MY SWEET HONEY

 そっと伸ばされる腕、髪を梳く指先、温かい胸板。
 心臓の鼓動が聞こえる。
 大好きな匂いに包まれて、ユーリは快適な睡眠を貪っていた。

 額に唇の感触。
 次は瞼に、鼻先に、頬、唇へと降りてきて、ユーリはその唇の主の顔が見たく て薄っすらと目を開けた。
 「おはよう、ユーリ」
 すかさず優しげな微笑が間近で迎えてくれて、嬉しさのあまり抱きついてすりすりしてしまう。
 素肌の触れ合う感触が気持ちいい。
 ずっと、切望していた。いや、飢えていたと言うべきかもしれない。

 だって、物凄く長かったのだ。
 永遠にさえ思えるほどに。


 ・・・・・・・たった半月だけど・・・。

 以前の歪な生態系は少しずつ本来の形を取り戻しつつあるようで、生き物も人も順調に数を増やしているのが一目でわかる。
 生きる歓びを謳歌するように、その場所は希望に満ちていた。
 そもそも、ユーリが再びここに来ようと決めたのは、他でもない、コンラートに会いたいという、ただそれだけの理由でだ。
 半月と少し前、ここを去る時に交わした話の内容どおり、帰国の旅程を抜きにしても結局ユーリは半月しか耐えられなかったわけである。
 まず、最初の3日は普通に過ごせていた。4日目にちょっとだけ寂しそうな顔を見せるようになり、5日目で溜息が止まらず、一週間ともなるともう寝付けなくなってきた。
 10日目には仕事や勉強が手に付かなくなり、この頃から決行日を決めるまで 、毎夜枕を濡らす日々が続いていたのである。
 四六時中、口を開けばコンラッドの名前しか出てこない。今生の別れを果たしたわけでもあるまいに、仕舞いには所構わず思い余って泣き出す始末だ。
 魔王がこれでは城の中が辛気臭くて敵わんと、流石に見かねたグウェンダルが許可を出し、以前のメンバーにツェリを欠いた顔触れが、今回の魔王陛下の護衛として眞魔国を発った。
 そして現在、彼らが目的地に着いてから最初の朝を迎えているわけである。
 二度目ともなると、もうヴォルフラムに一服盛らせるようなヘマはしない。食事中もしっかりと弟を牽制し、片時もユーリを放さなかった。
 そして、昨夜は久し振りにたっぷりと愛し合って、甘い雰囲気のまま熟睡・・ ・お陰で心地好い温もりの中、すこぶる上機嫌で目覚めることができた。
 「おはよ、コンラッドv」
 にっこりと笑って、軽めに唇を重ねて。抱き合ったままで上半身を起こす。
 「今日は普通の服にしてくださいね、俺の精神が持ちませんから」
 ・・・いろんな意味で。
 そんなニュアンスを含んだコンラートの言い分には、深い・・・いや、かなり本人の主観と独占欲に傾いた切実な理由があった。
 ベッドの下に落ちている二人の衣服。その明らかにコンラートのもではない方をよく見ると、それは黒地に白いエプロンドレスの・・・メイド服だった。
 しかもその傍らには、茶トラ柄の猫耳と尻尾。
 つまり、今回のユーリの変装コスチュームである。
 それらを身に着けたユーリを見た当初の感動と驚愕は、もはや筆舌に尽くしがたいものだった。
 いや、確かヨザックもお揃いの格好をしていたようだがそんなもの当然ながら眼中にはない。
 その上男のロマンだか何だか知らないが、スカート丈は膝下5センチ。飛んだり跳ねたりしたときのひらと感と見えそうで見えなさそうな微妙なラインをキープしている。屈んだりすれば確実に中が見えてしまう状態だ。例の如く下着は黒の紐パンだった。この場にクォードがいなかったのがせめてもの救いだ。
 そして再開した瞬間、コンラートが絶句しているのをいいことに、誰に吹き込まれたのかは知らないが(恐らく大賢者あたりだろう)、ユーリはその出で立ちで駆け寄って抱きついてきて、少しはにかみながらも嬉しそうに、そして甘えたようにこちらを見上げ、きょん、と首を傾げて・・・開口一番、核爆弾を投下してくれた。

