パチパチと、薪の爆ぜる音を聴きながら、あたしは暖炉の前の敷物の上で、編み物をしていた。 なんかこう書くと、貴族様の立派な居間みたいに聞こえるかな? 実際には、暖炉と言っても、父さんお手製の、あちこちデコボコしたやつで、煉瓦だって村で焼いた物だから、大きさも不揃いで色だってきれいじゃない。敷物も、毛織物でも、動物の皮でもなく、母さんが、端布を集めて縫った物だ。 でもね、家みたいな庶民が、こうして暖炉に当たれるようになったこと自体、実は最近のことなんだ。私が50歳くらいの頃まで、この眞魔国も、その周りの人間の国も、戦争ばっかりやっていた。庶民は何時だって戦火に追われ、兵隊の姿に怯えていた。 あたしだって、今でこそこうして幸せに暮らしているけど、あの戦争で、本当の両親とは死に別れちゃった。一人ぼっちで、戦場をさ迷っているところを、今の父さんと母さんに拾われたの。やっぱり、戦争で、ぼうやを亡くしたばっかりだった父さんと母さんは、私を本当にかわいがってくれてる。私も、今では、本当の両親だと思って、我儘を言ったり、甘えたりしている。母さんとは口喧嘩もしちゃうし、父さんには、もっと勉強しなさいって叱られたりもする。あたしはとっても運が良くて、すごく幸せなんだって、ちゃんとわかってる。…でも。 「ケイナ、まだ起きていたの?」 声をかけられて顔を上げると、居間の入り口に母さんが立っていた。 「あっ、うん。もうちょっとで切りが良いの」 さりげなく編んでいた物を自分の体の影になる位置に移動させる。 「いくら明日は学校がお休みでも、夜更かしはダメだよ」 「はい。ほんとにあとちょっとだけ」 今編んでいる物、父さんと母さんへの贈り物なんだ。まだ見られたくない。 「じゃあ、冷えない内に本当に寝るんだよ。」 あたしが父さんと母さんの子供になってから、毎年1回だけ、3人でちょっとした贅沢をする。本当にささやかな贅沢。一昨年は、それぞれ新しい靴を2足ずつ作った。去年は、小麦がすっごく豊作で、生まれて初めて町の大きな食堂で夕食を食べた。大きなお肉と、きれいにくだものを飾った御菓子。真っ白い布をかけた、大きな食卓に、ぴかぴかのお皿に載ったお料理がいくつも並んで、もう、死んじゃうかと思うくらいにお腹いっぱい食べた。父さんは、ぶどう酒を飲んで、母さんとあたしは帰りに袋にいっぱいの砂糖菓子を買ってもらったっけ。 今年は、私も、ご領主様のお城に出入りしている衣料品店で、刺繍の御仕事を少しいただいて、初めてお金をもらった。それで、上等の毛糸を買って、父さんと母さんに襟巻きを編んでいるの。私から二人への、初めての贈り物。母さんは、鳥を1羽絞めて、丸焼きにすると、すっごく張り切っている。 「ずいぶん熱心に編んでいるけど、学校の宿題かい?」 「うっ、うん」 「最近は、学校でそんな事まで教えるのかい?」 「そうだよ。編み物とか、絵とか、楽器とか」 「ふーん。今の魔王様は、学校にはずいぶんとお力を入れてくださるとは聴いていたし、こんなちっぽけな村にまで、お偉い先生様が、ちゃんとおいでになるんだものねぇ。母さんたちが子供の頃には、学校どころか、読み書きのできる者の方が少ないくらいだったからねぇ。母さんだって、父さんと会うまでは、字なんて見たこともなかったものねぇ」 父さんは、軍人だったから、読み書きも算術もできる。お城 にいたこともあるらしくて、貴族の方ともお話したことがあるから、母さんも、若い頃に、おもしろがって、父さんからいろんな礼儀とか読み書きとかを教えてもらったって聞いたことがある。 父さんは、前の戦争が始ってすぐに、怪我をして、除隊したんだって。それからは、このヴォルテール領の田舎で、お百姓をやっているの。今でも、よく見ると、少しだけ右足を引きずっているけど、軍隊時代にいろんなことを憶えたから、なんでも作っちゃうしすごいことを考えては、村の役に立たせている。 ヴォルテール領は、ご領主様がとってもきちんとした方なので、治安も良いんだけど、こんな田舎まではなかなか目が届かないって、父さんは、村の男の人たちと相談して、自警団を作った。当番で、巡回したり、村の人全部の名簿を作って、知らない人が入って来たら、すぐにわかるようにした。そのために、前には時々家畜が盗まれたり、畑を荒らされたりしたらしいけど、今ではそんな心配もない。 「おや?雨も少し小降りになったようだね。」 耳をすますと、夕方からあんなにすごかった雨と雷が嘘みたいにやんで、軒を伝う水音だけが、ピチャピチャと聞こえていた。 「父さん、今頃なにしてるかなぁ」 編み物から話を反らすために、あたしはわざと大きな声を出す。 