ジュリ様から、とーっても可愛い、でも自立を目指す男前なユーリと、いつまでも子離れできないヘタレなお人との素敵なお話を頂きました〜! ギーゼラさんもいい味出してます! ジュリ様、本当にありがとうございました! |
「ユーリ、そろそろ休憩にしませんか?」 「ぷいっ!」 「…、ヨザックがとても美味しい紅茶を送ってよこしたんです。ね!休憩に… 。」 「ぷいっ!」 「……、シェイナが新作のお菓子を用意してくれていますよ。」 「ぷいっ!!」 「………、おやつを食べたら城下へ買い物に行きませんか?来月にはグレタが 帰国しますから、なにか贈り物を探しに行きましょう。」 「…ぷいっ!!!」 「非番の兵士を誘って、ボールパークで野球をしませんか?場内警備の者たちが、陛下に練習を見ていただきたいと騒いでおりました。」 「………ぷっ…(ムカッ!ぷいっ!!!!」 眞魔国第27代魔王、渋谷有利は朝から護衛であり、名付け親であり、婚約者でもあるウェラー卿コンラートを無視し続けていた。かつての部下が見たら涙を禁じえないような情けない顔で、オロオロとあの手この手でユーリの関心を引こうとしているウェラー卿の姿に、グウェンダルは深いため息を吐いた。 「何ごとだ、コンラート。」 何時も注意力が続かず、理由を作っては執務室を抜け出そうとする王が、朝からもくもくと仕事をしている。これはグウェンダルにとっては非常に喜ばしいことで、この状態でむしろ邪魔なのは、そんな王の「せっかくの」集中を妨げようとしている弟の存在だ。 「陛下…、ユーリ、オレが悪かった。ね!もう赦してください。反省してますから。」 殆ど半泣きで王の執務机にすがり付いているコンラートをユーリは初めてチラリと見た。 「なにを反省してんだよ。」 ボソリと言われた台詞にコンラートが硬直する。 「…」 「ウェラー卿、退場!」 びしっと扉を指差され、コンラートは蒼白になる。 「…、ユーリ!」 「王様命令!」 肩の上に人魂をみっつよっつ乗せたような様子で、がっくりとうなだれて執務室を出て行く弟を見送り、グウェンダルは書類に向かっている王に声をかけた。 「いったいどうしたんだ。」 王は上目遣いに宰相の顔を見る。 「あのさ、グウェン。」 「うん。」 「コンラッドはさ、本当はオレのこと、どう思ってるのかな?」 「…、なんだそれは。」 グウェンダルは手にしていた羽ペンをペン立てに戻すと書き上げたばかりの書類に目を走らせながら聞き返した。 「どう思っているか?とは?」 ユーリは小さくため息を吐くと頭の後ろで手を組み、背もたれによりかかる。 「おまえたち、好きあっているから婚約したのではないか。だったらコンラートがおまえをどう思っているかなど決まっているだろう。」 珍しく話しに乗ってくれたことでユーリの舌が滑らかになる。 「…、うんとさぁ、そういうことじゃなくて。」 少し逡巡してからユーリは話し始めた。 「今朝さ、オレ、ちょっと風邪ぎみで部屋で食事を摂っただろ。」 真魔国の冬は寒い。日本で生まれ育ったユーリにとって、真魔国の冬はまだかなり辛いものだ。周囲もその点に関しては、過ぎる程に気を配っている。今朝もそうだった。明け方からしとしとと雨が降っており、ロードワークはもちろん中止するしかなかったのだが、コンラートが起こしに来た時、ユーリは珍しくまだ眠っていた。 優しく揺り起こされ目を開けた瞬間、視界に入って来たのはコンラートの渋い表情だった。 「…、コン…。」 ユーリが言葉を発するより先にコンラートは大きな手で額に触れて来た。 「熱はありませんね。どこか痛いとか、苦しいとかありませんか?」 「…、なんだよ、それ。別になんともないよ…、ああ、少しだるいかも。でも、何で?」 起き上がろうとするのをやんわりと押しとどめ、コンラートは暖炉に近づくと火を熾し始めた。 「部屋に入って来た時、鼾をかいていました。