 「御主人様ぁv」

 ウェラー卿、硬直。
 いや、それどころかその場にいた全員の動きが止まった。もちろん、クラリス とヨザックの二人を除いて、だが。
 ぴょこんと生えた猫耳はぴくぴくと動き、尻尾もぷるぷると明らかに慣性では ない動きを繰り返している。
 しかもユーリの気持ちを反映しているのか、何やらとても嬉しそうに見える。
 そして、いち早く反応を示したのはコンラート御主人様ではなく。
 「いや〜ん、カワイイ〜〜〜〜〜ッ!vvvv」
 アリー、だった。
 だだだっと走ってきて、コンラートの腕からユーリを奪い取り、ぎゅうぎゅう と力の限り抱きしめる。
 端から見れば微笑ましい光景だが、ユーリ本人にしてみれば堪ったものではな い。
 「っ痛、たたた、苦し・・・苦しいってばアリー!」
 「きゃ〜んもーユーリったらちょ〜ラブリーッv」
 ぐりぐりと頭を撫でられ、痛いくらい頬をすりすりされ、ユーリはもはや何が 何だかわからなくなっていた。
 曰く、若い女の子はグウェンダルの好きそうなものに弱い。
 しかしそうでなくとも実際、ユーリは悶絶級に愛らしかった。幸運にも、偶然 居合わせた若い兵士などは、鼻から滴る鮮血を拭うことさえ忘れてユーリを凝視 していた。
 「え、え〜と・・・どうも、久し振りで、その・・・またお世話になります」


 ―――そんな感じで二度目の再開を果たしたのだ。コンラートがユーリのあの姿(猫耳メイド)をこれ以上人目に晒すことなど許すわけがない。だいたいそれ以前に、ここに来るまでの間ずっとあの格好でいたのかと思うと、接触した人間を片っ端からぶん殴って記憶喪失にしてやりたい衝動に駆られる。
 まあそこのところはクラリスとヨザックがいるので道中はちゃんと顔を隠してくれていたらしいが。
 裸で抱き合ったまま、ユーリがコンラートの腕の中で呟く。
 「なあ、コンラッド」
 「何ですか?」
 「おれさ、将来は家族で野球チーム作るのが夢だったんだ」
 「は?」
 思わず訊き返す声が間抜けなものになってしまう。何かとんでもないことを言われたような、いやしかし。
 「だからさ、赤ちゃんいっぱい作ろうなv」
 にっこりと微笑まれた。それはあからさまなお誘いの言葉ととってもいいのだろうか、それとも純粋な子供が欲しい宣言なのか。
 「ええと、それは、つまり・・・おれとユーリを入れて9人って事ですか?」
 その細腰で7人も産むつもりなのだろうかユーリは。
 「ん〜、でもさ、1チームだけだと試合できないじゃん?」
 ・・・まさか。
 「16人くらいは欲しいかなー」
 「駄目です!」
 即答で却下していた。
 「へ、何で?」
 「そんなに産んだらユーリの身体がボロボロになってしまうじゃないですか。 出産というのは体力も使うし、妊娠中は母体の栄養分が子供の成長に取られてカルシウム不足で骨が脆くなって骨折とか・・・」
 そこまで言って想像してしまったのだろう、コンラートは更に青褪める。
 「とにかく、子供が多いのは嬉しいですが、ユーリの負担になってしまってはそれこそ元も子もありません」
 「え〜っ」とユーリは不満そうな声を漏らした。
 「だってさぁ、別に一度に産むわけじゃないんだぜ?それに魔族の寿命って長いんだろ、16人くらいあっという間にできそうじゃん。おれ、がんばるからさ」
 がんばられても。
 「いえ、それでもですね、俺としては少数精鋭というか・・・2、3人くらいをきちんと育てて一人前にしてからですね・・・」
 「ああそっか、三世代で野球チームって手もあるよな。孫がたくさんできればそれでも充分だし」
 どうにか納得してくれたらしい。コンラートはほっと胸を撫で下ろす。そしてすぐに気を取り直し、ユーリの耳元に色気たっぷりの声音で囁いた。
 「でもその為にはまずジュニア1号から作らないとね、ユーリ」
 途端に頬を朱に染めるユーリが可愛くて堪らない。赤面した頬にちゅっと音を立てて吸い付くと、ユーリは益々赤くなってコンラートの胸元に顔を埋めた。
 どうせ今日一日は休みを貰っているのだ。一日中ベッドで過ごしたところで誰からも文句など来はしない。
 「ねぇユーリ、もう一度言って?『御主人様』って」
 ―――今のところ、あなたの花婿候補は俺だけだと思っていいんでしょう?
 再びベッドへ逆戻りさせられながらも、小さな小さな声で、ユーリはコンラートの願いを叶えてやる。
 「もう、止まりませんよ・・・」
 聖地の朝、淡い陽光に包まれた、そこは二人だけの楽園。




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「LION'S STONE」の橘 祐斗様から頂きました!

 橘様、いつも本当にありがとうございます〜!
 私には到底書けない甘々なシーンの数々。……きゃあ。
 それにしても、ユーリは本気で16人産む気だったんでしょうかねえ?
 ユーリも大変でしょうが、コンラッドだって………ゴホゴホ。

 橘様、本当にありがとうございました!

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