いじわるな骰子・10

 陛下の極上の笑顔─もったいなくて、そうそう誰にでも見せたくない、と某護衛が拳を奮って力説していた事もあったが─を、向けられて、ミゲルも大きく頷いた。
「はい。必ず…がんばります」
 ようやく落ち着いたんだろう、表情に大分余裕を取り戻したミゲルが、毒の抜けた笑みを浮かべて返事を返す。そしてそれから、ふと思い立った様に、陛下の傍らに立つコンラッドに、どこか戸惑った顔を向けた。主の表情に、ウォルワースも同様にコンラッドを見る。
「……あ、あの……もしかして、その……ウェラー卿、コンラート閣下でいらっしゃいます、か……?」
 なんとなく。なんとなーく。ミゲルの声が妙に恥じらって聞こえる。……乙女っぽい、っていうか。
 こういうトコだけ異様に敏感な陛下の眉が、ぴくんっ、と跳ね上がった。
 聞かれた方は、いかにも聞いて欲しくなかったなー、という苦々しい表情で、仕方なさそうに頷いた。
「……そう、だが……」
 別にミゲル達に知られたくなかった訳じゃない。できればストライカーのままさよならしたかっただろう相手は、俺達の後方、瞳を夜の猫の様に爛々と輝かせている某一団だ。
 コンラッドが頷いた瞬間、背後に、ある意味殺気よりも怖いオーラが燃え上がったような気がするが、振り向いて確かめる気になれない。コンラッドの厳しい表情にも、絶対振り向いたりしないぞ、という決意が見て取れる。………ちょっと情けない気もするが。
「……あ、あのっ……私は、その、本当に、失礼な真似を……!」
 しどろもどろにそれだけ言うと、ミゲルは頬を赤らめて俯いてしまった。……そういや、何だか憧れの人っぽいことを言ってたよな。なるほどー。……って、へーかー、何だか目が怖いですよー。よもやこんなコトでモードチェンジしたりしませんよねー。ねー?
「今思えば、恥ずかしさに消え入りたい気がいたします。まさかウェラー卿でいらっしゃったとは……。私ごときが適わぬのも当然のこと。誠に……数々の御無礼、何とぞ御容赦下されたく……!」
 ウォルワースと他2名が、揃って深く頭を下げた。
「ああ、いや、それはもういいから……」
「そーだよっ。もういい加減にしとけよなっ」
 ほとんど八つ当たり気味の声をあげると、陛下が両腕を、きょとんと目を見開くコンラッドの左腕に絡ませた。そしていかにも見せつける様に身体を寄せると、肩の辺りに額を擦り寄せ、甘えてみせる。……猫ですか? 貴方は…。これで自覚してないってんだから、よく分からねーんだよなあ。
「ちゃんと反省すれば、コンラッドは許してくれるんだから。なっ? コンラッド?」
 真下からくるりんと、信頼し切った笑顔で見上げられて、一瞬コンラッドがたじろいだ。眼のやり場に困るとでも言いたげに、視線を泳がせる。これがこいつだからこの程度で済むんで、もし見上げられたのがギュンター閣下だった日には………止めとこう。
「……ええ、まあ…」コホンと一つ咳をする。「…陛下に傷をつけるような真似をしなければ、ですが…」
 密着した二人の様子をまじまじと見つめていたミゲルが、ますます落ち込んだ様に顔を伏せた。落ち込みの原因が、二人の親密度のせいなのか、コンラッドの言葉のせいなのか、それともその両方なのかは不明だ。
「もう終わったことはいいんだよっ。それよか、ミゲルはこれからが大変……そだ、大事なコト忘れてた!」
 一声叫ぶと同時に、コンラッドの腕にしがみついたまま、陛下がぐるんっ、と力強く身体の向きを変えた。
「うわっ」
 一瞬後、二人は、ロンジ爺さん、ミーナ、サディン、そして……女子学生その他、この日々ですっかり顔なじみになった面々─少し離れた場所で控えているが─と真正面に向き合っていた。
 全員が、今だ顔を真っ赤に染め、緊張に身体を固くしている。いやたぶん緊張しているのは爺さんとミーナと男子学生で……同じ場所にいるけど、違う世界に行っちまってる一団はちょっと理由が違うだろう。
 そんなコトに全然お構いなしの陛下は、コンラッドの腕を引き、彼らの元に走りよった。
「…陛下、ユーリ! ちょ、ちょっと待っ……」
「いいから早く! ミゲルも来て!」
 一声呼ばれて、ミゲルとその臣下達も慌てて後を追う。仕方がないから、俺も一緒にそちらへ向かった。

