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………………………腰が抜けた。
天下一舞踏会が終了し、夜の大舞踏会まで、まだしばらく間があるというこの時。
私達アシュラムの一行は、いつものようにライラ様の客間にお邪魔していた。
部屋に足を踏み入れた私達を迎えて下さった方々の内、ソファにお座りでいらっしゃったのがアントワーヌ様、ライラ様、ドレスを纏ったままのユーリ様、それからムラタ様。ウェラー卿、フォンビーレフェルト卿、グリエ殿のお三方は、まるで従者の様にソファの後方に立っておられた。ウェラー卿がユーリ様の真後ろ、その右隣にフォンビーレフェルト卿、そして左隣、ムラタ様の真後ろにグリエ殿、だ。
その何とも奇妙な配置に、私達は思わず立ち止まってしまうほど戸惑っていた。だがにこやかなライラ様に促され、結局はいつも通り、姫様とラン様がソファにお座りになり、私と母がその後方に立った。
姫様とラン様が何度も顔を見合わせ、ライラ様に何か言いたげになさっておられる。
……実際、まるで貴人に仕える従者の様なウェラー卿やフォンビーレフェルト卿と向かい合って立つのは、私達としても何とも居心地が悪い……。
だが、そんな私達の戸惑いは、その後に発せられたお言葉で一気に掻き消えた。
「では、あらためて紹介させて頂くわね」
ライラ様がにっこりと笑みを浮かべ、私達をご覧になる。と。
「あ、ライラ!」
ユーリ様が元気にお声を上げられた。…呼び捨てだ。
「おれに自己紹介させて!」
「…あら、そうですか? ……そうね、それがいいかも。では、どうぞ」
はい! と元気にお返事なされると、ユーリ様は背筋を伸ばして姿勢を正され、それから私達をぐるっと見回し、口を開かれた。
「エヴァ様始め、アシュラム公領の皆さんには本当にお世話になりました! あらためて自己紹介させていただきます! おれ、シブヤ・ユーリです。眞魔国、第27代目の魔王です! 改めまして、よろしくお願いしまーすっ!」
ユーリ様。にっこり。
「……………」
「……………」
「……………」
「…………あ痛!」
最後の声は私だ。
急に眩暈がしたと思ったら、いきなりお尻に衝撃が来た。
………腰を抜かしていた。人生初、1日に2度も腰を抜かした。でも……。
一体どうしてこんなことになったんだっけ…?
頭がうまく働かない。なので隣の母に目を向けたら、母も同じ様に腰が砕けていた。
へたへたと、という様子で、床に呆然と座り込んでいる。
とにかくこのままではいけないと、私はソファに縋りながら立ち上がった。そうして見れば。
ラン様はソファの背もたれに全身を押し付けるようにして身体を引きつらせ、姫様は溢れる声を抑える様に両の拳でお口を塞ぎ、ラン様とは逆に思い切り身を乗り出しておいでになった。
隣で、母が起き上がる気配がする。
「よろしいですか?」
本当は大丈夫ですか、とお聞きになりたかったのかもしれない。ウェラー卿は困ったように眉を下げられ、苦笑を浮かべられた。
「エヴァ殿、ラン殿、乳母殿、そしてアグネス殿には、我が主、魔王陛下をお助け下さり、本当にありがとうございました。陛下にお仕えする者として、心より御礼申し上げます」
ウェラー卿が頭を下げられ、それに従うようにフォンビーレフェルト卿とグリエ殿も頭を下げられた。
「………あの」
姫様がコクリと喉を鳴らしてお声を絞り出された。
「ほんとうに…ですの? ほ、本当、に……ユーリ、様、が……その……」
魔王?
怖々とその称号をお口にされると、ユーリ様…、が、「はい!」と、またまた元気一杯にお返事をなされた。
「ほんとーの本当に、おれが魔王です! 黙っていてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げられて、ラン様がごっくんと大きく喉を鳴らされる。
「それからこちらはね」
ライラ様がにこやかに、お手をムラタ様に向けられた。
「ムラタ・ケン猊下です。眞魔国最高位の聖職者でいらっしゃるの。つまり…大神官、いえ、教皇猊下、でいらっしゃるわね」
魔族の……教皇……!
