お父さん。お母さん。お姉ちゃん。 お元気ですか? 僕はとっても元気にしています。 新聞記者を目指して王都に来てから早六ヶ月。都会の暮らしにも大分慣れました。 眞魔国日報社に不合格だった時は悲しかったけど、今は弱小とはいえ、何時か必ず眞魔国一の新聞社になるという希望と夢に溢れた、この王都日日新聞社に入社できてよかったと思っています。 いつか会社が大きくなって、田舎にも支社ができて、皆にも僕の記事を読んでもらえる様にがんばりますね。 そうそう、先日は野菜を送ってもらって、本当にありがとうございました。 大家さんにもお裾分けしたら、とっても喜んで貰えて……………。 「だからよ。ここで一発大逆転を狙わなけりゃー、俺っちめでたく倒産ってワケよ」 王都日日新聞社のオーナーでもある、編集長が煙草を噛み噛み唸った。 デスクの周りには、自慢の敏腕記者がぐるりとそれを取り巻いて立っている。約三名ばかり。 でも僕はまだその中に入れてもらえない。ま、仕方がないんだけどさ。まだ見習い期間中だし。 「ほら、坊や。机は記者の聖域だよ。もっとキレイに丁寧に拭きな?」 「あ、はい」 机の向こうに座る事務のロッタさんに言われ、僕は雑巾を持ち直した。…でも、どの机も本だの資料だの食い散らかした食料品の残骸だのが山をなしていて、一体どこをどう掃除したらいいのやら……。下手に手を出したら。 「机の上にある資料に手をつけちゃダメだよ。どこに何があるか、皆分かってるんだからね。ヘンに崩されちゃ、大事な記事が書けなくなる」 ……ますますどうしたらいいのか、分からなくなる。 どうしよう、と頭を捻った時だった。 「……本気ですか!? 編集長!」 記者の一人が素頓狂な声を上げた。僕と、そしてロッタさんも、思わずそちらを向いてしまう。 編集長の前では、三人の先輩達が揃って仰け反っていた。 「何を驚いてやがるんでぃ。てめーら、それでも新聞記者かよ? 名を上げる好機だって、飛びつかなくてどーすんだ!?」 「……そんなこと言ったって…」 なあ? とそれぞれが顔を見合わせ、困った様に項垂れた。どうしたんだろう? 「もしも、もしもですよ? うまく入り込めたとして、どうやって陛下に近づくんですか? おまけに陛下に張りつけったって……」 「もしバレたら、いえ、絶対バレると思いますけど、不法侵入だけじゃ済みません。下手をすればその場で……!」 「るせいっ。記者ってのはなあ、特ダネとっ捕まえるのに命を張るモンなんだよっ。やる前からビビってどうすんでぃっ!」 「やったらもう引き返せないからですよ!」 なんか……、すごい話になってる。まさかお城に忍び込む…? へいかって、魔王陛下? 張りついて…特ダネぇ!? ま、まさかっ。 「もう血盟城に入り込む手はずはついてんだよ。後は人知れず陛下に近づいて、シンニチじゃあ分からねえ魔王陛下の素顔ってやつを取材してくりゃいーんだ」 「どうすれば、『人知れず』そんなことができるんですかッ!」 「気合いと根性!」 無理。 「……成功したら、一面におめーらの名前をデカく載っけてやらぁ。んで、ガンガン刷って、王都だけじゃねえ、眞魔国中にバラまく算段も立ててやるぜ。国中にお前らの名前が知れ渡るんだ。どうだ、名を上げる絶好の機会じゃねーか?」 田舎にも? 田舎にも新聞を配ってくれる? 一面に……名前! 旅立ちの朝。夜明け前だというのに、村の外れまで見送りに来てくれた父さんや母さん、そしてお姉ちゃんの顔が目に浮かぶ。そして掛けてもらった優しい言葉の数々。「お腹が空いたらいつでも帰ってきなさい」「都会の水に染まっちゃダメだよ」「飲み過ぎてもダメだよ。お腹壊すからね」「馬車が来たらすぐ避けるんだよ」「ごはんは決まった時間に三度三度ちゃんと食べてね」「くれぐれも街の女に気をつけて。あ、男にもね」etc…。 贈る言葉を最後まで聞き続けていたら、夜明け前に家を出た意味が全然なくなっちゃったっけ。 そんな思い出に浸っていたら、後に続いた先輩の言葉を聞きはぐった。 