「黙ってて、ダマすようなことして、ホントにごめんね?」
 きゅんっ、と小首を傾げて、にこっ、と笑って、ぺこん、とお辞儀のよい子は陛下。
 至近距離で必殺技をかまされて、卒倒しなかったのは大したもんだ。いや、サディンの足元がくらっとよろめいた様だが、何とか持ちこたえた。後の面々は、ただもう夢でも見ているかの様に呆然と陛下を見つめている。……現実とは思えないって気持ちは、まあ分かる。グラディア達の熱い視線が、絡まったままの陛下とコンラッドの腕に注がれているのは置いといて。
「あのね、サディンさんやグラディアさん達、皆にお願いがあるんだけど」
「………はっ、はいっ!」
 名前が呼ばれたのが信じられない様に、一拍間を置いてから、そこにいた学生達がぴしっと姿勢を正した。
「色々あったけどさ、ミゲルも反省してるみたいだし、勉強する気はちゃんとあるみたいだし。面倒見てやってくれる?」
「は……」
 すうぅ、と彼らの視線が陛下の後ろに立つミゲル達に向かう。その過程で、見る眼の色が変わってきてしまうのは、致し方ないというものだろう。
 全員の「このガキ…」とでも言いたげな表情に、ミゲルも「う…」と唇を噛んだ。
「一生懸命勉強するって。だから、ね? 快く受け入れて………いぢめないでやってくれよな?」
「…お任せ下さいませ、陛下!」
 さすがにちょっと不安な声になってしまった陛下に、最初に声を上げたのはサディンだった。
「反省しているということであれば、同じ仕事を目指す者同士、いぢ…苛めなどせず、共に勉学に励む仲間として受け入れましょう。それに………栄達に眼が眩んで、愚かな真似に走った我々もいわば同罪ですし……」
「愚かな真似に走ったのは、あんた達だけでしょ。私たちを一緒にしないでくれる?」
「グ、グラディア……陛下の、御前で……」
 慌てるサディンとその周囲の男子学生を前に、グラディア達女子一同は、いつのまにか腕を組んでふんぞり返っている。
「何言ってるのよ。陛下は誰よりちゃんとご存じでいらっしゃるわ。……陛下?」
「はっ、はい、グラディアさん!」
「大丈夫ですわ、陛下。彼の事は私たちにお任せ下さい。その軟弱な精神と、何かをはき違えて捻くれた根性、思い上がった性根、私たちが思いっきりしごいて、とことん鍛え直してやりましょう!」
 …………似てる。誰かに似てるゾ……。
 グラディアはキャス達女子を引き連れて、つかつかとミゲルの傍らに歩み寄った。そして次の瞬間、ぐい、とその胸ぐらを掴んだ。「…げ」と陛下が呻く。
「……陛下の側近になる、ですって…? 笑わせないでね? いいこと? ここにいる学生皆が、それをこそ目標に日夜勉学に励んでいるのよ? それをふらっとやってきた貴方が、簡単にその地位につけるとでも思ってるの? よく覚えておきなさい。あんたみたいなおバカなお坊っちゃん、私たちのライバルにすらまだなれない、みそっかすだってことをね!」
「………………バカにしないでもらおうか……!」
 地を這うような低い声と同時に、ミゲルがグラディアの手を振り払った。ぱしんっ、と張りのある音が響く。
「…私は、確かに愚かな事をしでかしてしまった。だが、こと勉学について言えば、これまでの日々、誰にも負けないだけの知識を培ってきた自信がある。それを知りもしないで、みそっかす扱いは止めてもらおう」
「言ったわね! 偉そうにっ」
 キャスが声を張り上げる。
「言ったとも!」
 きりりと眦を上げたミゲルが、言い返す。
 そんなミゲルをじっと見つめたグラディアが、ふいに身体を引いた。口元がにやりと笑っている。
「その言葉、忘れないでね。……後で泣いてもしらないから」
「そちらこそ。覚悟しておいてもらおう」
 こういう時、何だな、睨み合う二人の間に火花が散った、とか言うんだろうなー。少なくとも、恋の花は咲かないだろう。
「……え……と? あー、あのー……」
 右を見て、左を見て。きょときょとと陛下の頭が左右に振られる。
「…あっ、あの、ライバル誕生って感じだよねっ? ほらさ、競い合う仲って、実はとってもいい関係とかさ。えーと、これならすぐに馴染める…………の?」
 そこでいくら可愛く首を傾げられても。……その場にいた男どもは、俺達を含めて全員が、さりげなく視線を外した。

