「お花、いかがですかーっ!!?」 私は行き交う人々に向かって、大声を張り上げた。 最初は恥ずかしかったこの仕事も、もうすっかり慣れた。というか、慣れずにはいられないのだ。この広場を埋める膨大な数の店から飛び出す大音声の呼び込みと争い、客をとっ捕まえるためには恥ずかしがってなんぞいられない。じーちゃんが丹精込めて育てた花だ。何としても売り切らねばっ。 「きれいなお花、どうですかーっ。今朝摘んだばっかりですよっ。そこのダンナさん、どうっ? とれたてピッチピチッ、お色気たっぷり、新鮮なお花!!」 「…すげー…」 お世辞にも感心してるとは思えないつぶやきに、ひょいと横を見ると男の子が立って私を見ていた。…たぶん男の子だろう。一言だけだけど、言葉使い悪かったし。私はざっと値踏みしてみた。 顔立ち。 不格好な帽子を目深に被ってるため不明。ま、良けりゃ隠すはずないから目の保養は期待薄。 年齢。体つきからみて私と同年代。60歳から80歳てトコか。…ぽかんと口を開けてる感じは60以下かも。どっちにしろガキ。 服装。平凡。ファッションセンス貧弱。生活レベル中の中。 何より許せないのは、手ぶらだってことだわ。 これほどの市に来て、手ぶらって何? 財布は? 結論。こいつは客じゃない。相手するだけムダ。 私はぷいと目を逸らして、ちょうど通りかかった金持ちそうな奥さんの一団に愛想をふりまいた。その時。 ガシャンッ。バサバサッ。「わきゃっ」 足元が乱れるイヤな感じがして振り返る。と。 「なっ、何やってんのよっ、あんたっ!!」 花を入れたバケツが幾つも転がり、花が散らばり、そのまん中にあの男の子、いや、くそガキがしゃがみ込んでいた。 「…ごっ、ごめんなさ……、俺、押されて……」 何やら言い訳しながらおろおろと地面を這い回る。たぶん散らばった花を拾おうとしてるんだろうけど、無器用な手は地面の泥をかき回し、花をますます再起不能にしてるだけだ。おまけに1本拾えば、1本後ろ足で踏みにじってるし。 「やめてよ。花が台なしだわ。ったく、どうしてくれるのよ、これ?」 「あっ、あの、そのっ…。お、おれ、弁償……ああっ!」 「何よっ、いきなりでっかい声で!」 「俺、お金持ってない!」 立ち上がり、きょろきょろと何かを探す素振りをみせた彼の腕を、私はがっしと捕まえた。そうは問屋が卸さないわよ。 「うまく逃げようったって、無駄よ!」 「逃げ…? っ、ち、ちが、俺、連れが、連れとはぐれて、だからっ……」 「下手なウソつくんじゃないの! 男の子でしょ、潔くしなさい!」 ぐいっと引き寄せると(自慢じゃないが、力には自信がある)、手に変な感触があった。泥だ。よく見れば、目の前の彼は手と下半身がドロドロに汚れている。そりゃそうだろう、水をたっぷり振りまいた泥の中であんなに動き回っていたのだから。 「ったくもう、ぐしゃぐしゃじゃないの。…とにかく、花を集めるの手伝って。もう売り物になりゃしないし、となりゃあ、ここにいるだけムダだし。持って帰るわ」 その前に、この惨状をこの子の親に見せて、弁償金をふんだくってやらなきゃね。場所代だって掛かるってのに、損するワケにはいかないんだから。 「ユー……坊っちゃん!!」 ようやく花をバケツに戻し、荷車に乗せ終えた頃、人をかき分けて若い男が駆け寄ってきた。 「…コンラッドッ!」 男の子が嬉しそうに飛び上がって腕を降る。どうやら、連れがいるというのは本当だったらしい。 花を1本1本つまみ上げる度に「ゴメンな、ゴメンな」と謝る姿に、私の怒りもさすがに静まっていった。……弁償金から場所代くらい、引いてやってもいいかもしれない。よく考えてみたら、この子もわざとやったワケじゃないんだし? そうだ。おまけとして、まだきれいな花を土産に持たせてやろうか。えっと、つまり、その、何と言うか……。