ユーリは鼾癖なんてありませんからね。風邪気味で鼻が詰まっているんじゃないかと思って。部屋が暖まるまで寝台にいてください。朝食はここへ運ばせます。」 きっぱり言った言葉は確認でも提案でもなく決定事項の通告らしい。あまりに過保護なコンラートの態度に一瞬ムっとしたが、実際まだ眠かったので、ユーリはそのまま2度寝を決め込んでしまったのだ。 次に目を覚ました時には、部屋は暖まり、居間にはすっかり朝食のしたくが整っていた。コンラートの差し出す服に着替え、席についたユーリは、コンラートのあまりと言えばあまりな態度に終に切れたのだった。 「だってさ、風邪って言ったってほんの鼻かぜだよ。それなのに用意させたのは殆ど病人食でさ、おまけに肴の骨は全部とってくれるわ、卵焼きは一口サイズに刻んじゃうわでさ。なんか甘えられて嬉しいとかそういうの通り越してうんざりっていうの?で、あんまり食欲出なかったらさ、仕事休めって言い出したんだぜ。 心配してくれるのは嬉しいし、…ま、あんなこともあったからオレを子供扱いしちゃうコンラッドの心境もわかるよ。」 『あんなこと』とは、コンラートが大シマロンから帰国した直後の自分の幼児帰りを指して言っているのだろう。あれからずいぶんとたつので、大賢者がユーリに話したことはグウェンダルも承知していた。 「でさ、コンラッドにとってオレって、その、結婚相手…なんだろうけど、いつまでたっても保護する対象なのかなって思ってさ。王様だから護衛してもらわなきゃなんないのはわかってる。オレ、剣もちゃんと使えないし、気配とかにも鈍いじゃん。仮に、食事に毒なんか入ってても気付かずにムシャムシャ食べちゃう と思うし。でも、護衛と保護は違うじゃん。だいたい魚の骨を1本1本抜くのって、それ護衛の仕事かよ。飲み込んだらやばそうな骨は厨房でちゃんととってくれてて、オレの前に出て来るのって、間違って飲み込んでも大丈夫な、細くて柔らかい、骨とも言えないようなやつだけだろ。」 そこでユーリはため息を吐く。 「それをさ、こう、なんていうの?金属の、日本だと毛抜きっていうんだけど、そんなんで抜くんだぜ。まぁ、そこまでは我慢もできたんだ。心配してくれてるっていうのがわかるから。でも…」 食事を一応終えたユーリの前に、コンラートが置いた皿には、ユーリもよく知っている果物を使った菓子が乗っていた。今の季節には珍しいはずのその果物は、あまり物に執着しないはずのコンラートの好物であることもユーリはよく知っていた。 「もう一皿どうぞ。あまり食欲がないようですが、これは食べたでしょ。」 そう言って差し出された皿は、間違いなくコンラート自身の分だ。 「でも、コンラッドもこれ好きだろ。」 そう言うユーリにコンラートは微笑んだ。 「大丈夫。まだたくさんあるって、さっき厨房で言っていましたからね。オレはこの食器を下げがてらまた貰って来ますよ。さあ。」 そう促されてユーリはそのデザートを貰うことにしたのだ。ところが… 「それのどの辺りがおまえの気に障ったというんだ。」 グウェンダルの問いにユーリは身を乗り出した。 「ここへ来る途中でさ、厨房係りの人に会っちゃったんだよ。でさ、寒いからって、オレマント着せられてたから、その人はオレに気がつかなかったんだな。コンラッドに声かけてきて言ったんだよ。閣下、今朝のお菓子、一皿ずつしかご用意できなくて申し訳ございませんでした。陛下がお代りをご所望になられなくて、正直ホッといたしました。数がご用意できなかったので、今朝は別のお菓子をお出しする予定でおりましたのに、新参のメイドがあちらをお出ししてしまいまして、冷や汗をかきました。」 グウェンダルはため息をついた。 「あれが、菓子などをおまえにやるのは珍しいことではあるまいよ。さほど甘い物も好きではなかったはずだ。」 ユーリはうなづいた。 