「それほど大層なものじゃないですよ、ライラさん。でも、アシュラムの方には本当に御面倒を掛けました。御礼を言います。ありがとう」
ため息が、私達4人の口から一斉に、長く深く尾を引いて溢れて出た。
眩暈と胸の高鳴りを押さえ、改めて目の前に座る二人の少年に視線を向ける。
片や、青い、質素なドレスを纏った、美しくも愛らしい美少女少年(?)。にこにこと満面の笑顔で、軽く小首を傾けた様子が奮いつきたくなるほど可愛い。
片や、知性的な容貌の、だけどやっぱりまだまだ幼いまろやかな頬を持つ小柄な少年。
この二人が。
眞魔国の。魔族の。
政治と宗教の最高位に立つ、いわば…絶対権力者……!?
「……全く、ちゃんと帰りを待っていて下さいと申し上げたのに、このような……」
「ごめん、コンラッド。でもさ、おれさ、どうしても天下一舞踏会が見たくって…」
「その割に最後は逃げ腰だったけどね」
「るさいぞ、ムラタ!」
「本当に……どうも嫌な予感がしていたんです。だからこの二人に……」
ふいにウェラー卿の両手が上がった。と、見ると、その手が両側に立つフォンビーレフェルト卿と、それからグリエ殿の肩にぽんと乗った。
お二人のお顔がひくっと引きつる。
「……しっかり任せておいたのに……」
フォンビーレフェルト卿とグリエ殿の肩の上で、ウェラー卿のお手がぽんぽんと軽く跳ねた。
お二人のお顔から、どんどん色が引いていくような……?
「まあまあ、ウェラー卿」
ムラタ様が振り返りもしないまま、笑って仰せになった。
「この僕を相手にした割には、なかなか善戦だったと思うよ。少なくとも合流できたんだしね。あんまり怒らないでやりなよ」
「え? コンラッド、ヴォルフやグリエちゃんのこと、怒ってるのか?」
驚いた声を上げて、ユーリ様、ええと、魔王、が、背後を見上げられた。
フォンビーレフェルト卿達の肩から、ウェラー卿の手がすっと離れた。
「いいえ、陛下。怒ってなどおりません。猊下も仰せの通り、この2人がどう頑張っても、猊下の知略に敵うはずがありませんし。とにかく、陛下が御無事で良かったと喜んでいます」
「うん。……ホントにごめん、コンラッド。心配させるのは分かってたんだけど……。帰ったら、グウェンのお仕置きもちゃんと受けるから、もう許してくれよな? それからヴォルフとグリエちゃんも。2人にも思い切り心配させちゃったと思うし」
分かっております。そう仰せになると、ウェラー卿は背もたれに置かれたユーリ様の手をそっと取り、身体を屈め、その指先に口づけをなされた。
見ている目の前で、ユーリ様の、あ、いえ、魔王……(本当に?)のお顔がかあっと赤くなった。
その目の覗きこむウェラー卿の笑みが深まる。……結構意地悪かもしれない、このお方…。
ふと心配になって、私はそっと姫様のお顔を覗いてみた。
姫様は……ほんの少し目を伏せ、でも、唇には柔らかな笑みを浮かべてお二人を見つめておられた。
……姫様はお強い。初恋の思い出は、甘く、どこかこそばゆく、そしてほのぼのと胸に蘇ってくるだろう。さほど遠くないいつか、痛みと涙を堪えた後で。
ゴホンッ、と咳払いがした。フォンビーレフェルト卿が、じろりとお二人を見下ろしておいでになる。
思わず見入ってしまった私、どうやら姫様たちも…が、あたふたと姿勢を戻す。ユーリ様、じゃない、ええと、魔王、陛下(ああ、何だか頭の中でこの称号と目の前のお方の姿が繋がらない……)も、頬をほんのり染めたまま、くるっと真正面を向かれた。
「…えっと……それで……何だっけ?」
「お世話になったお礼と、それからこれからのことについて、だろ?」