「久しぶりの寄り合いだからねぇ。きっと、町の大きなお店で、飲んだくれているさ」 母さんはちょっとだけ怒ったみたいな顔をしたけど、それって嘘だってあたしはちゃんと知ってるもん。父さんがいない夜はとっても寂しくて、すっごく怖いんだ。特に今夜は、大雨のせいで、みんな閉じこもっているので、いつになく村中が静まり返っているみたい。 「暑いお茶でも飲もうかしらね」 母さんは、台所の方に歩き出し、あたしは編み物を籠に入れて、さりげなく立ち上がった。その時! 『ドンドンドン…!ドンドンドン…!』 突然家の戸を叩く音がして、あたしは思わず飛び上がり、母さんにかけよった。 「母さん…?」 こんな時間に、誰?村の人じゃない!村の人はあんな叩き方はしないもん。母さんは、暖炉の火かき棒を手にすると、あたしを暖炉の影に押しやった。 「なにかあったら、母さんにはかまわず、おまえは裏からお逃げよ」 「……そんな!」 母さんの顔を見たら、見たこともないような厳しい顔をして戸を睨んでいた。 「強盗や人攫いじゃないとは思うけど、村の者じゃないからね。用心するんだよ」 母さんは、ゆっくりと戸に近づき声をかけた。 「どなた?」 「…良かった! すみません! えっと、オレたち、旅の者なんですけど、その、ちょっと事故に遭っちゃって、怪我人がいるんです。納屋でも、物置でもかまいません。迎えが来るまで休ませてもらえませんか」 あたしと母さんは、同時に体中から力が抜けた。だって、声は、とってもかわいい…たぶん男の子のものだったんだもん。 母さんは急いで戸を開いた。暗闇の中からぬーっと現れた大きな人影に、あたしは一瞬いきを飲んだけど、すぐにそれが寄り添う二人分の影だってわかる。小さな人が一回り大きな体を支えて、よろよろと歩いて来る。1歩家に入った途端に、崩れるように座り込んだ。 「あっ、ありがとうございます。マジ助かった…。ここで断わられたら、オレも限界だった」 ふーっといきを吐いて、その子、たぶん70歳か80歳くらいの男の子があたしたちに頭を下げる。 「こんな夜中にごめんなさい。たぶん朝には向かえが来るから、それまで…」 男の子が全部言い終わるより先に母さんは、戸を閉め、それから二人で一緒に被っている布に手を伸ばした。 「あんたたち、ずぶ濡れじゃぁないか!怪我人っていうのはお連れさんかい?」 「…はい…、あの、でも、…これは…!」 男の子が体を引きかけるのを無視して、母さんはその布をひっぱった。 「………?………!!………??!!」 あたしはたぶんその時、呼吸が止まったと思う。母さんは、布を空中でぶらさげたまま、目と口を同じ形にして、石像になっていた。 学校で何度も教わった。村の大人はみんな言ってる。当代の魔王陛下は、まだ少年でものすごくお美しい方なんだって。女の子みたいに華奢で、鈴を転がすみたいなきれいなお声で、この世の物とは思えないくらいお優しくお話されるって。そして、なによりもすごいのは、お目と御髪の両方が真っ黒なんだって。御髪は、闇を絹糸に紡いだみたいに艶やかで、お顔は、見た者を一瞬で虜にしちゃうくらいきれいなんだって。お目は、すごくおっきくて、宝石みたいに黒く輝いていて、花びらみたいな唇に形の良いお鼻。人間の神官さえもひれ伏したんだって…。 そのお美しいお顔が… 目の前にあった、ずぶ濡れで…。 「……えっと…、困ったなぁ」 ポリポリとこめかみを掻いている。 「あのですねぇ、こんな夜中にお邪魔して、本当に申し訳なくって、更にこんなお願いをするのってどうかと思うんだけど、なにか着替えがあったら貸してもらえませんか?」 わーっ!すごい夢だぁ。明日、友達に自慢してやろう。すっごくきれいな黒目黒髪の人が、目の前で困ってる。夢?そうよ、これは夢なんだ。あたしったら襟巻き編みながら寝てるのよ。こんな処に、偉大な方が、ずぶ濡れで座り込んでるわけがないもん。そっかぁ。良かった。夢なんだ。 「…あの…、お姉さん、おばさん?」 突然母さんが動き出した。すごい勢いで部屋を飛び出して言ったかと思うと、大きな湯殿用の拭い布と、たたんだ服を持って戻って来る。そして、がたがたと振るえながらも、それを男の子に差し出した。 あーっ、母さんダメよ! いくら夢の中だって、そんな汚い、いや、ちゃんと洗濯してあるし、のりだって効いてて、ついでに皺の一つもなくたたんであるけど、それでもそんな汚い物を。きっと「無礼者」なんて言って御仕置されちゃうよ。 「ありがとうございます」 聞こえた言葉が信じられなくて、あたしは無意識に自分の腕を抓っていた。痛かった。とってもとっても痛かった。 「…ユーリ…」 その時、今までだまっていた大きな人が声を出した。