「あっというまにお尋ね者です。そんなに大きく名前までバラされちゃ、すぐに捕まりますよね」 ふと見ると、編集長がこりこりと項を掻いていた。形勢不利らしい。 「……潰したくねーんだよ。ちいせぇとはいえ、これでもいい記事を書いてきたつもりだ。評判だって悪かねえ。まあ、ちっとばっか元手がたりねーのと、営業がうまくねーのが響いてるけどよぉ」 営業は編集長とロッタさんが兼務してるけど……かなり無理がある。 「魔王陛下関連は、シンニチの独占だ。もうこいつぁ御用達だなぁ。けどよ、ここに風穴を開けられりゃ、ウチはでっかく飛躍できるんだよ。特ダネを掴めれば、部数だってどれだけ伸びることか! なんつったって、史上稀に見る偉大な名君でいらっしゃるからなぁ、ユーリ陛下は。あのお方の話題を独占記事で出せりゃ、ウチは一気に息を吹き返すことができる! 会社もお前たちも、国中に名前を轟かせることができるんだ!!」 「犯罪者として名前を……」 「僕、やります!」 あっと思ったら、声を出してしまってた。皆の視線が僕に集まる。 「……坊や…、いや、ティート、おま、今なんつった……?」 とっさの言葉に自分でも驚いたけど、でも、やっぱり、……うん。 「あ、あの、先輩達がやらないんだったら、僕にやらせて下さい。お願いします!」 「ガキが何を。自分が何言ってるのか、お前分かってるのか!?」 「六十歳です。ガキじゃありません! 分かってます。僕、血盟城に忍び込んで、陛下に張りついて、素顔の陛下を取材してきます!」 「坊や、あのな……」 「ようし! よく言った!!」 「編集長!」 「お前なら身体も小さいし、潜り込むにゃあ打ってつけだ。…そうだ、どうして気がつかなかったかな? そうだよなあ、ローズグレイ・ティート、おめぇだってウチの立派な記者…見習いだ。いつまでもお茶汲みと掃除じゃおかしいよなあ。よし、決まった。おめぇ、今夜、血盟城に忍び込め!」 「はい!……あ、あの、今夜、ですか?」 「おーよ。城の厨房に出入りしてる男にちゃんと話は通してある。おめぇはそいつの指示に従えばいいんだ」 「そしたら、城に忍び込むことができるんですね?」 「そうよ。簡単じゃねーか」 「はい。あの、それからは…?」 「おめぇが自分で考えるんだ」 「…………あの…、1人で…?」 「当たり前だろうが。そこから先は、おめぇが全部自分で考えて行動するんだよ。それが一人前の記者ってもんだろうが」 「……あの、忍び込んでることがバレて、捕まっちゃったりしたら……?」 「骨ぐれーは引き取ってやる」 ……………。 そして今。僕はここにいる。 「…厨房、なんだよな、きっと…」 夜の闇の中に広がる空間。僕の感覚からすれば大広間としか思えないんだけど、目が慣れてよく見れば、流しがいくつもあるし、食器もあるし、隅には野菜も積み上げてあるし。ここはやっぱり厨房なんだろう。 振り返ると、僕が身を隠してきた箱には果物の絵が描いてある。 「ついに、きちゃった…」 来ちゃった。来てしまった。先輩やロッタさんは一生懸命止めろと言ってくれたけど。でも来ちゃった。もう後戻りはできない。やるしかない。 気合いをいれようと下腹に力を入れたら、突然お腹が鳴った。…そういえば、緊張してて夕方から何も食べていないんだった。 「…これ、ちょっとだけ頂いてもいい、かなあ…?」 不法侵入に窃盗が加わるんだろうか? なんてことを考えながら、篭に盛られたパンに手を伸ばした、時。 「……おじゃましまーす。誰もいませんよねー?」 誰かが厨房の扉を開けた。 びくぅっ、と身体が跳ね、次の瞬間無意味に身体を捩り、そしてその次の瞬間、パンを盛った篭と、鍋が床に落ちた。 「ひぅっ!」 「はうあっ!」 カラーン、カラーン……………。しばし石の床に響く音。 僕と、そしてもう1人は、その瞬間の姿のまま、音が止むまで彫像の様に固まっていた。 「…あ、あの、えーと……、驚かせちゃった? ごめん、ね?」 いまだ固まり続ける僕に、先に現世に戻った彼ー彼だよな?