連れの男、いや、男性が、その……、すっごくイイ男、なワケで………あれ?………「坊っちゃん」…? 「坊っちゃん、探しましたよ! ……大丈夫ですか?」 長身の素敵な彼は、ちびこい彼の前に立つと、そのひどいなりに気がついたのか、両肩に手を置いて心配げに顔を覗き込んだ。そんな彼に、「坊っちゃん」が花を指差しながら懸命に説明を始めている。……それにしても。「坊っちゃん」? これが? どこが? 結局私達は3人で、私の家のある村に向かう事となった。 「花を育てたおじいさんにも、ちゃんと謝りたい」と、「坊っちゃん」ことミツエモンくんが主張したからだ。その場で弁償金を払おうとしたお付きのカクノシンさん(あれ? さっき別の名前で呼ばれていなかったっけ?)は最初ちょっと渋っていたけれど、やっぱり「坊っちゃん」には逆らえないらしく、肩をすくめて苦笑しながらも了解した。ああ、それにしてもホントにいい男だあー。。 ちなみに私の家は、このヴォルテール領最大の市場から荷車を引いて1時間半ほど歩いた村にある。 私が毎朝こうやって、花を山と積んだ荷車を引きながら市場に向かうと聞いて、ミツエモンくんはしきりに「すごい、すごい」と感心していた。とてもそうは見えないけれど、お坊っちゃんなら長い時間を歩いたりしないんだろう。その割に彼は結構強くて、途中で根をあげることもなかった。もっともいつもは私が一人で引いてる荷車だし、今はそりゃあ立派な男性が手伝ってくれてるし、坊っちゃんが力を発揮する場も必要も全然なかったんだけど。 私の村は広い。この辺りでは一番広いだろう。でも大きくはない。人の数が多くないからだ。特に壮年男性が絶対的に不足している。理由は誰にでも分る。前の戦争だ。あれで村の若い男が大勢死んだ。私の父親も兄も、だ。母親もそれを追うように亡くなり、今は祖父と二人暮らし。野菜と花を育てて暮らしている。村の大半がそんな家だ。 「………すっげーっ!!」 一瞬硬直したように押し黙ったミツエモンくんが、次の瞬間、顔を真っ赤にして叫んだ。 私は鼻高々だ。 今は花の盛り。 午後の光を浴びて、一面の花畑は赤に黄色に緑に、そよ風に揺れながらきらきらと輝いている。 じーちゃんの趣味の花畑は、このあたりじゃ一番立派だと有名だ。花も見事に咲かせるけれど、昔っからの研究で、いくつも新種の花を作り出すことに成功している。もう何度もご領主のフォンヴォルテール卿からお褒めのお言葉を頂戴しているくらいなのだ。そう言うと、二人はものすごく吃驚したようだった。 花畑にいるじーちゃんに、ミツエモンくんはだめになった花を見せ、深々と頭を下げた。 そのなかなか立派な態度に、じーちゃんも感じ入ったらしい。にこやかな顔をますます皺だらけにして、もちろん怒ったりはしなかった。私ももうその時には、彼等から金を取ろうという気はすっかり消え失せていた。 「どうやったら、こんなに綺麗に花が咲くの?」 ミツエモンくんが、心底不思議そうに尋ねる。 「大事に大切に可愛がってやるのさ。毎日の世話を欠かさずに、心を込めて愛情を注いでやると、ちゃんと応えてくれるもんなんだよ」 今もそうしていたところだというじーちゃんに、ミツエモンくんが声を弾ませた。 「どうやるの? どんな風に世話するの?」 わくわく。彼の全身がそう言っている。隣にいたカクノシンさんが、やれやれと首を振る。どうやらこれから坊っちゃんが何を言い出すか、ちゃんと分かっているようだ。 「俺、手伝う! 花の世話とかしたことないけど、でも、教えてもらったらちゃんとやる! ねっ、おじーちゃん、教えて? 俺に手伝わせて!」 花をダメにしちゃったお詫び! 「お詫び」の割には楽しげに声を張り上げるミツエモンくんに、じーちゃんがほっほと笑った。 水やり、葉っぱや花やつぼみの剪定、虫を取ったり肥料を加えたり。 