擦れてひどく弱い声。 「コンラッド! 今着替えを借りたから。すぐ温まるからな」 コンラッド…っ! コンラッドって、まさか、あの…!ウェラー卿コンラート閣下??? 「オレは大丈夫ですから、速く着替えさせてもらってください。あなたにかぜをひかせたら…」 あたしはびっくりした。だって、あの、あの! ウェラー卿だ! 救国の英雄! かつては、ルッテンベルクの獅子と呼ばれ、宰相フォンヴォルテール卿の弟君で、魔王陛下の婚約者でいらっしゃる方。それが…。なんて、なーんてすてきな方なのかしら? 薄茶に銀の星をちらしたみたいな目が、心配そうにのぞきこむ魔王陛下を、逆にとっても痛そうに見上げている。でも、そのお顔は真っ青だった。 「ケイナ、おまえは出ていなさい」 母さんに突然腕をつかまれて、あたしは部屋の外に放り出される。ばたんと目の前で閉じた扉の無鉤から、母さんの声が聞こえて来た。 「母さんたちの寝室から毛布を持っておいで! それと、納屋から、ぶどう酒の1番小さい樽をもってくるんだよ」 あたしは廊下をかけだした。 あたしが居間に戻った時には、おお二人は母さんが出してさしあげた物に着替えられ、ウェラー卿は長椅子に横になっていらした。その横に魔王陛下が膝立ちにになられ、閣下の胸のあたりに手を当てていらした。魔王陛下のてお手を中心に青白い光がふわーっと広がって、なんだかすごく不思議な光景に、あたしはその様子を凝視してしまう。やがて、その光がすっと消え、魔王陛下の体がぐらりと揺れた。あっ、と思うより先に、長椅子の横に力なく下がっていた閣下の腕が陛下の細いお体を支える。 「…ユーリ…!」 「平気、平気」 陛下はウェラー卿の肩の辺りを優しくポンポンとお叩きになった。ウェラー卿は、なんだかものすごく辛そうに陛下を見上げている。 「オレのためにお力を使わせてしまって…。護衛失格です」 「なに言ってんだよ!だいたい、あんたが庇ってくれなかったら、オレが大怪我してたんだぜ。それに、護衛だからこそ、多少の無理をしても、まずはあんたが動けるようにするのはあたりまえだろ」 ウェラー卿はゆっくりと長椅子の上にお起きになられた。陛下が慌ててそのお体を支える。 「ケイナ、毛布を」 母さんに言われ、あたしは慌てて長椅子に寄り、どうしようかと考えて、床に跪こうとした。 「ああ、お姉さん。いいんだよ。ここは城じゃない。オレたち、そんなことして欲しいなんて、思ってないから」 陛下はそうおっしゃると、あたしの手から毛布をおとりになり、それをウェラー卿にかけてさしあげる。あたしは目の前の事実がどうしても信じられなかった。だって、王様、婚約者とはいえ、臣下の世話をなさるなんて。ウェラー卿も、だまってされるままになさっている。あたしが呆然としているうちに、母さんが、あたしの手からぶどう酒の樽を取り上げ、器に半分くらい注いでから鉄瓶のお湯を足して、棚から蜂蜜の瓶を下ろすと、2匙くらい入れて、それを恭しくウェラー卿に差し出した。 「あの、こんな物しか差し上げることができません。どうか、陛下に」 ウェラー卿は母さんの手から器を取ると、本当に優しく微笑まれた。 「ありがとう。でも、陛下は酒を召し上がらないんだ。これはオレがいただく。陛下には、今の蜂蜜を湯で割って、それを差し上げてくれ。それと、申し訳ないんだが、なにか食べ物を分けてもらえないだろうか。なんでも良いんだ。スープの残りでも、パンの耳でも。昼前からなにもお口にされていないんだ」 「コンラッド!いいんだよ。こんな夜中にお邪魔して、その上に食べ物くれなんて。オレ、迎えがくるまでちゃんと我慢できるから」 「いけません。雨の中をオレを背負って歩いた上に、魔力までお使いになったんです。少しでもなにかお口に入れてください」 「でも…」 陛下が更になにか言おうとした途端、陛下のお腹がギュルルルルーっと鳴った。一瞬の沈黙の後、陛下はうーっ! と呻いてウェラー卿の膝に顔を埋めておしまいになり、あたし と母さんは不敬にも吹き出してしまった。 「では、さっきの雷で?」 すっかり緊張の解けてしまったあたしと母さんは、大急ぎで乾し肉と野菜のスープをお二人のために作ることにした。スープが出来るまで、お二人には暖炉の前で休んでいただいたんだけど、後になればなる程、この時のあたしと母さんは、死刑にならなかったのが不思議なくらいのご無礼をしまくっていたと思うの。だって、救国の英雄にして、魔王陛下のご婚約者と、あろうことかその魔王陛下に対し奉り、床に座っていただくなんて。でも、お二人は、暖炉の前でそれはそれは仲睦まじく温まっていらした。