ーが声を掛けてくる。手に魔動灯を持っているけど、灯はかなり暗くしてあって顔がよく見えない。どうやら夜着に上着を引っ掛けているらしい。 「ごめん。まだ人がいるって思わなくって。えと、その厨房の人、だよね?」 「……あ、ああ、あの、そそそその、はいっ! そーですっ!!」 「しっ、静かに!」 言われて慌てて両手で口を押さえる。静かにしていたいのはむしろこっちの方だった。 彼はそれだけで納得したのか、もう警戒する素振りも見せずに、トコトコとやってきた。 「お腹、空いちゃって。何かつまもうかなーと思ってきたの。いい?」 「はは、はい、どーぞ」 大慌てでパンと鍋を片付けながら言うと、僕のお腹が忘れてくれるなとばかりにグー、と鳴った。 しばし沈黙。 しまったー、とお腹を押さえる僕に、彼がププッと吹き出した。 「なんだー、君もつまみ食いにきたんだ。だろ? 仲間だなっ」 「あ、あー、あははー…。そーかなー…?」 こういう場合なんて答えたらいいんでしょーか? 彼はすっかりその気になって、ごそごそと物色を始めている。 「パンはそこにあるしー。……あ、ハムめっけ。おお、サラダの残りめっけ。あとはー……、ねえ?」 「あ、ああっ、はいっ!?」 「一緒にさ、サンドイッチ作らない?」 「サンドイッチ?…って…」 「あー、んとねー、パンにハムだの玉子だの野菜だの、あるもの挟んで食べるもの」 「ああ、ルクカですね?」 「ルクカ? っていうの?」 「王都では分からないけど、僕の田舎ではそういいます」 「そっかー。うん。それ、作ろうよ」 「……はあ…」 つまり。そういうことになった。 「田舎ってドコ?」 「ウィンコット領の、ものすっごく山奥です。十二軒しか家がない、小さな村なんですけどね」 「へー。皆親戚とか?」 「そういう家もあるけど、あんまり関係ないかな? とにかく皆で協力していかないと生活できないし。色々話し合って仲良くしてます」 か細い灯の中で、僕と彼はルクカー彼言う所のさんどいっちーを作っていた。さすがにこんな夜中に火を使う訳にはいかないので、挟むのはあるものだけだ。ハムに芋のサラダにレタス、それからチーズを見つけたので、結構なものができつつある。 ろくに顔が見えないのがいいのかも知れない。こんな状況なのに、僕はいつのまにかリラックスして身の上話しなんぞを始めてしまっていた。そして彼はと言うと。 僕より頭半分背が高い。体つきからみると、七十から八十歳くらいだろうか? 個人差があるからはっきりとはしないけど。でもどうも雰囲気は、それよりずっと若いような気がしないでもない。顔が見えればもうちょっと分かるかも。……一体、どういう仕事でお城にいるんだろう? 灯は僕らの手元を照らしているだけで、それより上は暗がりに溶けている。 「よし、でっきたー。……そういや、飲み物も欲しいよな?」 「あ、あそこにジュースがありましたよ?」 「おー、飲んじゃえ飲んじゃえ」 テーブルに魔動灯を据え、半分に切った分厚いルクカとジュースのコップを置く。 「……でさー。君みたいに小さな子……って、違うか。えっと、君いくつ?」 「年ですか? 今年六十歳ですけど?」 「あーなるほど。ごめん、俺てっきり…。てか、これ俺の悪いクセかもなー。ついつい間違っちゃって…」 何を言ってるんだろう? 「俺よりずっと年上なんだなって。……俺、まだ十代だし」 「十代!? って、え? だって?」 「俺、混血なんだ。母親が人間。だから成長が人間ペースなんだよな。……こっちにいるとちょっと違うみたいだけど……」 あんまり吃驚していたので、最後のつぶやきはよく聞き取れなかった。 失礼かとも思うけど、僕、混血の子と会ったのはこれが初めてだ。…そっか。こんな風に違いが現れるものなんだ……。 「もうちょっと早く生まれたりしなくて、よかったねえ?」 思わず言うと、彼も分かっているのか、苦笑したみたいだった。 「前にも言われたことある。うん、ホントにそーだよね…」 20年以上も前に終わった戦争の頃にこの子が生まれていれば、きっと辛い思いをしたことだろう。