花を育てると言うのは、それも立派に花を咲かせると言うのは、かなり結構ものすごく大変なのだ。 「おじーちゃん! ここ? 水をあげるのはこの花?」 「ああ、それじゃないよ。それは朝だけだ。そっちの紫の、そうそう小さな花が一杯咲いている方、そっちを頼もうか」 「おう、任せろっ」 「坊っちゃん、桶は俺が持ちますから。坊っちゃんは柄杓を……、ダメですって、それじゃ花に行き着く前に水が全部溢れてしまいますって!」 「葉やつぼみはな、付き過ぎてると養分を全部吸い取って、花が小さくなったり、枯れたりするんだよ。だから一番咲かせたいつぼみを決めたら、他のつぼみや余分な葉っぱは取ってやらなきゃならんのさ」 「そうなんだー。でもなんか、他のつぼみが可哀想な気がするなー。きっと咲きたいだろうにさー」 「…といいつつ、大事なつぼみまで毟ってますよっ、坊っちゃんっ!」 「げっ! しまったー! 丸坊主ー!!」 ……なんだかすごいコトになってるみたい…。 きゃいきゃいと騒ぎながら、ミツエモンくんが花畑を駆け回る。その後ろをカクノシンさんが「坊っちゃん、走っちゃダメです!」とか「違います、坊っちゃん!」とか「ああっ、しっかりして下さい、坊っちゃん!!」とか(一体何が起こってるんだろう?)声を上げながら、必死の形相で追っかけている。………お付きってのも、苦労が多いんだなあ。しみじみ。 でも。こんなに賑やかなのは久し振りで。うん、とっても楽しいな。 この間に、私とじーちゃんは、二人が王都で暮らしている事、今はたまたま知り合いの家に滞在してる事、ミツエモンくんは訳あって家族と遠く離れ離れになっていて、カクノシンさんの家族が家族代わりになってる事を知った。そしてもう一つ吃驚したのが、ミツエモンくんがまだ16歳の子供だってコトだ。成人の儀も終わってないらしい。……人間との混血なんだと、にっこり笑って教えてくれた。 「わちゃっ」 「どうしました、坊っちゃん?」 ミツエモンくんが片手を押さえながら立ち上がる。 「葉っぱで指、切っちゃった」 ああ、よくやるのよね、と思いながら近づいていこうとすると、すぐに立ち上がったカクノシンさんがミツエモンくんの指を取り、迷わず口に含んだ。 風景が固まる。 夕焼け空は紅く、低く斜に射す陽の光は金色に輝いている。そして足元には一面の花…。 「……惜しいっ…」 これほど美味しいシチュエーションで、カクノシンさんは最高としても、相手が帽子で顔もよく見えないちんくしゃ坊主だなんて……! あらら、ミツエモンくんたら首まで真っ赤だわ。あれは夕焼けのせいじゃないわよね。もー、おませさんなんだからっ。 「さっ、召し上がれー!」 今夜のメニューは自家製パンと野菜たっぷりのシチュー、そしてこれまた我が家自慢の野菜サラダだ。 頂きます、と言ったものの、ミツエモンくんは何を感心しているのか、じっと料理を見つめている。熱いの苦手なのかな? と思ったら、カクノシンさんがミツエモンくんのお皿を取り、二口三口シチューを口にして「熱くないですよ、大丈夫」と言ったところでようやくスプーンを取った。やっぱりね。 「返ってご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」 カクノシンさんが丁寧に頭を下げてくれた。よっぽどお腹が空いていたのか、がつがつとシチューを平らげていたミツエモンくんも、慌てて一緒に頭を下げた。ふふ、かわいいじゃん。 「いやいや、よく働いてくれて実に役にた………ったかどうかは、まあいいとして、こんなに賑やかで楽しい思いをさせてもらったのは久し振りだよ」 じーちゃんは本当に楽しそうだし、私もそうだったから頷いていたけれど、ミツエモンくんはちょっと肩身が狭そうだった。 