敷物の上に鞍坐をかかれたウェラー卿に寄りかかるようにして、陛下は時折ウトウトなさっていたみたい。閣下の大きな手が、その髪を、優しく撫でていらした。母さんが途中であたしの耳を引っ張って、部屋から引っ張り出さなければ、ずっと見ていたいような、せつないくらいに優しいお姿だった。 「うん。オレの馬が、落雷に驚いて棹立ちになっちゃって。普通なら落馬するところだったんだけど、オレがなまじっか馬の首にしがみついちゃったもんだから、馬がさらにパニク…って、えっと、びっくりしまくって、崖の方に走り出しちゃったんだ」 3杯目のスープを、やっとゆっくり召し上がりながら、陛下はため息をつかれた。 「そんでさ、なにを思ったのか、崖っぷちでオレを振り飛ばしたんだよ。咄嗟にコンラッドがオレを抱えて、一緒に崖から落ちてくれたから、オレは殆ど無傷だったんだけど、コンラッドは、たぶん、あの感じだと足の骨に皹入ってたな。それに、オレを庇ったせいで、全身、特に背中を酷く打ってたし。最初は、崖下で助けを待っているつもりだったんだけど、コンラッドだんだん顔色悪くなって来るし、あまりの寒さで、オレは魔力がうまく使えないしでさ」 陛下は肉の最後の一切れをお口に入れると、母さんが作ったばかりの蜂蜜湯(これも3杯目)をコクコクと飲み干された。そして、器をおくと、なっ??!! 「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」 …って! 「…! へっ陛下! お願いでございます。私のような卑しい者に、そのようなことをなさらないでくださいませ」 母さんは半ば叫ぶように言い、途端に、陛下は長椅子に目をやって、唇に人差指をお当てになった。母さんが両手で口を覆って、深々と頭を下げる。 長椅子では、ウェラー卿が剣を抱えるようにしてお座りになったままの状態で眠っておられた。陛下がどんなに横になって寝るようにおっしゃっても、がんとしてそれだけはお聴きになられなかった。それでも、スープを召し上がった後、眠ってしまわれたんだ。 「おばさん、卑しい人っていうのは、他人のことを妬んだり、羨んだりする人のことを言うんだとオレは思うよ。畑を作って、家族で幸せに暮らしている人たちや、お店や工場で働いている人、一生懸命勉強したり、研究してる人、人を癒すために、音楽や絵を極めた人は、オレの国では立派な人って言うんだ。で、そんな立派な人に、迷惑かけたり、親切にしてもらったら王様だろうと、英雄だろうとちゃんとお礼言ったり謝ったりしなきゃいけないんだ。コンラッドだってきっと、ううん、必ずそう言うよ。だから、立派な国民のおばさんとお姉さんに、迷惑かけて、親切にしてもらったオレは、こうしてちゃんとお礼言わなきゃダメだろ」 そう言ってニカっとお笑いになった陛下の、あまりの美しさにあたしはなにも言えなくなっていた。だって、学校で習った陛下はとってもすばらしい方で、ううん、確かに今こうしていらっしゃる陛下はものすごくお優しくて、すばらしいんだけど、あたしの想像していた王様とは全然違うの。お城では、きっと見たこともないようなご馳走を召し上がって、たくさんの臣下に囲まれて…。もちろん、あたしたちのことを考えてくださっているでしょうけれど、それは、「民をこうしてやろう」とか、「国民をこのようにして行く」とか、とにかく、ものすごーい上の方から、あたしたちを見て、見下ろして、そして、施してくださっているんだと思っていた。でも、あたしにでさえ、特別なご馳走ってわけじゃないスープを美味しそうに召し上がって、母さんやあたしにお礼まで言ってくださるなんて。あたしの中の「魔王陛下」像と少しも重ならない。 「あの、陛下」 あたしは恐れ多くも、自分から陛下に話かけていた。母さんがすごい目で睨んで来たけど、聴かずにはいられなかった。 「コンラート閣下は、どうして陛下に食事やお着替えを手伝っていただいてたんですか?」 「え?」 「だって、おかしいと思うんです。コンラート閣下は陛下の臣下でしょ…、でございますでありますです…ので…」 あたしの変な言葉に陛下はクスっとお笑いになられた。 「お姉さん、そんな力入れないで、普通に話して良いから。」 あたしは胸に手を当てて、深呼吸した。 「あの、つまり」 「お姉さんだって、何時もは自分の世話をしてくれてるお母さんが、突然病気になったり怪我をしたりしたら、一生懸命に世話をしてあげたいなって思うだろ? オレもそう思っただけだよ」 「?」 「コンラッドってさ、いつもオレのことばっかりで、自分のことは、二の次、三の次でさ。それが、初めて、オレを頼ってくれた。