もちろん今は昔のような差別はない。何と言っても、魔王陛下ご自身が混血でいらっしゃるのだから。 それを堂々公表なされた時は、驚いたのは驚いたけど、なんて勇気のある立派な方なんだろうと、皆で感心したものだった。戦争時に英雄的な働きをした混血の師団のおかげで、ひと頃のような蔑視は薄れていたけれど、偏見が消えたかといえば、決してそうではなかったからだ。たぶんこれは今でもあるんだと思う。だからこそ、陛下はご立派でいらっしゃると思う。 そんなコトをつらつら話していたら。 「あれ?」 いきなり彼が妙な声を上げた。ヘンなものでも入ってたかな? 「…そーいや、さっきから何か会話が妙だと思ってたんだ…」 「妙って…?」 「いや、城で働いてる人が俺を分からないはずは……。ああ!」 しまったっ。バレた!? この子、そんなに有名人なのか!? 「そっか、灯が小さすぎて顔が見えないんだよな?」 確かに顔は見えないけど。何となく怪訝な気持ちでいたら、彼がいきなり魔動灯のつまみを捻った。一気に部屋が明るくなる。急に視界に光が入って、僕は暫く目を開けることができなかった。 「ごめん、大丈夫?」 「…ったく、いきなり…」 目をしぱしぱさせながら、ようやく顔を上げる。厨房は昼と変わりない光に満ちていた。その中に。 超有名人がいた。 「………………………」 「…………………えへ」 「………………………」 「………………おーい、戻ってこーい」 「…………………………………………………………………どっはーーーーーぁぁぁぁぁッッッッ!!!」 ほんの目と鼻の先。 漆黒にぬれる髪と瞳。 絶世の美貌。 差し向いで。 ………おとーさんっ、おかーさんっ、おねーちゃんっ、ぼくっ、このひととっ、さしむかいでっ、るくかをわけあって、たべちゃったりなんか、しちゃったよぉーっっ! どーしよーっっっ!! うわー、うわー、うわー。 どーしてなのかなっ。どーしてこんなにきれいなんだろっ。わわ、めがでっかくて、きらきらしてるしっ。うわー、めちゃくちゃあいらしくてきれいっ。きれいすぎてくらくらするっ。なんでかなっ。だって、あたまはひとつで、めはふたつで、はなはひとつで、くちもひとつで…。おんなじじゃん? おんなじなのにどーしてこんなにちがったりするわけ? うわーうわーうわー。どうしよ、どうしよ、どうしよ。このひとこのひとこのひとは……。 ぽん、とあたまのうえに、てがのっかった。 「えーと。ごめんな、いきなり。……その、大丈夫?」 ぽんぽんぽんとぼくのあたまをたたく。このひとは。 「……まおー、へいか……?」 「そおでーす」 指で自分をさし、当代魔王陛下がにっこりと笑った。 「まーまー、落ち着いて」 気がついたら、僕は床にへたり込んでいた。異様に手足が疲れているから、たぶん口にはできない醜態を見せてしまったんだと思う。 「落ち着いた?」 「はあ…まあ…」 「いやー、近頃ない新鮮な反応でした」 くすくすと笑うと、陛下は僕のコップに、もったいなくも手ずからジュースを注いで下さった。 「ま、飲んで。残り食べちゃおうよ?」 さっきまで座っていた椅子、粗末な木の腰かけに腰を降ろすと、陛下が僕を招く。ほんのちょっと迷ったけれど、僕は大きく息を吸って、陛下の真向かいの椅子に座った。 パニックも過ぎると、あるところでふっと冷静になってしまうらしい。これもある意味キレたってことなのかな。それとも開き直りかな。いや、身体と脳が、パニックに疲れ果ててしまうのかもな。 「あ、あの、お許し下さい、その…、とんでもない御無礼を……」 「御無礼されたなんて思ってないから、気にしないでいいよ。驚かせた俺が悪いんだし。…この頃性格悪くなってンのかもな。ホント、こっちこそごめん。ね、だからさ、食べようよ」 「……はい」 「あのー……。お伺いしてもよろしいでしょう、か…?」 ルクカをパク付きながら、陛下が「なに?」と軽く答えて下さる。ので思いきって質問してみた。 