「…何を騒いでいる」
 グウェンダル閣下が、先生方を引き連れて陛下の元へ近づいてこられた。大人同士の打合せは終了したらしい。
「もういいだろう。これ以上ここにいても、皆の迷惑になるだけだ。ヴォルテール城に入るぞ」
 閣下の当然の言葉は、しかし陛下の抗議の言葉で遮られた。
「えーっ、もう? ………俺、お腹空いちゃった……」
「だからとっとと城へ行けばいいだ……よろしいでしょう。食事は城にて用意させます」
 だが陛下はその言葉に答えず、コンラッドの腕を掴んだまま(…まだしがみついてたのか)、またも身体の向きを変えた。無理矢理引っ張られるコンラッド。
 陛下が顔を向けた先には、ロンジ爺さんが立っていた。
「……俺。お爺ちゃんのヤキソバが食べたい!」
 陛下を前にして、お辞儀をすべきなのか、膝をつくべきなのか、どこかおろおろと身の置きどころのない様子の爺さんだったが、陛下の言葉にきょとんと眼を見開いた。
「……あ、あの……ヤキソバ…と申されますと……」
「あ、ゴメン! 勝手に名前付けちゃってた。ほら、あのさ、いつも作ってもらってた、野菜とかハムとかを麺と一緒に炒めるアレ!」
「あ、…アレでございますか!? あれは私めが適当に作ったもので……あのようなものに……」
「俺、あれ大好きなんだ! すっごく美味しいもん。ソースが決めてだよねっ。……もう帰らなくちゃならないなら、俺、最後にもう一度アレが食べたいなー」
 いきなり。爺さんの両の眼から、一気に涙が溢れ出てきた。
「……あ、あのような……私めの料理などに……へ、陛下、が、…直々に、ご命名、下さるとは…!! わしごときの料理を……お召し上がりになりたいと…! なっ、なんたる光栄! このロンジ、軍でも長らく炊事係をつとめ、料理一筋250年! 長らく生きて参りましたが、この年になって、まさかこのような、このような栄誉を賜れるとは………!!」
 細く枯れた身体のどこにこんな水分が、と感心するほど、爺さんはだばだばと涙を流し続けた。そして、ぐしっと大きく鼻を啜ると、「すぐさま、お作りして参りますっ!!」と一声叫んで駆け出していった。
「あ、皆の分もねーっ!」
 陛下がにこにこ手を振っている。
 どうやらグウェンダル閣下を含めて、皆で「ヤキソバ」を食べる事になるらしい。
「……かなりしょっぱい料理を食わされそうだな」
「…………涙味、か…?」
 俺の囁きを受けたコンラッドが、小さくそっとため息をついた。その隣では、宰相閣下が額を押さえて、隠しようのない大きなため息をついていた。