ムラタ、猊下、に言われて、ユーリ…陛下、が、「おー、そうだった」と手を叩く。
「とにかく! ホントにお世話になりました! でも、とっても楽しかったです! ただー…おれ達のせいで皆さんの魔族観がおかしくならなきゃいいなって思うんですけど……」
「……おかしくと申しますか」ラン様が脱力気味に仰せになった。「見事なまでに粉々に砕け散ってしまったように思います。でもそれは…」
とても良いことです。
一呼吸置いて、ラン様がきっぱりとそう仰った。
「私も…ランと同じ意見ですわ」
姫様も、ユーリ様、陛下から視線を逸らすことなく、真っ直ぐ見つめてそう仰せになられた。
「これまで抱いていた魔族観は砕け散り、すっかり失われてしまいました。でも、私達の心は今、間違いなく満たされておりますわ。未来への……希望で」
「そう、思ってもらえますか?」
柔らかな笑みを浮かべてそうお尋ねになるユーリ陛下に、姫様が大きく頷いた。
「はい。アシュラムはまだ魔族への偏見に満ちた国です。ですが、私はアシュラム公女の名に懸けて、必ずやこの誤解と偏見を打破し、眞魔国との真の友情を結ぶことをお誓いいたしますわ。今では、それこそが本当の意味で世界に平和を齎すことになると信じております。ウェラー卿にお会いし、陛下と親しくさせて頂いたこの日々で、私は答えを得ることができました。陛下、猊下、閣下、皆様方に、心から感謝申し上げます。そして、どうかアシュラムとの友好条約締結を御検討下さいますよう、お願い申し上げます」
姫様が深く頭を下げられる。ラン様も、そして私達も、感謝と願いを込めてそれに倣った。
「ありがとうございます」
ユーリ陛下、世界最大の王国の主である方が、吹けば飛ぶような小国の公女である姫様に、やはり同じ様に深く頭をお下げになられた。
「おれ達は、魔族や人間の区別なく、皆が対等に平等に仲良く、平和に暮らしていけるような世界を作りたいと考えています。そのための努力をしていきたいと思っています。どうか……協力してください」
よろしくお願いします!
そう仰せになられたユーリ陛下の笑顔は、これまで「魔王」という言葉が齎す幻影に雁字搦めになっていた私達の恐怖や怯えを、根っ子から見事に吹き払ってくれた。
愛らしく、美しく、でもそれ以上に、夢と理想を信じて前進する、希望に満ちた少年の笑顔だ。
この笑顔と、私達も一緒に歩いて行こう。
それはきっと間違いなく、光溢れる未来に繋がる。そう信じていられるから。
「エヴァ様」
ユーリ陛下がすっと右手を差し出した。
「……あの…?」
差し出された手を見つめ、姫様が首を傾げる。
「握手っていうんです。これからよろしくって意味を込めて手を握るんですけど……。良いですか?」
ちょっと不安気に小首を傾けるユーリ陛下に、ほんのわずか垣間見せた姫様の戸惑いはすぐに消えた。
「あくしゅ、ですか。ええ、もちろん結構ですわ! ええと……」
おずおずと差し出された姫様の手とユーリ陛下の手が、そっと絡み合い、そしてすぐに力強く握り合わされた。
「エヴァ様、難しい問題も、これからたくさん起こると思いますけど、どうかよろしくお願いします!」
「はい、陛下。でも、きっといつか全てのことが楽しい思い出となって、人間も魔族も関係なく、笑ってお話できる時がまいりますわ。ユーリ陛下、私達の方こそ、これからどうぞよろしくお願い申し上げます!」
満面の笑顔であくしゅをなされるお二人に、共に居合わせた人々の笑みもまた深まった。
希望の花がまた1つ、この地で綻んだことを寿いで。
「………それで、あのぉ、陛下。1つ、お願いがあるのですがー……」
はい?
