「それでは会議を始めます」 惑星地球、日本国は埼玉県某市某町、世界の「通り」とか「ストリート」だとか「アヴェニュー」なんぞと名のつく場所に必ず出現するハンバーガーチェーンの一店舗。 禁煙スペースの一角で、勝手にテーブルのレイアウトを変え、勝手に「会議室」と名付けて占拠した高校生の一団がいた。 「あのー、委員長」 律義に挙手する男子高校生。最も上座(?)に独り位置する今どき珍しい銀縁メガネの少女と、残り10数名の少年少女が彼に注目する。 「何ですか? 質問は手短にお願いします」 「あのー。……てか、何で俺達ここにいるんでしょう?」 その言葉に、他の少年達が一斉に同意を示す。 「それはあなた達も、この会議の構成員だからです」 ………構成員。組は組でも、ちょっと「組」が違うのでは? オレ達やくざですか? それとも……。 「質問はありませんね。では、『渋谷有利の片思いの『男性』を何が何でも探し出してみせよう』全体会議を開催いたします」 悪の組織の女幹部…もとい、委員長が、何だか身も蓋もない宣言をした。がくーと、男子一同の肩が落ちる。 …それにしても人数多くないか? あそこにいるのは違うクラスの女子じゃないか? おまけに。 「その前にご紹介しましょう。会議のオブザーバーとして参加して頂きました、東高の雪村君です」 ぱちぱちぱち。にこやかに拍手する女子一同。「あ、どうも」と照れくさげに頭を下げる雪村君。狭いスペースの中で窮屈そうだ。 「あのー……」 先ほどとは別の男子が、おずおずと手を挙げる。 「…ある意味当事者である雪村がオブザーバーってのは……」 「問題ありません」 頷く女子一同。 すでに彼女達によって、この世界は完成されているのだ。世のあらゆる常識は、誤解され曲解され弾き飛ばされている。 だからそんな世界にオレ達を引きずり込むんじゃねーよぉ〜〜〜〜……な男子一同は、心の中で滂沱の涙を流していた。 「とにかく、相手を見つけなくては話になりません。その相手によって、これが『渋谷有利の恋を応援しよう』全国会議になるか、『渋谷有利に新しい恋を見つけてあげよう』世界会議になるかが決まるのです」 一気にグローバル化を目指す委員長。 「絶対負けません!」 有利の「新しい恋」相手候補ナンバー1を自認する雪村が、ぐぐっと拳を握って宣言した。 「いい心がけです」 それって、心がけの問題なのか? しかし賢明にも男子は突っ込まなかった。女子が全員揃って大きく頷いたからだ。 「まずは学校内における渋谷君の交際範囲について……」 「渋谷有利の片思いの以下省略」全体会議が始まったらしい。 「少なくとも、学校の中にはいないと思うのよね」 「うん。彼って部活もしてないしー。あれ? 渋谷君、親友っているのかな?」 「そういえば……。男子、どうなの?」 なるべく話に巻き込まれまいと、必死で飲み食いしていた男子一同に視線が集中する。ちなみに男子でありながらオブザーバーの雪村は、先ほどから真剣にメモを取っていた。 「……渋谷の、親友?」 「仲がいいっていったら……皆と仲いいよな?」 「オレら、特別グループ作ってるワケじゃねーし…」 「弁当もてきとーに誘いあってるし…」 「女子じゃねーんだから、トイレだって一人でいけるしなあ」 「誰がトイレの話をしてんのよっ!?」 お叱りの声が飛ぶ。 「……あ……」 その時。明らかに何かを思いついたという声が、男子の一人から上がった。素早く走る期待の視線。 「何なのっ?」 「あ、いや、確か渋谷って、野球部には入れなかったけど、かわりに草野球のチームを作ったとか…」 「どうしてそれを早く言わないのっ!?」 