STND BY ME

STAND BY ME



 泣きたいわけじゃない。

 困らせたいわけでもない。



 ―――こんな事、言いたいわけじゃないんだ。


 「だって、ずっと傍にいるって言った!もう絶対離れないって、そう言っただ ろコンラッド!!」
 「ユーリ・・・」
 ―――そんな辛そうな顔で見ンなよ、何も言えなくなるだろーがっ!

 「厭だっ!こんな・・・こんなのってねーよッ!せっかく戻って来たのに、ど こにも行かないって言ったくせに!!」

 コンラートが再び大シマロンに行くと聞いた。
 いつ戻って来られるかも、本当に戻って来られるのかさえわからない戦場に。
 ユーリにしてみれば、それは愕然を通り越して、足元から地面が崩壊して行く ような、奈落の底へ延々と落下していくような感覚だった。
 襲ってきたのは寂しさではなく、逃げ場の無い圧倒的な恐怖。
 口を突いて出たのは、もはや行くなと縋る言葉だけだった。
 散々喚いて当り散らして、それでもただユーリの名を呟くだけでそこから先を 告げないコンラートに更に苛立ちが募る。
 「ユーリ、少し落ち着い・・・」
 「嘘吐きっ!もう、もう信じないからなっ!コンラッドなんか・・・どこにで も行けばいいだろっ!そうやって、いっつもおれの事、騙して・・・おれだけ、 残して、どっか行っちゃうんだッ!!」
 ひくっひくっとしゃくりあげながら、目の前の名付け親を詰るしかできない。  そんな自分が厭で、また涙が溢れてくる。
 「コンラッドの、バカぁ・・・」
 勢いよく捲し立てて疲れたのか、今度は両手で目元を覆ってうえぇぇんとまる で子供のような嗚咽になってしまう。
 こうなるともうギュンター状態だ。留まる事を知らない涙はいくらでも溢れて くる。

   ―――あーもう何やってんだろ、おれ・・・。

   そう思った拍子に、ふわりと優しい香りに包まれる。
 背中を引き寄せられて、視界は自然と上を向いて・・・苦しいほどに締め付け られて、ようやく自分の状態を理解した。
 途端にぼぼぼっと盛大に頬を染め上げるユーリ。
 「こ・・・コン・・・・・・」
 「わかりました」
 「へ?」
 「どこにも行きません。ユーリが望むなら、俺はもうどこにも行かない。行け るわけが無いでしょう、貴方を残してどこに行けと言うんです?」
 惜しい、あともう一言で「行く」の五段活用・・・じゃなくて。
 「シマロンの事は、後で謝罪して断っておきますから心配しないで・・・代わ りに物資を送りましょう。武器や食料・・・特に水は不足していると聞いていま すし」
 少し力を緩め、宥めるように背を撫でるコンラートの言葉に、漸く冷静な思考 が戻って来たユーリは、コンラートの言葉からかつて水不足に悩まされていたス ヴェレラでの事を思い出した。咽喉が渇いているのに飲み水が無い、その辛さを 実際に体験しているユーリには、現在のシマロンの状況がどれほど厳しいものか 、想像に難くなかったのだ。そして、ユーリは先程までとは全く逆の行動に出た 。
 ぐいっとコンラートの胸を押しやり、引き剥がすときっぱりと言い放つ。
 「行けよ、シマロンに」
 「ユーリ?」
 「行って、全部決着つけて終わらせて来いよ」
 突然の豹変に、コンラートは一瞬ついていけなくなる。
 「取り乱してごめん。もう、大丈夫だから・・・やっぱり放っとけるわけ無い よな、大事な仲間だもん。コンラッドが心配するのも当たり前なのに、おれ我侭 ばっか言って・・・」
 「ユーリ、俺には貴方の傍にあること以上の幸福などありません。それでも今 回の事は俺に責任がある。俺はシマロンでの任を途中で投げ出したんだ。あなた に会いたいと言う、ただそれだけの欲求の為に彼らを見捨てたも同然なんです。 でも、そんな身勝手で無責任な男でも、あなたは受け入れてくれた。もう一度、 共に歩む事を許してくれた。それで俺がどれだけ救われたかなんて、貴方は知ら なかったでしょう?だからあの時とは違います。俺の心は、いつもユーリと共に ある。きっと願いは同じだから・・・俺は死ぬ為じゃなく、これから先もあなた と共に生きる為に戦います。必ず戻って来ますからどうか・・・」
 これだから、説得力のあり過ぎる男は困る。
 いつだってそうやって絆されて、許してしまうのだ。
 だが戻って来ると言ったところで、変わり果てた姿で戻って来られたりしたら 今度こそユーリの心は壊れてしまうだろう。
 軍服の裾を皺くちゃになるほどきつく握り締め、ユーリは挑むようにコンラー トを見据えた。
 「・・・ったら、約束しろ。死なないって、絶対死なないって約束しろよ。で なきゃ行かせないからな!」

 ―――もう、一人で残されるのは厭だ。あんな思いをするのは、もう二度と・ ・・。

 「御意、陛下・・・」
 切なくなるほど優しい声で囁かれ、堪らなくなって自分の手で再び死地へ赴か せる事になった相手の胸に、顔を埋めた。
 大好きな腕に支えられる。
 そしてこの時ユーリは、もう一つの重大な決心を自らに迫っていた。




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「LION’S STONE」の橘 祐斗様からの贈り物でした!
2度目のシマロン行き決定の瞬間ですね。
拝読させて頂きました瞬間、「あ、この場面、私もう書かなくていいかも〜」と思いました。
だってイメージぴったりなんですもの。
陛下も次男も男前!
まっすぐ陛下の目を見つめて語っているコンラッドの凛々しい姿が見えるようです。
橘様、本当にありがとうございました!