熱が出た。 「夏でもねーのに、風邪ひくな、バカ」と、兄貴に罵られ、「久し振りに特製おじやが作れる」とおふくろに喜ばれ、「ゆーちゃん! 行列ができる店のプリンを買ってきてやるぞ!!」とおやじに張り切られた。…なんでプリンなんだ? ストーブの炎は赤々と燃えてて(エアコンの暖房は風邪によくない)、電気毛布はほかほかで、加湿器もフル稼動。部屋も布団の中も充分暖まっているのに、それを感じるのは身体の表面だけ。内側は芯から凍えて、俺はずっと震えが止まらずにいる。 風邪をひくと、人恋しくなる。何でかな? うんと我がまま、言いたくなる。何でも言うコト聞いて欲しくなる。子供だからかな? 部屋に射し込む光の角度が、かなり斜めになってきた。色も淡くオレンジ色。近頃は四時を過ぎたらもう暗くなってしまうから、今は大体三時過ぎ、くらいだろうか。 半日眠っていて、ぽかりと目が開いたら、部屋には誰もいなかった。 まだ寒い。身体のあちこちが痛い。額の上に置かれたタオルはとっくに温くなっていて、気持ちが悪いから頭を振ってシーツの上に落とした。拾わなきゃならないんだろうけど…めんどくさい。 「寒いよ…」 誰かに応えて欲しくて口に出す。 こちらにいる時は、あまり眞魔国のことは考えないようにしている。 あまりにも日本と違うし、最初の頃はやっぱり夢としか思えない程実感が希薄だった。近頃はそんな事もなく、どちらも俺のホームグラウンドだって自然に思えるようになったけど。でも…。 自分が魔王だってことを基本に据えて日本で暮らす事は、かなり無理がある。無理っていうか、魔王って職業はあまりにもインパクトが強すぎて、それに渋谷有利が飲み込まれてしまうような気がするんだ。日本人の渋谷有利は、「ユーリ」じゃなくて、あくまで渋谷有利であって、ただの日本人で、平凡な高校生で、あったり前の毎日をあったり前に過ごしてなきゃいけないと思う。「俺はホントは王様なんだぞっ」と思いながら高校生やってくのは、絶対間違っている。そんなのってどこか自分が歪んでしまうと思う。俺はへなちょこだし、気が強いけど小心者だし、状況に流されやすいし、王様根性でいたらきっとどこかで、とっても大事なところで間違えてしまう……。 とまあ、そんなめんどくさい話は抜きにしても、普通に高校生をやってたら、それはそれで結構忙しく、俺は意識しなくても眞魔国のコトは考えずにいられた。 でも、今は……。 「あらー、ゆーちゃん、目、覚めたの?」 おふくろが洗面器をーたぶん新しい氷水が入ってるんだろうーを手に、部屋に入ってきた。 「お腹空いてない? 朝からすりりんごしか食べてないもの。何か食べてから、お薬飲みましょうね」 どういう訳だか、おふくろはえらく張り切っている。たぶん、看病にかこつけて、息子を構い倒せるのが嬉しいんじゃないだろうか。と思ってたら、いきなりおふくろがドアップになり、額がこつんとぶつかった。 「あらあら、まだお熱が高いわねえ」 デコで測るな。「お熱」なんて言うな。幼稚園児じゃあるまいし! …やっぱり楽しんでやがるな。 「今、おじやを作ってるのよ。栄養も消化吸収もばっちり! ママの愛が籠ってるから楽しみに待っててね。デザートに桃缶も買ってあるの。ゆーちゃん、ママに何かしてほしいことない? 何でも言って? うーんと甘えていいのよー♪」 「するかっ!!」 咽が痛いんだから、叫ばせるなってのっ。 高校生にもなって、ちょっと熱が出たくらいで、親に甘えたりなんかできるもんか。兄貴に至っては言語道断。まったくウチの親ときたら、なに考えてんだ、全くもう! …………………でも。 あんたになら…甘えたい。 今。そばに欲しいものがある。 銀の光彩が神秘的な茶色の瞳。 柔らかな、優しい微笑み。 無骨で長い節くれ立った指。 深くて耳に心地いい、男前な声。 その瞳で見つめて。 俺だけに笑顔を向けて。 その手で頭を撫でて。 そして。『大丈夫、ユーリ?』でもいい。『俺が側にいるから安心して』だと照れくさいけどもっと嬉しい。耳元で囁いて。 力強い腕や、胸のぬくもりが恋しい。ぎゅっと包まれて、太陽と干し草の香りを胸一杯に吸い込みたい。 うんと。 うんと強く抱き締めて欲しい。 「…うわぁ…」 一気に顔に熱が集まる。おふくろが出た後でよかった。俺は布団を頭の上まで引っぱりあげ、たぶんまちがいなく真っ赤になった顔を隠した。取り替えてもらったばかりの濡れタオルが、また落っこちる。 「……オレッてば、いつからこんな乙女に……」 自分で呟いた言葉のあまりの恥ずかしさに、居たたまれなくなって更に深く布団の中に潜り込んでしまった。 病気をすると、淋しくて、人恋しくなる。 そしてとっても素直になれる。 逢いたくて、逢えなくて、恋しさが募ればなおさらのこと。 「あいたいよぉ……」 あんたに、今すぐ、逢いたいよ。 ……………………………………………………………………淋しいよぉ。 プラウザよりお戻り下さい
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