ユーリ陛下がきょとんと首を傾けられた。
宮殿の庭を、アシュラム大公はゆっくりと歩いていた。
花盛りの季節を迎えても、庭に花の色は数えるほどしかない。緑も随分色褪せた。
何より自慢だったアシュラムの豊かな自然は、かなりの速度で枯れ始めている。
そんな庭を、大公はずっと無言のまま歩き続けている。主の背後には、一族であるアシュリー伯家の当主がただ一人付き従っていた。
「………大丈夫だと1度連絡があったきりだな……」
ほう、と大公がため息をつく。は、と応じて、だがアシュリー伯もそれ以上言える言葉がない。
「もう天下一舞踏会は終了したはず。予定からいけば、そろそろ帰国しても良い頃だ。一体どうなっておるのか……」
ほう。再び、いや、ここ数日、一体何度零れたかしれない数のため息の、これもその1つだ。
「姫が怖ろしい思いをしているのでなければ良いのだが……」
「フランシアの国王陛下が、姫様と、魔王の側近という者との仲立ちをして下さることになっておりますが……」
「アントワーヌ殿とライラ殿が、魔力でお心を狂わされているのでなければ良いのだが……」
そこで大公は、ふふ、と自嘲の笑みを洩らした。
「今さらだのう。こんな有様で眞魔国と友好条約を結ぼうというのだから、我ながら情けないことよ……。とにかく、今は姫さえ無事に戻ってきてくれれば……。ああ、いや、すまん」
大公が背後を振り返って、申し訳なさそうに顔を歪めた。
「そなたの息子も一緒であった。許せ」
「とんでもございません。愚息のことなど……。しかし陛下、フィータの母子も同行しております。エイドリアンは女ながら、知力胆力共に並みの男など足元にも及ばぬものを持っております。アグネスも若いながらしっかり者。決して姫様を窮地に陥れるような真似はいたしますまい」
「うむ……。そなたの申す通りなのだが……」
「そして何より姫様こそ、儚げなご様子に反して、性根のしっかり座ったお方でございますれば」
従兄弟の言葉に、大公がプッと吹き出した。
「儚げな様子に反して、は良かったの。のう、覚えておるか? 昔、まだあれが十にも満たない頃であったかと思うが……」
「竜を捕まえてくると仰せになられた、あれでございますか?」
「それよ」
大公が答え、顔を見合わせた途端、大公とアシュリー伯は声を揃えて笑い出した。
「竜が出たという話を聞きつけられた姫様が、自分が捕まえてくると仰せになって、ランとアグネスをお供に城を飛び出されたのでしたな」
「そうそう。おまけに、3人で相談して持っていったものが虫取り網と虫篭と、それからトリモチをつけた竿ときたものだ!」
「あれには驚きましたなあ。陛下と私と兵達とで後を追いかけて、見つけたのが……」
「姫たちと、気を失って倒れている竜であった。あの竜は、やはりトリモチに足を取られて転んだ拍子に頭でも打ったのであろうな」
「姫様は竜の尻尾を掴んで、持って帰るのだと一生懸命引っ張っておられました」
「おお、そうだ。顔を真っ赤にして踏ん張っておった。アグネスも幼いながら主に忠実で、一緒になって尻尾を引っ張っておったな」
「恥ずかしながら、ランは恐怖のあまり泣きじゃくっておりました」
「そうこうする内に、竜が目を覚まして動き出したのであったか」
「はい。それで3人を引っ掴み、とにかく皆でその場を逃げ出したのでございます。いやはや、山を下りるまで生きた心地がいたしませんでした」
「姫はあれは自分の竜なのだから、持って帰ると最後まで駄々を捏ねておったわ。確か、妙な名前までつけて……」
「ユーナリーゼオルシュタインベラ……何とかと申されておりましたな」
「よく覚えておるの」
「まったくで」
顔を見合わせて、再び二人が笑い声を上げる。
「……陛下」
「うむ」
「姫様は大丈夫でございます」
うむ…、と大公が苦しげに頷いた、その時だった。
側付きの者が一人、庭園を駆け抜け、二人の前にやってきた。そして、息を弾ませながら二人の前で膝をついたその男は、一礼すると興奮した声で主に告げた。
