友ヲ想フ…?・2

「…あの、君」
 さて、と、有利が自転車のサドルに腰掛けようとした時、いきなり声を掛けられた。
 振り返るとブレザーの胸が見える。ので、目線をぐぐっと上に向けてみた。
「…俺に何か用…?」
 目の前、いや、目のかなり高い場所に見知らぬ男の顔。
 年の頃は同年代。ブレザーは制服らしいから、他校のヤツ……が、何でウチのガッコの自転車置き場にいるんだ? 不審者か? 
 一目見た途端、ふつふつと反感がわき起こるのを、有利は止める事ができなかった。
 同じ年頃なのに、何だこの身長は。180どころか、もしかして2メートル近いんじゃないか!?
 それにこのガタイ! 制服を通しても分る、このいかにも鍛えてますーな、マッチョな雰囲気は何なんだっ!
 俺だって、俺だって………と、どんなにがんばっても夢見る筋肉がつかない有利は、ほとんど八つ当たり気味に相手を睨み付けた。上目遣いで。と、ブレザー姿の不審者が、ボンッと顔を赤らめる。
「…っ…しゃ、写真より、ずっと…」
「あんだとっ!?」
「あ、いや、その、えっと………し、渋谷、有利…君」
「………あ?」
 不審者は自分を待ち伏せていたらしい、と分かって、有利の顔がさらに厳しくなった。
「あ、あの……ちょっと話したいことが……ある、んだ。その、そこの、公園まで、一緒に……」
「俺に顔かせってか?」
「あ、いや、その……お願いします!」
 がばっと頭を下げてお願いする男の後頭部をじとっと眺めて、有利はふん、と息をついた。
「…手短に頼むぞ」
 ついて行くことになった。



「間違いないわ。あれは雪村君よ!」
 女子が歓びに声を弾ませる。
「まじかよ。そいつが渋谷待ち伏せしてどうする?」
 男子が言う。
「決まってるじゃないのっ。鈍いわね!」
 別の女子が答える。
「雪村君って、バスケ部のエースなのよぉ。もー、ちょーカッコいいのーっ。ほら、東高のバスケ部って全国大会の常連でしょ? 雪村君、大学からも実業団からもすっごく注目されてんだってー! んでね、そんなにスゴイのにー、ぜーんぜん女の子なんかに目もくれなくってさー。そこがクールだって、すーっごい人気なのーっ!」
 そりゃ単に女が趣味じゃねーだけだろ。
 発言者以外の全員が、一斉に突っ込みをいれた。心の中で。


 コトの起こりは放課後。
 まだ何人かがたむろする教室に、女子が一人、息せき切って飛び込んできたのだ。
「自転車置き場に、東高の雪村君が立ってるっ!」
 トイレの帰りに他校の制服が見えて、ひょいと外を見てみたら、かの東高のアイドル雪村君が所在なげに立っていたというのだ。
 居残っていた女子数名と男子数名の脳裏に、ある日の会話と、たった今教室を出て行ったクラスメートの姿が浮かんだ。
 次の瞬間、彼等は鞄を小脇に抱え、どっと教室を飛び出した。



「……で? 俺に用って、何?」
 夕方の児童公園は、もう誰もいない。夕陽を反射して、ブランコも鉄棒も滑り台も、どれも鉄錆色に輝いている。
 公園までの追跡に成功し、植え込みの蔭に隠れた一団は、固唾を呑んで二人の姿を見つめていた。
 有利の前に立つ雪村は俯いたまま、拳を握りしめてすさまじく緊張しているように見える。
 腕組みして待つ有利は気合いを込めて胸を張り、相手を睨みつけている。……小柄で華奢な有利が一生懸命肩を聳やかす姿は、威嚇する子猫のようでめちゃくちゃ可愛い、と女子一同は思った。男子一同はもうちょっと優しくて、体格差がよっぽど悔しいんだろうなあ、と同情していた。
 そして。雪村がキッと顔を上げた。瞳に決意が漲っている。
「俺っ。東高の、雪村っていいます!」
 有利がきょん、と小首を傾げる。あの日のコトをすっかり忘れているな。全員が確信した。
「渋谷っ、有利、君っ」
「は?」
「おっ、俺とっ、………つき合って、下さいっっ!!」
 言ったーっっっ!!! 己の口を手で懸命に押さえつつ、身悶えする一同。きっと植え込みが不自然に揺れただろうが、誰もそれに気づかない。
 有利と雪村は、無言のまま見つめ合っていた。いや、有利的には睨み付けていた。
「……………いま…なんて…?」
「俺っ。俺、今まで全然女の子とかに興味なくって…あ、いや、もちろん! 男を好きになったことなんか、一度もなくってっ!」
 ホントか? どこからともなく入る突っ込み。
「…でも、写真、見て、君の。一目で、その、胸にドンときたって言うか…。クラスの女の子達は、可愛いって、でも可愛すぎて逆にいまイチって言ってたけど…」
 余計なことは言わんでいい! 教育的指導が入る。
「でもホントに可愛いって。……俺、まさか同じ男にそんなこと思うなんて、信じられなくて。でも、まじで……こうして見ても、写真より……何倍も、可愛い……」
 どこかうっとりした声。
「……気色悪いこと、ぬかすんじゃねーぞ、こら……」
 地を這うような、有利にしてはかなり低い声が吐き出された。見れば怒りに頬を真っ赤にしている。
「てめーも男なら、男に可愛いって言われて嬉しいかっ!? じょーだんじゃねーぞっ。俺は男だ! ちっせーからってバカにすんじゃねーっ! てめーなんぞにコクられて、俺が喜ぶと思ってやがんのか!? ふざけてンじゃねーぞ! ぶっ飛ばされたくなけりゃ、とっとと俺の前から消えやがれっ!!」