「どんなチーム?」 「どんなって…。野球が好きなヤツって条件で募集かけたら、すっげー年齢幅の大きいチームができちまったとかどーとか…。毎週日曜日に河川敷で練習してるらしいぜ?」 「……年齢幅が大きい…。つまり大学生もいれば社会人もいる、と」 ふと微笑む委員長。 「少年チームに入れてもらえなかった小学生とか中学生もいるらしいけど…」 「んなのは、どーでもよろしい!!」 ごめんなさいと頭を下げる、何故か男子一同。 「委員長」女子の一人が手を挙げる。「偵察の必要性があると思います!」 あちこちから「賛成」の声が上がった。委員長も深く頷く。 「その通りですね。では次の日曜、あら、明日ですね。では明日、全員で河川敷に向かう事としましょう。練習時間の確認がひつよ……」 不自然に委員長の声が途切れる。 「…委員長?」 「……あれ、誰……?」 委員超が指差した先、ガラス窓の向こうには、話題の渋谷有利と、もう1人、がいた。 「…あれって…」 「あれ………村田じゃねーか?」 「ああ、そーだわ。村田健だ。中二、中三と俺も同じクラスだった。あんまり話したことねーけど」 店に入るかどうか話し合っているのだろうか、二人は立ち止まり何やら会話を弾ませている。 その様子は明らかに親しげで、少なくともたまたま出会った様には見えない。 「あの制服は…、まさか…」 「あー、あいつ、模試で全国1位キープしてるやつだから」 「ぜっ…!」 「全国1位!? そんな人間がこの世に存在してるの!?」 「………順位をつけるって、そういうもんじゃねーのか…?」 「んじゃ、日本一頭のいい高校生ってこと? うわ、あれが? 信じらんなーい」 「でもそう言われれば、頭良さげだよね?」 「うん。何か後光が射して見えるって言うか」 「…夕焼けだろ?」 下手な突っ込みに耳も貸さない。女子一同は爛々と目を輝かせ、ガラスの向こうを凝視した。これだけの女の念が集まれば、ガラスにヒビの一つも…。 ふいに、ぐしゃりと何かが潰れる音がして、男子はビクリと音の方向に顔を向けた。と、雪村がすごい形相でコーヒーの紙コップを握りつぶしている。別の意味で男子の頭と胸がしくしくと痛んだ。 「仲、良さげだよね?」 「うんうん。あの身体の接近具合は、まさしく親友、じゃなきゃ…」 「じゃなきゃ?」 「……バスケ馬鹿とどっちがいい?」 「そうねえ……」 うふ。うふふ。うふふふふ、と。無気味な笑いが「会議室」に広まった。耳の奥に聞こえる舌舐めずりの音は幻聴か? 幻聴なのか!? ……もう逃げ出したい男子。 「男子! 何をやってるの!?」 突如、委員長の檄が飛ぶ。 「早く行くのよっ。あの二人がどう言う関係なのか、行って探ってきなさい! さあ、早くっ!!」 やくざだろうが悪の秘密組織だろうが、彼等が下っ端であることに変わりはないようだ。 「や、やあ、村田、くん。ひひ、ひさしぶりだなあ」 疾しい秘密を抱えていると、言葉も態度もヘンになる。 男子一同は横一列に並び、一斉に揃って「やあっ」と右手を上げた。ちなみに男子のほとんどは村田と初対面だ。 「…お前ら、何やってんだ…?」 あからさまに挙動不振なクラスメートの態度に、有利が眉を顰める。 村田も一瞬妙な顔をしたものの、中に見知った顔を見つけ口元を綻ばせた。 「やあ。君たち、ホントにひさしぶりだねー」 「…そっ、そーだねーっ。…………えーとぉ……」 沈黙。 「…何やってンのよ、役たたずっ」 男子が世を儚むこと間違いなしのセリフが、容赦なく飛ぶ。 「何気ない会話よ、何気ない会話っ。あー、イライラする!」 