「ミーナさんもごめんね?」
 いつの間にか、陛下はミーナ嬢と向かい合っていた。どうやら関係者全員に、きちんと別れを告げたいと思っておいでのようだ。……この方らしいというか。
「…いっ、い、いいえ…っ!」
 緊張のあまり、ただでさえつっかえてしまうミーナは、いつにも増して言葉が出なかった。
「あんなイヤな思いさせたのに、あの場でホントの事言えなくて、申し訳ないなって思ってたんだ。先生にも……」
 ミーナの傍らには、父親のヴィクトール先生が立っている。
「すごく悩んでらしたのに、すぐに言えなくて。……本当にごめんなさい」
「もったいない、そのような! どうぞ私どもになぞ、貴い御頭を下げるのはお止め下さいませ!」
 俺の頭なんて、全然貴くないよ、と陛下がくすくすと笑う。
「……でもそのおかげで、ミーナさんがホントはとっても元気で明るい人なんだって分かって、かなり嬉しかったりしたんだけど?」
 にこにこと笑みを向けられて、ミーナが音をたてる様に顔を真っ赤に火照らせた。もうどんな言葉も形にならず、涙目で俯いている。
「歌ってね、ミーナさん」
 ミーナが、はっと頭を上げた。
「夜、いつも聞いてたよ。ミーナさんの歌声、すっごく綺麗だった。……ミーナさん、ホントはとっても明るい人なんだから、もっとたくさんお喋りしなよ。コンラッドが言ってただろ? 誰も急かしたりしないし、ちゃんと最後まで聞いているから。だから怖がったりしないで、どんどんお喋りしなよ。そして人前に出るのが当たり前になったら……俺に歌を聞かせてくれる?」
 ミーナが涙を山盛りにした眼を見開いて、陛下を見つめた。きゅっと噛み締めた唇が、やがてそっと解れる。
「……は、はい、へ、陛下。き、き、きっと……必ず……!」
 ぽろりと、大粒の涙が頬に流れる。隣で、ヴィクトール先生も、そっと涙を拭った。
「うん。楽しみにしてるね。ね? コンラッド?」
「ええ、そうですね。俺も楽しみにしてます。…いつでもいいです。ご連絡下さいね?」
 優しく微笑まれて、ミーナの頬が、また違う色に染まった。……陛下。にこにこ笑いながら、どうしてそうもあからさまにコンラッドにへばりつくんですか…? 何つーか、ある意味、とっても怖いんですけど。
 と、思ったら。
 さらに恐ろしいものが背後に迫って来ている事に、俺達は次の瞬間、否応無しに気づかされた。