「でも、あの御菓子はさ、コンラッドが珍しくとっても好きだってこと、オレも知ってるもん。オレってそんなに子供なのかよって思ったらなんか原が立ってさ。婚約者に子供扱いされるってどうよ!」 グウェンダルは席を立つと扉に近づいた。手をかけながら振り返る。 「今日は朝からずいぶんがんばったからな。少し休憩にしよう。」 扉の外に控えていた兵士に何事か告げ席に戻って来るとまたペンをとる。 「茶が来るまでは仕事をしろ。」 ユーリは頷いて、署名すべき書類に目を落とした。 フォンクライスト卿ギーゼラは非番の午後を買い物にでも出かけようと厩へ向かって歩いていた。廊下の角を曲がると、見覚えのある背中が見えた。なんだかその辺りだけ異様な影が射しているように見えるが、気に留めずに声をかけた。 「閣下。」 振り返ったコンラートに早足で追いつき、横に並ぶ。 「どうかなさったのですか?お体の具合でも?」 にこやかに見上げるとコンラートはすっと目を反らす。 「…、いや、別に。」 歯切れの悪い物言いに、ギーゼラは美しい眉を顰めて声をおとした。 「陛下となにかあったのですか?」 コンラートは一瞬躊躇したがすぐに話始めた。 「…。」 話を聴き終えたギーゼラはそっと苦笑してコンラートを見上げた。話してしまったことで口が軽くなったのか、コンラートは続けた。 「オレが嘘をついたことでユーリを怒らせてしまったんだと思う。ただ、ユーリに菓子を食べて欲しかっただけなんだが。嘘…については俺には前科があるから。」 ギーゼラは優しく首を振った。 「閣下、それはたぶん違いますね。」 コンラートは思わずという風に立ち止まり、ギーゼラを見下ろした。 「違う?」 「はい。」 丁度中庭に出たところだったので、ギーゼラは視線だけでコンラートを噴水の淵に誘った。おとなしく付いて来るコンラートを内心で、犬みたいだわ、等と思ったことをおくびにも出さず、ギーゼラはコンラートと並んで腰を下ろした。 「閣下、陛下は閣下の嘘にお怒りになられたのではなく、一種の親離れをなさろうとしていらっしゃるのではありませんか?」 「親…離れ…?」 驚く程の勢いで顔色を変えるコンラートを見なかったことにして、ギーゼラは続けた。 「はい。普通陛下くらいのお年になるとまず精神的に親から離れようとして、親に逆らってみたり、疎んじたりするようになります。反抗期ですわね。ご両親が近くにおいでにならない陛下にとって、親と言いますか、保護者は閣下ですわ。ですから、閣下から精神的に離れようとなさっているのではありませんの?」 「…!」 硬直しているコンラートにギーゼラは微笑んだ。 「保護者から離れて、ではどこへ向かうかと申しますと、普通は友人とか異性…魔族の場合でしたら恋愛対象者です。これらは自分を保護してくれる者ではなく、あくまで対等にあり、お互いに反発したり支えあったりして共に生きて行く相手ですわ。動物でも、子供が成長すると親は子供に辛く当たり、巣から追い出してしまいます。それは、近親での交配を避けるための本能ですけれども。親から離れて独り立ちするために、反抗期はとても大切な物と存じます。陛下はコンラート閣下に親としての保護ではなく、対等に生きる者としての線引きをなさりたかったのではないかと、私は思いますわ。まぁ、今朝の場合は幸いにも御菓子の一皿でしたけど、陛下の御ために、ご自分を犠牲にするようなことを止めていただきたかったのではありませんか?」 「…。親離れ…か。」 コンラートは体の向きを変えると真っ直ぐにギーゼラを見た。 「どうしたら陛下のご機嫌を直せるだろうか。」 ギーゼラはにっこりと微笑んだ。 「まずは閣下が護衛と保護との違いをきちんと把握されることです。それから、陛下が閣下に甘えるように、時には閣下から陛下に甘えてごらんになったらいかがですか?」 「…、オレから陛下に…?」 