『肩を貸してください』って言われたのがすっげ嬉しくてさ。なんでもしてあげたいなって。崖から落ちた直後は、オレもすっごい慌てちゃって、コンラッドに怪我させちゃったって、頭の中は真っ白になっちゃうし、なにをどうして良いかわかんなくってさ、鳴きたくなっちゃうし。でも、コンラッドに「肩を貸してくださいって言われた途端にオレがしっかりしなきゃって。コンラッドもがんばって歩いてくれたけど、ずいぶん無理してたと思う」 不思議だった。今、長椅子で眠るコンラート閣下を見る陛下の眼差しって、あたしたちとちっとも変わらない。友達を、親を、大好きな人を見る暖かい光。 「陛下」 母さんが恐る恐る陛下に声をかけた。すごく自然に陛下が母さんの方をごらんになられる。 「朝までまだずいぶんございます。このような処では、安心できないかとは存じますが、どうか、少しでもお休みになってください。あの、娘の寝台が一番ましでございますから」 陛下はちょっと考えてから立ち上がり、部屋の戸に近づいた。扉に手をかけた途端、コンラート閣下の手が剣の柄にかかる。陛下はそれを見ると苦笑して、戻っていらした。すると、コンラート閣下の手がまただらりと膝に落ちる。 「なっ!」 小首を傾げて陛下は微笑むと、コンラート閣下の隣にお座りになった。 「オレたちのことはかまわないで、どうか休んでください。こいつってば、オレの気配が自分から離れたら、飛び起きて騒ぐに決まってるんだ。オレもコンラッドの傍なら、安心してちゃんと寝るから」 だからって、はい、そうですかって引き取ることもできず、結局あたしと母さんは台所で、陛下と閣下は居間の長椅子で夜を過ごすことになった。 翌朝、あたしが目を覚ました時、居間からは明るい声が聞こえていた。そっと立ち上がって覗くと、閣下が大きな拭い布で、じたばたと暴れる陛下の頭を拭いているところだった。たぶん、湯殿をお使いいただいたんだろう。 「もう、いいってば! それより、あんたまだ寝てなきゃダメだろ!」 「ほら、ユーリ、そんなに動かないでください。オレなら、一晩ゆっくり休みましたし、ユーリの治癒のお陰でもうどこもなんともありませんから」 「化けモンか、あんたは? 治癒魔力って、傷をふさいだり、骨を繋いだりするだけで、血を増やしたり、体力を戻したりはできないんだぞ! いいから、座ってろって! 痛て! 痛てててててぇぇ!」 窓から差し込む光の中で、本当に楽しそうにじゃれている王様と英雄。あたしの中でなにかが音を立てて壊れて行くような気がした。突然、耳を引っ張られあたしは驚く。 「これっ!ケイナ!なんだい!覗き見なんて、ご無礼だろう!」 野菜の籠を抱えた母さんが怖い顔であたしを睨む。あたしたちの声に気付かれたのか、閣下がこちらをごらんになる。 「やぁ、おはよう。昨夜は世話になったね」 あたしと母さんはおずおずと部屋に入り、頭を下げた。 「…おはようございます。閣下。おかげんはいかがでしょうか?」 母さんの言葉にコンラート閣下はすごく優しい笑みを浮かべてくださる。 「ありがとう。暖かい部屋と美味しいスープのおかげで、もう大丈夫だ。村の人たちが目覚めない内に、失礼するよ。騒ぎになるといけないから、陛下のことは他の人にはしゃべってはいけないよ。但し、ここのご主人には、一晩見ず知らずの男を二人も泊めてしまった事情を、オレからきちんと話す。それで勘弁してもらえるかな?」 あたしたちに嫌もなにもなかった。あれだけの無礼をしておきながら、御礼まで言ってくださったお二人。母さんは、村の様子を見に外へ出て行った。あたしは思い切って陛下に頭を下げた。 「?」 「あの、あたし、ここの本当の子じゃないんです。前の戦争で両親を亡くして、拾われたんです」 「…」 陛下のお顔がとても痛そうに歪む。 「あたし、今まで心のどこかでなにかを憎んでいたのかもしれません。それに、やっぱり本当の両親じゃないってことに拘っていたんだと思います。でも、あたし、本当に幸せなんだって、とってもよくわかりました。陛下は、母さんのことを立派だって言ってくださったし、母さんのスープを美味しいって褒めてくださいました。あたしの母さんは、立派な人で、あたしはその母さんの子なんだって。それに、陛下と閣下のお姿を見ていたら、親と子だとか、大人と子供だとか、どうでもいいことなんだって、そう想いました。相手のことが好きで、大切に思っているなら、それでいいんですよね」 あたしの言葉に陛下がにっこりと笑ってくださる。 「いつかさ、魔族とか人間とかもどうでもいいってことにできたら、すごくすてきだと思わない?2度と、2度とお姉さんみたいな悲しい子供を作らないように、オレ、がんばるからさ。