「陛下! ただ今、姫様ご一行、無事に御帰国なされました!」
「何と! まことか!?」
「はい! 今しがた先触れが参りまして、もう間もなくご帰城なされる由にございます! それと……」
「それと? 何じゃ?」
は、と男が畏まる。
「姫様がフランシアで親しくなられました、その、御友人の一行も御一緒とのことでございます。主従合わせて5名、とのことでしたが……」
「それは……」
思わず従兄弟と顔を見合わせてから、大公は軽く首を捻った。
「天下一舞踏会に参加なされていた他国の方であろうかの……?」
「左様でございましょう。あれには大陸の名だたる紳士淑女が参加されます。おそらくはその方々も御身分のある方では……。とにかく姫様が御招待されたのでございましょうから、疎かにはできますまい」
「確かにそうじゃ。……よし、参ろう。姫とその新たな御友人を歓迎せねばならん」
広間には、大公とアシュリー伯を中心に、大公家と縁の深い人々が集まっていた。
人々の顔には、彼らの愛すべき姫君への思いと、彼女がフランシアで見聞きしてきたことへの期待と不安が筆で描いたようにくっきりと現れている。
そんな中、そわそわとその瞬間を待ちわびるアシュラム大公の視線の先で、重い扉が開かれた。
「父上様、ただ今戻りました!」
飛び込んできた愛娘に、大公は全身から緊張が溶けるように解れていくのを実感した。
エヴァレットの満面の笑顔は明るく、翳りは一切ない。
集まった人々からも、安堵のため息が一斉に漏れた。
「エヴァ!」
我慢しきれず、大公は娘に駆け寄った。そして力を籠めてその身体を抱きしめた。
「よう無事で戻ってくれた。辛い役目を負わせ、済まぬことをしたな。エヴァ……」
「とんでもございませんわ、父上様!」
エヴァレットは父親から身体を離し、その手を取るとにっこりと笑いかけた。
「辛いことなど何一つとしてございませんでした。それどころか、とっても楽しく過ごさせて頂きましたわ! ああ、ユージン! 元気だった? お土産があるのよ。楽しみにしていてね!」
「姉上、お帰りなさい! ご無事でお戻り、うれしゅうございます!」
父親の後ろから駆けてきた弟を抱きしめると、エヴァレットは背筋を伸ばし、改めて父親と向き合った。
「お話したいことがたくさんございますが、まずは新しくお友達になりました方々を御紹介させて下さいませ。……皆様、お待たせして申し訳ございません。どうぞこちらへ」
エヴァレットが後ろを振り返り、そこに控えて待つ人々に声を掛けた。
おお、そうだった、と大公もそちらに顔を向け……。
「な、なんと……!」
思わず声を上げて仰け反った。
広間の後方に控えていた5人の主従。アシュリー家のランに先導され、フィータ家の母子を背後に従えてゆっくりと前に歩み始めたその一行を目にした人々は、皆一様に目を剥き、仰け反り、驚きに顎を落とした。そして女性達のほとんどが一斉に頬を赤く染めた。
「これはまた……何と見目麗しい……」
それも、一人残らず。
近づいてくる5名の主従を、瞬きもせず見つめている己に気づいて、大公は深々とため息をついた。 どうやら一行の主は、年若い赤毛の少年のようだ。少年、だろう。たぶん。
その少年が何よりまず美しい。そして愛らしい。何とも言えず可愛らしい。その彼を筆頭に、従者らしい4名も、それぞれ麗しく、凛々しく、知的で、野性的、という独特の魅力に富んだ人物ばかりだった。
……これは、夜会でも開こうものなら、女性達が色めき立って大変なことになるのう……。
娘の無事に安堵したためか、大公は脳裏は何とも平和な悩みに占められた。
一行の主らしき少年が、エヴァレットの隣に立つ。
顔を見合わせて笑顔を交し合う2人に、大公の口から思わず「ほう」と声が出た。
おそらくこの少年は、何処の国かは分からないが、それ相応に身分のある御曹司であろう。この気品からみて、王族かもしれない。大公の脳内で、一気に思考が回りだす。