ハンバーガー屋の入り口脇に身を潜め、女子は身悶えしながら話の進展を見守っていた。 そんな彼女達の情念と怨念の籠ったエールが聞こえたのか、男子の1人が決死の思いで口を開いた。 「渋谷と村田って…、中学の時からそんなに……仲よかったっけ?」 よし、と女子が頷く。 「いや。そーでもねーよな?」 有利が言うと、村田も頷いた。 「だね。5月頃に会って、それ以来結構一緒にいることが多いかな?」 「今じゃあ、俺の草野球チームのマネージャー様だ!」 ゴン。柱に何かを打ち付けような音が響く。同時に、ほうっという、艶かしいため息。 「…あれ? 今何か、変な音がしなかったか?」 有利がきょとんと周囲を見回した。さっと身を縮める女子一同。 「ああああのっ、でも、村田って、勉強大変なんじゃねーの? 塾とかさあ。マネージャーって忙しいんだろ?」 「ああ、僕、塾行ってないから」 「行ってない?」 「うん。もう行く必要性を感じていないって言うか…。マネージャーも結構おもしろいしさ」 「頼りにしてます、村田様!」 パンッ、と柏手を打って拝む有利。 「任せなさーい! ……そろそろ行こうよ、渋谷。おばさんの夕食に間に合わないよ」 「おばさんの夕食?」 思わず聞き返した男子の1人に、有利が応えた。 「こいつんち、両親揃って出張なんだよ。だから1週間ほどウチに泊るんだ」 「もうすっかりそれが習慣になっちゃって。うちの母さんは喜んでるけど…やっぱちょっと申し訳ないよね」 「俺とお前の仲じゃん、水臭いこと言うなって!」 ガツンッ。先ほどよりさらに大きな音と、おおおっ、という音にならないどよめきが通りになだれ出る。あれ? とまたもきょろきょろする有利。焦る男子。平然と微笑む村田。 「…渋谷、ホントにもう行こう。汗かいたし、お風呂にも入りたいし。ねえほら、昨日のゲーム、続き早くやりたいからさ、お風呂一緒に入ろうよ」 「おー、いいぜ」 衝撃の言葉に、男子一同の身体を冷や汗が伝う。ハンバーガー屋の入り口の向こうでは、確かに何かが暴れていた。…踊っているのかもしれない。 「……お前ら、風呂に、一緒に、入る、のか?」 尋ねる声が、微妙に揺れる。だが、有利はあっけらかんとそれに答えた。 「変か? よく銭湯にも一緒に行くぜ? 野球の練習の後って汗かくもんな。ウチの風呂、オヤジの趣味でけっこーでかいんだ。カランは一つだから、身体洗うの交代になるけど」 銭湯と内風呂。やることは同じなのに、どうしてこれほどイメージとダメージに差があるんだろう? 女子の黒い波動に侵されつつある己の身に、まだ気づけない男子一同だった。 「………違うわね……」 あらためて「会議室」を陣取り、興奮する女子の中にあって、ひとり冷静な委員長が呟いた。 さきほどからハンバーガー屋の店員が、「早くでてけ」ビームを送り続けているのだが、彼らに立ち向かうには、まだまだ修行が足りないらしい。追加注文すらしてもらえないのも、きっとそのせいだろう。 「……違う?」 呟きを聞き咎めた女子の1人が、委員長に声を掛けた。 「ええ。村田君じゃないわ。間違いありません」 「どうして?」 「だって、お風呂にまで一緒に入る仲よ?」 「もしかして、お布団も一緒、だったりしてっ!」 ぎゃー、と店内に反響する高周波の(女子だけど)雄叫び。 「違うわ。彼じゃない」 「委員長、その根拠を」 質問に、委員長はメガネをクイ、と直し、息を一つついた。 「長い年月の間に集めた膨大な資料と、それを分析解析パロディ化するという経験を重ねることによって培った、私自身の感性及び美的感覚がその結論を導きだしているのです」 ほうーっ、と半ば憧れのため息を洩らす女子一同。 