だから、お姉さんも、今、お姉さんを大切にしてくれてる人たちを大事にして欲しい」 あたしの目から暖かい涙が静香に流れ出す。ぽんと、方に手をおかれて、びっくりして見上げると、コンラート閣下のお優しいお顔があった。 「お嬢さん、自分にできることを、今は勉強や家の手伝いをしっかりして、ゆっくりでいいから、普通の大人になって欲しいと陛下は仰せなんだよ。わかるね?」 「・・・はい」 あたしは深く頷いた。 その時、ドンドンと戸を叩く音がして、あたしが戸に駈け寄る間もなく、戸が開いた。そして、そこには、コンラート閣下よりも、更に長身の男の人が、不機嫌そうな顔で立っていた。びっくりするあたしの横を駆け抜け、陛下がその男の人に近づく。 「グェン!! 良かった。コンラッドの目印、見つけてくれたんだ」 男の人はあたしをちらっと見ると、陛下に向かって一歩踏み出した。 「怪我はなかったか?」 ・・・王様に敬語も使わないの? なに? この人? 「うん。おれは平気。コンラッドが・・・」 「すまない、グウェン。手間をかけさせた」 コンラート閣下も男の人に近づいて行く。男の人はコンラート閣下に目を向け、それから、眉間に皺をよせた。 「怪我をしているのか」 「・・・ああ。たいしたことはない。陛下が直してくださった。おれよりも、陛下には、速くお休みいただかないと」 「わかった。馬車を手配しよう。聊か目立つが、しかたあるまい」 それから、男の人はあたしに目を向けた。すごくすてきな人だけど、今にも怒られそうで、あたしは、無意識に身を竦めてしまう。陛下にご無礼をしたから、怒っているのかしら? 陛下は気にしなくて良いとおっしゃったけど、部下の人にしてみたら、やっぱり赦せないということ? どうしよう! 父さん! 速く帰って来て! 「ここの家の者か」 「・・・!」 あたしがなにも言えずにいると、陛下があたしの前に立たれ、男の人を睨んだ。 「グウェン。怖い顔で睨むなよ! おれは慣れてるけど、普通の人は怖いんだって。おれたちを助けてくれたんだぜ。ちゃんとお礼言って」 男の人は顎に手をやると数秒、まるで考えるようにちょっと首をかしげ、あらためてあたしを見る。やっぱり怖い! 「陛下が大変世話になった。感謝する」 「もう、グウェンったら! お礼言うのに、なんでそんなに偉そうなんだよ」 苦笑する陛下を見ながら、あたしの頭はとんでもないことに気付いていた。グウェン? →グウェンダル・・・フォン・ヴォルテール卿グウェンダル閣下・・・! ご領主様!! 宰相閣下!!!! 陛下に対してとは、また別の意味で怖い! なにも言えずにあたしが震えていると、いつの間にか戻って来た母さんがおずおずと進み出た。手には、昨夜陛下とコンラート閣下がお召しになっていたひとそろいを捧げるように持っている。 「陛下のお召し物を洗わせていただきました」 コンラート閣下がそっと手を差し出す。 「ありがとう。本当に世話をかけてしまった。なにかお礼をしなくてはいけないね」 「・・・! とっ! とんでもございません! あのような粗末な物を差し上げたり、長いすにお休みいただいたり・・・! その! ご無礼を御許しいただけましたら・・・」 母さんとあたしが改めて頭を下げた時、入り口から一人の兵士さんが顔を覗かせた。 「閣下。申し上げます!」 軍靴の踵を鳴らしてから、すっと敬礼し、その兵士さんは言葉を続けた。 「この家の主なる者が戻ってまいりましたが、どういたしますか?」 父さん!父さんが帰って来たんだ。 「自分の家に入れないのも不安だろう。なにより、妻と年頃の娘のいる家を兵士が囲んでいるんだ。かまわん。通せ」 「はっ!」 そして、すぐに父さんが転がるように駆け込んで来た。あたしたちを確認すると、ヘナヘナと座り込んでしまう。 そして、改めて顔を上げた父さんは、魔王陛下を目にして、座ったままで、ズササササーッと後ずさるという、器用な反応をしてる。 「おまえたち! どっどっどっどっど! どんな! ご無礼を!!??」 振るえながらご領主様に目を向け、それから、コンラート閣下に視線を移し、そして・・・! 「隊長!どうして、隊長がここに?」 その言葉にコンラート閣下がちょっと首をかしげ、それからはっと目を見開かれた。 「ヨハン!おまえ、ヨハンか?」 閣下は大股で父さんに近づくと、すっと身を屈め、まじまじと父さんを見下ろしていらっしゃった。 「そうか、おまえの家だったとはな。いつまでもそんなかっこうで座っていないで、立て」 とたんに、父さんが、見たこともないくらいピシっと直立し、すっと敬礼する。