「あの。どうしてわざわざ陛下が厨房へ? その、一言お命じになれば、夜食などお部屋に届くのではないですか?」 「うん。でも悪いじゃん」 きょとんとする僕の表情に気がつかれたらしい陛下が、小さく微笑んだ。うう、きれいだー。 「一日中働き詰に働いてさ。疲れ果てて、せっかく休んでるのにさ。夜食作らせるの、悪いなって」 「だからご自分で?」 「うん。これくらい俺1人でできるし。パンだけならいつでもあるって知ってるし」 「……………………」 ちょっと言葉にならない。そうなのか、こういう考え方をなさる方だったのか。 「あの…ちょっと、感動しました」 正直に言ってみると、陛下は照れくさそうに、てへへ、と笑った。かっ、かわいい! あまりの幸運に僕の顔もみっともなくにやけてしまう。ところが。 「あれ? でもさ、君そしたらどこで働いてるの? 厨房の人は俺がよく来るの知ってるはずだし。兵隊さん、じゃないよね?」 にやけ顔のまま固まってしまった。うう、どうしよう…。何かてきとーな……。 陛下がきょとんと僕を見ておられる。何も疑っていないお顔で。 ダメだ。この方にウソなんてつけない。 「あ、あの……できましたら、お手打ちだけはお許しを……」 「新聞記者ぁ!?」 「はい。そーなんです…」 「シンニチ?」 「いえ。王都日日新聞、です」 「ごめん、知らないや」 「……無理ない、です」 薄い夕刊しか出せないし、醜聞もお色気記事もないから、全然売れないし。 僕は会社の実情も含めて、どうして血盟城に忍び込んだかを陛下に申し上げた。 僕の話をお聞きになって、なぜか陛下はじっと考え込んでいらっしゃる。 「夕刊紙なのに日日? ってのはいいとして………素顔の、俺?」 「はい!…あの、決して醜聞記事を書こうと言うのではないです。ホントに、ウチの編集長、見かけはすごいけど、真面目な人で。あの、本当にありのままの陛下のお姿やお言葉を、取材させていただこうと……」 ダメかなー。ダメだろーなー。なんせ、いきなり忍び込みだもんなー……。 「いいじゃん、それ」 「…は?」 「うん。いいよ、その『素顔の』ってのが気に入った。……あのさー、もう会ったから分かると思うけどー、俺、皆が思ってるみたいな大層な王様じゃないんだよねー。シンニチなんて読んでると、もう俺ってば超人みたいじゃん? 顔だって『奇跡のような美貌』なんてワケわかんないこと書いてあるし。こんなさ、平均的でどこからみても平凡な顔だってのに…」 はいぃ? すみません、陛下。僕ちょっといきなり耳が悪くなったみたいです。 「…だからさ、素顔の俺。ありのままのユーリ。うん、いーじゃん。オッケー、取材させたげ……」 「だめです」 「そう、だからダメ……へ?」 突如。全く別の方向から、全く聞き覚えのない声がした。 「………コンラッドォ…」 僕達の視線の先に、1人の軍人が立っていた。 「…うわ、かっこいー」 危険な状況だというのに、思わず呟いてしまう。 軍服の、でも上着は軽く引っ掛けただけって感じで前が開いてるし、髪もちょっと乱れてるところを見ると、寝てた所を起こされて、慌てて飛び出してきた、って感じだ。なのにむちゃくちゃかっこいい。 その人はつかつかと僕達に近づいてくると、じろっと僕を睨んだ。そして陛下に視線を向ける。 「衛兵が、陛下が厨房で何者かと話していると知らせに来ました。しかし親しげであるので、邪魔してよいものかどうかと」 陛下がちょっと小さくなっている。 その人の目が、皿の上のルクカに向いた。 「これは、お前が作ったのか?」 「一緒に、俺と二人で一緒に作ったの!」 僕が口を開くより先に、陛下が仰った。それを聞いた軍人が、呆れた様にため息をつく。 「…陛下。もしこの者が刺客であったらどうなさるのです? 簡単に毒を入れられるし、そうなればあなたは今頃この床に転がっていますよ?」 「ぼっ、僕! そんなことっ…」 「陛下に申し上げている」 そんなに強い調子じゃなかったのに、僕も、そして視界の中の陛下も、ちょっとびくっと身体が震えた。 