「……あのー……」
 …………………しまった。うっかり振り返っちまった。
 そこには、ミゲルとの睨み合いをいつの間にか終わらせていたグラディアと、女子学生一同が勢ぞろいしていた。
彼女達の眼は、全員揃ってまっすぐコンラッドに向いている。質量すら感じるほどの強い視線に、さすがのコンラッドもたじろぎを隠さなかった。
「…あの。……ウェラー卿コンラート閣下、でいらっしゃいますのですわよね?」
 すでに敬語にすらなってない。
 ただただ熱い想いと………何か、俺達みたいな不粋な男どもには到底理解し得ない、未知の感情に瞳を潤ませて、女子軍団はまさしく獲物を狙う獣の様に、じりじりとコンラッドににじり寄った。
 ふと。陛下がコンラッドの腕を離した。そして、いかにもさりげなさを装って、すすすすす、とその傍らから離れていく。
 ………ここで離れるんですか? ってか、見捨てるんですか! 陛下っ!?
 ぽかんとするグウェンダル閣下の隣で、小さく手を振る(口がガンバレーとだけ動いた)陛下を、呆然と見つめるコンラッド……。
「あのぉ、閣下……」
「……え? あ、あの…、ちょっとその、グラディア……」
「まあぁっ!」グラディアの悲鳴に似た叫びが轟く。「私などの名前を覚えて下さっているなんてっ!!」
「……………」
「……………」
「……………」
 ………さんざん、コンラッドを手下同様に引っ張りまわしていたのは、どこの誰だ……?
「…あっ、あのっ、ウェラー卿!!」
 突如、女子とコンラッドの隙間に身体を割り込ませてきた影があった。……サディンだ。
「貴方がっ、ウェラー卿でいらっしゃるならっ、ぜひっ、ご教授願いたいことがございますっ! …あの、シマロンからあの時期にお戻りになりました事などにつきまして!」
 ……すごい勇気だ、サディン。ちょっと見直したぜ。罪滅ぼしと思ったにしても。
 サディンの顔は引きつり、汗をだらだらと流してはいるが、それでも、でかい身体で必死に防波堤になっている。
「そう……そうです! ぜひ、その、えー、シマロンでの、本当に起きた事や人間関係など、お教え願いたく!!」
「そうです! 後学のために、ぜひとも!」
 男子学生、そして先生方が、わらわらとコンラッドの前に壁を作っていく。そこへ、さらに1人、ミゲルまでもが割り込んできた。
「私も! 私もぜひお聞かせ下さい! あの英雄的な行動の全てをぜひ!」
 だがここで、ミゲルは痛恨のミスをした。絶対に言ってはならない一言を、口にしてしまったのだ。
「懸命に情報を求めましたが、結局『ウェラー卿の大冒険』とかいう、下らないバカげた下品極まりないヨタ話しか手に入らなくて……!」

 一瞬辺りがしんと静まった。
 自分達の中に入り込んできた新米を、こわごわと見つめる男達。そしてその視線が、ゆっくりと後ろに向けられた。ミゲルも、それにつられて顔を後方に向ける。
 そこには。
 怒りの炎をバックに背負ったグラディア始め、某小説愛読者御一同様が、魔王陛下も裸足で逃げ出すような形相で立っていた。……本物の魔王陛下は、腕組みして立つでっかい人の後ろから、びくびくと眼だけをそっと覗かせているが。
「……………そこを、お退き。この能無し王子」
「あんたたちもよ。とっととウェラー卿のお側から離れなさいよ」
「閣下とお話するのは、あたし達よ?」
 普段からすると、2オクターブほど低い声で女子が凄む。あまりの迫力と眼差しに、白い眼には慣れているはずのミゲルが、うぅっと呻いて後ずさった。暴風圏からかなり離れた場所で、「でんかー、何とぞご避難下さいませー、そこは危険でございますー」という、かなり情けない声が上がっている。……助けに来いよ。
 女子が一気に行動に移った。ざっざと芝を蹴散らして、男の輪の中に飛び込んできたのだ。
「…閣下! ああなってはウチの女子は手がつけられません! どうぞお逃げ下さい!!」
 サディンが犠牲的精神を発揮して叫んだ。叫んで……致命的な過ちを犯した。呆気に取られるコンラッドを、早く逃がそうと思ったのか、思いきりよく突き飛ばしてしまったのだ。
 突然の衝撃に、思わずよろめくコンラッド。そこへ、まるで計算したかの様にタイミングよく。
 グラディアとキャスが、渾身のタックルをかました…………。


「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………ばかものが……!」

 呻くフォンヴォルテール卿の目の前に。
 二人の女子学生に乗っかられ、地面に仰向けに倒れたコンラッドが、いた…。
「……うわー」陛下が妙に感動したような声をあげる。「俺、女の人に押し倒されるコンラッドが見られるなんて、思ってもなかったなー……」
「ええ、そりゃもう、めったに見られるもんじゃございませんよー。今の内にしっかり目に焼き付けといて下さいねー」
 俺の言葉に、陛下は不思議そうな顔をする。
「見ないでやるとか、早く忘れてやるとかじゃなくて?」
「何言ってんですか、陛下。これはこの先軽く10年は、酒のつまみになりますよ?」
 またも、「うわー」と声を上げて、陛下は呆然と天を仰ぐコンラッドの傍らにしゃがみ込んだ。
「可哀想なコンラッド……」
 そう思うんなら陛下、指でつんつんとコンラッドを突つくのは止めてやって下さい。……まだ生きてますし。
「閣下! ぜひ私たちのお茶会にご参加を!!」
「シマロンでの思い出話しを、お茶と手作りのお菓子を味わいながら、存分に語って下さいませ!」
「恋の遍歴! 冒険の数々! 余す所なく、ぜひぜひ!!」