「ええ。夫婦というのはどちらかがどちらかに依存するものではないと思います。独身の私が申し上げても説得力に乏しいかもしれませんわね。」 「いや、わかったような気がする。すまない。少し努力してみることにするよ。」 「ええ。ところで、これからどちらへ?」 コンラートは苦笑した。 「陛下に執務室から追い出されてしまってね、時間を持て余しているんだ。アオの蹄鉄がそろそろ寿命だったような気がするからね。それを見て、と思っていたんだ。」 「それでは厩舎までご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?非番なので城下へ買い物に行くところだったんです。」 二人は立ち上がりゆっくりと歩き始めた。 「それにしても、最近の陛下、ますますお美しくなられて。父が申しておりましたが、読み書きもずいぶんと進歩されているとか。不敬になるかもしれませんが、なんだかとても楽しみですわ。」 ギーゼラの言葉にコンラートはなんともくすぐったいような笑顔を浮かべた。 「ああ、ずいぶんと努力なさっている。若いからなにをなさるにもとても柔軟で、お教えしたことはちゃんと吸収してくださる。もちろん、若いゆえの危うさとか短慮もあるが、それは周りがお助けすれば良いことだしな。なによりも、陛下は臣下の諫言をお聴きになる。だからご成長が早い。」 「なんだかお寂しそうですわね!」 ギーゼラの揶揄するような声音にコンラートははっとなって思わず口に手をあてた。 「…、そうか。こういう態度が陛下を苛立たせたのか。」 ギーゼラを見下ろすと彼女はなにも言わずに静かに微笑んでいる。 二人はしばらくだまって歩いていた。間もなく厩舎が見えるという所まで来た時、前方で騒ぎが起こった。馬の嘶きとなにかが壊れるような音、そして何人もの男の叫び声。地響きが聞こえた時には建物の影から一際大きな馬体が厩舎の一部らしき材木片を引き釣りながら飛び出して来た。ギーゼラは息を飲み立ち尽くす。コンラートは咄嗟にギーゼラを突き飛ばし、覆いかぶさった。 「コンラッド!!」 ばたんとすごい勢いで扉が開き、蒼白になった少年が飛び込んで来た。 コンラートは包帯を巻きかけていた手から目を上げ、立ち上がろうとした。それを、ユーリはしがみつくようにして押しとどめる。そして、恐ろしいものでも見るかのようにコンラートの手を見下ろした。その顔は今にも泣き出しそうにゆがみ、漆黒の双眸にはうっすらと涙が浮かんでいる。 「…、コンラッド、けっ怪我…しっしたって…。」 見る見る内に涙がはらはらとこぼれ、小さくしゃくりあげる。コンラートは左手を伸ばして愛しい少年の手を握った。 「ご心配かけてすみません。大丈夫、…かすり傷ですよ。すぐに直りますから。」 ユーリはその場に膝を着きコンラートの腰にそっと抱きついた。 「ごめん!オレ、オレが執務室から追い出したりしたから。あんたが怪我したって聞いて、しっ心臓止まるかと思った。」 コンラートは注意深く左手を動かし、艶やかな黒髪を撫でる。 「あなたのせいじゃありませんよ。ただの事故です。それに、あなたがそんな風に自分を責めると、ギーゼラが、ね!」 その言葉にユーリの肩がピクっと震える。コンラートがギーゼラを庇って怪我をしたと聞かされたことを思い出したのだろう。同時に王としての意識が浮上する。 「…、ギーゼラは怪我なかったの?」 付け足しのようになってしまったことに罪悪感を感じているのだろう。コンラートの腰に回した腕に変な力が入る。 「ええ。大丈夫でしたよ。今は部屋で休んでいるはずです。」 ユーリはやっと顔を上げ、コンラートの手を恐る恐る見下ろした。左手にはきっちりと包帯が巻かれ、右手は、巻きかけだったのか、緩んだ包帯の間から湿布薬のような物が覗いている。 「ああ、そんな顔しないでください。