とも。皆見てるじゃないか。……しょーちゃん、今回はしょーちゃんが悪い。どう考えても、お客さんに対する態度じゃないな。ここはきちんと謝りなさい」
 今夜にでも、ゆっくり話をするから。
 最後の言葉をそっと小声で囁かれて、俺は不審な思いで親父を見た。いつもはふざけた親父が、何故か含みのある眼差しで俺を見ている。
「コンラッドに謝りなさい、しょーちゃん」
 もう一度促されて、俺は思わずため息をついた。一瞬伏せた顔を上げた先には、困った顔のまま(それでも笑顔なのが、ものすごく腹立つんだけどな)のウェラーと、全身で「怒っているんだぞ」を表現している弟が並んで立っている。
「………悪かった。少々虫の居所が悪くてな。…イヤなものを目にしてしまったもんで。………有利の兄の渋谷勝利だ。……よろしく」
「こちらこそ、よろしく」
 ホッとしたように手を差し出すウェラーと、平均よりは短い握手を交わして、俺は弟に視線を向けた。……まだ怒ってる。
「…いつまでも唇突き出してるのは止めろ、有利。……それより、お前さっきから袋を振り回してないか? それ、大丈夫なのか?」
 あ、と有利がずっと手に持ったままの紙袋を持ち上がた。どうやら持っている事すら忘れていたらしい。
「そうよ、ゆーちゃん。ママ、さっきからそのロゴマークが気になって気になって仕方がなかったのよお。ね、ね、それってあの超有名なチョコレートのお店のよねっ!?」
「チョコレート?」
 おふくろと俺の問いかけに、有利がやっと顔を和ませる。
「そう! 親父達との待ち合わせまで時間があったからさ、コンラッド、銀座案内してたんだ!」
「……お前が銀座を案内なんてできるのか……?」
「ちゃんとガイドブック持ってたんだよっ」
 がう、と有利が噛み付いてくる。
「中々の賑わいだっただろう?」
 親父が感想を尋ねると、ウェラーがにっこりと笑みを深くして頷いた。
「あちらの市場の賑わいとは、賑やかさの質が全く違いますね。そもそも「都会」という言葉のイメージからして大違いだし。とにかく華やかで、機能的で、それでいて見事なまでに隅々まで清潔で。都会がこれほど清潔でいられる事実は、学ぶべきだとしみじみ思いましたよ。ユーリともそんな話をしてたんです。ね? ユーリ」
 うん! と有利が大きく頷く。……そんなコトが弟とどう関わるってんだ? っていうか、呼び捨ては止めろ。「有利君」となぜ言えない。
「日本人の清潔好きは、世界的にも有名なんだ。これを真似するのはたやすくないぜ?」
「もうウマちゃんたら、そんなコトはどーでもよくて! で? そのチョコレートは?」
 はいっ、と有利がその大きな袋をおふくろに差し出す。
「コンラッドから、おふくろに!」
「ママでしょ、ゆーちゃん、って、えーっ、こんなに大きな詰め合わせ、お高かったでしょ? いいの? ホントに?」
 と言いつつ。袋は瞬く間におふくろの手に渡った。
「……コンラッドがおふくろ達に何か用意したいっていうからさ、この店が有名だからって。…で、店に入って、どれがいいかなー、とか言ってたら……」
「とてもサービスのいいお店でしたね。店員の女性達が、銀のお盆に乗せたチョコレートをどんどん持ってきてくれて、試食させてくれました」
「……他の客放っぽって、何人ものおねーさん達が争って盆を差し出してきたよな……。俺ら以外ダレも試食なんてさせてもらえてなかったけど」
「ほとんど全部ユーリが食べてくれて、美味しいのを選んでもらいました」
「……………あんたが一つ食べる度に『美味しいですね』とか言って、にこーと笑いかけたりするからだろーが……」
 側から間の手のように入る弟の呟きは、なぜかどんどん低くなっていく。
「まあ、ゆーちゃん、大丈夫なのぉ? 今日は天ぷらよ? ちゃんとご飯食べられるの?」
「だいじょーぶっ! 甘いものは別腹だから!」
 それは順番がまるっきり逆の話だろうが。
「…と言う訳で。……どうなんだ、しょーちゃん? 飯、一緒にできるのか?」
 俺の後で大人しくしていた女子達が、親父の言葉に色めき立つのが分かった。何とか自分達も混ざろうという意志がありありと感じられる。
「おやじっ」有利が不機嫌に声を上げた。「今日は少人数の個室を予約してるって言ってたよなっ?」
「え? ああ、うん。でもしょーちゃん1人くらい増えたって大丈夫だろう」
 後方の気配がへなへなと萎んでいく。
 で? と親父と有利が俺を見る。
「…いや、今日はこいつらとつきあうか……」
「あそっ、んじゃおやじっ、行こうぜ! 早く行こう! 俺もう腹減ったゾっ!」
 くるん、と踵を返した弟が、すたすたと歩き始める。待って、ゆーちゃんと声を上げながら、おふくろがそれを追う。
「…こら、ゆーちゃん、そっちじゃないぞ。………じゃあ、しょーちゃん、今夜、な」
 そう言って親父は俺に笑いかけ、そして俺の友人達にも軽く会釈するとウェラーを促した。
「失礼」
 ウェラーもまた、軽く頭を下げながらそう一言言い残す。
「コンラッド! 何やってんだ、行くぞ!!」
 少し離れたエレベーターホールから、弟がでかい声を張り上げている。………何だ、その言葉遣い。何、御主人様やってんだよ。しつけが疑われるだろうが、みっともない。……だが言われたウェラーの方は、「はい、ユーリ、すみません」と、これまた家来のような言葉と態度で弟の元に駆け寄っていった。……思っていた程、日本語が身についてる訳じゃないらしい。
 そのせいだろう、何か妙な勘違いをしたらしい客やホテルスタッフ達が、一体何者だ? という顔で、さり気なく俺やエレベーターを待つ親父達一行を交互に見遣っている。……ロビーに屯する客の中には、どういう集団なんだか、柱に隠れるようにこちらを窺っている女子高生らしきグループまでいる。こんな一流ホテルで、女子高生が何をやってるんだか。
 何となく疲れた気分で、俺はロビーを後にすべく家族に背を向けた。