あたしもかあさんもびっくりして、怖いのも忘れて思わず身を乗り出してしまう。 「おまえの知り合いか?」 ご領主様もゆっくりと父さんに近づいた。 「ああ、先の戦の時に、おれの舞台にいた者だ。戦況が激しくなる前に負傷して、除隊したんだよ」 コンラート閣下のお言葉に父さんは更に背筋を伸ばす。 「閣下に除隊を命じられました。自分は閣下とご一緒にお国のために戦うつもりでおりました。」 気のせいかもしれないけど、父さんの顔には、ちょっとだけ苦い色が浮かんでいるように、あたしには見えた。そう言えば、父さんから昔の話をしてもらったことってない。赤ちゃんを亡くした頃の話だったから、あたしも聴かないようにしてたし。ただ、怪我をしたから除隊したって、母さんから聞かされていたんだっけ。 コンラート閣下は苦笑いすると、父さんの肩を軽く叩いた。 「オレの命令は不満だったろうな。衛生兵に引きづられながら、ずっとオレを罵っていたからなぁ」 とっとっ父さん! コンラート閣下を罵るなんて・・・! 「だが、あの時のおれの判断は正しかったと、今、心からすっきりした」 閣下はあたしたちを優しい仕草で指し示され、にっこりと微笑まれた。 「こんなにすばらしい細君と美しい娘を持てたじゃないか。あのままおまえを連れて出兵していたら、オレは陛下から立派な国民を奪っていたところだ」 コンラート閣下、昨夜の陛下のお話をお聞きだったのかしら? 働く人、学ぶ人、家族を守る人は、立派な国民だって。 あたしが考えてる内に、陛下がすっと前へお出になり、この世のものとは思えないような、一生忘れられないような、お優しい笑みを浮かべられた。 「えっと、ヨハン・・だっけ? コンラッドを恨まないでやってくれよ。アルノルドではたくさんの、コンラッドの大切な仲間が亡くなったんだ。ヨハンが無事で、すばらしい家族を持って、元気でいてくれたことを、おれも嬉しく思うよ。奥さんのスープ、とっても美味しかったし、お姉さんもとっても優しいし。オレの国の国民を二人も守ってくれてて、本当にありがとう。10人の敵を倒すのも、国のためだったかもしれないけど、一人の人を守るのは、それ以上に国のためになると、オレは思ってる。だから、出征できなかったことをこそ、喜んで欲しい」 陛下のお言葉に、父さんはプルプルと振るえだした。 「・・・私ごときに、そのような尊いお言葉! 生涯けっして忘れません!」 「留守中に上がりこんですまなかった。今朝は、陛下が湯殿をお使いいただけるように計らってくれた。改めて礼を言う」 「閣下!」 父さんは、感動のためかしら、口をパクパクさせるだけで、それ以上はなにも言えなかったみたい。 それから、陛下とコンラート閣下は、迎えに来た馬車にお乗りになり、行ってしまわれた。馬車が出る頃には、騒ぎを聞きつけた村の人たちが集まって来ちゃって、結局陛下があたしの言えにお泊りになられたことは知られてしまったけど、陛下は、馬車の窓からお手を振ってくださり、村のみんなにもその笑顔を見せてくださった。も、村は大騒ぎで、その日は、どこの家も全く仕事にならなかったみたい。 夜になって、やっとだれもいなくなった居間で、(なにしろ、代わる代わる、村中の人が話しを聴きに来たから、あたし、今日、いったい何杯お茶入れた? 鉄瓶の底が抜けるくらい、お湯、沸かしたわよ、ぜったい!)家族3人、食卓を囲んで、何を話すでもなく、村中からいただいたおすそ分けだの、残り物だのを食べていた。だって、話を聴きに来る人は、みーんな、なにかしらの食べ物を持ってるんだもん。「これ、ちょっとおすそ分けなんだけど・・・ところで、昨夜、なにがあったの?」っていう感じ。夕方までには、三日分くらいの食料が手元に集まっていたと思う。 リヒターさんの奥さんからいただいた鶏肉の煮込みをつつきながら、突然父さんが呟いた。 「おれは、ずっと後悔してたんだ」 あたしも母さんも口出ししないで、父さんの言葉を待った。 「除隊した時、おれは必死で怪我を隠していた。国を守るということに、固執してたんだ。もっと身近に守るべきものがあったのに・・・。だから、まだ小さかったあの子を失うはめになった。母さんにも苦労かけて、悲しい思いもさせてしまった。コンラート閣下は、それを全部知って、その上で、除隊の手続きをなさったんだ。もちろん、おれの意思なんてすっぱり無視して。だから、隊から離されることになった時、おれは、閣下を罵った。混血風情が魔族の愛国心を踏みにじるのかって」 あたしは思わず両手で口を押さえた。 「戦況が悪化して、おまえを授かって、その後、すぐに閣下がアルノルドへ出兵されたと聞いた。