「……まあ、こうやってのんびり花を育てていられるのも、平和のおかげだわなあ」 カクノシンさんといういい相手ができたせいか、じーちゃんのお酒が進んでいる。と思ったら急にしみじみ話をし出した。全く、年寄りはこれだから。でも、カクノシンさんもミツエモンくんも、真面目な顔でじーちゃんの話を聞いている。 「あの戦争の頃は、花を育てるなんぞと言おうものなら非国民扱いされたもんだった。ここのご領主様は立派な方だが、一旦戦争が起きてしまうとな…。誰もが狂ってしまう。心のどこかが壊れてしまうんだなあ。当たり前の事が、誰にも当たり前に見えなくなってしまうんだよ。坊やも」じーちゃんがミツエモンくんを、どこか哀しげに見つめた。「もう少し早く生まれていたら、きっと辛い思いをしたことだろうよ」 うん。ちらりとカクノシンさんに顔を向けてから、ミツエモンくんが頷いた。 「うん。…知ってる」 「今じゃもう、難癖つけられる事はないだろう。何と言っても当代魔王陛下御自身が混血なんだからのお。……陛下はご立派でいらっしゃる。ご自分が純血の魔族でないことを隠さず公表して、堂々となさっておられるのだから。中々できることじゃあないぞ。なあ、そう思わんかい?」 「ええ、俺もそう思います」 「ごめんね、カクノシンさん。もう、じーちゃんったらお酒の飲み過ぎだよ。酔うと話が長くなるんだ。ほっぽっといていいから…」 「こら、ほっぽっとくとは何じゃい! わしはな、魔王陛下がご立派な方だと言うとるんだ! 陛下はな、絶対に戦を起こさんと、二度と民が嘆く真似はせんと仰せになっておられるんだぞ!」 「そんなの皆知ってるよ。もう、じーちゃん、頼むから……」 「いいか、坊主」今度はミツエモンくんを巻き込むつもりだ。「人というものはな、朝気持ちよく起きて、飯をたっぷり食べて、働いて、勉強して、また飯を食べて、家族と過ごして、そしてまた飯を食べて、風呂に入って、ぐっすりと眠る。この繰り返しが一番幸せというものなんだぞ。どうしてか分るか?」 「……どうして?」 「それはな。そんな平凡で、当たり前で、当たり前すぎて、退屈なくらいの毎日ってモンが、本当はとんでもなく脆いもんだからだよ」 「…………脆い……?」 ミツエモンくんの声が、なぜかとても重い。 「そうだ。ある時、何かが起きて、それは大抵辛く苦しい事だが、そのためにそれまでの日常が一瞬で壊れてしまう。そして壊れてしまってから、退屈な日常ってモンが、どれほど貴重で大切で、光に満ちあふれているものだったかに気がつくんだ。…失くしちまってから、やっと気がつくんだよ…」 ミツエモンくんもカクノシンさんも、身動き一つセずじーちゃんを見つめている。 「だからな、当たり前の毎日を続けて、平凡だとか退屈だとか思えるってのは、そりゃもう幸せなことなんだ。そしてな、民の誰もがそんな当たり前の毎日を続ける事が出来る国ってのは、そしてそれが当たり前すぎて、消えたり壊れたりなんてことを誰も想像しない国ってのは、すばらしい国ってことなんだ。わしはな、今の陛下にそんな国を作って頂きたいんだよ。陛下なら、ユーリ陛下なら、きっとそれができると思うんだ」 じーちゃん、ろれつが回らなくなってきてる。こりゃ、もうすぐ潰れるわ。 「特別金持ちになる必要もない。身の丈にあった家があればいい。豪勢な食事も欲しくはない。飢えることも、凍える事もなく、戦の恐怖に震える事もなく、当たり前の毎日を当たり前に。なあ、坊主。毎日退屈だと、人生が平凡でつまらんと、民の誰もがそう思って暮らせる国を…作ってほしいんだよ。民の誰一人として、日常ってモンが脆いモンだと気がつかないような、平凡な毎日ってのがそりゃあ頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊れない、そう皆が信じていられるような……そんな…国、を……」 「ああ、やーっと潰れたわ。