「なあ、渋谷。出過ぎた話ばかりで、ホントに申し訳ないんだけどな」
 先程注意を促してくれた友人が、さりげなく隣に立った。
「ああ、何だ?」
「弟さん、言ってたよな? 待ち合わせの時間に間があったから、銀座を案内してたって」
「…あ、ああ」
「てことは、弟さん、昼前からずっとあの男と2人でいたってことだよな?」
 ホテルを出る直前、俺はぴたりと足を止めた。………迂闊だった。
「……あいつは……親父の客のはず、だ」
 それがどうして有利と一緒にいるんだ? 初対面というのは絶対に信じられないが、それにしても一体いつから一緒に……。
「……夕べ」
「何だ?」
「……………いや」
 夕べ、弟は外泊していた。俺は、疑いもせず、行き先が親友の村田健の家だと信じていたが。
 もしそうでなかったら。もしも……弟が、有利が、あの男と一緒に一晩過ごしていたのだとしたら。
 ………親父とおふくろは、それを知っている、のか……?

 振り返った先に、家族とウェラーの姿はもう見えなかった。エレベーターホールには、先ほどの女子高生達がいらいらとエレベーターの到着を待っているだけだ。

 釈然としないまま、俺は何となく盛り下がった気分の友人達とホテルを出た。


 そして。

 俺は、その夜、親父からとんでもないヨタ話を聞かされる事となった。

 何を隠したいのか知らないが、そんな荒唐無稽なトンデモストーリー、もしくは、いかにもおふくろが考えそうな少女趣味のファンタジーで、俺をごまかせると思ってるのか、親父?



 俺は、信じない。絶対。




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別にどうということもない話なのに、ここまでひっぱってしまいました……。

マニメと大違いで、こちらのおにーちゃんは何も知らなくて、パパさんから色々と打ち明けられても信じてくれてません。
実は(というほど大したことじゃないですが)この勝利にーさんの態度は、いずれ書くお話に繋げていく予定です。
でもそのためには、ユーリの身体のコトをはっきり書かないといけなくて…。

とにかく、がんばります。

次からまたしばらくは、眞魔国のお話が続きます。これからもよろしくおつき合い下さいませ。