それって一言、「私の趣味」って言っちゃいけないのかなあ? と首を傾げる男子。 「考えてもごらんなさい。あの渋谷君よ? あの渋谷君が、あれほど恋してる相手と、あんなに脳天気に話ができると思う? 夜をひとつ屋根の下で過ごせると思う? ましてお風呂なんて。きっと入る前からのぼせ上がるに決まってるわ。あれほどあっけらかんとできるのは、渋谷君が村田君を友人としか思ってない証拠よ。結論。村田健は渋谷有利の恋の相手ではない。以上」 どこぞの高校生探偵のようだ。その推理(?)に「さすがだわ、委員長」「やっぱり壁際サークルは違う!」「大手の実力よねっ」などなど、賛嘆の声が上がった。 すでに男子は突っ込む気力をなくしている。 その隅っこで、1人の男子が虚ろな目を宙に向けていた。言わずと知れた雪村だ。 どこかで激しくぶつけたのか、額が擦り剥けて血が流れている。だが、それも気づかぬ様子で、彼はさきほどからぶつぶつと呟き続けていた。 「……おふろ……渋谷君と…おふろ……一緒におふろ……うううっ」 そんな雪村の姿に、委員長は「チッ」と小さく舌打ちした。 どうやら彼女の「長年の経験で培った感性及び美的感覚」的に、彼は落第したらしい。 「それにしても、いい素材が手に入ったわ」 え? と全員の視線が集まる。 「村田君よ。彼は渋谷君の想い人ではないけれど、親友であることに間違いはないわね。だとすると、渋谷君の知られざる秘密を知っている可能性が大よ!」 自分の言葉がどれほど正鵠を射ているか、彼女は知らない。 「なるほどっ」 「村田君、頭いーもんね。色々相談してるかも!」 そうかも。そうだったらいいよね。そうに決まってるわ! 無責任に断定し、盛り上がる一同。 ふと。委員長が席を立ち、夕陽に暮れなずむ街の灯をみつめた。そして唇をほころばせ、やがてにやりと笑った。 「……面白くなってきたわね。……覚悟しなさい、村田健!」 「………手に入ったって……、入れてねーだろ?」 「何の覚悟、させるつもりなんかな……?」 「てか、何が面白くなってきたんだ?」 「…さあ?」 「場的に、言ってみたかっただけじゃねー?」 「…………………………」 「おもしろいなー」 「何だ、いきなり」 突然笑って言い出した村田に、有利が尋ねた。 「いやいや、大したことじゃないよ」 と言いつつ、村田はまだくすくすと笑い続けている。 ヘンなヤツ、と言いながら、有利は大きく伸びをした。 「んー。今日もいい天気だった! 明日もそうだと助かるよなー」 「そうだね。久し振りの練習試合だし。…勝てるよね?」 村田の質問に、「勝つんです!」と返して、有利はにぱっと笑う。 ホントにこの友人は太陽と汗がよく似合う。村田は微笑ましく思った。それにしても。 先程の、有利のクラスメート達との一幕が思い出される。 あの状況。妙な態度の男子と、ハンバーガー屋に隠れていた女の子達と、そしてこちらをすごい目で睨み付けてきた別の制服の男子。あの要素をちょっとした方程式に当て嵌めて、そこから類推される結論、そしてそれに。 「……少々の脚色を加えて、誰かさんに教えてあげよう。さて彼はどうするかな…?」 「村田? お前さっきから何ぶつぶつ言ってんだ?」 「ん? べっつにー」 楽しまなけりゃ、こんな人生やってられるかい、な大賢者様は、新しく見つけたネタをどう育てるか、心の中でほくそ笑みつつ考えを巡らせていた。 プラウザよりお戻り下さい。
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