 すさまじい騒ぎは、「ヤキソバが出来上がりましてございますっ!!」というロンジ爺さんの、溌溂とした声が響くまで、学舎の中庭に谺し続けた………。





「……まあ、何だかんだあったけど、結構楽しかったよねっ!?」
「……………そうですか……?」
 学舎関係者一同と近隣の住人達に賑やかに見送られての帰り道。
 陛下が、思い出を反芻するように笑みを浮かべながらそう言った。そのすぐ後ろで、某護衛が暗い声を上げる。

 陛下とコンラッドが一頭の馬で(今日は陛下がコンラッドの前に座っている)、そして、フォンヴォルテール卿と俺がそれぞれ馬に乗って続いていた。陛下のために用意された馬は、俺の馬に繋がれている。
 グウェンダル閣下のお供は、ミゲル達一行を伴ってすでに王都に向かって先行していた。
 陛下を支えるような態勢で手綱を操りながら、コンラッドはどこかぐったりと疲れ果てた様子で、目も心なし虚ろに見えた。…まあ、陛下の目の前であんなみっともないトコロを見せてしまったワケだし? 当然と言えば当然なんだが。
「…新しい出会いもあったしさ。いろんな経験もできたし。……うん。やっぱりやってよかったよ!」
「………そう、ですか。……それはよかったですね……」
 大丈夫か、おい? セリフが丸っきり棒読みだぞ?
 グウェンダル閣下が、またも大きなため息をつく。だが……。

「うん! ……次は何をやろうかなーっ!」

 一瞬、俺達の胸を過った心情を察したかの様に、馬がぴたりと立ち止まった。
 ……だのになぜか、一番後ろにいた陛下の馬だけが歩みを止めず、てこてこと歩き続け、そして繋いだ綱がぴんと張ったところでようやくその足を止めた。
 陛下と、陛下の馬が、きょとんと同時に俺達を見る。
「………いきなり止まっちゃって。……どうしたの?」

「……………次………?」
「うん……?」
 怖々と自分を見つめる俺達の顔を、陛下が何事かいうように順繰りに見つめる。
「だって……まだまだ色んな経験してみたいし…? やってみたい仕事もあるし。……あ、そうそう。俺さー、今度は新聞記者とかしてみたいなーって。取材とかしたら、さらに出会いも広がりそうだし、国の事も色々分かると思わない? ほら、ティートの会社、あれグウェンがスポンサーやってんだろ? ねえ、今度頼んでみてくんない?」

 にこにこと。絶世の美貌の少年王が、奇跡ともいうべき美しい笑みを浮かべてみせる。

 その至玉の笑みを目の当たりにして。
 俺達三人は、一斉に深々と息を吸った。

「「「絶対に、ダメ!!」」」


 ああ、誰か。偉大なる我が魔王陛下を止めて下さい。
 

 「……………ほえ…………?」
 陛下が、間の抜けた声を上げ、きょとんと首を傾げる。


 ………ホントに…………今日もいい天気だなあ………。

                            終わり。(2005年6月30日)





プラウザよりお戻り下さい。




終わったー。終わりましたー。終わったでございますよー。
長かった………。 そして。
済みません、済みません、ゴメンなさい!!
せっかくカッコよくした人を、ヘタレどころか、完膚なきまでに情けない男に叩き落としてしまって……。 ホントにホントにホントに、ゴメンなさい!! ………逃げますっ!

ここまで読んで下さって、ありがとうございました。
そして、たくさんのご声援、ありがとうございました!
また次もがんばって書きますので、これからもよろしくお願い申しあげます。