本当にたいしたこと、ないんです。でも、ちょっと血が出てしまったので、ユーリに触れる時に付いたりするといけないから巻いていただけなんですよ。ユーリも学校で習ったでしょ。血液っていうのはとっても汚いんです。たとえ家族の血でも、直接触ったりしたらダメですよ。」 「うん、って!保険体育の授業してる場合かよ!」 ユーリはそっとコンラートの右手をとると、きちんと包帯を巻きなおしてやる。 「ありがとうございます。左手だけではうまくできなくて。」 コンラートは目を閉じる。 「コンラッド?」 「…、すみません。あなたの顔を見たらなんだかほっとして。」 コンラートは苦笑するとユーリの手をそっと握った。 「仕事は終わったんですか?」 「うん。午前中からずいぶんがんばったから今日の分は終わった。予定されてた謁見も、暴れたのがその貴族の馬だったらしくてさ、王佐の養女と魔王の婚約者に怪我させたっていって、えらく強縮して延期になったんだって。だから。」 ユーリがなにか言う前にコンラートは嬉しそうに微笑んだ。 「それでは、少しだけユーリの時間をオレがもらってもかまいませんね。」 「え?」 ユーリは初めて、コンラートが1度も陛下と呼ばないことに気付いた。 「コンラッド…」 コンラートはユーリの手を握る手に少し力を込める。 「こうしていると、とても安心だ。子供の頃、父と旅をしていて、1度だけ酷い熱を出したことがあるんです。野宿が多かったのに、さすがに父もその時はかなり上等の宿屋をとってくれました。その宿屋の女将さんがこうして手を握ってくれたんです。母上はもちろん、愛情深い方ですが、立場がありましたからね。城にいる間もこんな風に触ってもらったことはなかった。一晩安心してぐっすり眠れた俺は、朝には嘘みたいに元気になっていましたよ。」 ユーリは邪険にならないように気をつけて、コンラートの手をそっと離した。 「ちょっと待ってて。」 そういうと寝台から離れ、椅子を持って来ると、寝台の脇に据え、腰を下ろし改めてコンラートの手を握る。 「少し横になる?」 コンラートは静かに首を振った。 「いえ、そんな重症じゃぁありませんよ。ただ、こうしていたいだけです。」 コンラートはちょっと自嘲気味に笑った。 「いい歳した軍人がおかしいですね。」 「そんなことないよ。体調が悪い時はだれだって心細くなるんだよ。」 「せっかくあなたの仕事が早く終わったのに、キャッチボールもできなくてすみません。」 「そんなの気にすんなって。それよりさ、今日はもうずっとここにいるから。あんただって、オレが目のとどかない所にいるより安心だろ?グウェンにはちゃんと言って来たし、ギュンターは明日の朝まで領地に戻ってるらしいしさ。」 「では、久しぶりにこうしてお話していましょうか。」 コンラートはさりげなくユーリの手を引っ張る。なんの疑問も持たず、ユーリは上半身をコンラートの膝に乗り上げるような状態になった。 グウェンダルは、ギーゼラからの報告を聞き終えため息をついた。 「では、たいした怪我ではないのだな?」 「はい。私がこのようなことを申し上げるのはたいへん心苦しいのですが、馬も、馬に引きずられてきた材木も、私と閣下が転がったすぐ傍を通り抜けただけですから。もちろん、私を庇ってくださった閣下は、手に擦り傷くらいは作っておいででしたが。閣下に治癒の力も施しておりません。」 グウェンダルは無意識に胸の前で両手の指を激しく動かした。想像の中だけでどんどん編みぐるみができあがって行く。どうしてユーリが絡むとああも恥もなにもかも消え去るんだ、と、つっこみたくなる。そして、今頃思う存分にユーリに甘えているであろうすぐ下の弟を、実は最初から甘やかしているのは自分だと、 全く気付いていない主君に「本当にそいつで良かったのか?」と何万回目かの質問を心の中で繰り返すのだった。 →戻る |