「陛下?」 「……………ゴメンなさい………」 うわ、この人、陛下に謝らせちゃったよ。 「…ウェラー卿、この者を如何致しますか?」 衛兵らしい男が、その人の後ろから声を掛けてきた。………って? 何? ウェラー卿…? 「…って、ええっ!?」 いきなり声を上げた僕に、彼、ウェラー卿がうろん気な眼差しを向けた。 ウェラー卿。コンラッド。うわ、こっ、この人っ。 この人がっ、あのっ、生ける屍……じゃないっ、生ける伝説の英雄、ウェラー卿コンラート閣下かあっっ!? うっわー。 「その王都何とか新聞社には、後程厳重な注意を与える。彼は…構わない、外へ出してやれ。二度とこんな真似はしないように。……では陛下、お部屋に……」 「待って、待ってコンラッド!」 陛下が、ウェラー卿の袖を取られた。 「陛下?」 「あのっ、俺ね、取材してもらってもいいと思うの。あ、いや、取材してもらいたいの。だって、シンニチは素顔の俺なんて、全然……」 「個人としてのあなたではなく、王としてのあなたのイメージを作るというのも、大事なことです」 ウェラー卿はそう言うと、逆に陛下の腕を取り、「参りましょう」とその手を引いた。 「待って、コンラッド。あの、あのね、この人ね……。この人の会社、大変なんだって。潰れそうなんだって。だから俺の独占記事をスクープして、会社を助けようとしたんだよ? もし見つかったら、見つかる可能性の方がとっても高いのに、なのに、会社や真面目な編集長さん達のために危ない橋を渡ったの。罰を受けるか、最悪その場で殺されるかもって覚悟もしてたんだって。だから…」 「だから、何なのですか?」 「…誰かに似てると思わない?」 数瞬の空白の後、ウェラー卿の表情が固まった。陛下が必死の眼差しで彼を見上げる。 「だからね、助けてあげたいんだ。分かってよ、コンラッド。お願い」 僕は正直、どうしてここまで陛下が僕を助けようとして下さるのかが分からなくて、何も言えずにそのお姿を見つめていた。 「陛下……」 「お願い、取材させてあげて? お願い、コンラッド、ね…」 ふと、陛下の雰囲気が変わった。 胸元で手を組み、きょん、と小首を傾げ、大きな瞳をうるうると更に大きく開いて、上目遣いでウェラー卿を見上げている。そっ、それがまた何とも……っ! いつの間にか集まっていた衛兵さんたちからも、おおっというどよめきと共に、「出たぞ!」「陛下の必殺技だ!」「…これで決まったな」等々の声がもれる。 ウェラー卿がさっと視線を外して顔を背けると、陛下がすかさず後を追う。そしてまた下からきょん、と覗くように見上げ「お願い」と囁く。 「お願い、コンラッド。も、怒っちゃ………ヤ」 「う………」 その姿のまま固まることしばし。 ウェラー卿は大きな手で顔を覆うと、はあっと大きく息をついた。 「……分かりました……」 「よっしゃ!」 陛下の様子が、またもガラリと変化する。何と言うか……どこにでもいるいたずら小僧の顔、というか…。 そして陛下は、満面の笑みを浮かべられると、僕の肩にポンと手を置いた。 「やったぜ。取材オッケー。がんばれよなーっ。…あれ? そういや、名前聞いてないや。なんてーの?」 「あ、あの? えと、僕、ローズグレイ・ティートと申します。あの……本当によろしいのですか?」 何だか、急に不安が………。 「だいじょーぶ、だいじょーぶ。それよか、『素顔の魔王』よろしく頼むぜ!」 「は、はあ…」 陛下の肩ごしに、ウェラー卿が片手をテーブルに乗せた姿で、がっくりと脱力なさっているのが見えた…。 素顔の魔王陛下。本当に取材していいもんなんだろーか? ……不安だ……。 陛下のあの「お願い」が、当代魔王陛下の魔力の中でも最強と恐れられる、でもって、誰もが自分に向かって使って欲しいと願って止まない必殺技だと知ったのは、しばらく後のコトだった。 プラウザよりお戻り下さい。
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