年の頃は己の娘よりも……少々年下のように思えるが、それもせいぜい1つか2つ。
もしかして我が娘は、フランシアで良いご縁を拾ってきたのかもしれない。
大公の視線が、一行の背後に控えるフィータ家のエイドリアンに向けられた。
探るような主の視線を、エイドリアンはしっかりと受け止め、それからにこりと翳りのない笑みを浮かべると、大きく頷いた。
なるほど、フィータのお眼鏡にも叶った御仁か。
娘をフランシアに行かせた理由を綺麗さっぱり忘れ、アシュラム大公が莞爾と笑って頷いた、その時だった。
「父上様、皆、御紹介させて頂きますわ。こちらはシブヤ・ユーリ様、眞魔国の魔王陛下でいらっしゃいますの!」
ぴきーん、と。広間の空気が凍りついた。
「陛下はお忍びでフランシアにおいでになっておられましたの。それで、ほら、私達も眞魔国との友好について検討しているところでしょう? いっそのこと魔王陛下と直にお話した方が手っ取り早いんじゃないかって思って、お誘いしましたの! あ、正式な御訪問ではないから、国賓としての扱いは必要ないって仰って下さいましたのよ。あくまで私のお友達、ということで」
「えっと、初めまして、こんにちは! シブヤ・ユーリといいます! 魔王です! よろしくお願いしまーす!」
にこーっと、この上ない笑顔で挨拶した少年が、大公に向けてぺこっと頭を下げた。
「私達、フランシアでお会いして、すっかり仲良しになりましたの! ねっ、陛下!」
「そうです! ねーっ、エヴァ様!」
顔を見合わせ、満面の笑顔で「ねーっ」と言い合う2人を目の当たりにして、アシュラム大公はぐらっと眩暈に襲われた。
……かつて、竜の尻尾を掴み、持って帰るのだと頑張っていた姫の姿が脳裏に浮かぶ。
ついに。
ついに。
姫は、竜を、いや、竜よりもっとすごいものを引っ掛けて引っ張って持って帰ってきてしまった……。
竜は、虫篭には入らんのだ、姫。
目の前に幻のように浮かんだ幼い姫に、大公はこんこんと言い聞かせた。
魔王は、我が国の我が城に入れるにはあまりにも巨大で禍々しく……。
そこでふと、大公の目がすぐ前に笑顔で立つ少年、魔王、を捉えた。
………巨大、ではない、な。………禍々しくも……ない、ようだ。
自分をひたと見つめる少年の、澄んだ瞳。
どこか祈りを捧げるような真摯な眼差しを正面から受け止めた瞬間、大公を襲っていた惑乱が止んだ。
とにかく。
大公は大きく息を吸い、胸に手を当て、動悸が治まっていくのを掌に感じながら、ゆっくりと息を吐き出した。
そう。とにかく。
愛する娘の親しい友人を歓迎し、歓待するのは親として当然のこと。
先ずはその1歩から始めさせてもらおう。
娘の友人に歓迎の言葉を掛けるべく、アシュラム大公は腕を大きく広げ、足を1歩前に進めた。
おしまい。(2008/07/24)
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終わりましたーっ!
色々あったとはいえ、これほど完結までに長く掛かってしまいましたこと、お詫び申します!
そしてAOY様!
「舞踏会をテーマにしたストーリー」ということでありながら、舞踏会はラストだけで、ほとんどテーマと絡まなかったことを心からお詫び申し上げますっ! ごめんなさいっ!
舞踏会のシーンがあまり長くならなくて、自分でもどうかと思ったのですがー……。
でも、コンラッドとユーリのダンスシーンが書けて、私としては満足していたりするのです。
長い時間が空いてしまったため、色々変化してしまった部分もあるのですが、一応頭にあったものは描けたのではないかと考えております。
さんざんお待たせしましたこの作品、そのせいかかなり思い出深いものとなりそうです。
最後までお読みくださいまして、本当にありがとうございました!
ご感想、お待ち致しております。
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