おれは、なんてバカなことを言ったんだって、もう、ずっと悔やんでいたんだ。それなのに、閣下は、おれの無事を喜んでくださった。こんな了見の狭いおれが、幸せになってて良かったってな」 父さんは片手で顔を覆い、深いため息を吐いた。 「父さん」 あたしは、そっと父さんの手を握る。 「コンラート閣下ね、とってもお幸せそうだったよ」 父さんが、のろのろと顔を上げる。 「あのね、そこの暖炉の前でね、陛下と寄り添われてね、陛下の髪をね、ずっとといてらしたの。その時のお顔がね、優しいとか幸せとかをね、も、通り越したみたいな感じでね、体全体でね、陛下のことがお好きだって叫んでるみたいだったよ。陛下もね、コンラート閣下に、ご自分の臣下なのに、毛布かけて差し上げたりとかね、びっくりするくらいご自分でなさるの」 あたしは、村の人たちには話さなかったことを、父さんに話して聞かせた。 「王様と臣下じゃなかったよ。家族みたいだった。ね、母さん」 母さんも深く頷く。 「そうだね。私たちは、幸せだよ。あの陛下の御世に生きていられるんだからね。父さんが、私とケイナを守ってくれたから、陛下にお会いできたし、父さんも、あの時に死んじまってなかったから、ウェラー卿にお会いできたんじゃないか。だからさ、陛下と閣下のために、ずーっと立派な国民でいましょう。働いて、働いて、いつかこの子をお嫁に出してさ、ちゃんと暮らして、ケイナの赤ん坊の子守をしてさ、立派な国民でいようじゃないの。ね、あんた」 「・・・、ああ。そうか。閣下はお幸せになられたのか。良かった。そういえば、あんな穏やかなお顔、見たこと、なかったなぁ」 あたしたちは、きっと、絶対に忘れない。自分たちが、立派な国民でいられるんだってことを。 そして、陛下が心から望まれているのは、立派な国民だけなんだってことを。あたしの両親はとっても立派な国民で、だから、あたしも立派な人(魔族)になれるんだって。そして、あたしがいつか生む子供も、きっと立派な国民になって、また立派な相手と結婚して、そうやって、陛下の御世はずっと、ずーっと続いて行くんだ。そんな時代になったんだ。 あたしは、その夜、初めて父さんと母さんと一緒の寝台で眠った。 今まで、どんなに二人のことが好きでも、やっぱりどこかで遠慮してたんだと思う。でも、あたしが誰の子だったかなんてどうでもよくて、今、あたしが大切だと思う人たちを愛せればそれでいいんだって、ちゃんとわかったから。だから、まるで小さな子みたいに、父さんと母さんの間 にもぐりこんだ。父さんは寝たふりしてたけど、母さんは、笑いながらあたしをしっかり抱いてくれた。もう、なにも怖いことなんて起きない。悲しいことも、悔しいことも、あたしが乗り越えられる範囲でしか襲ってこない。本当に、ホントに、あたしはそう思ったの。 ・・・一月くらい後になって、お城から、陛下と閣下にお貸しした父さんの服とあたしの野良着が、きれいに洗濯されて返されて来た。大きな箱にいっぱいのお菓子と1番大きな樽に入ったぶどう酒と一緒に。 おまけ。 「だからぁ!いいかげんにしろ!」 27代魔王渋谷有利は怒っていた。力いっぱい怒っていた。 「おれは、何度も、何度も言ったぞ!」 目の前に立つ男は困ったように、実際はおそらくあまり困っていないのだが、笑みを浮かべ、手には昼食の盆を持ち、怒る主の視線になど気付いていないかのように寝台に歩み寄って来る。 「骨折と全身打撲、擦過傷18箇! おまけに手首の捻挫だ! いいかげんに寝てろ、護衛!」 「ですから、たいしたことはありませんし、おれの怪我を直してくださった陛下のお世話をするのは、俺の仕事でしょ?」 にこにこと人畜無害に笑う男にユーリはため息を吐くと、枕元においてあった鈴を取り、鳴らした。 「陛下、なにを?」 護衛が問いかけ終わるか終わらぬ内に、扉が開き、兵士が入室してくる。 「お呼びでありますか!」 敬礼する兵士に軽く頷き、ユーリ陛下は脇で微笑んでいる男を指差した。 「この者を捕らえよ! 自室に監禁し、三日間出すな!」 「えっ? ちょっ! ちょっと・・・ユーリ!」 「王命である」 「はっ!」 軍靴を鳴らして律儀に復唱する兵士にユーリは続けた。 「手におえなかったら、ギーゼラさん呼んでいいからね。それでもダメなら、カーベルニコフからアニシナさん召還しちゃってね!」 「御意!」 「・・・!」 こうして護衛は、自分の力では乗り越えることのできない苦しみがけっこう身近にあるのだということを、思い知ることになったらしい。 プラウザよりお戻り下さい。
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