全くもう、同じ話を何度も何度も。しつこくって、ごめんね」 「いいえ、………立派なおじいさんですね…」 「やだ、カクノシンさんたら。…戦でね、父さんとあんちゃんが死んじまったからさ、だから……、あら、ちょっとミツエモンくん、どうしたの!?」 ミツエモンくんが。泣いていた。 身体を固くして、膝頭を握りしめて、帽子で半分隠れた顔に、ほろほろと涙を流していた。 「……民の全てが…当たり前の毎日を…当たり前に過ごせる、国…」 「ミツエモンくん?」 すっと、カクノシンさんの手が伸び、ミツエモンくんの肩を抱き込んだ。 一体どうしたと聞こうとした時、家の前で馬の嘶きが響いた。 「迎えがきたようですね」 ここへ着く前に知らせをやっていたのだとカクノシンさんが言った。一体いつの間に? それに…。私は扉を開けて、そこに立つ人達を見て目を見張った。だって。 「…お城の…」 しょっちゅう花を届けているから分る。この人達、ヴォルテール城の軍人さん達だ。 「わざわざ済まないな」 私の後ろからカクノシンさんが出てきた。その姿を見た途端、軍人さん達が敬礼する。 「お迎えに上がりました、閣下。あの…」 「今おいでになる」 カクノシンさんが振り返るのにつられて、私も家の中を振り返っ……て……息が、止まった。 この世に二つとない色を纏った、この世のものとは思えない美しい人が立っていた。 「今日一日、すごく楽しかったです。ありがとうございました。シチューもとっても美味しかったし。あの…おじいさんに、俺、がんばりますって言ってたって…伝えて下さい。ホントに、ありがとうございました」 その人は深く、私なんかに、恐れ多くて死んじゃいたくなる程深く、頭を下げて、そして微笑んでくれ、いえ、下さった。漆黒の瞳が、さっきまでの涙に艶やかに濡れていて、それが私にまっすぐに向けられていると気がついた途端、腰から下が溶けてなくなっちゃったような気がした。実際カクノシンさん(じゃないんだろうなあ…)がとっさに支えてくれなかったら、床にへたり込むか、失神してたかもしれない。 翌朝(一体いつのまに明けたんだろう)、私の話を聞かされたじーちゃんは、かなり長いこと、金づちで叩いたら粉々になりそうなくらい固まっていた。 「あのさ。がんばるって。じーちゃんにそう伝えてくれって仰ってたよ」 「………そうか」 ようやく金縛りが解けると、じーちゃんはやおら立ち上がった。顔が何やら決意に溢れている。 「新種の花を完成させなきゃならん。きっといい花を咲かせて、献上せにゃあ……」 人は目標を持つと元気になる。じーちゃんはまだまだ長生きするだろう。ありがたいことだ。 絞り立ての牛乳を持って、幼馴染みの一人が家にやってきた。 「ねえ、知ってる?」 「何を?」 「お城にね、今、おしのびで魔王陛下がご滞在だって話! すごいよねっ。偉大な陛下がこんな近くにおいでになってるなんてさ。ねえ、後でお城の側まで行ってみない? もしかするとお姿が拝見できるかもよ!」 「仕事があるんだ。行けないよ」 荷車を引いて、いつも通り市場に向かう。これが私の当たり前の毎日だ。 今日も青空。風が頬に気持ちいい。 今日も、そして明日も、きっとこうやって暮らしていくんだろう。あの魔王陛下がおいでになる限り、きっとこの日常は崩れない。この幸せは退屈に、平凡に、ずっと続いていくにちがいない。 そうそう、夕べ使って頂いた皿やスプーンをどうしようか。家宝にして大事にとっておこうか。それとも見物料を取って、皆に見せて自慢してやろうか。その場合、幾らくらいが相場だろう? 楽しい予定をあれこれ頭に浮かべつつ、私は市場への道をいつも通りに歩いていった。 プラウザよりお戻り下さい
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