「男前だぞ、渋谷」
「よし、よく言った」
「あーん、渋谷君、雪村君振っちゃいやー」
「だよねっ、だよねっ、似合ってるよねっ?」
「男同士をくっつけてどーすんだよ」
「…ちょっと煩い。静かにして。ここからが大事な所でしょ」
「ゴメンなさい。委員長」
 場をきっちり仕切る。さすがは委員長だ。

 雪村はゴメン、と頭を下げた。
「……君にぶっとばされるとは思わないけど…。でも、いきなりこんなコト言って、本当にごめん。気持ち悪がられるのは、分かってたんだ。渋谷君が、見かけと違って男らしい性格だってことも、芯のしっかりした人だってことも聞いてたし。でも、我慢できなくて……」
 だから、ゴメン。雪村が再度頭を下げる。
「でも好きなんだ! 男同士だったら、好きになっちゃいけないのかな? 人を好きになるって、悪いことじゃないだろう? 俺だって最初は悩んだんだ。もしかして、俺って変態なのかなって。でも、考えれば考える程、人を好きになって、それが同じ男だとしても、これっぽっちも悪いことしてないじゃないかって思う様になったんだ。むしろ、その、人を本気で好きになれた自分を褒めてやりたいって言うか……」

「…なかなか言うわね」
「かっこいー」
「渋谷ぁ、ほだされるなよー。一生が掛かってるぞー」
「あいつ、男前な分だけ人がいいからなあ。やべーかも…」
「何よ、何か文句あるワケ?」
「そーよそーよ。美しいもの同士が結ばれるのは世界の掟よ!」
「…んじゃおめーは永遠に美形とは結ばれないんだな?」
 不穏な空気が植え込みの中で渦巻きはじめる。

「……あんた、本気なワケ?」
「本気だ!」
 有利の声に嫌悪感がない。雪村はあからさまにホッとしている。植え込みの中では睨み合いが一時中断された。
「俺のコトなんか、全然知らねーじゃん?」
「うん、確かに。人伝にしか知らない。でも、一目惚れってそんなモンだろ? これから、渋谷君の色んなことを知っていきたいって思ってる。だから…俺と、つき合って下さい!」
「お断りします」
「………え?」
 え? と別の場所の一同も正直耳を疑った。渋谷有利は男前のお人好しだ。恋人にはなれなくても、いい友人にならなってやってもいいぜ、くらいのセリフは言うと、全員が思っていたのだ。雪村も含めて。
「あの。最初は友だちでいいんだ。一緒に遊びに行ったりとか、家を行き来したりとか…。だから」
「でも最終目的は違うんだろ? ステップアップ前提の友人関係なんて、やってく気ねーから。俺、あんたが本気だって言うから、本気で応えたんだぜ? 中途半端なこと口にすんじゃねーよ」
 中途半端と言われて、雪村は恥じ入ったらしい。顔が赤くなった。
「本気だ。俺は本気で君が好きだ。こんなに夢中になったの、バスケ抜かしたら初めてだ。だから、どんなみっともなくても、諦めたくない。これっきりになりたくない。…渋谷君、俺と友だちになって下さい!! 友だちから始めさせて下さい! お願いします!!」
「お断りします」
 雪村が固まった。植え込みも固まった。
「あんたが本気だっての、信じてもいいよ。でもな。本気の相手だから、俺は付き合えない。本気で俺を好きになってくれた人と、それが分かってていい加減な付き合いはできないから。それはあんたに失礼だから。だって俺は、どんなにあんたとつき合ったって、そういう意味で好きになることないから。あんたがどんなにがんばったって、絶対ダメだから。俺の心の中には、俺の、大好きな人が、ちゃんといるから。俺が……」
 誰の姿を思い出しているのか、有利の声が揺れる。

「俺が……、俺のことを好きになってもらいたい男は、この世で、たった、一人だけだ……っ!」




「……あいつ、自分が何を口走ったか、分かってんのかな?」
「分かってねーかも……」
 男子一同が車座になってため息をついている向こうで、女子が雄叫びをあげている。
「やっぱりねっ。やっぱりそうだと思っていたわっ!」
「よしよしよーし! 今こそ夢が叶う時! 後はどんな相手かさえ分かればっ!」
「ほら、雪村君! なにぼーっとしてんのよっ。まさかこれで諦めるなんて言わないでしょうね!?」
「諦めたら、そこで試合は終りだと、偉大な監督も仰っているわ。がんばりなさい」
「でも雪村君を応援するかどうかは、渋谷君の相手を確認してからね?」
「そうそう。応援しがいのある方はどっちなのか、ちゃんと調べてからでないと」
 励ましているんだか何なんだか、勝手な言い種を並べる女子を横目で見て、男子一同はまたもや深い息をついた。背中や肩をど突かれながら、雪村は呆然と有利の去った方向をみつめている。
「俺達の中にはいねーよな?」
 有利の好きな相手が、である。
「…いねーな。それは間違いないと思うぞ」
「だったら……、まあ…いいか…?」
「いいんじゃねーか…な?」

「渋谷君っ。俺は、俺は絶対、諦めないぞっ!!」
 突然雪村が天に向かって叫び、女子の拍手喝采が響いた。

「渋谷って、やっぱり……可哀想なやつだよな…」

 一同深く頷きつつ、自分達だけは渋谷有利のいい友人でいてやりたい、と思った。
 ……被害が自分に及ばない限り………。



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今書いてるのがちょっと詰まってしまったので、気分転換に。
まさしく突発。
それでもやっぱり愛されてるユーリ。 ………続きはあるのか?
ところでこれも第三者視点?